9.鬼才
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城下へ出るとすでに祭りは始まっていた。本来であれば「繁栄の祈祷」が始まりの合図らしいが、住民たちはその時間まで待ちきれず、先に始めてしまっているようだ。
それでも祈祷が始まると皆その美しい光景に見入ってしまうらしい。幸広は昨日出会ったミシュレンカから簡単にしか祈祷の詳細を聞けていないので、実際に見るのが楽しみだった。
道という道は人で埋め尽くされており街へ出るという選択肢は若干間違いだったようにも思えたが、日本の祭りとは違った雰囲気に幸広はたまには賑やかなのもありだと思えた。
しかし、こんなどんちゃん騒ぎの状態で装備品など売っている店など空いているのだろうか。
「オルー、今からどこに行くん」
人に紛れながらも先を進んでいくオルヴァーハに声をかける。そもそも道は合っているのか。
目的地を聞き出そうとするが、返事が返ってこない。
あまりの人混みで聞こえていないのか、と思ったが、右側上空にいるラヴラフとは楽しそうに会話をしている。その後ろを飛ぶパネンカにも応対しているということはこの人混みのせいということはないはずだ。
「オル!」
もう一度呼んでみるが、反応はなかった。まさかこのタイミングでいじめ勃発か。気付いてもらおうと手を伸ばすが、人に揉まれて届かない。
幸広の後ろについていたストラッシュが見かねて声を上げた。
「副団長殿!」
その声にオルヴァーハは右後ろを振り返った。
明らかに何かがおかしい。幸広とストラッシュがいるのはオルヴァーハの左側だ。普通なら左からの声かけに対して右側を向くのは間違っている。
「ああ、こっちか。どうした?」
「お前……ちょっとこっち来い」
やっと手が届き、幸広は人の少ない場所へオルヴァーハを引っ張り込んだ。
「どうした?」
「お前、耳どないした」
「ん?耳?何がだ?」
「俺んとこおった時普通やったやんな。いつからや」
「えぇ?……何の話だ?」
「耳!聞こえてへんやろって言うとんねん!」
幸広がオルヴァーハの左耳を指差す。オルヴァーハは無視した訳ではなく耳が聞こえていないのだ。幸広につられてオルヴァーハは自分の左耳をペタペタと触ると、みるみるうちに顔が青ざめていく。
「……どうしよう、聞こえない……」
「今気づいたんか!」
何をどうすれば聞こえないことに気が付かずに生活できるのだろうか。
「オルちん、お耳聞こえないのー!?かわいそう!私が治してあーげる☆」
その声のトーンだけを聞くと完全に面白がっており、全然可哀想に思っているようには聞こえない。ラヴラフはどこからか魔女っ子ステッキのような棒を取り出し、全身をつかって棒を振り回す。
「りりるり☆らぶるり!オルちんのお耳よ、治れ~☆」
ふざけている様にしか見えないが、振り回すステッキの先に付いた星から、アニメさながらキラキラと光が溢れ、オルヴァーハを包み込む。
幸広は「この世界にはいろんな魔法があるねんなぁ……」としみじみ感じた。
しかしキラキラと輝く光を見つめていたラヴラフはステッキを下ろし、表情が一変した。そして先ほどまで魔女っ子を演じていた声は本来の男性のものへと変わった。
「……オルヴァーハ、あんた……禁忌に触れたな」
「……!」
その言葉にオルヴァーハは息を呑んだ。ラヴラフはそれだけ言うと元のふざけた状態に戻った。
「オルちんが一体何をしたのかは知らないけど、さすがのあたしも禁忌の代償には手を出せないにゃん!耳の事は諦めてね~」
そういうとラヴラフはステッキをどこかへ消した。
禁忌。この世界に来た時にプロロクツヴィに聞いた。世界間移動の魔法はその代償が大きすぎるため遥か昔に禁忌とされ、そしてそれは一般の使用は禁止された。
オルヴァーハはその禁忌を使ったというのか。その対価がこれか。もしや、彼の右目が見えていないのもその影響か?この世界に来てから、オルヴァーハやプロロクツヴィの世界間移動の話が出る度おかしな反応は全てこの事を指していたのだ。
