約束の日
俺は会心の出来の弁当の前に立っていた。
「完璧だ……」
思わずそう呟いてしまうのも仕方がない。
園神と弁当の約束をした日から、俺の日常は勉強と弁当の研究になった。パソコンの検索履歴なんて「弁当 手作り」、「弁当 おかず」、「弁当 簡単」、「弁当 定番」など弁当で埋め尽くされている。男子高校生の検索履歴じゃないと我ながら思う。
だがしかし! それだけの時間を費やしただけのことはある。弁当の中身を紹介しよう。
まず、おかずは卵焼き、唐揚げ、たこさんウィンナー、ハンバーグ、鮭の塩焼き、ほうれん草の胡麻和え、ブロッコリー、ミニトマトだ。定番どころをおさえて野菜も入れた。
そしておにぎり。サンドウィッチ? 日本人は黙って米だろ!! おにぎりの具は梅干し、おかか、ツナマヨだ。梅干しが三角型、おかかが俵型、ツナマヨが円盤型と区別してある。さらに、デザートにうさぎリンゴも付けた。
これを真の弁当と言わずしてなんという!!
というわけで、俺はかなり満足している。後は弁当を鞄に詰めて近くの公園にでも行って食べればOKだ。
「完成したの?」
隣から母さんが弁当をのぞき込んでくる。母さんには主に食材の調達で世話になった。作ったのは俺だ。アドバイスはもらったけど。
ちなみに、母さんには友達と出かけることになって何故か俺が弁当を作ることになったと話してある。嘘は言ってない。母さんもこの説明で納得していたし問題ない。
ピンポーン。
と、タイミング良く家のチャイムが鳴った。おそらく園神だ。
「俺が出る」
俺はすばやく弁当を鞄に詰めると玄関に向かう。
母さんに友達が女とは言っていない。絡まれる前に家から遠くに避難するに限る。俺は玄関の扉を開けた。
「えええええええええええええ!!!」
そして思いっきり叫んだ。
そこには園神がいた。
全身包帯だらけで、松葉杖をついた状態で――。
俺としたことが忘れてた!! そうだよ! こいつ2日前に命がけの戦いしてたんだ!! 怪我してくることまで考えが及ばなかった! つーか、お前もその怪我で弁当食いに来るなよ!
「どうしたの? 拓斗?」
園神本人はきょとんと首を傾げている。
「どうしたじゃねえ! お前出歩いて大丈夫なのかよ!!」
「大丈夫、おじい様には黙って抜け出してきたわ」
「全然大丈夫じゃねえ!!」
お前はあのじいさんのじじ馬鹿っぷりを分かってねえ!! 俺が殺されたらどうしてくれる!!
「どうしたのたっくん、お友達じゃなかったの?」
しまった! ――と思ったときにはもう遅かった。母さんと包帯だらけの園神が玄関で遭遇する。
「……」
「……」
「……どちら様?その怪我どうしたの?」
母さんの常識的な質問が飛ぶ。
そうだよな! 全身包帯だらけの女の子がいたらそうなるよな!
俺はすばやく園神にアイコンタクトを送る。殺し合いでできた怪我だなんて死んでも言うんじゃねえぞ!
そんな俺に気付いたようで園神が力強く頷く。大丈夫だよな! 今回ばかりは信じるぞ!!
「拓斗君のクラスメイトの園神舞です。実は……階段から落ちまして……」
「じゃあ、あなたがたっくんのお友達? 大変だったわねぇ」
「……」
なんてベタな言い訳!! 俺は必死でツッコミを飲み込みながら話を合わせる。
「そうなのかよ、全然知らなくてビックリした! 連絡くらい入れろよな!」
「そうなの。つい2日前に。知らせなくてごめんなさい」
「いや、大変だったな。――てか、弁当食えるのか?」
「消化器官は何とか無事よ!!」
「……あ、そう」
消化器官とか言うな! なんとかって何だ!! お前そんなに弁当食いてえのかよ!!
