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空の器  作者: 相田 來生
第二章 極限
9/29

8.会議


 8


 あまり眠れずに朝を迎える。そもそも改めて寝たのは一体何時くらいだろうか。

 明らかな寝不足でウトウトとしていると、ストラッシュが朝食と服を持って現れた。

 さすがに昨日の下山途中で果物を齧った以来何も食べていなかったので腹は減っている。そして自宅を出てからというもの一度も着替えをしていない。風呂の後も結局着るものがなく汚れた服を着ていた。

 幸広とストラッシュは筋肉のつき方こそ天と地ほどの差はあるが、背格好が似ているため彼が自宅から自分の私服を幾つか持ってきてくれた。その服のデザインは一応この世界の「若者」に人気なものらしいが、幸広には一種の民族衣装にしか見えなかった。

 朝食を摂ると謁見の間へ向かうべく部屋を出る。その途中ストラッシュから「王国騎士団に入団する方法」を聞かされる。正直聞くまで全く興味はなかったが、年に一度魔武道大会が開かれ上位入賞することで入団試験の受験資格を得られるなど、漫画で見るような定番な要素が多くちょっと面白いと思ってしまった。

 今ここにいるストラッシュもその大会で優勝し、その年の試験では首席で突破したのだとか。その当時はとても誇らしかったらしいが、何年も働いていても今現在も平団員なので上には上がいることを思い知らされている。

 ふとその騎士団の副団長を務めているというオルヴァーハを思い出す。実際に彼が戦っているところを見たことがないので実感は沸かないが、致命的な方向音痴を考慮してもその地位にいるということは相当な腕前なのだろう。

 騎士団には高い魔法力(マギエラ)魔法(マギエ)を応用して操る能力)と高い武力を持ち合わせた者だけが入団を許される位の高い職業なのだそうだ。その中でも魔法(マギエ)部隊と騎士隊に分属され、ストラッシュは騎士隊に所属している。

 そして大体の魔力(マギ)の質と量はその人の外見で判断できると聞いた。髪色が黒に近いほど魔力(マギ)の密度が高く、長さで総量が決まるらしい。どおりでこの世界に来てから黒髪長髪の人が多いわけだ。

 しかしその判別方法に関しては一概には言えず例外もある。昨晩出会ったミシュレンカなんかは相当な力の持ち主だと幸広でも分かったが、髪の長さは出会った中で一番長かったが髪色は銀色だったのでその定義にはあまり当てはまらない。

「あれ?じゃあオルは……」

 長さも色も、定義には全く合っていない。

 ストラッシュはそれを聞かれることを前提で話をしていたのだろう、あまり口外しないことを前置きに話を始める。

「昨日簡単にお話はさせていただきましたが、副団長殿はかつて王女直属の護衛として勤めていらっしゃいました。その職務はこの国はじまって以来初めての職務だったそうです。王女の魔力(マギ)の強さはシヴェト全域でも一番で、現在もそれを上回る者が現れたという話は聞きません。そのせいで幼い頃から色んな国から力を奪おうとする輩に命を狙われてきました。しかし毎回王女はご自身の力で退けてはきましたが、それが続き魔法(マギエ)の使いすぎでとうとう倒れられてしまいました。さすがの王もこのままではいけないと王女の護衛部隊を作りましたが、どなたも王女をお守り出来るほどの力を持っておらず、結局は王女の力に頼りきりになってしまったのです。そこに現れたのが副団長殿です。あの方は実は当時王女と並ぶほどの魔力(マギ)をお持ちでした。元々騎士団入団を希望されておられたので武力も当時の騎士団長をも負かすほどの実力で、王は迷いなく副団長殿を王女の護衛として迎え入れました。それは部隊を作らず、副団長殿一人に護衛を任せるという前例のないことでした。入団が決まってすぐの配属だったので周りからは相当いろいろ言われたみたいですが、あの方の仕事に対して真っ直ぐすぎる姿勢と、それ以外何も出来ないポンコツ具合で次第に周りから愛されるようになってきました。王女自身もあの方に深い信頼をお持ちでしたが……」

