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空の器  作者: 相田 來生
第二章 極限
14/29

13.闇者

 

 13


「ほんで、これからどうするん」

「どうするも何も、もう入っちゃったから進むしかないんだけどね」

 一行は領主の館に到着し、中へと侵入していた。領主の館は町の一番奥にある小高い丘の上に”いかにも”といった雰囲気を醸し出し佇んでいる。その上、建物上空には特に濃い黒雲が渦巻いているので、方向を見失うこともなく真っ直ぐ辿り着くことが出来た。

 街の中を歩いていてもやはり誰一人として街の住人に出会うことはなかった。館に入ってもなお風の音と幸広たちの声しか聞こえない。

「俺が領主と話をつけてくる。お前たちは姫を探してくれ」

「は?一人で行くつもりですか?」

 オルヴァーハが一人で屋敷の奥へと突き進もうとするが、ティトリーがそれを許さなかった。

「一応国の代表として来ているからには俺が領主と会わなければいかんだろう」

「お前……なぜ僕があのクソ軍師に呼ばれたかお忘れですか。そんなトリ頭で国事が絡む会談を任せられると思っていることに驚きが隠せません」

「トリ……!?」

「こちらは何の通達もなく来ておいて、何なら不法侵入なのですからまともな会話が成り立つと思わないでください。おそらく戦闘は避けられないでしょう。魔法(マギエ)すら使えないお前がこんな闇に溢れている空間の中一人で何とか出来るとは到底思えませんが」

「そ、そんなことは分かってる……!」

「どうだか」

 敵の陣地に突入しているというのに今にも殴り合いの喧嘩が始まってしまいそうだ。幸広は慌てて止めに入る。

「俺らが手分けして王女さん探してくるから、オルとティトリーは領主さんと話つけてきて!流石にオル一人で行くと危ないから……な?」

「……こんな小僧にも気を使われてますよ。全然信用されてませんね。そんな事で騎士団副団長がよく務まりますね」

「ティトリー!喧嘩売んな!」

 幸広としては気を使うというよりは、オルヴァーハを一人で向かわせると破壊的な方向音痴でいつまでも領主の元にすら辿り着けないであろう事が気掛かりだった。

 ティトリーに言われると腹が立ち思わず反発してしまうが、流石に幸広にまで言われてしまうと渋々とはいえ従う他ない。ティトリーの言うように国事が絡んでいるので、一応王国騎士団の副団長とはいえ一軍人の自分一人で収集をつけることは難しいと思い直した。二人に加え、ラヴラフも領主謁見組に呼んだ。ラヴラフはこんな(なり)だが一応王国騎士団魔法隊のトップだ。

「ええぇ!めんどくさい!」

「黙りなさい。焼き豚にしますよ」

「誰がブタだ!焼き鳥にするぞ!」

 二人の言い合いも今回はもう止める必要はないと判断した幸広はオルヴァーハに駆け寄った。

「ユキ……大丈夫か?何が起こるか分からないし……やっぱり一緒に……」

「ええって!大丈夫!みんなおるし!」

 ヴィーが大きな頭を摺り寄せてくる。もう完全に大きな猫だ。パネンカも負けじと幸広の頭の上に乗る。

『オレもいるぜ』

「な。大丈夫。何とかなるって」

「あぁ……」

 しかしオルヴァーハの曇った表情は変わらない。これまで幸広はずっとオルヴァーハの視界に入る場所にいたので、全くの別行動になることが心配なのだろう。ましてや先ほどの黒いモヤからの脅威もある。極め付けに今いる場所は闇に溢れた敵の敷地内だ。

「副団長殿!ユキヒロ殿は私が責任を持ってお守りいたします!……先程の失態を挽回させてください……!」

 ストラッシュは先程幸広が闇に飲まれかけた際に何も出来なかったことを悔いて、握る拳に力を込める。その様子を見てオルヴァーハは『王国騎士団副団長』の顔でストラッシュに向き合う。