「たっくん、ちょっと」
そんなやり取りをしていると、母さんが俺の服の裾をちょいちょいと引っ張った。
「ねえ、お弁当一緒に食べるお友達ってあの子? 二人きりで?」
「?!」
しまった! 園神の怪我に気を取られているうちに母さんの中で勝手に話が進んでいる!
「ご飯は食べられるみたいだけど、お出かけはやめておいたら? 母さんこれから買い物に行ってくるから。そうね、1時間……いえ2時間くらい。だから、お家で食べてもらいなさい」
「あ、いや、母さん。俺と園神は……」
何だ? 一般人と殺し屋? 言えるか!!
「いいのよいいのよ。母さん、分かってるから」
なんも分かってねえから!!
「えーと、園神さん? その怪我じゃつらいでしょ? とりあえず上がってちょうだい」
俺が園神のことをなんと説明するか迷っているうちに母さんが勝手に話を進めていく。
「あ、はい。お邪魔します」
園神も便乗してんじゃねえ!!!
俺の声にならないツッコミは当然誰にも届かない。あっという間に園神とリビングで2人きりという状況になった。
「お前、本当に固形物食べていいのか?」
いろいろ諦めた俺は園神にもう一度確認を取る。
「少しくらいなら平気」
園神の中に食べないという選択肢はないようで、俺はため息をついて弁当を鞄から出しテーブルに並べた。
「わぁすごい!!」
まあ、当然のリアクションだな。
「これが真の弁当なのね! 拓斗!」
「ああ! そうだ! 園神!!」
俺は園神のノリの良さにすっかり乗せられ、弁当の詳細を説明しながらのランチタイムに突入した。
「すごくおいしいわ! 拓斗!」
園神はそう言ってかなりの量を食べた。俺もついいろいろ勧めてしまったが、腹大丈夫だろうか?
「ごちそうさま!」
園神が満足して箸を置いたのは、母さんが出かけて1時間後だった。それから少し食休みを入れて、いよいよ園神のじいさんの報復が怖くなってきた俺が園神に帰宅を促した。
「そうね。そろそろ帰るわ」
「ああ、気を付けてな。くれぐれもじいさんにはよろしく」
「分かってるわ。拓斗にはお咎めがいかないようにする」
園神はクスリと笑うとじいさんからの身の安全を約束してくれた。助かった……。
「それでね、拓斗」
「?」
園神が改まった様子で俺の名を呼んだ。なんだ?
「あのときのお守り、ありがとう。おかげで助かったわ」
あのときのお守り、俺がじいさんに渡すように頼んだ即席のお守りのことだろう。
「別にあんなもん。適当に作っただけだ、礼なんていいって。大げさだな」
俺は照れ隠しにちょっと園神から視線を外す。
「ううん。ちっとも大げさなんかじゃないわ」
「?」
園神の視線を感じて俺は視線を園神に戻した。
「弾丸、たしかに返してもらったから」
「!!??」
「それじゃ」
園神は驚いて声が出ない俺を置いて立ち去ってしまった。俺の硬直が解けたのは、園神の姿がすっかり見えなくなってからだった。
――俺はあの即席お守りにティッシュで弾丸を巻いて入れていたのだ。
「なんだよ……袋開けるなって……言っただろうが……」
俺の声だけが虚しく響いた。
夏休みが終わって学校が再開した。
けれど、園神の姿はなかった。どうやら夏休み中に事故に遭い、その怪我が原因で高校を中退した――ということになっているらしい。
クラスの連中はしばらく心配していたが、そのうち話題に上らなくなった。九条は勝手に俺に気を遣ってあれこれ話しかけてくる。別に落ち込んでないし、せいせいしているくらいだってのに変な奴だ。
園神の連絡先も知らず、弁当の約束も果たして、弾丸も返してしまった。俺と園神の間には――もうなんの繋がりもない。
俺はなんだが胸にぽっかり穴があいたみたいで、それを埋めるために受験勉強に精を出した。おかげで第一志望の大学に早めに合格できた。もう後は卒業式を待つだけだ。そして大学生になる。
俺の平凡な日常が戻ってくる。
そう、ただそれだけだ――。