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21話【届かずとも、夜空の星へ手を】

「もうこれ以上、

 私の近くからいなくならないでよ……!」


 長い黒髪が顔を隠し、言葉が落ちる。


 俯いたままの結禍(ゆいか)は、もう何も言わない。


 室内は静まり、誰もすぐには口を開けなかった。


「……ごめん」


 最初に声を出したのは紅葉(くれは)だった。


 結禍(ゆいか)がぴくりと肩を揺らす。


 紅葉(くれは)は困ったように笑った。


「ごめん。でも……」


 一度言葉を探してから続ける。


「正直、まだ実感は無い」


 結禍(ゆいか)は顔を上げる。


 紅葉(くれは)は自分の胸元へ手を当てた。


「双子だったことも」


「一緒に育ったことも」


結禍(ゆいか)が、そんなふうに思っててくれたことも」


 申し訳なさそうに笑う。


「全部、結禍(ゆいか)が言うんだから本当にあったんだろうなって思うけど……ごめん、全然実感が無い。」


 そこで少しだけ目を伏せた。


 「だから、ごめん」


 結禍(ゆいか)紅葉(くれは)の言葉に何も言わない。


 ――そのとき。


「よしっ!」


 場違いなくらい元気な声が響いた。


「へぶっ」


 次の瞬間。


 未充(みちる)が、紅葉(くれは)結禍(ゆいか)の首へ腕を回していた。


 左右から強引に抱き寄せる。


「ちょっ……!?」


未充(みちる)ちゃん!?」


 二人が同時に声を上げる。


 未充(みちる)は満面の笑みだった。


「つまりあれでしょ?」


 ぐいぐい引き寄せながら言う。


「幼馴染とか親戚とか、そういうレベルじゃなかったってことでしょ?」


「……は?」


 結禍(ゆいか)が呆れた声を出す。


 未充(みちる)は気にしない。


「だって双子じゃん!」


 当然みたいに言った。


「私と惑華(まどか)みたいなものでしょ?」


「いや、それは――」


「同じ!」


 未充(みちる)はにやりと笑う。


「じゃあ、あとは思い出せばいいだけじゃん!」


「そんな簡単な話じゃ――」


「簡単だよ! 思い出はこれから作れば良いじゃん!」


 その言葉に、結禍(ゆいか)が一瞬だけ黙る。


 今度は惑華(まどか)が小さく頷いた。


「私もそう思う」


 惑華(まどか)未充(みちる)を見る。


「私たちだって、一度は全部見失いかけたから。ね?」


 未充(みちる)も少しだけ照れくさそうに笑った。


「うん」


 惑華(まどか)は続けた。


「だから大丈夫」


「私たちが双子だったことは消えなかったし」


「二人も、きっと大丈夫」


 結禍(ゆいか)は少しだけ目を伏せた。


 今度は桜子が手を挙げる。


「あ、もし本当にどうしても駄目そうなら」


 全員の視線が向く。


 桜子は悪気なく言った。


「時記にお願いして、昔の記録を――」


「桜子」


 即座に結禍(ゆいか)が遮った。


「……あんまり気軽に使わないでよ」


 ため息混じりの声だった。


 桜子は肩を竦める。


「ご、ごめん」


 結禍(ゆいか)は呆れたように言う。


「過去を見るのに供物が必要なんだからね」


 そう言って彼女はふっと力を抜いた。


 沈黙。


 誰も急かさない。


 やがて結禍(ゆいか)は小さく息を吐いた。


「……でも」


 黒い瞳が、紅葉(くれは)を見る。


「もう放っておく気もない」


 包帯の巻かれた左目へ触れる。


「紅葉は無茶するし」


 今度は桜子を見る。


「桜子は危なっかしいし」


「えっ」


「えっ、じゃない」


 未充(みちる)惑華(まどか)が思わず吹き出す。


 結禍(ゆいか)は少しだけ視線を逸らした。


「……心配だから」


 その声は小さかった。


「これからは、一緒にいる」


 社務所が静かになる。


 誰も、すぐには何も言わなかった。


 やがて。


「……よろしくね、結禍(ゆいか)


