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ア戦sioン  作者: 唖ヰ路 むネん 
第二章
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夜の王と血 0.5

 連日厳しい残暑をもたらしている太陽がすっかり顔を隠し、昼の間に熱せられたアスファルトも一息吐き始めた頃、都心にほど近い住宅街では初秋らしい涼やかな夜風が吹いて、街路樹を優しく揺らしていた。季節の変わり目は一日の内に二つの季節がある。この時間帯は夏から秋へ移り変わる瞬間、胸の奥にツンと沁みるわびしさが湧いてくる。学ラン姿の金剛榴輝はズボンのポケットに手を突っ込み、小鳥のように肩を震わせた。

 

(この通りはいつも無臭だよなぁ………)


 彼はついさっきまで二人の幼馴染たちと過ごしていた素朴な味わいの町を色とりどりの匂いと共に思い出しながら、二つのまちにこれほどの違いがあることを不思議に思った。彼の中にあるこの街のイメージは、清潔、無機的、そしてどこか乾燥している。一方菫青の住んでいる町は、雑多で、有機的で、ぬるくなった風呂のようで、かつちょっとだけ猥雑な感じがする。彼はどちらのまちも嫌いとは云い難かった。でもどちらかと云えば、菫青の町の方に親しみを覚える、そんな感じがした。


「ただいま」

 

 榴輝はいつもと同じように、誰もいない玄関に向かって帰宅を告げた。いや、誰もいないは少し、違う。


中二ちゅうに! 中二ちゅうにおいで!」


 声を掛けると、一匹の猫がどこからともなく現れた。アメショーの特徴的な模様、シルバー・クラシックタビーの美しさが存分に発揮されている、うちの愛猫だった。


「よしよし、中二はいい子だな」


 榴輝は中二を抱き上げると、恋人同士がそうするように彼女の顔をまじまじと見つめた。中二の目には左右異なる色が輝いている、いわゆる『オッドアイ』である。日本では金目銀目と呼ばれ縁起の良いものと考えられてきたそうで、金銀と云っても実際は青目と黄目であることが多い。しかし中二の目は本当に金色と銀色に近かった。だから中二という名前を、本人は、いや本猫はいささか不本意かもしれないが、実にそれらしいのでそうつけさせてもらった。好きな漫画に出てくる中二病主人公のような幸運をもたらすよう祈って………。


「お前だけが僕を出迎えてくれるよ」

 

 頬擦りすると、中二は喉の奥をゴロゴロ鳴らした。榴輝は中二を抱きかかえたまま明かりのない暗い廊下を進み、リビングの扉を開けた。



 パン! パン! パパンッ!



 激しい発砲音の余韻が残る中、一般的な天井の高さを雄に超える場所でライトが点灯し、広い部屋の中を照らし出した。二階まで吹き抜けになったリビングの中央、そこには紙の束と煙を吐いた後のクラッカーを手にした、父と母の姿があった。


「「お誕生日おめでと~~~!!!」」


「え、なに!?」


 榴輝は全く予期していなかった事態に目を丸くした。


「榴輝、お誕生日おめでとう」


 母が目の前に来て、棒立ちになっている彼を抱きしめた。榴輝にとって、母親の腕の中の感触は遠い昔の記憶にしかなかった。一〇年前と変わらない匂いが鼻孔を刺激するのを感じつつ、彼は母親の身体に染みついた疲労と老いもまた感じずにはいられなかった。それでいて、自分の成長にはまるで気が付かなかった。

 彼の頭にはこんな一瞬でさえ、不幸な友の姿がぎる事がままあった。自分が社会的、人間的に幸福な状況に置かれるほど、親友が抱えた苦難に対する同情心のようなものが一緒に膨らんだ。それは要するに、光線が強くなるほど陰影もまた濃くなるのと同じ構図だった。彼はそれを自分の優しさ故に罹る病と思い、誇りと憂いを同時に享受しなければならなかった。それが彼の、唯一の不幸だった。


「これは一体………」


「おいおい、我が息子よ。勉強し過ぎて頭のねじ・・を数本無くしたんじゃないだろうな?」


 父はフレームの細い黒縁眼鏡の奥に微笑を浮かべながら、彼らしくないジョークをかましてきた。父親の笑顔を最後に見た記憶も、榴輝の中ではあやふやだった。

 

 二人の言葉を反芻し、彼はようやく自分の直面している状況を呑み込んだ。


「そうか、今日は僕の誕生日だったのか」

 