 ストラッシュは一瞬次の言葉を発するのをためらった。

「今から約十年ほど前、ある事件が起こりました。それは王女の魔力(マギ)の暴発でした。何が原因かははっきり通達はされていません。その事件でお二人は大怪我を負い、王女は病にかかり副団長殿は魔力(マギ)を失いました。それは外見でもはっきり見て取れるように、髪の色は抜け落ち、長さもあれ以上伸びなくなったそうです。これがあの方が魔法(マギエ)を使えない理由です」

「そ、う……なんや」

 オルヴァーハがそこまでの人物だったとは思っていなかった。

 シヴェト全域で一、二を争う力の持ち主ということは世界一、ということだろう。それが今や持っている力が一瞬の事故で亡くなるなんて……

 生きているだけでと思う者もいるかもしれないが、それが全てだった者にしてみればその絶望は計り知れないだろう。幸広にはオルヴァーハやその王女の当時の感情は到底理解できない。

 空気が重くなるのを感じる。しかし背後からの突然の呼びかけでその空気は一蹴された。

「そんなところで何をしている」

 何重にも重なったようなボリュームの白いローブを纏ったプロロクツヴィが感情のない表情で立っている。このローブが軍師の正装らしい。

「ぐ、軍師殿!おはようございます!」

 ピ、と音が聞こえるくらいストラッシュは素早く姿勢を正す。

「おはよう、ストラッシュ。少年、昨夜は眠れたか」

 ストラッシュに挨拶を返すと切れ長の目を幸広へと移す。

「え、あ、はい。いや、あんまし……かな」

 急に話を振られて反応が遅れる。どうもプロロクツヴィが出す神秘的な雰囲気には緊張してしまう。

「そうか。いずれ君には大役をお願いすることになる。できるだけ体力を温存しておいてくれ」

「え」

 プロロクツヴィは二人を追い越すとき、ストラッシュにささやく。

「……人の噂話は感心しないぞ」

 それを聞いたストラッシュは全身から血の気が引くのを感じた。

「も、申し訳ございません!」

 勢いをつけて頭をさげる。そんな彼の肩にプロロクツヴィは「気を付けろ」と手を置く。

 そこからのストラッシュの反応はほぼ皆無だった。

 話を聞こうとした幸広もその状況を見て悪いことをしたな、と反省する。

 静かで長い廊下の先には一際大きな扉が目に入る。その扉の両サイドには金色の槍を携えた兵士が番をしている。この先に謁見の間があるそうだ。

 プロロクツヴィの姿を見つけた番兵は敬礼をすると持っていた槍を両手で持つとゆっくりと動かす。槍先に赤い光が灯ると二本を交差させる。すると赤い光は青へと変わり扉の鍵が開く音が響く。そしてゆっくりと扉が開かれた。一連の動作を見ていた幸広は驚いた。

「え、あれ、魔法(マギエ)?って魔具(ナラディ)がないと使えないんじゃなかったん?」

「あの槍も魔具(ナラディ)だ」

「え!魔具(ナラディ)ってペンじゃないの!?」

 プロロクツヴィが見せてくれたのはペンタイプだった。そこから魔具(ナラディ)は全てペンの形をしていると思い込んでいた。

魔具(ナラディ)は人それぞれの属性や向き不向きで変わってくる。あの者たちのような兵士は所持している装備品を魔具(ナラディ)として使用している。私の説明が足りなかったな。すまない」