オルヴァーハの耳は死ぬまで治らないとラヴラフは語る。しかし彼の口ぶりからオルヴァーハがどんな禁忌を犯したのかは知らないらしい。
王女のため、幸広を連れてくるために自分の体を犠牲にした。客観的に聞くととても美しい話のようにも聞こえるが、幸広にはそうは思えなかった。何か見返りがあるのかもしれないが、何が起こるか分からないのに人の為に自分を犠牲にするなんて、ただの偽善だと思えた。しかし目の前の男はそういうことをしでかす奴なのかもしれない。
目に見えて落ち込むオルヴァーハを慰めようと近寄るが、思いの外彼はすぐに顔を上げた。
「まぁしょうがない。慣れるしかないな」
「え」
ケロリとした態度でオルヴァーハは歩き出した。その状況に幸広の空いた口は塞がらない。
耳が聞こえていなかったことにも気付かなかったくらいだし、本当に本人は案外気にしていないのかもしれない。だがその真相は本人にしか分からない。今は彼の意向を汲む他はなかった。
「おーい、何してるんだ。早く行くぞー」
オルヴァーハの後を追うと同時に背後から歓声が上がる。
振り返ると空に無数の色とりどりの光が流れ星のように広がっている。方向的に聖山から放たれているそれは、皆が待ちに待った「繁栄の祈祷」だ。日中の明るい中でもはっきりと見えるそれはただの光ではなく、魔力の塊なのだとか。魔力が発光して人々に魅せながら空を横断していく。時には雨のように街に降り注ぎ、それが繁栄の源となる。
「すっげ……」
目の前の光景に圧倒される。空一面に魔力の光が瞬いており、誰もが見入ってしまうというのもうなずけた。
『これが三日三晩続くんだもんなー何回見てもスゲェなぁ』
「え!そんなに続くんや!」
「そうですよ。その間軍師殿や祈祷師様達もずっと掛かりきりです」
「ハァー……そりゃ外出してる暇もないなぁ」
街の住民の殆どが同じように空を見上げているが、中にはそうでもない人もいる。幸広が口を開けて光を見つめていると、前方からの通行人に思い切りぶつかる。
「うぎゃ」
その反動で尻餅をつくが、ぶつかってきた当人も一緒になって倒れて幸広に覆いかぶさってくる。その人物にはなんとなく見覚えがあった。
近くに見える黒髪は高い位置でツインテールにされ、その細い体には黒い皮のジャケットが羽織られている。そして酒臭い。傍らには大きめの酒瓶が転がっている。
さらに見覚えのある財布が……
「お、俺の財布!」
幸広を助け起こそうと手を伸ばしていたストラッシュが、その言葉を聞いて掴む対象を変えた。幸広の上で眠りこけようとする酒臭い女を掴み上げると、そのまま引き摺り下ろし地面に押さえつける。
「むぎゅう」
「貴様、昨日の盗人だな!」
女はジタバタと手足を動かすが、酒が入っているせいかストラッシュの腕から逃れられない。
「ユキヒロ殿!持ち物はそれだけですか!?」
「い、いや、あとスマホと家の鍵……」
「貴様!」
改めて押さえつけようとするが、女は一瞬の隙を見てするりとストラッシュの腕を抜け出した。
「ちょぉっと~痛いからぁ」
女は落ちていた酒瓶を拾うとラッパ飲みをしようとするが中身がないらしく、瓶の口から中を覗いている。
騎士団員である自分を出し抜かれたストラッシュはプライドが傷ついたのか、女に掴みかかるが、のらりくらりとかわされてしまう。
「なっ……」
常に鍛錬を怠らず日々精進を座右の銘にしているストラッシュは、こんな酔っ払いに踊らされている事実に戦慄く。
すると大きな声と共に何かが飛んできたので、ストラッシュは思わず避けた。
「ごるぁぁあああクソ女あぁぁぁああ!」
飛んできたものは人間だった。成人男性が女に飛び蹴りを食らわせに来たらしい。その蹴りは女を直撃し、もちろん二人とも例にも漏れず遠くまで吹っ飛ぶ。その光景に幸広一行、というより周囲の人々は空の美しい光をそっちのけで騒ぎを覗き見ていた。
男は地面に不時着するとすぐに起き上がり、女の胸倉を掴んで持ち上げる。
