表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ア戦sioン  作者: 唖ヰ路 むネん 
第五章
32/36

憎悪の連鎖 0.3

「着いたわ」


 クラナが緊張した面持ちでそう言った。


「これが……憎しみの根源……?」


俺と榴輝、翠は眼下に広がる景色に息を呑んだ。何度目か分からないあの無限に広がる荒野を行軍中、突如として現れた巨大なクレーター。陥没した大地は他の場所と比べて三十メートル程地盤が沈下しており、今も紅蓮の炎が地面を焦がしている。まるで自然に作られた闘技場のようだった。


「ここから先は間違いなく深層界で最も危険な領域よ。それでも、現実世界に戻るためには避けて通れない場所…………覚悟はできたかしら?」


 クラナは三人の顔を順番に見ていく。


「俺は必ず現実世界に戻ってみせる。敵がどんな怪物であれ、神であれ、答えは変わらない」


 視線の先には明確な死があった。死よりももっと恐ろしいものがあった。それが分かっているのと、分かっていないのではどれほどの違いがあるのか。ここに至って悟ったことは、人間が恐れているのは死ではないということだ。人間が本当に恐れているのは、無意味のまま終わることだ。自分で納得出来ないまま、何者かに運命を握られることなのだ。それが全知全能の神でも、宇宙の法則でも大差はない。

 驚くほどに、迷いはなかった。これから先どんな結末を迎えようと、自分に出来ることをやるだけだった。そして、俺に出来ることは限りなく定まっていた。可能性はほとんど収束していた。命は惜しくない。身体もとうに朽ち果てた。願わくば、俺の思いだけでも御影に届けば、それでよい。


「不退転の覚悟だ。もう失うものは何も無い。欲しいものはすべて、手に入れた。お前たちはどうだ?」


 ある人にとっては永遠にも近く、別の誰かにとっては瞬間に過ぎないその時を共に過ごしてきた二人の友人を前に、答えは明白とも思える問いを、俺は投げかけた。


「一緒に来てくれるか?」


「あったりまえでしょ! 誰のために、わざわざ危険を冒してまで助けに来たと思ってんの」


 翠はいつもと変わらぬ様子で俺の肩を叩いた。


「僕も行く。彼女のところに帰らないといけないからね」


 榴輝は遠い目をして、帰るべき場所、救いたい人のことを考えている様子だった。


「行くぞ!」


 俺の掛け声をきっかけに、四人は地獄の入り口のようなクレーターへと身を投じた。

 しばしの浮遊感の後、底に到達する。マグマが冷えて固まったような黒い地面には、今もか細い溶岩流があちらこちらに流れている。深層界だから良かったものの、現実世界だったら生身の人間が足を踏み入れられるような環境ではなかった。

 周囲を高い壁に覆われているため、そこでは逃げ場が無いような閉塞感を覚えた。しかし、それ以外は何の変哲もない場所と言えなくもなかった。半径数百メートルと思われるクレーターの中に、四人以外に動くものは無い。怪物が襲ってくる気配も無い。


「なあ、そろそろ教えてくれてもいいんじゃねえか? 憎しみの根源って具体的には何なんだ?」


 俺はクラナに尋ねた。


「それは……私にもよく分からないのよ。でもあなたも感じるでしょ? ここが他の場所とは違うってこと」

「まあな」


 俺たちはずっと、より強力な反応が感じられる場所を目指して旅を続けてきた。

 目を閉じ、精神を集中させると、どこからともなく聞こえてくる声。クラナが聞いたという謎の声の主と発信源が同じかどうかは定かでないが、言葉としては成立していないその声は、囁きのようでありながら、呻き声のようでもあった。無音の強風が吹く世界で、それは空間が再創造を繰り返してもずっと変わらずに、一定の方角から聞こえてきた。


「ねぇ! あれ見て!」


 翠の声に、周囲を探索していた他の面々の注意が一斉に集まる。翠が指差していたのはクレーターの中央、次第に隆起していく溶岩の塊だった。


「来るか……?」


 俺以外の全員が武器を創造する中、一人だけ鞘に収まった剣を抜くのは何とも頼りない感じがした。榴輝がすぐに『創造力』を使いこなしたのも驚いたが、さらに驚いたのは、翠にもそれが可能だったことだ。俺にとってはかなり自尊心が傷つく出来事だったものの、おかげで戦力は二倍、三倍……それ以上に膨れ上がった。

 今の自分たちならどんな敵が来ても勝てる――――そう確信していた。


 徐々に大きくなる紅焔の大地。それは次第に変形し、自然物とは思えない造形を創り出した。


「人間……?」


 深層界の怪物たちは互いに喰らい合うことでその力が増大し、人間からは遠くかけ離れた容姿に変貌してしまった者が数多く存在した。しかし目の前にいるのは、普通の人間に限りなく近い姿の何者か、だった。


「油断するなよ」


 俺たちは少しずつ溶岩人間との距離を詰めていく。


「後ろに下がって!!」


 クラナが警告を発すると、全員が散開しつつ後ろに跳び退る。それとほぼ同時に、溶岩人間の体から無数の黒い物体が飛び出し、四人に向かって襲い掛かってきた。それらは凄まじいスピードで、際限無く伸びてくる。


 ――逃げても無駄か!


