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底辺探索者は《過去改変》で終末世界を改竄する  作者: モコタ
第二章 《過去改変》の検証(2026年α)

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29話 アラフォー探索者の渋川さん

 今の俺の生活サイクルを、分かりやすく説明しよう。

 週に二回、アンナと絵梨を護衛に雇っての三階層探索。週に二回はソロでの二階層探索。

 それと並行して、血を吐きながらのバイト生活である。

 ニート時代が嘘のように忙しい。今の俺の辞書に休日なんて文字は存在しねぇ!


「……はぁ。また減ってる。笑えるくらい景気よく減ってやがるな、俺の貯金」


 駅前のATM、画面に表示された数字を見て、俺は無様に天を仰いだ。

 アンナたちへの護衛料が一回で八万円。対してソロ探索の日給は、ドロップ品を売っても五千円程度だ。

 バイトで一日一万二千円くらい稼いだところで、トータルで見れば週に十万円以上の赤字になる。

 これに生活費が加わるんだ。この一ヶ月で通帳から六十万円が雲散霧消した。計算するだけで眩暈がしてくる。

 三階層を安定して回れるパーティさえ見つかれば、魔石や素材の質も上がって、レベルを上げつつ黒字化も狙えるはずなんだ。

 だが、その仲間探しこそが、今の俺にとって一番の難問だった。


 ある日の午後、俺は二階層でのソロ探索を終えて、素材を売りにギルドへとやって来た。

 ダンジョンで得た素材をギルド以外で売ると、最悪「探索者免許停止」もありえる。俺はルールを守る派だ。

 昔はそのあたりが緩くて、闇市での転売なんかが横行していたらしいが、今では管理がめちゃくちゃ厳しくなっている。


「北條さん、そんなに貧乏なら、素材の横流しの誘惑に負けそうになったりしないんですか?」


 受付窓口の楠木さんが、意地悪そうな顔をして冗談めかして言った。


「素材をギルド以外で売って免停なんて食らったら、それこそ俺の人生、チェックメイトですよ」


 俺が必死の形相で返すと、楠木さんは「冗談です」とケラケラ笑い、一枚の資料を差し出してきた。


「実は、新しいパーティメンバーの応募がありました。緋呂さんのレベルが15に上がったのを見て、興味を持った方がいたんですよ」


 資料に目を通すと、そこには意外な経歴が並んでいた。

 後日、ギルドのラウンジで顔を合わせたのは、渋川(しぶかわ)さんというアラフォーの男性だった。

 レベルは18。俺よりレベルが高い。この年齢で現役のフリー探索者というのは珍しい。




「この年だと、なかなか仲間を見つけるのも困難でな」


 顔合わせの場で、渋川さんは短く刈り込んだ髪を掻きながら、苦笑いした。

 聞けば、彼はかつてレベル30まで到達した中堅探索者だったらしい。

 だが、十年前に探索者を引退したのだという。

 ダンジョンでモンスターを倒し続けなければ、探索者のレベルは少しずつ下がっていく。

 しかも、年齢が高ければ高いほど、その低下スピードは速くなる。

 レベル30まで上げた探索者が、ブランクと加齢によってレベル18まで落ちたということだ。


 レベルが下がればステータスも下がる。しかし、スキルランクは変わらない。

 それに経験も無かったことにはならない。

 レベルは18であるが、実際の実力はレベル20から22程度と考えていいかもしれない。

 ただ、四十代というのはレベルが上がりにくく将来性が無い。即戦力という強さでもない。それらの理由で今さらクランには拾ってもらえず、ソロ活動を余儀なくされていたらしい。