その男の出で立ちはこの世界特有のものとは大きく違い、まりもを想像させるくらいの短髪で色もかなり明るくほぼ金髪だ。体にフィットした肩から袖の無い黒いシャツに、エナメル質のパンツがよく似合う。
「俺の金返せ」
もはや「輩」の域を超えた凶悪な顔に血管が浮き出している。
「かね~ぇ?」
掴まれている女の首はぐにゃぐにゃと後ろに倒れる。もう自分の体を支える気などないのだろう。
「金!どこにやった!」
「かねぇ」
女はキョロキョロと辺りを見渡し酒瓶を見つけると嬉しそうに指差す。
「のんだよ」
「……そうだと思ったぜ!」
「グェェエ」
完全に絞められた女からはとても人間とは思えない声が漏れる。その状況を幸広たちはあっけにとられながら見ている。状況的にあまりよろしくない展開ではあるが、会話の内容から二人は知り合いである事が分かったので止めた方が良いのか迷っていた。
「あれは!今月分の家賃だと言っただろうが!わざわざお前に分からん所に隠していたのに……!全部か!?全部使ったのか!?」
「エヘヘヘヘ」
「……いっぺん死ねぇぇぇぇえええ!」
男は女を掴んだまま前後に大きく振った。女の首がおもちゃのように揺れる。
「……酔うぅ」
「もう酔ってるだろうが!」
見た目にそぐわず、男の方がちゃんとしているらしい。
幸広を助け起こしたストラッシュがその足で二人に近寄る。
「え?ストラッシュ?」
「その女、こちらに引き渡してもらおうか」
「えっ、待って!?参加するの!?」
まさかこの痴話喧嘩に混ざるとは思っていなかったので幸広に衝撃が走る。
「あぁ!?」
男は女を締め上げたまま振り返る。王国騎士の鎧をまとうストラッシュを見て男は一瞬ひるんだが、すぐ猫のような鋭い目で睨み返す。
「なんだテメェ」
「その女はあの方の所持品を盗んだ。窃盗罪で処罰する」
あの方とはもちろん幸広のことだ。なかなか物騒なことになり幸広は焦る。本人は返してもらえればそれでよかったのだが、ストラッシュはそうは思っていないらしい。
「残りの荷はどこにある!言わねばこの場で切り捨てる!」
「ス、ススス、ストラッシュさーん!」
幸広が槍を構えるストラッシュを全身で抑えようとするが、いとも簡単に振りほどかれてしまう。ストラッシュの上司は側で楽しそうに騒動を眺めている。そもそも一隊員の独断で刑の執行をしていいのか?
「ちょ、オル!止めて!」
「え、なんで?」
「なんでやねん!パネンカ!」
『オレに言うなよ』
ラヴラフにも視線を送ったが我関せず、といった表情を返されるだけだった。
このまま乱闘が繰り広げられると覚悟をしたその時、男は女を掴んだまま地面に勢いよく叩きつけ、同時に膝をついて地面に頭を打ち付ける。
「すみませんでしたー!」
急な土下座にストラッシュも目を見開いた。男は何度も地面に頭を打ち付けるので額からは血が流れ出ている。
「申し訳ない……まさか人様にまで迷惑をかけるほどのクズだったとは……殺してお詫びします!」
死んでお詫び、ではないのか。いや、実際にされても困るが。予想外のことが起こり、ストラッシュは構えた槍を下すタイミングを見失っているようだ。
事情を聞いてみると、この女は男と同じ職場でよく男の財布を持ち逃げするらしくそれを追いかけていたらしい。今回は店舗用の家賃として隠していた金も探し当て、すべて酒に変えてしまったそうだ。さすがに他人のものには手を出すまいと思っていたので、まさかの事実に男も驚いているらしい。これまでスリ紛いの事はしたことはないらしい。
女の体を探ると、幸広のスマートフォンと鍵が出てきた。それを発見した男は再度幸広に向けて土下座を繰り返す。女の頭も一緒に地面に打ち付けられているので、はたから見ればかなりカオスな状況だろう。
幸広はストラッシュの槍を無理やり収めさせ場の収拾を図ろうとしたが、突然人混みの中から男が声をかけてきた。
「お前ら、何をやっているんですか」
長身でメガネをかけた如何にも頭の良さそうな男がそばに立っている。
「ティトリー……」
額から血を流す男がメガネの男に振り向く。メガネの男は血まみれの男の顔を見るや、心底嫌そうな顔をする。
