終幕と幕開
27
「クソ……あのアホ!……人のこと使うだけ使って……!」
そこは見覚えのある公園の中だった。辺りは暗く、夜であることが分かる。
幸広は聖山で巨大な防魔を形成した後、結末を見ることなくオルヴァーハの手によって元の世界へと強制送還された。
(アイツ……ほんま次会った時しばく……)
次……次、また会うことができるのだろうか。
頭が冷え、冷静に考えがまとめられるようになると共にここがどのような場所なのかを思い出す。ここでオルヴァーハは闇者と戦い、幸広が呪いを受けた場所だ。
(あの時のアレってリーマやったんかな……オル……)
オルヴァーハとリーマは友人関係だった。相当親しかったらしいが、その人はいなくなってしまった。親友が目の前で消え、世界の終焉がかかった災害を食い止めようとしているオルヴァーハに幸広はとてつもない不安を覚える。
「アイツ……死ぬつもりか!」
勢い良く立ち上がるが、血を流しすぎたのかプロロクツヴィの死刀の傷のせいかはわからないが、目眩を起こし倒れこんだ。
『グエェェ!』
カエルが潰れたような音が響き渡る。その音はなんとなくスピーカーから響くものに良く似ている。
「パネンカ!?」
『うううぅぅ……』
まさか、何故こんなところにパネンカが……
幸広が倒れこんだ拍子に体の下敷きになったようで、体の下からはみ出るパネンカを慌てて拾い上げる。
「なんで……お前、なんでおるん?」
『いや、お前にくっついてたらいつの間にか』
「アホか……」
悪態を付くが、幸広は明らかに喜んでいる。パネンカはその顔を見ると、トカゲのような尻尾をゆらゆらと振った。
『そういえばあの時のお前ってオレに似てたな』
「はぁ?」
『シッポといい翼といい、さてはオレをイメージしたな!』
「はぁ?」
『お前がそんなにオレのこと好きだったとはなぁ!にひひ!』
「はぁ?」
『……それ以外ないのか!』
「ははは」
なんだか、もう長い間笑っていなかった気がする。幸広はパネンカの頭を力強く撫で回した。
『うわわ……やめろ!』
「はは……」
笑い声を上げるが、次第に目の奥が熱くなる。我慢が出来ずついには涙が零れ落ちる。
『……ユキヒロ?』
「……ごめん、なんもない」
これまでずっと気を張っていたのだろうか。見慣れた風景と、シヴェトで起こった事が夢ではないことを証明するパネンカが目の前にいることで、幸広の中で複雑な思いがこみ上げ、形となった。
「……なぁ、アイツ……どうなったんかな……大丈夫かな」
『旦那のことか?うーん……分かんねぇけど、何かあったらセンセイがなんとかしてくれると思うぞ』
「……センセイ、ね」
パネンカは「センセイ」に絶対の信頼を置いている。自分の生みの親だから当然だろう。
「そう、だな……」
『それよりさ、お前どうするんだ?さすがにずっとそのままでいるわけにはいかねぇだろ』
「そのまま?」
幸広は自分の出で立ちを確認し、深いため息をついた。パネンカがいるということは、自分は先ほどまでシヴェトにいたということだ。当然着ている服や持ち物はそのままだ。服は戦いの最中に破れ、翼やシッポが出ていた部分には大きな穴が空いている。このままウロウロすれば確実に通報されるだろう。
「……パネンカ、俺の家知ってるやんな」
『服持ってこいって?』
「よぉ分かってるやん」
パネンカは淡い光を放つと、体を大きく反らした。このいつも見ていた光景を自分も体験できると思うと幸広は少し心が躍った。緊張の面持ちでパネンカの腹に手を突っ込む。だが思っていたほど特に何の感触も感じず、少し落胆した。