「俺も五年に及ぶニート生活でレベルが二つ落ちましたから。その気持ち、痛いほど分かりますよ……」


 十代の若さでも五年のブランクは重かった。

 それを思えば、十年ブランクのある渋川さんのレベルが12も減ったのは当然のことと言える


 彼が今さら危険なダンジョンに復帰した理由は二つあった。

 一つは、最近頻発している「ダンジョン・スタンピード」だ。

 魔物が地上に溢れ出す災害が増え、治安が悪化する中で、家族を守る力を取り戻したい。

 そしてもう一つは、切実すぎる「寿命」の問題だった。


 スキルを取得するにはSPスキルポイントを消費する。

 このSPは通常、レベルを上げると少しずつ増えるものだが、若いうちに無理やり強くなる手段として「SPの前借り」という方法が一般的に行われている。

 自分の生命力、つまり寿命を担保にしてSPを借りる行為だ。

 一流の探索者になって荒稼ぎすればSPを返済するのは容易なため、プロを目指す若者にとって前借りは「出世払い」のような常識となっていた。


「……実は俺、SPを三万ポイントも借りていてな」


 三階層の湿った岩壁に背を預け、渋川さんは自嘲気味に笑いながら教えてくれた。

 最近の研究によれば、三万ポイントの借金は、利子抜きでも寿命を四十年ほど削り取る計算になる。

 一般的な寿命を八十五年とすれば、四十五歳前後で人生の幕を閉じることになるのだ。

 返済すれば寿命は戻るが、利子は非情な三倍返しである。三万ポイント借りたら九万ポイントを返さなきゃならない。


「若い頃は『太く短く生きりゃいい』なんて粋がってたんだが、子供が七歳と三歳でね。欲が出るもんで、せめて……あいつらが成人するまでは生きていたいんだよ」


 渋川さんの言葉は、他人事として聞き流せるものじゃなかった。

 何を隠そう、俺自身も二万五千ポイントほど前借りしている身だからだ。

 このまま返済できなければ、俺の寿命も五十歳前後で終わる。

 まあ、あと二十年以上あるので、実感はあまりないけどね。


 渋川さんは既に五千ポイントほどは返却したとのことである。

 今は四十二歳とのことなので、これから数年の間に可能な限り寿命を買い戻すというのが、今回の復帰の目的だそうだ。



「だが、俺も今の仕事を辞めるわけにはいかんからな。……申し訳ないが、週に一度しか力になれん」


 平日はサラリーマンをしているという渋川さんは申し訳なさそうに言ったが、俺にとっては週に一度でもありがたい。

 こうして日曜限定で、渋川さんと三階層へ潜り探索することが決まった。


 迎えた日曜日。

 三階層の薄暗い通路で、俺は渋川さんの実力に目を見張った。


「ヒロ、正面から三体くるぞ。右の二体は俺が引き受ける。お前は左の一体に集中しろ!」


「了解!」


 渋川さんの短剣が闇を裂き、先行するコボルトの喉元を正確に跳ね飛ばした。

 ブランクを感じさせない、無駄のない動き。彼は俺と同じく低レベル時にスキルを乱獲したせいで、伸び悩んで引退した「器用貧乏」の末路らしいが、その戦闘技術はまさに今の俺の上位互換だった。


「ガウッ!」


 左から回り込んできたコボルトが、俺の隙を突いて跳躍する。

 だが、渋川さんの牽制が完璧なおかげで、俺は焦ることなく一歩引くことができた。


「……そこだッ!」


 踏み込みと同時に放った一撃が、魔物の眉間を真っ二つに叩き割る。

 光の粒子となって消えていく魔物を見送りながら、俺は確かな手応えを感じていた。


「ふぅ……。お前の立ち回りも悪くないな。以前より基礎がしっかりしてきた」


 渋川さんの言葉に、俺は少しだけ自分に自信がついた気がした。

 これまでの苦労は無駄じゃなかったんだ。


 こうして、俺のスケジュールは少しだけ改善された。

 日曜日は渋川さんと三階層。火曜日と木曜日はアンナと絵梨を雇っての三階層。

 ソロ探索を週一回に減らして、残りはバイトで資金を稼ぐことにする。


 だが、まだ足りない。

 だが、まだ足りない。赤字を埋め、レベルを爆速で上げるには、もっと三階層での時間を増やさなきゃならない。

 やはり固定メンバーでパーティを組まなければ詰むな………。


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