「そうなんや……」

 プロロクツヴィの魔具(ナラディ)がペンだったのは本職が学者だからだ。説明を受けた時は幸広がパニックを起こしていたから深い説明を省いたのだろう。

 属性や得意分野などで装備品が変わってくるとか、本当にゲームの中に入り込んだような感覚になる。

 開いた扉に入ろうとすると、ストラッシュが動かないことに気付く。

「ストラッシュ?」

「私は幸広殿をこちらまでご案内するまでが任務でございます。戻られるまでこちらに」

「一緒に聞いてたらあかんのかな?」

 ここまで来たなら、とは思うがこう言った組織の中ではあまり余計なことはできないのだろうか。

「少年」

 すでに扉を越えていたプロロクツヴィが幸広を呼ぶ。急かされた幸広は口を尖らせながら足を向ける。

 その様子を見て何かを考えたプロロクツヴィはストラッシュも呼んだ。

「ストラッシュ、あなたも来なさい」

「は、はい!」

 先ほどの失態で失意のどん底まで落とされていたストラッシュだったが、その思いがけない上司の声かけに焦りつつも嬉しそうに駆け寄ってくる。

 幸広は隣に付くストラッシュをニヤニヤと肘で突き、それを「やめてください」と軽く払った。


 扉の先の短い廊下を通りその先の扉を開くと、奥行きも広く天井の高い空間に出る。そこは壁という壁にやたらと派手な装飾が施されている。

 部屋の真ん中を縦断するように一本の赤い絨毯が真っ直ぐに伸びている。それを両側から挟むように等間隔で武装した兵士が立ち並ぶ。

 赤い絨毯の先には背もたれの大きな椅子に髭を蓄えた恰幅のいい男性が腰掛けており、その傍らには長い髪を綺麗に結い上げた女性が。どちらも着飾っていてとても位が高い人なのだということが見て取れる。

 その近くには既にオルヴァーハが鎧を身につけた状態で控えている。彼の頭の上に座るパネンカが幸広に気付くと黒い翼を羽ばたかせて近付いてきた。

 オルヴァーハの他に初めて見る男性が二人いた。ストラッシュは緊張しているのか先ほどの失態を気にしてかは分からないが、何を聞いても答えてくれなくなった。仕方がないのでパネンカに詳細を聞く。

 目の前に座る二人はイェギナ王国の国王と王妃だそうだ。幸広はついに国のトップとも対面してしまった。

 オルヴァーハと似たような鎧を身につけている体格のいい男性はハルヴァ。王国騎士団の団長をしている。そしてその向かい側に立つ男性をニストールと呼んだ。ニストールは大臣で、ひょろりとした体つきに口元にワザとらしい髭を生やし、体には似つかない大きな本を抱えている。昨日パネンカにプロロクツヴィを連れて来いと伝えた「ダイジンさん」はこの男だ。

 プロロクツヴィは皆が集まっている場所に着くと、国王に向けて頭を下げた。

「クラール王、ローヴナ王妃。お時間を頂きありがとうございます」

「いえ、よいのです。王女に関わることですから……」

 王妃が手を組み、早く話を、と急かす。

 国王がプロロクツヴィの後ろに立つ幸広に気付く。

「その者は……もしや」

「はい。ナドヴァです」

「まぁ……」

「こんな少年が……」

(ナドヴァ?)

 国王も王妃も幸広を哀れむような目で見る。その目線が幸広にはなんだか居心地が悪い。

 ナドヴァとはなんだ。初めて聞く単語だ。

 全てにおいて説明が足りない。いや、これが普通なのか。逆に知らない方がおかしいのか。

 そんなことを考えている幸広をよそにオルヴァーハがキョロキョロと辺りを見回している。

「ラヴラフはまだなのか」

 王様に大臣に、次々出てくる新しい人物に幸広の頭は思考がストップしかけている。もうすでに名前は覚える気はない。

「あいつが会議に間に合ったことはこれまで一度もないぞ」

 ハルヴァがオルヴァーハの問いに答える。

 これは会議だったのか。幸広はただ話を聞くだけに集まったと思っていたので若干焦る。会社では会議の時は事前には大体の内容を知らされてレジュメなどいろいろ資料を持って会議室へ、が通常だったので突然の会議という言葉に変な汗が出る。