「分かった。では王国騎士団副団長としてストラッシュ・イェミニーに命じる。ユキを……頼む」

「はっ!」

 キレのいい敬礼を見せるストラッシュに満足そうに微笑んだオルヴァーハはそのままティトリー達の元へと向かった。


「それにしても……屋敷の中まで人気ないなぁ……」

 オルヴァーハたちと別れてから幸広は館を全て調べて回る作戦で動き始めた。街の中と同様に館内は物音ひとつなく、何年も使われていなかったような埃っぽさすら感じる。

「そうですね……王女様は本当にこちらにいらっしゃるのでしょうか……」

 あまりにも前途多難な状況に若干の不安が募る。

 すると、これまで黙っていたパネンカが遠慮がちに声をかけてきた。

『なぁ……ユキヒロ』

「ん?」

『その……お前、大丈夫か?』

 何となく言いづらそうにするパネンカに幸広の胸はキュッと音を立てる。雰囲気からして何となく言いたいことを察してしまった。

『オレさ、さっきお前のこと分かったような言い方したけど……ホントは、ちょっとお前のこと怖い。ごめん。お前のこと見てるって言ったのは本心だよ!でも、さっきの黒いヤツ……呪いが強くなってるから呼び寄せてるんじゃねぇかって……』

「パネンカ殿!」

 ストラッシュはそれ以上喋るなと言わんばかりにパネンカを押さえ込もうとするが、音声は別の場所から聞こえてくる。

『だって!そうだろ!これ以上呪いが強くなったらオレ達だってダイジンさんみたいに……!』

「それは……!」

 辺りに重い空気が流れる。パネンカの言う事は最もだ。幸広自身自分に恐怖を抱いている。だが、彼らは城でニストールが闇の気に飲まれたのを目の前で見ている。そばにいてくれるとは言ったものの、やはり彼らも同じように幸広に恐怖を抱いているのだ。それを口にしなかっただけで。

 どこまでも自分本位だ。ここまで来たのも自分が死にたくないから、周りが行けと言うから何となく来たのだ。自分が周りに与える影響などこれっぽっちも考えていなかった。

 ちらりとストラッシュとパネンカに目線をやるが、まともに目を合わせられない。だが、彼らのその恐怖を、恐怖の根源である自分がどうにか出来るなどとは到底思えなかった。

 胸の奥でじりじりと熱く何かが沸き立つのを感じる。

(あぁ、あかん。出てくる……)

 じわりと体から何かが溢れ出ようとするのを感じる。それを防ごうと体を抱え込むが、止め方が分からない。またこの人たちを巻き込むわけにはいかないとその場を離れようとしたが、コチカに腕を取られた。

「!」

「お前ら、こいつのこと考えて発言しろ」

 コチカは幸広を掴んだまま歩き出す。その力はなかなかに強く、若干痛みが走る。

「コ、コチカ……」

 ストラッシュとパネンカから少し離れたところで手を離される。痛む腕をさすりながらコチカに目をやると、その表情には悔しさが滲み出ているのがわかった。

「コチカ?」

「……何でもない」

 そのままコチカは近くにあった部屋に入り込んだ。

 掴まれた腕はじんじんと痛むが、自分の中の黒い脅威はいつの間にか消えている。幸広の心境に反応しているのか、今の一瞬で黒いモノの事が何となく分かった気がした。

 コチカを見届けたヴィーがこっそりと近付いて来る。

「昔あの子のお姉さんが感染病で亡くなったんだけど、さっきの状況がその時と被ったんだと思うよ」

「!?」

「その病気は当時は魔法(マギエ)では治せない不治の病で、街ではお姉さんが最初の発病者だったらしい。その時『お前のせいで街に病気が広まったんだ』ってあの子は周りと同じようにお姉さんを責めた。だから、後悔してると思うんだ。いなくなって初めてその存在の大切さに気付くことだってある……不器用だけど、同じことを繰り返さないようにしたかったんじゃないかな」