「コチカ、血が出ていますよ。汚い」
コチカと呼ばれる男は女を掴んだまま立ち上がり、袖のない腕で血を拭う。
「ヴィーが人の物を盗んだ」
「ほう。それはいつものことでは?」
「いや、そうだが今回はこの人達の……」
目線を幸広一行に移す。ティトリーは表情を変えずに鼻で笑う。
「おや、お前はオルヴァーハですね。しばらく見ないと思っていたらこんなところで遊んでいたのですか。ヒマなんですね」
語尾は丁寧だが口が悪い。そして当の本人は両手に出店で買ったと思われる食べ物を抱えている。
「久しぶりだな、ティトリー。元気そうで何よりだ」
「お久しぶりです。お忙しいと噂は聞いていましたがお祭りは満喫できましたか。王女が大変だというのにいいご身分ですね」
オルヴァーハとティトリーは知り合いだったようだ。オルヴァーハがコチカとヴィーの喧嘩を止めなかったのも恐らく二人の事を知っていたからだ。
まだ王女誘拐事件に関してはどこにも通達されていないはずだからおそらく病気のことを言っているのだろう。
お互い落ち着いて話をしているようだが、どんどん空気が悪くなってきているのを感じる。
(仲悪いんかな……)
ティトリーといえば先程プロロクツヴィからの呼び出しに応じなかったという経緯がある。その理由としては詳細は分からないが、見た感じ深刻な理由があってのことではないのだろう。中々の曲者と聞いたがなるほど納得がいく。
しかしその険悪ムードの中に勇敢にも参戦しようという猛者がいた。
「あなたがティトリー殿か。何故軍師殿の召集に応じなかったのですか」
ストラッシュが問いただす。はっきりと言葉で聞いたわけではないが、彼はプロロクツヴィをリスペクトしているようなので、きっと指示に従わないこの男に一言物申そうと決めていたのだろう。
だがティトリーは「面倒な奴がいるようですね」と言い放つ。
「あなたは王国最高峰の学位を所持しながら武術の腕も秀でていると聞いています!何故それを仕事に活かそうとしないのですか!」
「うるさいなぁ」
ガリガリと頭を掻き、聞かせるようなため息をつく。
「お前、初対面の格上の人間にそんな口の利き方をしてはいけませんよ。殺しますよ」
その目が本気であると警告しているかのように幸広の全身の毛は逆立つ。ストラッシュも同じことを感じたようで、前のめりだった体は後ずさっている。
それ以上絡んでこないことを確認したティトリーは踵を返す。
「さぁ、コチカ。ヴィーがこいつらから盗んだ物を返してさっさと帰りますよ」
「え、でも」
「何ですか?お前も口答えですか?死にますか?」
「……」
コチカは幸広に「すまなかった」とスマートフォンと鍵を手渡す。
「これで文句はないでしょう。あの軍師が僕に何の用かは知りませんが、戻ったらあいつに伝えてください。今度用がある時は直々にお願いします、と」
背中越しに手を振るとコチカたちを引き連れてその場を去ろうとするが、幸広が声を上げた。
「ああぁ!」
その声の大きさに思わずティトリーは足を止める。それどころか、ストラッシュも隣で驚いている。
「……ユキヒロ殿?」
「財布……からっぽや……」
幸広は財布を逆さまにして振るが、金はもちろんカード類も全て抜き取られている。財布には日本円と商店街のポイントカードやレシートばかりだったが、そもそも通貨が違うのでこの世界では使えない全くのゴミも同然だ。そんなものを抜き取るとはかなりの物好きなのか。
「キャッシュカードもないし……銀行すら行けへんやないか」
うなだれる幸広を見て、ティトリーは大きなため息をついて早足で幸広の元へ寄ってくる。
「いくらですか」
「へ?」
「その中にいくら入っていたのか聞いているんです」
「え……三万、くらいかな……」
ティトリーは自分の財布からお札を何枚か取り出し幸広に押し付けた。あまりに急なことで受け取りきれずお札はバラバラと地面に落ちる。
「え!?」
「三万 Jです。ヴィーが抜き取ったんでしょう。従業員の無礼は雇い主の責任です。それで」
