27話 《過去改変》5回目
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
小学三年生の三学期。一月十日、成人の日。
よし、計算通りだ。これで検証は終わりである。後は可能であれば過去を変えてみることだけど……。
祝日の午前中。俺は暇そうだった父さんとキャッチボールをして遊んでいるみたいだ。
キャッチボールと言っても、まだゴムボールを投げ合っているだけの他愛ないものだ。
過去にいられる時間はたったの十分間。今回はこのキャッチボールだけで時間切れになりそうだな。
そういえば、父さんは大の野球好きだった。高校生の時に県大会の準決勝まで行ったという自慢話を、俺は子供の頃から何度も聞かされてきた。
それなりの強豪校でレギュラーを張っていたというのが父さんのプライドなんだろう。
もっとも、甲子園大会なんて十年前から中断されたままだし、オリンピックも二〇二〇年を最後に止まっている。二〇二四年は日本開催の予定だったが、パンデミックのせいで無期限中止になっちまったんだ。
俺自身は特にスポーツをやってこなかったし、どちらかと言えばサッカー派だった。
父さんは俺に無理やり野球をやらせることはなかったけれど、このくらいの年齢の時にあわよくば興味を持たせようとしていたのかもしれないな。
時間はちょうど昼食前だ。あと三十分もすれば飯の時間だろうけど、十分だけの滞在じゃご飯を食べる余裕なんてない。
ここで父さんとのキャッチボールを中断したとしても、他にやれることは思いつかなかった。
十分間というのは、意外とやれることはないと感じる。
投げたボールは右にそれて、ワンバウンドしたのを父さんが動いて取った。
考えている間に、体が勝手に動いて投げたみたいだ。思考は未来の自分がやっているけれど、体は過去の自分が動かしている状態らしい。
意識すれば、もっと自在に操れるはずだ。
父さんがゆっくりと投げ返したボールをキャッチする。今度は意識して、指先に力を込めてボールを投げた。
そのボールは一直線に父親の胸元へ吸い込まれていった。
「おおっ、凄いじゃないか。才能あるんじゃないか?」
父さんは大げさなくらい喜んでいる。
いや、考えてみれば小学三年生の九歳として考えたら、今の球は上出来の部類なのかもしれない。
この年頃だと投球フォームがぎこちなくて、まともに真っ直ぐ投げられない子も多いはずだ。
そう考えると、さっきまで俺が投げたボールが明後日の方向に飛んでいたのも無理はない。
身体能力は九歳のままでも、それを動かす意識が二十五歳だから上手く投げることができているんだろう。
それに、俺は《投術》のスキルを持っていた。あれは投擲武器を上手に扱うためのスキルだ。
あのスキルを実戦で使っているうちに、正しい投げ方というのが理屈抜きで体に染みついたのかもしれない。
体は九歳のものだから、正確には精神に染みついたと言うべきか。
せっかくだし、父さんと会話をしてみよう。過去の世界に来てから、まだまともに誰かと話したことがなかった。
今回の十分間の行動で大きく過去が変わるとは思っていないけれど、誰かと会話してその反応を見てみたいとは考えていたんだ。
二〇〇九年に日本がISGに加盟してから、全国にギルド支部ができて民間の探索者が出始めた。
二〇一一年の初頭である今は、まさに探索者黎明期という時代だ。実は隣県でダンジョン・スタンピードが発生した影響で、この町にも一つダンジョンができていた。
それで街中でも、装備を整えた探索者の姿をちらほろと見かけるようになっている。
「ねえ、探索者っていいよね」
父さんは少し驚いた顔をしてから、にっこりと笑った。
「子どもはそういうヒーローに憧れるよな」
彼の言葉には、少し懐かしさが滲んでいる。
「父さんも、探索者になりたいと思ったことなかったの?」
「いや、父さんが子供の頃には探索者なんていなかったよ。ダンジョンができたのは四年前だろ? 父さんの夢は、プロ野球選手になることだったんだ」
そういえば、父さんがよくテレビで野球を見ていたことを思い出す。
試合を一緒に見ながら、あれこれ解説してくれるのが嬉しかったっけ。