「……ヴィー、お前喋れたんや」

「……がおー」

 部屋には何もなかったのか、椅子を蹴り上げてコチカが出てきた。それと同じタイミングでストラッシュとパネンカが幸広に謝りにきた。

「ユキヒロ殿、申し訳ございませんでした……またしても考えが至らず……」

『ごめん、ユキヒロ……』

 二人のその言葉を聞き、ヴィーの言った意味が何となく分かった気がする。やっぱり、今を大切にしなければ何も残らない。

「いや、こっちこそごめん。俺がモヤモヤ止められたらいい話やねんけど止め方が分からんくて……」

「もういいから次行くぞ」

 ペコペコとお互いに頭を下げ合う幸広達に痺れを切らしたコチカが先に進む。コチカなりの気の使い方なのだろうか、彼が間に入ってくれたお陰で互いに後腐れなく切り抜けられた気がする。

 廊下を進んでいくと、左側の壁にポツンと設置された扉に目がいく。

「あれ、部屋かな」

 扉の両サイドはかなりの距離で壁が続いている。この屋敷はどうにも窓が少なく、壁の向こう側が何かは扉を開けてみるまでは分からない構造となっていた。

 恐る恐る扉に手をかけ少しだけ開けると、隙間から風が吹き込み、足元に石畳が敷かれているのが見えた。その先には芝が植えられている。

「外や」

「中庭、ですかね」

 遠くで爆発音と何かが崩れる大きな音が聞こえる。オルヴァーハ達が戦闘にでもなっているのだろうか。

 ストラッシュが開く扉の隙間から顔をのぞかせる。そこはかなり大きな広場のような中庭が広がる。その奥には祭壇のようなものも見え、遠くてはっきりとは認識できないが、その祭壇の上に人が横たえているようにも見える。