繋がった先で何かの布に指先が触れる。
(ん……?こんな生地のもん持ってたかな)
ツヤツヤとした布地を掴み無理やり引っ張ろうとすると、何かに引っかかっているのかなかなか出てこない。すると何かに思い切り手を打たれる。
「痛っ!いたたたた……痛い痛い!!何で!?」
思わず手を離し、引き抜く。
『え?何?どうしたんだ』
「ええぇ……何かに叩かれた……」
状況を確認する為、幸広は自身のアパートまで向かう。公園から大した距離ではないが、誰ともすれ違わなかったことに安堵する。
見慣れたボロの木造アパート。建物の裏側に回り、幸広が住んでいたはずの部屋の窓を見つめる。その部屋にはすでに明かりがついている。
『誰かいるみたいだな』
「んなアホな……」
するとその部屋から甲高い女の声が響き渡る。
「ちょっと良ちゃん聞いてよぉ!さっき部屋に幽霊が出てぇ!ほんまやってぇ!腕だけ……そう。もう信じられへん!だから絶対なんか出るって言うてん!……怖いからはよ来てぇ」
話しぶりからそんなに長期間住んではいないように感じる。
『……お前が良ちゃんか?』
「なんでやねん」
しかし数日留守にしていたからといって新しい人間を住まわせるか……?
何だか嫌な予感がする。幸広はふらりと歩き出すと、一階のある部屋を訪れる。
『えっ!おま、それで行ったら……!』
パネンカは慌てて幸広のボロの服をそうでないように見せかける魔法をかける。これはただの幻覚なので長くは持たない。
幸広が部屋のチャイムを押すと、顔に深くシワの刻まれ、簡単にまとめ上げたシニヨンが印象的な年配の女性が現れた。このアパートの大家さんだ。
「なんですのん、こんな時間に……どちらさん?」
「あ……」
幸広はここに住んでいた時、結構な頻度で大家さんと会話をしている。顔は少なくとも覚えてもらっていたはずだ。これまでふざけて「どちらさん」などとボケたりすることはあったものの、今の怪訝な顔と心底嫌そうな「どちらさん」はボケではないことは確実だった。
「何?……警察呼びましょか?」
完全に不審がるその反応に幸広の心臓は小さな音を立てた。
「いや、その……ここに小林幸広って人住んでませんか……?」
咄嗟に出たこの質問が更に自分の心を抉る。
「小林……?うちに小林なんて人いてへんけど……あんた、何?」
「いや、えぇです……すみません」
「……変な人やな」
大家さんが扉を閉めようとした時、幸広は急に振り返りその扉を掴む。
「あ、あの!すみません……電話、貸してもらえませんか……?」
「はぁ?何でな」
「すみません……携帯、持ってなくて……すぐ返すんで!」
嘘ではない。財布も携帯も、家の鍵も全てシヴェトに置いてきた。大家さんは明らさまなため息をついて、ポケットに入っていたスマートフォンを緊急連絡用の画面を開いた状態でぶっきらぼうに渡してくる。幸広が電話をかける間も、じっとその様子を睨みつけている。
幸広は嫌な予感を振り払うように深く息を吸い、番号を押す。実家……小林家の電話番号だ。画面の時計は二十時三十九分を指している。この時間なら誰かいるはずだ。耳元で静かに発信音が響く。
『はい、小林です』
なんだか久しぶりに聞く母の声だ。幸広の胸はきゅ、と締まる。その声に抱いていた疑惑を一瞬忘れてしまう。
『もしもし?どちら様ですか?』
「あ……母さん……俺、幸広」