 俺が剣で対抗しようとすると、


「攻撃しても駄目! その鎖は絶対に破壊出来ない!!」


 クラナが弾幕を張りながら叫んだ。


「何!?」


 警告は気にかかるが、黒い物体は目前まで迫っている。クラナの言う通り、それは確かに二重螺旋状の渦を巻き、鎖のように見えなくもなかった。俺は一直線に向かってくる鎖をロングソードで薙ぎ払い、打ち払った。剣を取り落しそうになるほどの衝撃が腕に伝わる。それでも攻撃はかわした――はずだった。


「がッ……!?」


 突如、後ろからの衝撃。腹部に鋭い痛みが走る。見ると、鎖が腹を突き破って飛び出していた。


「な……にィッ……」


 グンと引っ張られたかと思うと、そのまま宙に放り出される。天地が逆転するのを何度か繰り返した後、背中からしこたま地面に打ち付けられた。


「菫青!」


 クラナが駆け寄ってくる。思考回路は混乱していたが、剣を支えにして立ち上がり腹部に開いた穴を修復する。


「何が起きた?」

「剣で弾いた鎖が戻ってきて背中から貫いたのよ」

「そんなに自由に操れるのか、あの鎖は?」


 溶岩男は最初の立ち位置からほとんど動いていなかった。しかし、体中から飛び出す無数の鎖が今まさに、榴輝と翠を執拗に狙っていた。それでも、二人は互いに背中を預けながら見事に切り抜けている。彼らは創造力を最大限に生かし、剣や盾を状況に合わせて変形させる。さらに、一人が鎖を盾で弾くと、もう一人が鎖の隙間に長剣を突き刺してそれを地面に固定する。そして再び武器を創造する……これの繰り返しだ。

 二人の連携によって、何かを拘束するはずの鎖が逆に地面に拘束されていく。しかし、溶岩男も黙ってやられているわけがなく、自由自在に動く鎖は強引に長剣を引き抜く。拘束時間はごくわずかだった。


「さっき壊せないって言ったな、本当に壊せないのか?」

「ええ、恐らく無理ね。あれは言うなれば…………『憎悪の連鎖』よ」

「憎悪の……連鎖?」

「かなり強力な特異点で、あれのエネルギー供給源は他の怪物と違って無限慧じゃない。恐らく、現象界で生まれた人間の憎しみすべてを直接の起源としているわ」

「じゃあ、あれは探していた憎しみの根源とは別物なのか……?」

「分からない。ただ一つ言えることは、現象界から憎しみが消えない限りあれを壊すことは出来ない」

「不壊の鎖……か」

「とにかく、二人を助けるわよ!」


 クラナは両腕に白砲を創造し、憎悪の連鎖に突進していく。俺は自分が手に持っている剣を見て、それを地面に放り投げた。今は出し惜しみしている場合ではない。至急、態勢を立て直さなければならない。

 彼女の後に続いて、敵に向かって接近する。それを待っていたかのように、榴輝と翠を攻撃していた鎖がこちらに狙いを定めて飛んでくる。 

 風を切りながら真っ直ぐに伸びてくる鎖。その数は見えているだけで五本以上。


「クラナ、二人を援護しに行け! ここは俺がくい止める!」

「分かった!」


 菫青は大きく跳躍し、クラナと鎖の間に割って入る。

 右腕を振るうと、発生した衝撃波が鎖と衝突して甲高い音を立てた。すると、不壊の鎖は途中で折れ曲がり、進路を変えたではないか。


 ――よしッ!

 

 壊すことは出来なくても、進行方向を逸らすことは不可能ではなさそうだった。しかし、安心したのも束の間。不壊の鎖はすぐに進路を戻して目の前まで迫ってくる。


 ――防げるのは精々二、三秒か……。


 菫青は再び力を込める。今度は腕ではなく、脚に。そして鎖と衝突する寸前、一気に力を爆発させて地面を蹴る。

 獲物を捉え損ねた鎖が地面に突き刺さり、砂煙を上げるのを背中に感じた。

 鼻が無くなるんじゃないかと思うほど地面スレスレを滑空中、限界まで前傾姿勢になることによって、ギリギリのところで攻撃を回避していた。後ろは振り返らず、全力疾走を続ける。足を止めれば再び、後方からの不意打ちを受けることは分かっていた。


 気付けば鎖の攻撃網を破り、本体である溶岩男が目前に迫っていた。


 今すぐ仕掛けることもできる。敵はさっきから一歩も動いていない。もしかしたら動かせるのは鎖だけで、本体は全く動けないのかもしれない。それなら絶好のチャンスだ。

 菫青は横目で榴輝たちの姿を探したが、近くにはいない。どうやら無事後退できたようだ。それを確認すると、攻撃目標を本体に定めた。


「このまま止めを刺してやる!」


 右手に力を込め、無限慧を集める。菫青が接近しても、溶岩男は直立したままだった。


「喰らえッ!」


 腰を入れた一撃を溶岩男の左胸にめり込ませる。相手はそれを防ぐことなく、ただ直立不動のまま受け止めた。

 菫青の身体が限界まで溜め込んだ無限慧は拳を伝わり、溶岩男の体内で炸裂する。


 最後の瞬間――――菫青は憎悪の連鎖と目が合った。



『コレ、デ…………ジユウ、ニ、ナレ、ル』



「え……?」


 溶岩男の体から眩い光が発せられたかと思うと、紅黒かった体がみるみるうちに灰色の砂に変わっていく。それは風に吹かれながら、音も立てずに崩れ落ちた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