失墜
28
聖山を丸ごと包み込んでいた莫大な大きさの防魔の内側で巨大な爆発が起きた。
綺麗に張られた防魔の外側にいたプロロクツヴィはその様を見て手に汗を握る。
外側にいても爆風に体を持っていかれそうになる状況に、そこにいる誰もが中に取り残されている二人の男達の存続を絶望的に感じていた。
「プロフ様……これは、もう……」
「……」
防魔の内側は爆煙でほとんど見えない。爆発前までは乳白色で何となく中が確認出来ていたが、土煙のおかげでそれも叶わなくなった。オルヴァーハは少しの魔力も逃さないようにかなり厳重に防魔を形成したようで、外側からは何も感じ取ることができない。
「う……」
「王女様……気が付かれましたか」
「ここは……」
自らの力をすべて幸広に移したことで一時的に意識を失っていたミシュレンカが目を覚ました。今の状況に思考が追いついていないようだ。
プロロクツヴィは思い切り息を吸うとミシュレンカに歩み寄った。
「プー……無事だっ……!?」
プロロクツヴィは何も言わずミシュレンカの頬を打った。
「……プー?」
張られた頬を手で押さえ、ミシュレンカはプロロクツヴィの言葉を待った。そしてプロロクツヴィは静かに吸い込んだ空気を吐き出す。
「姫、ご覧下さい。これがあなたの巻き起こした現実です。あなたがもっと……もっとご自身を律していれば、このような事態は先送りに出来たはず。これは、あなたが自分を愛しすぎた結果だ……!」
言葉を全て出し切ったタイミングで防魔が解除された。防魔内に充満した土煙や行き場をなくした魔力が空へと舞い上がる。土煙が徐々に晴れ、そこに現れたのは大きく崩れ去った聖山の成れの果てだった。
「……こ、これが、聖山……」
防魔内で巨大な爆発を押さえ込んだ為、木々は枯れ、土は抉れ、空気は淀んでいる。これではさしずめ「死の山」だ。かの美しい風景はもうそこにはない。
プロロクツヴィは打ったミシュレンカの頬に触れた。
「……姫、申し訳ございません。あなただけのせいではない。これは私にも責任がある。私たちは……自分たちでこの状況を作り出した」
「プロロクツヴィ……」
プロロクツヴィがミシュレンカの思惑を止めていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。そもそも、プロロクツヴィがこのシヴェトに来たこと自体が間違いだったのかもしれない。本来そこにはないものが混入してしまったせいで、世界の流れが狂ってしまったのではないか。プロロクツヴィはそう思えてならなかった。
そして、それを身を挺して抑えてくれた者がいる。
「この惨劇をこの場だけに収めたのは……オルヴァーハです。彼のおかげでイェギナが守られた」
「オルフが……彼は今どこに……?」
「……」
プロロクツヴィの目線は聖山だった方向へ向けられる。そこにはオルヴァーハの姿は見えるわけもない。プロロクツヴィは最悪の事態を想定して心の整理をつけていた。しかしつい今しがた目を覚ましたミシュレンカにはそんな余裕もなく、親友の悟ったような表情を見て言葉を失う。
「そ、んな……嘘……そんな、彼が……」
「ミーシャ、現実を受け入れろ。同じことを繰り返してはいけない……我々王家やそれに仕える者は数々の犠牲の上に成り立つのだから」
「……そんな……」
この非常事態に貢献した、勇敢な戦士に栄光を讃えるのだ。それが残された者の役目なのだから……
「あれは……」
ストラッシュが何かに気付いたようにふらりと立ち上がる。そのまま何かを確かめるように聖山に向かって走り出す。
「ストラッシュ?」
彼が走っていく先に何やら人影が見える。遠目なのではっきりとはわからないが、こんな死んだ山の中から出てくる者など限られている。プロロクツヴィとミシュレンカの胸には大きな期待が膨らんだ。
ストラッシュは走っていく中でしかとその存在を確認すると、振り返り大きな声で報告をする。
「プロフ様!王女様!副団長殿です!間違いありません!」
はっきりと言葉を聞いたプロロクツヴィとミシュレンカはお互いの手を取り合い、その者が山を降りてくるのを待った。ストラッシュがその者の側に駆け寄るのが見える。途端その者がふらつき、ストラッシュに体を預ける。その姿を見てミシュレンカは思わず踏み出した。
走って、走って、ゆっくりと山を下ってくる愛しい人を迎えに行く。
「オルフ、オルフ……!」
山の麓の門辺りまで来ると、その姿がはっきりと見える。出で立ちにその時の状況が窺える。オルヴァーハは魔力の大爆発から国を守ったのだ。
プロロクツヴィも同じようにオルヴァーハに駆け寄る。
しかし、そのオルヴァーハを支えるストラッシュの表情が気に留まる。徐々に血の気が引いていくのが分かる。
「……ストラッシュ?」
声をかけるとみるみるうちにストラッシュの表情が崩れていく。
「プロフ様……副団長殿が……」
その言葉とともにオルヴァーハの顔を覗き込む。その目には生気がない。ゆっくりとこちらに向けてくる目線に無理やり入る。
「オルヴァーハ……?」
そしてその口か出た言葉に一同は絶句する。
「……誰……?誰かいるのか……?見えない……聞こえない……助けて」
幸広がいないことから、オルヴァーハは彼を助けるためにおそらくまた禁忌を犯したのだろう。その影響なのかあの爆発の影響なのかはわからない。オルヴァーハは光と音を失くした。
一国を一人で守った英雄は戦士人生にピリオドを打たざるを得なくなった。生涯守り抜こうと決めた女を目の前にその志すらも、この舞い上がる土煙と魔力とともに消え去ったのだ。
(了)
以上で「空の器」完結となります。
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