『……はい?』
「あの……」
『……うちには息子なんかいませんけど』
この言葉で疑惑が確信へと変わった。
幸広の存在はこの世界から消えている。何故かこの世界で幸広は「存在しない存在」となっている。
母の声は少し震えていた。当然だ。幸広の名前は、小林夫妻が授かることの出来なかった子に付けようとしていた大切な名だ。その名を名乗る不審な男からの連絡に母は焦りを隠せていない。
(これ以上は……)
幸広は「……間違えました、すみません」と一言伝え、電話を切った。簡単に礼を言い、怪訝な顔の大家さんにスマートフォンを返すと、ふらふらとその場を後にする。
『ユキヒロ……』
「なんでかなぁ……俺、おらん事になってる」
公園に戻ると、ゆらゆらと揺れるブランコに腰をかける。
何故だ。何故誰も覚えていない。シヴェトにいた間に何かあったのか。
確かこちらと向こうでは時間軸が違うとプロロクツヴィが言っていた。
その影響?もしかして数日離れていたと思ってるのは自分だけで時代が変わったとか?いや、それだと大家さんの見た目の違いや母親の声に変化が無さすぎる。
自分の存在だけが消えている。何故……
「……禁忌」
そうだ。世界間移動には禁忌が伴う。それに関わった者の大切な何かを対価にされる。
それがこれか。
幸広にとって大切なもの。それは自分の存在意義そのものだった。これまで何とか保っていた自分という存在は、一瞬にして消え去った。
パネンカが幸広の膝に座り、その柔らかい手で届く範囲を撫でる。
『……これからどうする?』
「どうしよか……ってかお前、こっちにおって大丈夫なんか?動力とかどないなってるん」
『うん……今はまだセンセイの魔力が残ってるからなんとか。でもそんなにずっとは保たないかな……』
プロロクツヴィの魔力を動力としているパネンカはそれが切れると動けなくなる。元々生き物ではない為死ぬことはないが、先のことを考えると不安しか感じられない。
「それ俺の魔力でもいけるんかな」
『まだ残ってるのか?』
幸広は指先に小さな炎を灯す。体内に溢れる魔力はまだ底を知らないといった感じだ。
「……残ったのは魔力だけ、か……」
『オレもいるだろ』
「お前の存続は俺次第やけどな」
『頼むぜ、相棒』
「俺はいつからお前の相棒になったんかな」
「じゃあさ、ぼくの相棒になってよ」
いきなり第三者の声が聞こえ、幸広とパネンカは慌てて振り返る。
驚きすぎてブランコから転がり落ちる幸広をリーマが楽しそうに見ている。
『お、お前……!』
「リーマ!?生きて……ってなんでこんなところに……!?」
幸広達は転がり落ちた時の体勢のままその存在を確かめる。見た限り幽霊ではない。むしろ元気そうだ。
「おやおや、ぼくに会えたのがそんなに嬉しい?」
「お前、オルに……」
「あんなのでぼくが死ぬわけないじゃない。でも……ふふ。あの時のオルヴァーハ、可愛かったなぁ」
顔がにやけるとのを止められないようで、リーマは手で口元を押さえる。
「……何しに来てん」
『そうだ!お前の野望はオルフの旦那が食い止めてるぞ!』
リーマはその言葉に不思議そうに首をかしげる。
「野望?ぼくはまだ何も成し得てないよ……あぁ、もしかしてあの魔力の噴火のこと?あれはただの自然災害。あんなので世界は還らないよ」
「な……!じゃあオルが命かけて守ったもんて……」
「イェギナくらいは守れたんじゃない?……ま、ぼくはあんなので彼が死ぬとは思ってないけど」
