第2話
映画館の前に、今日は特別上映と書かれた黒い立て看板が出ていた。
文字は少なく、意味も少ない。
余白が多い。
たぶん、それ自体がメッセージなんだろう。
今日はこれだな、と思う。
分からないやつだ。
チケットを買う前に、上映時間を二度見る。
短い。
この手の映画にしては、短い。
逆に信用できる。
できてしまう。
売店に寄る。
ポップコーンの種類が多すぎる。
キャラメル、トリュフ、黒胡椒。
選択肢が多い時点で、映画と思想が似ている。
そういうことだ。
無難に塩。
これは保守的判断だ。
間違っていない。
たぶん。
ドリンクセットを頼む。
店員が一瞬、間を置く。
サイズを聞かれる。
考えていなかった。
(ここで迷うのは違う)
Lにする。
カップが思ったより重い。
持ち替える。
フタが少しずれる。
こぼれはしないが、安心はできない。
その横に、女がいた。
同じ映画のチケットを持っている。
視線が一度、合う。
「……難しそうですよね」
独り言みたいな声だった。
返事を期待していない言い方。
「たぶん、分からせる気はないですね」
俺も、そういう返しをする。
根拠はない。
彼女は、ブラックコーヒーを選んでいる。
砂糖もミルクも入れない。
蓋を閉めるのが、少し雑だ。
(途中で考えるのをやめるタイプか)
上映開始まで、あと三分。
二人とも、急がない。
席は一つ離れていた。
スクリーンは暗く、音楽は小さい。
冒頭から、人物の顔が映らない。
なるほど。
これは、そういう手口か。
会話は少ない。
説明はない。
象徴的な行動だけが続く。
俺は途中で、飲み物を飲む。
氷が多すぎる。
味が薄い。
だが、想定内だ。
前回よりは、マシだ。
前回は、隣のやつが間違えて全部飲んだ。
ラストは、唐突に終わる。
拍手は起きない。
ざわつきもない。
女が、小さく息を吐く。
「……分かりました?」
「分かった気には、なりました」
それだけ言う。
それ以上は、言わない。
《これは、誰も生き残る必要のない話である。》
たぶん、何もなかった。
だが、何もなかったと言い切るには、少し疲れる。
外に出ると、看板の文字が一つ消えていた。
気のせいかもしれない。