 紅葉の言葉に、結禍は一瞬だけ目を見開いた。


 (解ってる……私は()()()

 どんなに輝かしくても紅葉(ほし)には手が届かない……でも――今は……)


 それから。


 本当に少しだけ。


 星も見えない夜空を思わせる黒髪の少女は、


 泣きそうなくらい優しく笑った。



    ◇◆◇


 夕焼けの公園で、ひとりの男の子がしゃがみ込んでいた。


 右ひじが擦りむけて痛いのだろう。


 声を押し殺そうとしているのに、鼻の奥がつんと痛み、涙は止まらずこぼれ落ちる。


 転んだ拍子に砂が貼り付き、じくじくと血がにじんでいた。


 傷を見た瞬間、痛みはさらに強くなった気がして、男の子は唇を噛みしめた。


 そのとき、頭上から声が落ちてきた。


「……だいじょうぶ? キミ」


 男の子はびくりとして顔を上げる。


 そこに立っていたのは、高校生ほどの年頃の少女だった。


 ()()()としたスタイルが丹頂鶴(たんちょうづる)を思わせ、


 ふわりとした少しくせのある赤茶けた髪が夕日の光を淡く反射している。


「……転んだの? 大丈夫?」


 少女は少ししゃがみ、遠慮がちに男の子のひじを見る。


 その表情は驚くほど慈愛にみち、まるで聖母のようだった。


「……だいじょうぶ……」


 男の子がそう呟くと、少女は小さく頷いた。


「そっか。痛いよね」


 少女が小さな折り鶴を取り出すと。


「……これ。おまじない」


 そっと男の子の手のひらに乗せる。


「おまじない?」


 間の抜けた声で聞き返す男の子に、少女はかすかに笑う。


 その笑みはどこか無理をしているような切なさを帯びていた。


「……もう、これで痛くないよ」


少女はまっすぐ男の子を微笑んだ。


 夕闇の色が、その瞳に溶けている。


 男の子はこくりと頷いた。


 いつしか空はさらに暗みを増し、遊具の影は長く伸びている。


「……お姉さん、ありがとう。」


 少女は静かに頷く。


「うん。気をつけて帰って」


 男の子は貰った折り鶴を握りしめ、公園を後にする。


 家の近くで、男の子は足を止めた。


 右ひじが、痛くない。


 袖をまくると、擦りむいたはずの皮膚は滑らかで、血の跡も砂も、かさぶたの気配さえない。


 手のひらを見るとそこにあったはずの折り鶴は、消えていた。


 感触だけが、鮮明に残っている。


 夢だったのか。


 だが、泣いた記憶も、痛みも、少女の声も瞳も、確かに残っている。


 答えは出ないまま、男の子は不安を振り払うように家へと急いだ。


    ◇


 夕闇の公園の入口。


 街灯がひとつ、静かに灯る。


 ベンチに、男の子を見送った少女が座っていた。


「……よかった」


 その声は、風にほどけるほど小さい。


 少女のひじには、赤く擦れた傷がある。


 先ほどまで男の子にあったものと、同じ位置、同じ形。


 吐く息には痛みが混じっていた。


「……これで、いい」


 誰に向けるでもない、自分に向けた呟き。


 ――彼女が手にしたのは贖罪の夢。


 ――彼女の手が、影の向こうで掴んだ何か。


 それは(さかづき)酒杯(しゅはい)


 それは贖罪の具現。


 責任も義務も手放した結果。


 貴婦人が青年(我が子)へ向けた、情念の一欠片。


 憎き仇のはずの男を愛し、


 なに一つ責務をまっとうせず、憎まれる事すらできなかった。


 黒い影を裡から引き裂くようにして、顕れたのは……金継ぎの(さかづき)


 それは、“贖罪を抱く影”の御霊の依代。


 彼女の唇が紡いだ、


 “折り鶴と金継ぎの(さかづき)”の姿で描かれるその名は――


 (作者)

「第三章終わり! 次からは第四章。

 やっと、あらすじに書いたメンバーが揃いました! ここまで長かったー」

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