憎悪の連鎖 0.4
「きんせーいッ!」
立ち尽くす菫青の元に三人が駆け寄る。
「何があったの!?」
菫青は何かに憑りつかれたかのように、足元の砂を見つめていた。
「…………分からない」
「奴はどこに行ったんだ?」
榴輝は依然周囲を警戒している。だが、もうその必要はないのだと菫青は気付いていた。耳を澄ませても、あの声は聞こえない。それは気味が悪いほどの静寂だった。
「クラナ……奴は近くにいるか?」
「…………いいえ。存在を感じないわ」
「終わった……のか?」
唐突に訪れた終焉に、菫青は実感が湧いてこなかった。
「どうやら……終わったみたいね」
クラナもどこかしっくりこない様子でそう言った。
「私の目には破壊できないように見えたのだけど…………案外不安定な存在だったのかもしれないわね」
「そうみたい……だな」
菫青は憎悪の連鎖の最後の言葉を思い出した。
『コレデジユウニナレル』
もしかしたら、アイツもただ苦しんでいただけだったのかもしれない。そう思うと、少しだけ自分が役に立ったような、そんな気がした。
「き・ん・せ・い!」
「うおっ!」
突然後ろから回された腕に、思わず声を上げた。背中に伝わる柔らかい感触。それが翠の身体だと気付くまでに時間はかからなかった。
「やっと終わったね」
心の底から嬉しそうな声が、耳元で囁かれる。
「ああ…………これで帰れるな」
菫青は翠と向き合い、その目を見つめた。近すぎるあまり見失ってしまった大切なもの。すぐ傍にあるのに、それこそ手に取るように分かっていたのに気付けなかった気持ち。それは自分の心がブレーキを掛けた結果だったのかもしれない。
今なら分かる、翠の気持ち。
「なあ……翠」
「ん?」
菫青は見上げる彼女の唇を素早く奪った。
「んぅん!?」
翠は喉の奥で驚きの声を出した、が、彼女は菫青を受け入れた。
「おーい…………お二人さん?」
榴輝は困った表情で愛に溺れる二人を見ていた。
「まったく……困った人たちですね」
隣を見ると、クラナも同じように渋い顔をしていた。
「戦いが終わった途端にこれとか……どれだけ溜まってたんだよ……菫青」
「その発言もどうかと……」
「!? いや、別にそんな……他意は無くて……」
「分かってますよ」
クラナはフフッと笑った。榴輝はその笑顔を見て胸が張り裂けそうになった。
「クラナさん……実は僕――」
榴輝が息を呑んだ瞬間、クラナは人差し指を立てて榴輝の唇に当てた。
「それは言わないでください…………大丈夫です、私もすぐに行きますから」
「…………そうですか」
彼女にも言えない事情があるのだと、榴輝は自分の心を納得させるしかなかった。
「榴輝さん……時間みたいです」
クラナに言われて自分の身体を見ると、確かに薄くなって崩壊し始めていた。それは菫青と翠も同じだった。
「菫青、翠。時間だ」
二人に声を掛けるが、現在絶賛アツアツ進行中のため全く届いていないようだった。
「ちょっと! いい加減にしろよ!」
木に止まる蝉のような恰好をしていた翠を菫青から引き剥がす。
「何よ!?」
「自分の身体を見てみろ!」
二人は身体が消え始めているのに気付き、目を見開く。
「こ、これは……どういうことなんだ? クラナ!?」
珍しく、焦っている菫青を見た。
「大丈夫ですよ。意識が現象界に戻り始めているだけです」
「そ、そうか……」
その説明を聞いて安心しつつ、菫青は一人だけ変化が無い人物に気付いた。
「君はこれからどうなるんだ?」
「私? 私は……」
クラナは顎に手を当てて少し考えた後、苦笑いしながらこう答えた。
「正直言って分からない。でもきっと大丈夫よ。天の声はきっと約束を守ってくれるから」
彼女の嬉しいような寂しいような笑顔に、菫青は胸が痛んだ。
思えば、かなり長い時間を共に過ごした。深層界に潜入したばかりの頃、いきなり怪物に襲われたところを助けてもらった。クラナがいなかったら、あの時すでに自分は怪物の一人と化して、この世界の住人になっていたかもしれない。その後も幾度となく、共に死線を潜り抜けた。時には言い争うこともあったが、それでも感謝の気持ちは計り知れない。
「え~っと、なんだ…………その~…………今までありがとうな。俺たちは……良いコンビだったよな?」
「ええ、勿論。すべては必然の元に、契約は完了したわ」
菫青はクラナと握手をした。その手の感触を一生忘れないように、しっかりと記憶に刻み込んだ。
「菫青、どうやら一足先になるみたいだ」
「何!?」
振り返ると、榴輝と翠は菫青よりもさらに薄くなっていた。あとほんの少しで、完全に現実世界に戻ってしまいそうだ。
「仕方ねえ、後から追いかけるさ」
四人は手を繋いで円を作った。
「うぅ~寂しいよ~。必ずまた会おうね、クラナちゃん」
「ええ……きっと」
翠が半べそをかくので、菫青はその頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「現実世界でまた会おう」
「うん!」「了解!」
こうして、二人の身体は完全に消えていった。
後に残った菫青は、自分の身体を見てまだ猶予がありそうだと思い、ずっと気になっていたことをクラナに尋ねる。
「なあ、最後に一ついいか?」
「なに?」
「お前さ、前に俺の本質を教えてくれるって言ったよな?」
「ああ、それ……」
クラナは少し俯き、難しい顔になった。
「最初に言っておくわね。貴方の本質が何であったとしても、それに囚われる必要なんてないの。あらゆる物事に本質というものがあったとしても、それがすべてではないのだから。それに私が見る限り、貴方は自分の本質を覆しているわ。それでいいの。本質とは乗り越えていくものなのよ」
「……分かった」
菫青は嫌な予感がした。こんな前置きを言うということは、自分の本質はあまり望まれるものではないのだろう。
「貴方の本質はね…………」
『ニクシミ、ダ』
その声を聴いた途端、身体が炎に包まれたような気がした。全身に走る激痛。それは身体の内側で何かが燃え上がり、爆発しているような感覚だった。菫青はその場に倒れこみ激しく痙攣する。
「菫青! どうしたの!? 菫青!!!」
クラナが身体を揺すり、叫ぶ声が微かに聞こえる。
「俺から……離れろッ……」
次の瞬間、身体を突き破って噴出する無数の鎖。それは紅蓮の炎を燃やしながら菫青に巻き付いた。
『お兄ちゃん――ッ!』
遠のく意識の中、菫青は御影の叫びを聞いた。