気にせず受け取れ、と言わんばかりにそれ以上何も言わずその場を立ち去ろうとする。若干その態度に苛立ちを覚えた。
「俺が言うとんは『三万円』やねんけど、Jって何?通貨?円と同価値なん?」
外国どころかここは時限の違う世界らしいし、通貨が同価値なワケがない。
「えん……?何ですかそれは」
「やっぱりそうか……悪いけど、俺ちゃう国から来たからな。ストラッシュ、この服いくらやった?高い?」
ストラッシュに借りた服は若者に人気らしいデザインらしいが、若者向けといえばそこまで高価なものではないはず。幸広は服を基準に通過の価値を図ろうとした。
「えっと……確か上の服だけで一万Jくらいですかね」
「若者には高い?」
「いえ、大体の若者向けはこのくらいの一般的な値段ですね」
「そうか、ほな全然足らんな。日本円で三万やったらこの服六着は買えるで」
「は……何を」
幸広は渡された金を握りしめ、ティトリーに突きつける。
「あんたらは日本円の価値知らんやろうからこんな話説得力ないかもわからんけど、俺はわざわざ遠い国から来て右も左もわからんのに財布盗られてやで?こっちの相場わからんからってボられたらそら警察いらんわな。あ、ここは騎士団さんの仕事か?」
「何を適当なことを……」
「そもそも無くなってるんは金だけじゃないし、カードとかどないしてくれるん?クレジットカードも入っとったしさぁ、俺の全財産やけど。あんた日本知ってる?俺の出身国。日本では窃盗って法律で10年以下の懲役または50万円以下の罰金って決まってるねんけど、意味わかる?」
「な……?」
「ハァァ……軍師さんがあんたの事すごい奴やって言うから期待してたのに……そない基本的なこと知らん人やとは思わんかったわ。えーよ、もう皆帰ろ」
たたみかけるように言い切ると、ティトリーに背を向けた幸広はオルヴァーハとストラッシュを引っ張り元来た道を戻ろうとする。急に饒舌に喋り出す幸広にストラッシュは慌てる。しかし「待ちなさい」と低い声が響く。
「小僧、足りないのであれば残りも返しましょう。そのカード分も。それで文句はないでしょう。しかしお前のその態度、全くもって気に入りませんね。僕の知らないことも知っているようですし……その知識は、その日本という国はどこにあるのですか。教えなさい」
その声を背中で聞きつつ、それがモノを頼む態度か、と心の中で突っ込んだ。幸広はどうしてもその上から目線に、先ほどから溜まりつつあったイライラをぶつけてやろうと決めた。そして先ほど返してもらったスマートフォンを取り出す。
「あああ……」
「ユキ?」
わざとらしく声を出す幸広にオルヴァーハが心配そうに顔を覗き込んできた。
「オル、どないしよ……スマホ動かんくなった」
幸広の手に収まるスマートフォンの画面は暗く、ヒビも入っている。
「本当だ。光ってないな。壊れたのか?」
「買ったばっかりやのに……」
「盗られた時に壊れたのかも」
「マジか……」
幸広はあからさまなため息をつく。そのやり取りをティトリーはイライラと見つめるが長くは持たず、無理やり幸広からスマートフォンを奪い取る。
「貸しなさい」
「あ」
ティトリーは手のひらに乗せ、意識を集中させたかと思うと、スマートフォン全体が淡く光る。すると画面のヒビが綺麗に消えて無くなった。幸広はヒビがなくなったことよりも、魔具なしで魔法を使うティトリーに驚く。
「これでいいでしょう。早く教えなさい!その知識はどこで手に入れた!日本とはどこにあるのですか!僕は知らないことがあるのが一番嫌なんです!」
「……直ってへん」
手渡されたスマートフォンは相変わらず画面は暗いままだ。
「すまほってここを押したら光るんだろう?」
オルヴァーハが手を伸ばしホームボタンを押すが、反応はしない。
「つかないな」
「しくしくしく」
すぐそばで舌打ちが聞こえる。
「ああ、もう!分かりました!何が望みですか!」
ティトリーは綺麗に整えられていた前髪をぐしゃりと掴むと投げやりに言った。両手で顔を覆い泣くフリをしていた幸広はバレないように口元を緩ませる。