「あの者は放っておけ。そのうちに来るだろう。では他は揃っているので話を……」

「らーーーーぶるりのお出ましだにゃーん!!」

 大きな声が広間中に響き渡る。

 すると上空からカラフルなワンピースに派手なとんがり帽子をかぶった小柄な人がオルヴァーハめがけて降ってきた。そのままの勢いでオルヴァーハの首に捕まるとぐるりと遠心力で背中に飛び乗る。おんぶの状態だ。

 見た感じ小学生くらいの身長で、足首ほどまである髪は淡い栗色でふわふわのパーマを当ててある。

「オルちん、お久しぶりにゃーん」

「ラヴラフ……髪色変えたのか」

「やーん、気付いた?っていうかー、らぶるりって呼・ん・で♡」

 オルヴァーハの頬に思い切り指をぐりぐりとねじ込む。

「では話を始めます」

「ちょーっと待てぇ、このクソ軍師が!」

 ラヴラフは状況をスルーするプロロクツヴィを叱咤する。

「感動の再会しとるやろが!見て分からんのかこの鉄仮面!」

「今することではない」

 ごもっともだ。オルヴァーハが背中で人間とも思えないような獣のような表情でプロロクツヴィを睨む子どもの口を手で塞ぐ。しかしその手をラヴラフは愛おしそうに掴み、頬ずりをし始める。一応大人しくはなったが、そのカオスな状況に幸広は冷ややかな視線を送る。

 パネンカ情報ではこのラヴラフは体は小さいが年齢はおそらくオルヴァーハやプロロクツヴィよりも遥かに上で、且つぶっ飛んだ魔女っ子のような格好をしているがれっきとした男性らしい。長年生きている影響か魔法(マギエ)の知識は豊富で、その見た目からは想像しづらいが、魔力(マギ)の量はシヴェト全域で見てもトップクラスで、魔法(マギエ)部隊の長だそうだ。このイェギナ王国には聖山があることで魔法(マギエ)を生業とする人が集まりやすいのだとか。

 オルヴァーハにおぶさるという奇妙な光景はいつものことなのか、他の誰も特に反応することはなく話を進めていく。

「ではニストール、状況の説明を」

「はい」

 ニストールは手に持っていた大きな本を開くと手をかざす。すると本が光り、その上にホログラムのように映像が流れ出す。そこには目の前にいるヒゲの男が歩いている場面が映し出されている。

「こちらが昨晩の私の記録です。夜の定期面会のお時間に姫様のお部屋にお伺いした際、ノックをしてもお返事が聞こえてきませんでしたので、失礼ながらお部屋に入らせていただきました。しかしそこには姫様はいらっしゃいませんでした」

 映し出される映像に沿ってニストールが説明を付け加える。

「お部屋から抜け出されることはよくあることなので、いつもいらっしゃる場所にお姿の確認に向かいましたが、そこにもいらっしゃらず……この時点でおかしいと判断いたしました。ハルヴァ殿とラヴラフ殿に協力を依頼し、城中を探し回りましたがどこにもお姿は見当たりませんでした……この時パネンカ殿がいらっしゃったので至急軍師殿を、とお伝えしました」

「俺も傀儡(かいらい)を使って探させたがどこにもいなかった」

 ハルヴァの懐から小さな土人形が顔を出した。幸広と目があったらしい土人形は幸広の足元へと駆け寄ってくる。どうやら幸広は人形という種族にモテるらしい。

「あたしの魔力(マギ)の探り当てでもこの界隈に反応はなかったよ」

 魔法(マギエ)を使う上位階級の人々はそれぞれに特技があるらしく、ニストールは記録(記憶)の映像化、ハルヴァは傀儡を使い、ラヴラフは魔力(マギ)の読み取りをして場所や特性を探ることを得意としている。