そう言うとリーマは手を幸広に向けて差し出す。そこには有無をも言わせない圧力を感じる。
「冥くん、ぼくと一緒に行こう。この世界はもう君のことを忘れてしまったようだ。もう君がここに留まる必要はないよ。ここでは魔力の補充はできないし、その人形もいつかはただのゴミになる」
『誰がゴミだ!失礼な!』
幸広はもう痛みのないはずの胸元を掴む。
「……お前のかけた呪いはもうない。まだ何の用事があるねん」
「それはぼくがかけたものじゃないよ。ぼくはただ純粋に君に闇の力を与えただけ。力を与えただけで呪われてたら闇魔法使いはみんな呪われてるよ」
「どういうことや……お前、オルがこっちに来た時この場所で攻撃してきたやろ!?」
「ぼくはこっちに来たのは君に力を与えた時以来だよ」
「じゃああれは……」
あれは何だったのか。
呪いをかけるほどの力を持った何かがここにいたということだ。あれはオルヴァーハと対峙した後どうなったのか。
人に呪いをかける存在。それはイコール魔法を使う者。それが辺りの人にも危害を加えるような存在なのだとしたら。あの時の者だけでなく他にも複数この世界に来ているのだとしたら……
地面に座り考え込む幸広にリーマは近付き、肩を抱き寄せる。
「そいつが何者か、知りたい?」
「……知ってるんか」
「知ってる、と言っていいのかな。本人に直接聞いた方がいいかもね」
リーマは公園の入り口に立つ人物に目線を移す。そこにいたのは幸広にとって、この世界で掛け替えのない存在だった。
「よぉ小林。何やお前、その格好」
急に現れたその存在に幸広は驚きを隠せない。ずっとどこかでその存在を探し続けていたようにも感じる。
「……さか、もと……何でこんなとこに……」
「お前が呼んだんやろ。変な奴と同棲する言うて、会って判断しろ言うたん誰や」
普通に会話を進める坂本に違和感を感じる。
「え……って坂本、俺の事覚えてる……?」
この世界の人間全てが幸広のことを忘れてしまったと思い込んでいただけに、急に目の前に現れた存在が自分のことを覚えていてくれたことに対して開いた口が塞がらない。
「は?何言うとんねん。ついにボケたか……そいつか?一緒に住むって奴。遠目で見たら白髪やからジジイや思ったけど全然若いな」
坂本が近付き幸広を立たせるとリーマの放つその禍々しい空気を察知し、幸広を自分の背後に回らせる。険しい表情でリーマを睨みつけるが、リーマの涼しい表情にもどこか緊張感が走っているようにも感じる。
「……なんや、お前……小林に何した。こんなボロボロになるまで……」
「いや、これは……」
幸広がボロボロなのは自身が戦い、暴れたからだ。だがそれを説明するには時間が足りない。
「何も……っていうと嘘になっちゃうかな。ぼくは彼に手を貸した。それだけだよ」
リーマが幸広に向けて手をかざし、何かを引っ張るような動作をすると、幸広の体は瞬時にリーマの腕の中へ移った。突然の出来事に目を白黒させる幸広には構わず、見せつけるようにリーマは坂本と対峙する。
「まさかあなたがこんなところにいるとは誰が思うだろうね」
「……何の話や」
「そもそもあなたの存在を認識している者の方が少ないかもしれないね……あなたがいくら惚けてもぼくには分かるよ。あなたは……シヴェトの”摂理”だろう」
リーマが何を言い出しているのかさっぱりわからない。リーマと坂本は知り合いなのか?いや、話しぶりからそんな感じではないが……「摂理」とはなんだ……?