『あれって……』

「人、ですね」

「ちょぉ、パネンカ見てこいや」

『えぇ!何でオレ……みんなで行こうよ!』

「さっさと行けよ……」

 その場を代表してストラッシュが扉を押し開けた。一歩踏み出すとこれまでの空気とは一変し、一気に息苦しくなった。

「空気が重いですね」

 槍を構え、警戒しながら一歩ずつ進む。扉から祭壇まで何もない空間が広がり、上空には黒雲が渦巻いている。怖がっていたパネンカも、ストラッシュに並んで前に進む。

『あれ、やっぱり王女サマだぜ。この魔力(マギ)の感じ、知ってる』

「やはりそうですか……!急ぎましょう!」

 ストラッシュが走り出そうとした時、何かが倒れる音が聞こえた。

「ユキヒロ!?」

 コチカの声が響く。ストラッシュが後ろを振り返ると、幸広が胸を押さえ苦痛に顔を歪ませ膝をついている。呼吸は荒く、まともに酸素を取り入れられていない。

「ユキヒロ殿!」

 慌てて駆け寄ろうとするが、急激に重力がかかったかのように体が思うように動かなくなる。幸広の周りには先程幸広を襲った黒いモヤが集まってきているのが目で確認できる。

「呪いの影響か……!ユキヒロ殿、お気を確かに……!」

 必死で呼吸を整えようとしているが、幸広の顔色は悪くなっていく一方だ。

「……一度ここを離れましょう!」

 ようやく近くにたどり着けたストラッシュはコチカと協力し幸広を抱えて中庭を出ようと入ってきた扉に手を触れるが、いくらドアノブを回しても扉はビクともしなかった。

「何故……!」

「ねぇ、どこに行くの?」

「!?」

 上空から見知らぬ声が届き、一行は瞬時に振り返った。

 暗い空に一際目立つ白い髪に全身にフィットした黒いボディスーツを纏った男が、まるで見えない椅子に腰掛けるように足を組んで浮いている。

 幸広はこの男を見たことがあった。この世界に来てすぐ聖山ですれ違った不審な男だ。

「久しぶり……と言っても二日前に挨拶はしたね」

「何者だ!」

 ストラッシュが上空に浮かぶ男に槍を向ける。構えてはみたものの状況的に物理攻撃は期待できない。男から滲み出る強者のオーラがストラッシュを怯ませる。

 ストラッシュも魔法(マギエ)は使えるが、ティトリーやラヴラフのように強力な上級魔法は魔力(マギ)の量が足りず、使えない。相手の力がどの位なのかが分かっていない状況で判断することは危険だが、もし自分が持っている属性が優勢なのであれば少なくとも幸広を逃すくらいの時間は確保出来るのではないか。

(俺に、出来るか……?)

 尊敬する人から仰せつかった護衛の仕事だ。これ以上失敗する訳にはいかない。槍を握る手には汗がにじみ出ている。背後では幸広の荒い呼吸音が聞こえる。

「おや……ちょっと苦しそうだね。ぼくが治してあげる」

 男は組んでいた足を組み替えると、指を立てて顔の横でぐるりと円を描く。その瞬間幸広の体内に酸素が送り込まれた。

「ゲホ……は……」

「どう?ここはちょっと空気が悪いね。でも君ならすぐに慣れるよ」

 急激に取り込まれた酸素に驚き幸広は咳き込んだ。

 男は立ち上がり背を向け、階段を下りるように中庭の奥にある祭壇へと向かった。

「姫……!」

 ストラッシュが慌てて駆け寄ろうとするが、重力の影響と緊張で体が強張りうまく動けない。

「くそ……動け……!」

「ねぇ、こっち来ないの?この子迎えに来たんだよね」

 構えた槍は鉛の様に重い。コチカもヴィーも体を動かそうとはするが、まともに動けそうにない。

「……貴様、姫様に近付くな!」

「君、さっきからうるさいね」

 男は先ほどと同じ様に指を立て、ストラッシュを指さすと指揮をする様に指を振った。それと同時にストラッシュの体は地面から浮き、見えない何かに投げ飛ばされ壁に激突する。

「ぐっ……」

「ぼくは彼と話をしてるんだよね」

『ストラッシュ!!』

 パネンカが慌ててストラッシュに駆け寄る。

 男がストラッシュに気を取られている間に、ヴィーが回り込んで王女が横たわる祭壇へと走った。そのスピードは風の様に早く、人間の肉眼で追うのがやっとな程だ。しかしそれを視界に入れた男は再び指をヴィーに向けて振ると、大きな獣姿のヴィーでさえも軽々とはね飛ばした。

「ヴィー!」

 幸広の体を支えていたコチカは、動かなくなったヴィーに駆け寄ることも出来ず、ただ見ているしか出来なかった。

 しかし幸広はその手をゆっくりと外す。

「ユキヒロ……?」

「大丈夫、ありがとう……ヴィーのとこ行ったって」

「だが……」

 ゆっくりと首を振る幸広に、コチカは言葉を詰まらせる。彼のその顔は本気だった。

「……すまない……!」

 コチカの手を借りず一人で立ち上がると、幸広は宙に浮く男に対峙した。

 ようやく幸広が自分に向き合ったことで男は満足そうに微笑み、祭壇に向かう足を幸広へと向けた。

「もう呼吸も慣れてきたみたいだね。よかった」

「さっきの……なんやねん」

 まるで昔からの知り合いのように話しかけてくる男に違和感を感じる。だがこの男と対峙した時から全身から冷や汗がにじみ出てきているのは自覚していた。

「彼女から溢れ出ている魔力(マギ)が君の中に大量に流れ込んだことからくる呼吸困難、ってところかな。君のナドヴァはこの闇に溢れる街に滞在することでほぼ闇に馴染んだ。彼女は光の属性だからね、相反する属性が体内に入ればそりゃ拒否反応だって出るさ。でも大丈夫。これも慣れれば辛くなくなるから」