「ここからは軍師殿のご報告を」

 国王たちも静かに報告を聞く。その表情は心底王女を心配しているか、王女がどれだけ愛されているのかが見て取れる。その様子を見て幸広の浮き足立っていた気持ちが瞬時に冷める。

 プロロクツヴィはしばらく考えた後、口を開いた。

「王女は……闇者(トゥーマ)による誘拐の可能性が高い」

「なっ……」

 その場にいたほとんどがざわつく。オルヴァーハだけは前もって知っていたのか、冷静に聞いているように見える。が、硬く握られた拳を見ると、今の状態を保つのがやっとである事が分かる。

「どうして……警備は常に万全のはず!」

「分かりませんが、我々の保護魔法自体に穴があったか、向こうに我々以上の魔法(マギエ)の使い手がいるか……もしくは内通者がいるか」

「内通者だと!?」

 先ほどよりも更にざわめく。中でもニストールは警戒心からか分厚い本を今にも投げとばしそうに構えている。その本からは黄色い光が漏れていることから、それが彼の魔具(ナラディ)であることが窺える。

 そんな状態でも制止するわけでもなくプロロクツヴィは話を進める。

「あくまで可能性の話です。昨日の王女の寝室にはわずかだが闇魔法(トゥマギエ)の痕跡が残っていた」

「犯人の目星は ついているのか」

 オルヴァーハが口を開く。なんとなく顔色が悪い。

 昨日心ここに在らずだったのはこの件が原因なのだろう。

「南の独立国周辺に黒雲が集まっている。そこが怪しいだろうな。国力の低下が著しく何やら周辺部族と戦になりかけているという話がある程だ。それを制圧するためにも今はどんな力でも欲しているのだろう。そこで闇魔法(トゥマギエ)にも手を出した」

「その戦に姫の力をも利用しようとしているのか……!」

「そう考えるのが妥当だろう。そしてそれを鎮静化できれば、おそらく波に乗ってイェギナにも攻め込んでくるでしょう。王、備えを」

「うむ」

 シヴェトで一番の魔力(マギ)の持ち主である王女を誘拐するとなるとそれはすなわち戦争を覚悟しているということだ。

「一国の王女を誘拐などと……これは宣戦布告ですぞ、王よ!今すぐ打ち負かしに参りましょう!」

 ニストールが大きな声を上げる。相変わらず手元で構えられた分厚い本は光を発していて、いつでも攻撃する準備は整っていると主張している。それにハルヴァが反論した。

「ニストール殿、これはあくまで可能性でこちらの勝手な推測だ。まずは事実確認を……」

「いいや!絶対にそうです!こうしているうちに姫様は……!私が不甲斐なばかりに……あぁ姫様、お労しい……」

 さめざめと涙を流す髭の男にハルヴァが肩をすくめる。

 しかし、同じ様に気が急いているのは彼だけではなかった。

「プロロクツヴィよ、一体どう動くつもりだ」

 クラール王も愛娘がどんな危険な目にあっているかもわからない状況に今にも立ち上がりそうだ。それに加え、国王としても先ほどの話が事実なのであれば、国同士の戦争は避けられない。

「昨晩状況確認にシーハットを送りました。今晩には戻るはずです。その情報次第で詳細は変わりますが、小部隊を編成して王女奪還に向かいます。王女の力を利用するつもりなら殺しはしないでしょう」

 プロロクツヴィの言葉にニストールが「殺すだなんて!」と騒いでいる。

「しかしなぁ、軍師さん。外は祭りだ。その警護にほとんど兵は出しちまってるからうちからはあまり人は出せねぇぞ」

 街では本日より数日間に渡り祭りが開催される。

 敵もそのタイミングを狙っての犯行なのかは分からないが、街に被害が出ては元も子もないので、ハルヴァとしては警備を怠ることは出来ない。

「それには及びません。小部隊と言ってもこの何も状況がつかめていない状態で出兵してしまうと、それこそ火に油を注ぐようなもの。下手に動けば民衆に混乱を招きます。王女奪還は極秘で行います」