「まさかこんなところでシヴェトを統べる者にお目にかかるとはね。事故とはいえ冥くんに呪いをかけたのもあなただろう」
「何のこっちゃ。アホなこと言うてんと小林返せ」
「大丈夫、安心して。向こうでちゃんと呪いは解けたみたいだから。その代わり彼もシヴェトの人間になっちゃったけどね。ふふ」
坂本の表情がさらに険しくなる。リーマと坂本は一定の距離を保ちつつお互いを牽制しあう。しかし、リーマの言葉に引っかかりを感じた幸広が思わず口を挟む。
「待って、俺がシヴェトの人間てどういうこと?」
「あれ?結から何も聞いてない?向こうで魔法を使った段階で君はもうシヴェトの者だよ。結と同じ。まさかこの魔法のない世界で魔力を持つ人間をそのまま放っておくわけにもいかないでしょ。ね、”摂理”さん。だからぼくが責任を持ってちゃんと連れ帰るから。あなたもこんなところで油売ってないでさっさと戻ってきたら?」
坂本は答えない。この沈黙がどういう意味なのかはわからない。リーマは坂本に見られていることを気にすることなく幸広を小脇に抱えると空へと飛び上がる。
「うぉっ!?」
「あなたがどのような意図でこっちの世界にいるのかは知らないし興味もないけど、冥くんは貰っていくね」
「ま、待てって!俺戻るなんて一言も……」
「そんなこと言ってさ、もうここには君の居場所はないんだよ。それだったら必要としてるぼくのところに来て手伝ってよ。魔法ももっとちゃんと教えてあげる」
「でも……」
空中に浮かぶ二人に驚いた様子を見せない坂本は、幸広が思っていた以上に状況適応能力が高いのか、まさか本当にシヴェトの人間なのか……
坂本とは会社の同期という関係だったが、出会った頃からずっと一緒にいるような感覚がしていて、それこそ体験したことがない「家族」のような感覚さえ持てるような存在だった。これまで彼と過ごした日々は幸広にとってかけがえのないものだ。だが、こんなにも現実離れした状況にも動じない坂本を見ると、まだ彼のことをほとんど知らなかったのではと思えてくる。もしかするとこれまで聞いてきた彼の情報は全て嘘だったのかもしれない。自分も過去を隠して生きてきたのだから人のことをどうこう言えるわけはないが、この瞬間を何となく悲しく感じた。
(坂本……)
「行くんか」
「……え?」
険しい表情のまま、坂本は口を開く。その目はまっすぐと幸広を貫き、視線を外すことはできない。
「お前は、そいつと行くんか」
冷静に問われ、幸広は混乱した。これからの事を考えればシヴェトに戻らなければならない気がする。今体内にあるこの魔力は他人から譲渡されたものだ。今は落ち着いているとしても、もしかするとオルヴァーハ達のように暴発するかもしれない。自分はこの力のことを何も知らない。
だが、オルヴァーハが命をかけて幸広を元の世界に戻してくれた。幸広自身が禁忌に当てられているということは当然魔法を使ったオルヴァーハにも何かしらの禁忌がかかっているはずだ。これまでに二度も禁忌を受け、体に障害を受けている。今度は何が失われたのか……もしかすると魔山の噴火で命を落としてしまっているかもしれない……リスクを負ってまで幸広を帰した彼の行いを無駄にするのか……?
「考えろ!お前はどないしたいねん!どこで、誰と一緒におりたいんや!お前のしたいことは何や!」
(俺の……したいこと……)
*********
『……ユキ、元の世界に帰ったらまず何がしたい?』
『なんやねん、お前やっぱおかしいぞ。何考えとんねん』
『いいから』
『……とりあえず坂本に会いに行くかな』
『サカモト?』
『俺の……親友、みたいな人』
*********
そうだ。こっちに戻ってきたらまず坂本に会おうと決めていた。ずっと、坂本に会って話がしたかった。
これまであったことを全て、この身に起きたことを洗いざらい聞いて欲しかった。
坂本なら、彼なら文句を言いながらも耳を傾けてくれたに違いない。「ホンマアホやな」と笑いながらこれからの道を諭してくれたはずだ。
彼の言うことを聞いていたらこんなことに巻き込まれていなかったかもしれない。これまでもずっと彼の言葉に助けてもらってきたはずだ。
(俺は……)
どうしたい、どうありたい?