 九月二十八日。十七年前の今日、金剛榴輝はこの世に生を受けたのだ。


「自分でも忘れていたの? 相変わらずおっちょこちょいなんだから」


 今日も・・・いつもと同じように菫青と会っていたのに、誕生日の「た」の字も云われなかった。それは親しさ故なのかもしれないけれど、やはり少し寂しい。


(そもそも自分が忘れていたら世話ない、か……)

 

 榴輝は心の中で自分を慰めた。


 二人に導かれる形で、榴輝はリビングと地続きになっているダイニングへと足を運んだ。いつもなら需要に対し不釣合いなほど大きい楕円形のダイニングテーブルが無言でどっしりと構えているはずだが、今日はその上に溢れんばかりのご馳走が並べられていた。楕円の緩やかな曲凸部に閉じられた脚を持つ、この真っ黒いダイニングテーブルがここまで活用されているのを見たのはこれが初めてだった。二つの焦点にはどこから引っ張り出してきたのか分からない、豪華な金細工のあしらわれた三又の燭台まで立っている。


「これ全部、母さんが作ったのよ」


 母は誇らしげに胸を張った。


「本当に!? 凄いな…………料理出来たんだね(ボソッ」


 うっかり口にしてしまったその言葉を、母は聞き逃さなかった。


「まあ、失礼な子ね! 私だって料理くらいできるわ。ねえ、あなた?」

「ん? ……ああ、そうだな。これでも昔はよく一緒に夕飯を作ったりしたもんだ。父さんはそんなに得意じゃないから、手を出すと叱られるくらいだったがね」


 にわかに信じられない話だった。堅物夫婦二人がおそろいのエプロンをつけて仲良くキッチンに並んでいる姿など、想像も出来なかった。若い時ならいざ知らず、初老を迎えようとしている今の姿で想像してみると………


 気を抜いたら、変な笑いが顔に出るところだった。


「さあさあ、二人とも席について。せっかくの料理が冷めちゃうわ」


 母は息子の想像などお構いなしで、率先して男二人を席に着かせた。冷蔵庫から冷えたシャンパン(ノンアルコール)と白ワインを取ってくると、自ら栓抜きを使って開栓する。こういう時、世間では男が手を貸すのが一般的だと思われる。金剛家の母は飽くまでも金剛の名に相応しい女だった。

 

 乾杯の音頭は父が取ることになった。


「それじゃあ、ごほん、あらためて…………榴輝、十七歳の誕生日おめでとう、乾杯」

「「乾杯ッ!」」


 それから三人は一家団欒、至福の時を過ごした。



 榴輝の両親は二人とも大学教授である。父親は物理学者だが生物に関係のある分野を研究している。母親は考古学者だ。人類の祖先について研究するため、年中海外を飛び回っていた。二人共々寝る間を惜しんで研究に打ち込んでいるため忙しく、こうして家族が揃うことなど滅多になかった。それでも榴輝は自分が不幸であると思ったことは一度もない。むしろ世界で活躍する二人の姿が誇らしかった。



「今年で榴輝は十七になったのね。十七年………長かったような、短かったような」


 母はグラスを片手に遠い目をしている。


「ごめんね、いつも寂しい思いをさせて」


 陽気な性格の母だが、今夜はだいぶ酔っているのか、センチメンタルな気分に浸っているようだった。うっとりした表情で、孔が空くほど息子の黒目を見つめていた。こうなると見られている方は照れくさくて仕方がない。榴輝は食べるのに夢中になる振りをして視線を外した。


「榴輝が小さい頃から……あんまりかまってやれずに……ゲフッ、あら失礼…………本当に申し訳ないわ」

「そんなことはないよ。今の僕がいるのは二人のおかげだからね、感謝してる」

「榴輝、お前ちょっと見ない間に大人になったなあ。父さんが高校生の頃は親に感謝しているなんて、口が裂けても云えなかったぞ」


 昔の自分を思い出したのか、親になった今だからこそ分かる両親の苦労を想像したのか、父は苦笑いした。


「親の苦労は親にならなきゃ分からんもんだ」


 グラスの白ワインをグイッと傾けて一気に飲み干す。


「分からなくていいんだ、子供のうちはな」


「そうだね。きっと、僕は父さんたちの苦労を完全に理解しているわけじゃないから…………これから頑張っていくよ」

 

 実際のところ、自分が親になった姿を想像するのは難しかった。将来誰を好きになり、どんな風にプロポーズするのか。結婚式を挙げて、親戚一同に祝福されるのか。子供が生まれたらどんな名前を付けるのか。その子供が大きくなったら、今度は自分が親の立場になってこういう話をするのか。

 

 どれも今の自分からは想像できない、果てしなく遠い未来のことのような気がした。


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