「どうするんだ」

 プロロクツヴィはこの場にいる面々を見渡せる位置に移動する。

「オルヴァーハ、ラヴラフ、ストラッシュ。そして少年。あなた方に行って頂く」

「え!?俺も!?」

 まさか自分も挙げられるとは思っていなかったので、幸広は思わず声を上げる。その場の全視線が集まる。

「王女の容体と君の呪いの進行状態はどちらも思わしくない。救出先で王女と接触できるのであればその場で対応いただくのが最善だ」

「えぇ……」

 この言葉がこの国の軍師が王女は南の独立国にいることを確信していることを物語っている。

 自分も同行することと呪いの進行が進んでいるらしいという現実をダブルで突きつけられ、幸広のテンションは一気に下がった。

 しかし、オルヴァーハが幸広の心情を読み取ってか、その提案に反発する。

「さすがに何の力も持たないユキを戦場に連れて行くにはあまりにも危険すぎる。状況によっては俺たちもユキを守れるかどうか……」

 それに同調して幸広は何度も首を縦に振る。

「それに関しては考えがある」

 入り口から一人の兵士が入って来た。そして王の前で止まるとキレのいい敬礼をする。

「失礼いたします!軍師殿に伝言でございます!」

「うむ」

 王の許可を得た兵士は、プロロクツヴィに耳打ちをする。

 それを聞いたプロロクツヴィは心底呆れた表情でため息をつく。下がっていいと命じると兵士は「失礼いたします」と再び敬礼をし、駆け足でその場を後にする。

 それを見届け、オルヴァーハが口を開く。

「で、その考えとは?」

「ティトリーを同行させる」

「ティトリーを?」

「ああ。早速出鼻を挫かれたがな」

 先ほどの兵士にプロロクツヴィが前もってそのティトリーをこの場に連れてくるように、と言い渡していたらしいがどうやらこの場には来ないようだ。

 新キャラがどんどん出てくるので、幸広は「困った時のパネンカ様」に聞く。

「ティトリーて誰」

『学者だよ。本来だったら学者は城内で魔法(マギエ)の研究とかしてるはずなんだけど、あいつ変な奴で本職そっちのけで街にある何でも屋にずっといるらしいんだ』

「何でも屋」

『そっちの方が楽しいんだって。報酬と気分次第では何でもするけど、逆にそれが見合わなければ依頼は受けない。本職も給料以上のことはしないんだって。人に指図されるのが嫌いだから、なかなか組織には向いてない人だよな』

「ああ……そういう奴どこにでもおるよな」

 ティトリーは学者ではあるが、武術にも長けているらしく時折こうやって任務に派遣されるが、気分が乗らなければ今のように会議にも現れない。

 頭の良さはプロロクツヴィと張るらしいが、あまり城内で姿を見ないので噂止まりだ。しかしこうやって軍師直々に任務の依頼をされるということは事実なのだろう。

「しかしなぜティトリーを?」

「軍師殿が行くならあいつはいらんだろう」

「私あいつ嫌いなんだけどー」

 各々が自由に口を開く。正直幸広にはこの会議も緩すぎて、本当にこれでいいのか心配になってくる。仮にも国のトップが同席しているのにこんな感じでいいのか。

「これから祈祷が始まる。私は行けない」

 祭りの要である『繁栄の祈祷』がこの後すぐ行われる。国の最高祈祷師が集まって祈祷することから、その最高管理者としてプロロクツヴィはその場を長く離れてはいられない。プロロクツヴィの頭脳の代わりにティトリーを連れて行くという考えらしい。