過去を消すことはできない。自分がしたこと、自分に起こったこと。
本当は逃げたい。何も考えずに済むならきっとここではないところに行くべきだ。
だが自分はここで生まれて、ここで育った。
今は禁忌でこの世界からは自分に関する何もかもが消えてしまったが、自分の軌跡が残るこの世界で坂本は覚えてくれていた。
いない存在に、存在しない存在に、今どうしたいか、どうありたいかを選ばせてくれる。
(俺は……)
「俺は……俺はここにおりたい!坂本と……お前と一緒におりたい!ここで……ここに俺がおったこと、残したい……!」
「っしゃぁよぉ言うた!来い!受け止めたる!!」
幸広は腹に回されたリーマの腕を掴む。
「ごめん、リーマ……俺やっぱ一緒に行けん!」
腕を振りほどくと幸広は落下する。下では坂本が腕を広げて待ってくれている。
この世界でこんなにも自分の事を思ってくれて、自分がしたいようにしていいと言ってくれる人がいた。もう坂本が何者であろうと何でもよかった。受け入れてくれる存在がいるだけで幸広の心は満たされた。
腕を広げる坂本の元へ飛び込む……しかしその瞬間、目の前に紫光で描かれた大きな魔法陣が展開される。
幸広は落下する速度を落とす事も出来るわけもなく、抗うことなく魔法陣へと吸い込まれていった。
「小林!!」
その声も虚しく、展開された魔法陣は幸広を飲み込むと同時に消え去った。
坂本は上空に浮かぶリーマを睨みつける。リーマはどんな非道なことも出来そうなほど冷たい表情を浮かべている。
「……余計な事してくれたな、闇者!!」
「どっちが。あなたなら状況は分かってると思ってたんだけど」
幸広の前に現れた魔法陣はリーマが発動した世界間移動の陣だ。これまであまり自分の論を無理やり通す事はしてこなかったが、今回のリーマは一歩も引く様子がない。
「あいつに選ばせることが重要やったんや。どんだけ魔法を学んで魔力を制御出来ても、あいつが望まんと何も変わらん。結末は変わらんぞ」
「だからその時はぼくが何とかするでしょ」
何もかもを見下した目で舌なめずりをするリーマに坂本は舌打ちをする。リーマの目的は幸広を食らうことだ。
「あなたもさ、それだけの魔力を持っていながら何年も何してたの?何に抑制されてるのかな?」
口元に手を当てて、クスクスと笑う。
「ま、ぼくは一足先にシヴェトに戻るからあなたも来るなら早めにおいでね。ここと向こうは時間の流れが違うんだから」
そう言うとリーマは暗闇に姿を消した。もうそこにはリーマの気配も幸広の姿もない。
「クソ……!」
坂本は近くにあったブランコの柱を思い切り殴りつけた。柱は鉄パイプで出来ているはずだが殴られた形に拉ている。拳には血が滲むが、軽くそれに手をかざすと次の瞬間にはその傷は癒えた。
「小林……絶対迎えに行くからな……!」
拳を握る坂本の手には決意と念が込められた。
すると陰から物音が聞こえる。
「……なんや」
『う……あ、あんた……何者なんだ……?敵なのか……?』
これまで恐怖で身動きが取れなかったパネンカがようやく出てきた。
「お前……」
『オ、オレは、お、お前なんかに負けないからな!来るなら来い!叩きのめしてやる!』
今にも殴りかかりそうなポーズを取るがそれが坂本には何の効果もなくあっさりと捕まってしまう。
『ぎゃ』
「なんやお前」
坂本は捕まえたその身体中を弄る。翼をいじったり尻尾を持ち上げてみたり……
『ギャハハ!くすぐったい!やめろ!』
無言でパネンカを調べると、満足したかのようにニヤリと笑みを浮かべる。
「ふむ。お前、えぇな」
『は……?』
「お前がおったら小林を助けに行けるぞ!シヴェトに行ける!」
嬉しそうにパネンカを振り回すと、急に抱きしめたりする。
『グェェ……どういうことだよ……お前、何者なんだ……?』
パネンカにしっかりと向き合うように目線の位置に持ち上げると、坂本ははっきりと答えた。
「俺は坂本紲璃。名前は安易やけどな、あいつの言う通り俺はシヴェトの"摂理"や。簡単に言うたらシヴェトの神様やな。よろしく」