 クスクスと笑いながら説明する男は本当に楽しんでいるようにも見える。男は幸広の手の届きそうな距離まで来ると足を止めた。その綺麗な顔の細部まで見える。

「お前……誰やねん」

「ぼく?ぼくはリーマ。覚えてないかなぁ……一応今はこの国に雇われてはいるんだけど……もうダメそうだよね。次の職場を探さなきゃ。オルヴァーハの所で拾ってもらえないかな」

 空を見ながら独り言のように語るリーマは再び何もないところにゆっくりと腰掛けた。

「オルのこと知っとんか!?」

「知ってるも何も、昔一緒に育ったんだよ。あの頃の彼の魔力(マギ)は凄まじかったなぁ。いらないんだったらぼくに譲ってくれたらよかったのに」

 自分の髪をいじりながら幸広から視線を逸らしたまま会話を続ける。

「ぼくはね、本当は彼女じゃなくて彼が欲しかったんだよ。でも彼女のわがままのせいで彼は魔力(マギ)を出力出来なくなった。本当に愚かだよ」

「は……?どういう……」

「だからね、あれは彼女が原因だったんだよ。彼女がそうなるように仕向けた。それがぜーんぶ、オルヴァーハの責任にされたんだよ」

 オルヴァーハが魔力(マギ)を失ったのは事故だったはず。王女が原因とは、一体どういうことなのか。また、違う情報を植え付けられていたのか……?

 こんな状況でも幸広の中の闇は疼きだす。

「……ユキヒロ殿!耳を貸してはいけません!」

 すぐ側までストラッシュが重い体を引きずりながら近づいてきていた。

「その男が何を知っているというのですか!全て憶測です!」

 絞り出すような言葉にユキヒロは揺れる。しかしリーマは指を振ってストラッシュを再び吹き飛ばした。今度はストラッシュの体はヴィーに直撃した。

「だからうるさいって言ってるでしょ。まとめて消すよ」

 結果一箇所に集まったストラッシュ達に手のひらを向けた。黒い光が集まり小さな玉となり、次第にそれは大きくなる。

「やめろ!」

 幸広はリーマに駆け寄り腕を弾いた。その拍子に大きくなっていた黒い光はリーマの手を離れ幸広に直撃した。電撃のような痛みが全身を走る。

「うああぁあ……!」

「あーあ……そんなことするから」

 リーマの足元に倒れこんだ幸広は痛みを耐えるように体を丸めた。目の前は歪み、体は痺れている。

「でもさすがだなぁ……今のを受けてまだ生きてるなんて。ふふ、さすがぼくが選んだナドヴァだ」

「……っ」

 どういうことだ。

 声が出ない。

 リーマの目線が入り口付近に移された。かすれる目で同じように目線を移すと、オルヴァーハ達が領主との話を終えてきたのか中庭に駆け込んでくるのが見えた。

「ユキ!?」

 唯ならぬ空気に彼らが警戒しているのが分かる。

 リーマは足元に転がる幸広の側でしゃがみこんだ。

「すごいね、君と彼女のためにオルヴァーハが動くなんて羨ましすぎる。ぼくがナドヴァだったらよかったのになぁ」

「なん、やねん……おまえ……」

「さっきからそんな呼び方ひどいなあ。ぼくが君の願いを叶えてあげたんだよ?お礼を言うのが普通なんじゃない?」

「おまえなんか知らん……!」

 細い腕を伸ばし、倒れる幸広の前髪を掴み上げる。その目は光が宿らず、吸い込まれそうな紫色をしていた。

 怖い。

 全身が「こいつはヤバイ奴だ」と叫んでいる。だが体が思うように動かない。

「君が望んだんだよ。薄情な奴だね、幸広君。いや……」

 掴んだ頭をぐっと持ち上げるとリーマは幸広の耳元でそっと囁いた。

「こう呼ぶべきかな?……幸田冥君」

 その名が幸広の耳に届くと同時に、ずっと体の中から溢れ出てこようとしていた黒いものが一気に噴き出した。

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