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葵の修羅  作者: シト
第三部 クーデター
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93話 密かな奮闘

 ――避難所にて。


 地響き――――操奈がビルを叩き斬った結果――――と爆発音が建物内に反響して、人々の精神を蝕む。

 それは人から人へと伝播していき、次第に大きな波となってパニックを引き起こした。


 少しでも遠くへ。

 少しでも安全な方へ。

 大事な人を、家族を守る為に。


 想いは錯綜し、中の隊員は困惑の一途を辿った。

 経験が少ないこと、こんなにも多くの人を前に声を張り上げる経験が無かったこともある。


 全ては仕方のないこと。


 そういうムードもあった。


 それでも、諦め切れずに彼等は声を上げた。


「落ち着いて下さい! ここは安全です。寧ろ外のほうが危険なので出ないで下さい!」


「一斉に動かないで下さい! 出来れば、その場で待機をお願いします!」


「怪我ですか?! すみません、こっちに治癒使える人お願いします!」


 皆必死で人々に応対する。

 しかし、人々の雑音は増えていくばかり。


 未経験の事態に、新人達は混乱しつつも一生懸命対応した。それでも、抑え切れないのは、人には感情があるからだった。

 人は皆、自分が大事なのだ。


 拳を握り締め、震える新人が一人いた。

 これは恐怖ではない。


 自分の無力さに、悔しさで打ち震えていたのだった。

 男の新人隊員は、唇を噛む。


(僕じゃ、救い切れない。でも、やれることだってあるだろ!)


 新人隊員――――両虎小隊、気仙水音は()()と前を向いた。


 その手に集めるのは、瓶覗かめのぞき色のマナ。

 それはやがて彼の手に馴染む()になる。


 それは――――ヴァイオリンだった。


 彼の特殊マナである、仙韻響律、束音律そくおんりつによって、試し弾きをしつつもその音を自分の耳にのみそれを伝える。


(よし、いける! 曲は……)


 水音は確かな手応えを感じた。このヴァイオリンで奏でられる事に関して。


 そして、緊張を息と共に身体から吐き出した。


(今、この状況で人を不安から救えるのは、音楽だ。その為に、僕は、人の心を動かす為にやってただろ!)


 吐いた息を体内に戻す様に息を吸った。


 弓を動かして弦を擦る。

 奏でるは、バッハ作曲のG線上のアリア。


 自ら音を創り出すと同時に、仙韻響律、強音こわねで音を強くして、伸和調しんわちょうによってなるべく遠くまで音を響かせようとする。


 人々は素晴らしい音色に思わず足を止めた。

 喋ることすら許されず、精神を支配される様に強制的に音に集中させられた。


 彼の穏やかな雰囲気を思い起こさせる様な演奏に、ささくれ立った人々の心は次第に平穏を取り戻した。


 演奏が終わる頃には、水音に向けて拍手が出来る程の落ち着きぶりだった。

 水音は万雷の拍手を受けて、軽く礼をして指示を出した。


「すみませんが、現状一番安全な場所はここです。どうか取り乱さず、待機をお願いします。そろそろ応援が来ますので」


 水音はお辞儀をしながら、民衆にそう言った。民衆は今まで無視していた指示を初めて正面から受け止めたのだった。


「ねぇ、ああ言われたら動けないよね」

「確かに、迷惑だったかも……」

「思えば、爆発してんの外だもんな」


 市民からはこういった声が出始め、その場で動きを止めた。


「ありがとうございます!」


 水音は嬉しくなり、目に涙を浮かべながらお辞儀を繰り返した。


 人々の顔には、仄かに笑みが浮かんだ。


 水音は他の隊員の所に合流する。


「土門さん……どう?」

「す、すみません。時間取らせちゃって……。大丈夫です。外と断ち切りました」

「良かった……これで音が入ってきませんね」


 亀筮小隊、土門六花は水音の質問に、少しびくびくとしながら答えた。その顔にはほんの少し笑顔が浮かんでいた。

 水音はその答えに、安堵の息を吐いた。


 そう。

 先程の水音の演奏は、六花の特殊マナである、絶門花ぜつもんかを発動させる為の時間稼ぎだったのだ。


 絶門花は、花でできた門によって空間ごと外界と断ち切るという能力である。尤も、これは何かの建物や結界に繋げることで断ち切ることが出来る。

 しかし、彼女はまだ結界術が使えない為に、誰かの結界や建物に接続する必要があった。

 また、断ち切る為には、門を完全に閉めた上で門の花から伸びた蔓をその建物に絡み付かせなければならない。


 現在、避難させている人の数が多く、建物を数棟になっている現状で、蔓を回すのが遅れてしまっていたということだった。

 その為、誰かが人々の動きを止めさせる必要があったのだが、結果的に水音が何とか演奏出来たことで人々を止めることが出来たのだった。


 戦闘ばかりが()()なのではない。

 こういった場でも、()()が行われているのだった。

久しぶりの登場の二人でした。

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