「プロ野球選手かぁ……父さん、結構本気だったんだな」
俺がそう言うと、父さんは少し照れ臭そうに笑った。
「まあな。でも途中で諦めちまったよ。お前も、これからいろいろ挑戦するだろうけど、何かを諦めることが悪いわけじゃない。自分が本当にやりたいことを見つけるまで、いろんなことを試してみればいいんだ」
父さんのその言葉には、どこか含蓄があるように感じた。
現実の父さんが、どんな人生を歩んできたのか、今まであまり深く考えたことがなかった。
だけど、こうして過去に戻って会話をすると、一人の人間だったんだと気づかされる。
「……僕も、プロ野球選手を目指そうかな」
思わず口に出してしまったけれど、これは悪い選択肢じゃない。
スポーツを通じて身体能力を鍛えることは、将来探索者として活動するときにも十分役立つ。
むしろ、素の体を鍛えておけば、ステータスが上がったときにその効果がより強力になるはずだ。
「ほう、プロ野球選手か。いいんじゃないか?」
父さんは楽しそうに俺の言葉を受け入れた。
彼が本気でプロ野球を目指していたことを考えると、俺の提案も冗談には聞こえなかったのかもしれない。
ステータスというものは、元々の身体能力に補正がかかる仕組みだ。
研究によれば、スキルのランクはその技術に対する習熟度が大きく影響すると言われている。
剣道をやっている者は《剣術》スキルのランクが上がりやすいように、野球のピッチャーは《投術》スキルのランクが上がりやすい。
将来的に《投術》のスキルを伸ばすなら、今から野球をやっておくのは理にかなっている。
「うん、頑張るよ」
九歳の自分にそう言わせた。
父さんは笑いながらボールを構える。俺もその笑顔に応えるようにボールを投げ返した。
キャッチボールをしながら、父さんとの会話は途切れず続いた。
何気ない会話の中にも、懐かしい温かさがあった。
そして過去に戻った十分間、俺は父さんと親子の会話をしながらキャッチボールを続けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
視界が歪み、気づけば俺は現代の自室に戻っていた。
たった十分間の滞在だったが、体には心地よい疲労感と、それ以上の確かな手応えが残っている。
今の自分の状態を確認するために、ステータスウィンドウを空中に呼び出した。
【武装スキル】《剣術 Lv2》《投術 Lv3》《体術 Lv2》
思わず目を見張る。《投術》のスキルレベルが3に上がっている!
ステータスそのものの数値は変わっていないけれど、着実にスキルの習熟度は変化していた。
過去でのキャッチボールが、単なる思い出作り以上の意味を持った証拠だ。
一流と呼ばれる探索者の中には、ステータスを獲得する前から一流の素質を持っていた人が少なくない。
元格闘家の探索者などは、レベル1の時から素の身体能力がずば抜けて高く、ステータス補正がなくてもレベル5くらいの探索者に匹敵する動きができる。
だから他の連中より深く、過酷な階層を最初から探索でき、圧倒的なスタートダッシュを決められるのだ。
研究によれば、元々の能力が高ければ相性の良いスキルのランクも上がりやすいらしい。
剣道をしていた者は《剣術》が、校閲の仕事をしていた者は《編集》が上がりやすいといった具合だ。
その人の「地」の能力の高さが、ステータス獲得後の成長速度にまで影響してくる。
そう考えると、子供の頃からスポーツをして体力を鍛えるのは、地味であるけれど一番の近道なのかもしれない。
今のところ、現実に大きな変化は起きていないけれど、次に過去へ行くときも継続してトレーニングを積んでいけば、ステータスやスキルにさらなる劇的な変化が出てくるはずだ。
《過去改変》の残りTPは(20/30)。
最大で残り十回か。ここからは無駄打ちを避けて、少し温存していこう。
《過去改変》のスキルランクが上がらなければ、スタンピードの日に一時間戻る為に『過去改変B(TP:5P)』を使用しなければならないだろう。
とすると、それまでに使えるのは七回までか。
レベルが上がるたびに一回使用するくらいのペースが、ちょうどいいかもしれない。