 ティトリーは性格上適当な人間だと思われがちだが、一度引き受けた依頼は完璧にこなさなければ気が済まない質らしく、且つ意外にも責任感が強いので代わりには最適なのだとか。

「でも来ねぇんだろ?」

 怪訝な顔でハルヴァは軍師を見る。しかしプロロクツヴィには何か考えがあるのか「問題ない」とだけ言い放つ。

 何が問題ないのかは分からないが、結局ここにいるメンバーと来るかもわからないティトリーを連れて王女奪還作戦が決行されることが決まった。


 プロロクツヴィとハルヴァ、ニストールを残したその他全員は謁見の間から出る。今夜出発の予定なので、それまでに装備を整えておけと言い渡された。

「なぁ、俺どないしたらえぇかな」

 財布もスマートフォンもない今、幸広は何を装備すればいいのか。身一つで戦場へと赴くとなると、その行く先は死一択だろう。

 そんな幸広を見てパネンカが思いついたように提案する。

『そうだ、お祭りでも行くか』

「お!ええやん」

 パネンカの粋な発言に迷わず乗る。幸広と同じくパネンカも特に何の準備も必要ない。ちょうど同じことを考えていたのだ。

 しかしそれを許さないストラッシュが幸広を叱り付ける。

「ユキヒロ殿!これは遊びではないんですよ!」

「ええぇぇ……」

 少しふざけただけのつもりだったが、真剣に怒られてしまう。ストラッシュは冗談が通じない、とパネンカに小声で愚痴るがそれも聞こえていたようでさらに怒られた。

 彼はあの会議の後幸広専属の護衛に任命されたため、かなり気合が入っているらしい。だが幸広の自由な言動に翻弄されることも多くあるため、それを見抜き始めている幸広に時折いじられている。

 しかしパネンカの提案に思いがけない人物が乗り気だった。

「俺も買い揃えたいものもあるから、ユキ一緒に行こう」

「マジで!行く!」

 上司であるオルヴァーハがそのように言うのであればストラッシュとしてはもう従うしかない。

 しかしストラッシュが街へ出る承諾をしたのにはもう一つ理由があった。おそらくこのまま幸広を街へ行かせなければ、この上司は一人で街へ繰り出していただろう。そしてそのまま夜までに城に戻ることはできなくなることは確実だった。オルヴァーハは壊滅的な方向音痴だ。

 ストラッシュは幸広専属の護衛、という肩書きを手にしたと同時に、オルヴァーハのお守りも担うこととなった。

 自分はもしかすると損するタイプなのかもしれない、とストラッシュは心の中で護衛を引き受けたことを少し後悔した。

「あれ?でも昨日山から戻った時は真っ直ぐ帰れたんやろ?」

 昨晩街に着いてからはオルヴァーハは別行動だった。あの時オルヴァーハは馬で迷うことなく一直線に走り出していた。

「ああ、あれは本当に真っ直ぐ一本道だったし、馬が道を覚えてくれてるから」

 あの時用意されていた馬はオルヴァーハの城下専用に調教された特別な馬だったそうで、どこから乗っても真っ直ぐ城に戻ってくれるらしい。

(そこまでするか……)

 この男は本当に周りに恵まれているのだろう。周りのフォローが神がかっていたからこそここまでやってこれたのだ。

 彼にはそれだけの価値のある人間だということだ。

 幸広の胸がチリ、と痛んだような気がした。

 一瞬のことだったので特に大事にせず気にしないようにする。

(でも……呪いが進行してるってことは……)

 先程のプロロクツヴィの言葉が頭の中で繰り返される。

 いつ、どのタイミングで発作が起きるのかもわからない。今の気にならない程度でも発作の予兆として考えるほうがいいのか。

 幸広は首を振って考えていることを振り払う。このまま考え続けていると昨日同様マイナス思考になるだけだ。

(今は目の前の事に集中しろ……)

 考えても答えは出ない。幸広は腹をくくり、先を行く皆の後を追った。

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