「軍師さんからの任務を遂行してください」
「は?」
幸広はティトリーの目の前でゆらゆらとスマートフォンを振った。ティトリーはコチカに引きずられて眠っているヴィーを睨み、再び舌打ちをする。
「分かりました。引き受けます。ついでにこいつらも償いに使って下さい」
「こいつらって……俺もか!?」
「当たり前でしょう!お前の監督不行き届きでこんなことになっているんです!」
「ぐっ……」
コチカは足元のヴィーを睨みつけるといつの間にか目を覚ましていたヴィーがニヤニヤと笑みを浮かべている。ぶちん、と何かが切れる音が聞こえたような気がした。そのままコチカはヴィーの胸ぐらを掴んで持ち上げる。
「いっぺん死ね!!」
「まぁまぁ、キミの『カントクフユキトドドキ』だよ~」
「死ね!」
はたから見れば完全にヴィーの首は絞まっているが、楽しそうに笑っている。その後ろでストラッシュがティトリー達に聞こえないよう幸広に耳打ちをした。
「ユキヒロ殿、一体どういうことですか」
急に始まってあっという間にティトリーが同行することに決まったこの状況がストラッシュにはよく理解できなかった。
「ああ、演技演技。ああ言ったら手伝ってくれるかなーって」
「演技だったのか」
オルヴァーハも気付いていなかったらしい。
『オルフの旦那鈍いなー。その装置さっきまで光ってたぜ?』
「え、光らないぞ?」
幸広の手にあるスマートフォンのホームボタンを触るが反応はない。
「??」
幸広は鼻で笑い、スマートフォンの上部にある小さなボタンを長押しした。しばらくすると画面は光を帯び、ウェルカム的な文字が浮かび上がる。そして幸広はドヤ顔でオルヴァーハを見た。
「画面は元々割れとってん。直ってよかったわ」
「そういうことでしたか」
ティトリーが背後に立つ。身長が高いせいか、幸広の手元は完全に陰になっている。振り返ると逆光で顔がよく見えない。しかしメガネにだけ上手く光が反射し、雰囲気の怖さを際立たせた。
「いや、あー、その。これは……スンマセン」
その雰囲気に押され、幸広は素直に謝った。長いため息をついたティトリーは踵を返した。
『あーあ、ほらそんな悪戯するからアイツ帰っちゃったよ』
「えぇ、困る……あの人おらんかったらアホばっかりなんやろ?皆死んでまうんちゃうか」
「いやそうかもしれないが……」
「誰がアホよ」
「わ、私は一応同期の中では成績は優秀な方で……!」
「えーそれ自分で言っちゃダメなやつじゃなーい?」
ティトリーの背中を見ながら一行は幸広の行いについて言い合いを始める。その場から動こうとしない一行にティトリーは足を止める。
「ああ、もううるさいですね!早く来なさい!」
「へ?」
「だから、行くと言っているでしょう!あのいけ好かない軍師のところに!それとも本当に帰ってもいいんですか?」
そういうとティトリーは城とは逆の方向に歩き出す。
「あ、あ!あ!ご、ごめん!ごめんなさい!来てほしい!」
幸広はティトリーにしがみつき、引きずられる。
「小僧、条件があります。任務に参加はしますが、お前は僕の知らないことを教えなさい」
「え……そ、そんな俺頭良くないし教えることなんか……」
「教えなさい」
ティトリーの眼光が怪しく光り、幸広は縦に首を振るしかできなかった。
「この件は何でも屋『Prankster』として請け負います。報酬は『Prankstar』名義でお願いします」
オルヴァーハにそれだけを伝えると、そのままさっさと進んで行ってしまう。
こうして結果的に王女奪還作戦にティトリーとコチカ、ヴィーが同行することとなった。もしかするとプロロクツヴィが言っていた「問題ない」とはこのことなのか。彼は過去と未来がわかる鏡を持っている。それのおかげなのだろうか。
だがそう考えると過去が分かるのなら王女を攫った犯人もすぐに分かったのでは?未来が分かるのであれば未然に防ぐ事ができたのではないか。
できなかった……いや、しなかった?
そうなるとすれば内通者は……
幸広はプロロクツヴィに一握の疑惑を抱いた。




