2話 社畜はクランをクビになる
「残念だけどぉ、契約は今月まで。来月からは、もう来なくていいですよぉ」
耳を疑うようなセリフだった。今日は、来年度からの基本給を決める大事な査定の日だ。
だが、部屋にはいるはずの社長も上司もいない。目の前に座っているのは、不自然なほど派手なメイクをした事務員の女だけだった。
この一年、俺なりに必死にやってきたつもりだ。
だから、今日こそは少しでも給料が上がるんじゃないかって、そんな期待を胸に意気込んでこの部屋のドアを叩いた。
なのに、そこに座っていたのは社長の愛人なんていう不名誉な噂が絶えない女一人。
そして、座るなり開口一番に言い放たれたのが、まさかの契約解除宣告だった。
「……どうして、ですか。俺はちゃんと、指示通りに働いていました」
情けないほどに声が震えていた。
正直、意味が分からない。必死に不満をぶつけた俺を、女はスマホをいじりながら、面倒くさそうに眺めていた。
「上の指示なんでぇ、詳しいことは分かりませーん。でもぉ、ヒロっちって全然稼いでないじゃん。探索者はダンジョンで稼いでなんぼっしょ?」
女は手入れされた派手な爪が光る指で、器用にスマホを操作している。
稼いでない?
その言葉が、俺の心の中で何かに火をつけた。
奥歯を噛み締めると、ふつふつと怒りがせり上がってくる。
クランってのは、探索者が力を発揮できるように支えて、利益を出す場所じゃないのか。
俺だって、本当はモンスターを倒して素材を集めたり、レベルを上げたかった。
なのに、回ってくるのは危険区域のパトロールや、ダンジョンの低層を一般人に案内する「観光ガイド」みたいな仕事ばかりだ。
新人を育てるのがクランの役目のはずなのに、研修が終わった途端に戦場から遠ざけられた。
それに、俺が《編集》っていう、事務仕事に便利すぎるスキルを持ってるってバレたのが運の尽きだった。
書類仕事や会社の雑用まで、俺に押しつけてきたのはどこの誰だ。
この自称事務員が仕事をしないから、事務仕事まで俺が手伝うことになったんだろう。
先輩たちは自分の仕事を全部俺に押しつけてきやがった。サービス残業なんて当たり前だ。
それなのに給料には一円も乗らない。目の前でへらへらスマホをいじってるこの女の方が、俺より高い給料をもらってるという理不尽。
戦うチャンスがなきゃ、強くなれるわけない。
レベルが低ければ、ずっと安月給のままだなんて、そんなの当たり前じゃないか。
それを棚に上げて「稼ぎが少ない」なんて、よく言えたもんだ。
怒りすぎて、頭の中が真っ白になってきた。俺が顔を引きつらせているのを見て、女は楽しそうに笑った。
そして、とどめの一撃を、なんでもないことみたいに放ったんだ。
「若手育成のために、国から補助金出てるっしょ? ヒロっち、あと二ヶ月で二十四歳になるじゃん。補助金が切れるからぁ、会社にはもういらなーいってこと」
……は?
その瞬間、頭の中で全部のピースが繋がった。
国は今、ダンジョンだらけになった世界を立て直すために、二十三歳以下の若い探索者を雇うクランに対して、多額の補助金を出している。
クランは元は探索者同士の互助会であり、有志によるボランティアの面が強かった。
だが、今のクランの多くは法人化され、効率よく稼ぐことだけを考えるようになっている。
俺はもうすぐ二十四歳。つまり、俺に対する補助金が無くなる。それが、俺がクビになる本当の理由だったんだ。
そういえば、この会社には年上の人間がほとんどいなかった。ただのブラック企業で離職率が高いだけだと思ってたが、実態は違ったようだ。
補助金目当てで若い奴らを集めて、才能がある奴だけを残し、俺みたいな将来性の無い人材は雑用で使い潰す。
そして、補助金がもらえなくなったらポイ捨てだ。半分詐欺のようなやり方だが、法的には違法ではないのだろう。
「……ふざけるな」
言葉が漏れそうになるのを、必死に飲み込んだ。
ここで叫んだところで、この女には何も響かないし、俺の状況が良くなるわけでもない。ただ、惨めさが増すだけだ。
「でもぉ、決定事項だからぁ。そもそも低レベルでニートだったヒロっちをぉ、雇ってあげたのは国からの補助金のためだしぃ。次の仕事、頑張って探してねぇ」
女は手入れされた派手な爪が光る指で、器用にスマホの画面を滑らせながら、俺の絶望した顔を見て「クフフ」と喉を鳴らして笑った。
クビという、人の人生を左右する通告が、彼女にとってはただの愉快なゲームでしかなかったのだ。
この女の性格の悪さには、本当に反吐が出そうだった。
今ここで何を言っても無駄だ。反論しても、この決定が変わらないことは理解していた。
最初から、俺はこの会社にとって、金を引き出すための道具に過ぎなかったんだ。
これは、俺が入社した時から決まっていた、使い捨ての運命だったのだ。
女は最後に、勝ち誇ったような顔でこう言った。
「今月の残りは有給扱いにしてあげるからぁ、明日から来なくていいですよぉ」
事務員はニヤつきながら、弄っていたスマホから顔を上げ、ようやく俺に視線を向けた。
そして、俺と目が合うと、さらに嫌味たっぷりの、口元だけが吊り上がった笑顔を浮かべた。
「今後のぉ~、ご活躍をぉ~、お祈りしてま~す♪」




