運命のイト
「じゃあ結婚するかい?」
いつのまにかおばあちゃんが愛子たちの隣に立っていた。
「え… おばあちゃん…?」
「まったく…話には聞いてたけど、ほんとにバカだよあんたは。」
「ご…ごめんなさい」
「ほら」
そう言うと祖母の手には二冊のパスポートと飛行機のチケットがあった。
「これ……」
今一つ愛子と敦は状況を理解出来ないでいた。
「殺し屋の世界にはね暗黙のルールがある。一生に一度だけ使える裏のルール」
「裏のルール……?」
お祖母ちゃんは静かに頷いた。
「そう。それはターゲットが殺し屋の世界の人間と親族関係になる場合のみ殺しの依頼をキャンセルさせることが出来る」
「つまり…オレは殺されなくてもいいってこと…?」
「そうさ。殺し屋のギルドの依頼で殺し屋をターゲットにすることは出来ない。殺し屋が殺し屋を殺すときは依頼された任務が失敗した場合のみ。私たち殺し屋は快楽殺人者ではないのでね。
数少ない同業者の幸せくらい叶えてやりたいもんなのさ。ただでさえ過酷な運命なんだそれくらいの希望、罰は当たらないよ」
そういうと祖母はフフッと微笑んだ
「でも……。殺し屋は殺し屋としか結婚出来ないんじゃ…。」
「だから結婚して、その坊主も殺し屋になるのさ。あとは勝手にギルドがうまいことやって守ってくれる」
そう言うとお祖母ちゃんは敦の顔を見た。真っ直ぐな目で嘘なんて簡単に見破れそうな鋭い視線だった。
「坊主。あんたさっきの言葉 嘘じゃないだろうね?
結婚ってのは恋愛とは違う。並の覚悟じゃダメなんだよ。自分が殺し屋になろうがなんになろうが、絶対に相手を守り抜くっていう強い意志が必要なんだ。あんたにその覚悟はあるかい?」
敦も迷わずお祖母ちゃんを見た。一切の視線をズラさず迷いもなくこう言った。
「あります。必ず幸せにしてみせます」
「その言葉……信じるよ」
そう言うとパスポートと飛行機のチケットを手渡した。
「これは……?」
「とりあえずあんたらの歳じゃ日本で結婚出来ないからね。年齢制限のない国のチケットとっといたから今から行って結婚してきな」
「あり……がとう」
そう言うと愛子はまたポロポロと泣いた。でも今度はさっきの涙とは違っていた。
今度は笑いながら泣いた。幸せそうに泣いた。
***
空港へ向かうタクシーの中。お祖母ちゃんからもらったお金、パスポート、チケット、ただそれだけを持っていた。
「……いいお祖母ちゃんだな」
「うん」
窓の外はスッカリ暗くなっていた。
「私ね……。本当は自分の家族そんなに好きじゃなかったんだ。人としては好きなんだけどさ、
なんで私人殺しの家系に生まれてしまったんだろうって、もうね物心ついたときからずっと思ってた。ほかの女の子が羨ましかった。みんなが当然のように持っている自由を私はもっていなかったから。
でもね、この家に生まれたから私は敦に出会えた。この家族だったから敦を殺さなくてすんだ。
ずっと今も、今までも、私は大切に守られてたんだなぁって改めて分かったんだ。
きっとお父さんもお母さんも気付いていたんだと思う。だからお祖母ちゃんに事前に連絡してパスポートもチケットも用意してくれてたんだ。
私…。この運命でよかったよ……」
敦は愛子の手を上から握った。
「オレらって、やっぱなんか似てんのな」
「え?」
「オレもさ、自分の人生が嫌で嫌で仕方なかった。親から邪魔者扱いされるのってさ、強がっていたけどやっぱ辛いんだわ。どれだけ嫌いな親でぶっ殺したいと思ってても、やっぱりどこか期待して待ってしまうんだ。もう一度自分を大切にしてくれるんじゃないかってさ。でも現実はもう消そうとしてたなんてさ、笑っちまうよな」
「……敦」
「でもだからこそ、愛子に会えた。自分のことを必要としてくれる。そんな人と出会えたんだ」
「…うん」
「きっとさ、オレらの人生はこれでよかったんだ。辛いことも今までたくさんあったけどさ。
今こうして、笑えてるのならもうそれでいい。それだけでいい」
愛子も手を強く優しく握り返した。自分と敦の存在を確かめるように。
「そうだね、私たちの人生はきっとこれでいい。この人生がいいんだよ」
エピローグ
「おばあちゃんさぁ、なんで私と敦が恋人同士って分かったの?」
「あんたの親から電話では聞いてたんだけどね。二人を直接見たとき確信したんだよ。あんたが敦を見るときの目が殺そうとしてる目じゃなく、大切なものを見る目だったからさ。
それにね」
「それに?」
「あんたのお母さんも同じことしたんだよ。ま、蛙の子は蛙ってこった」
ハハハっと祖母は笑ってみせた。
愛子も一緒に笑った。
「愛子なんだかあんた強くなったね」
「そーかな」
「なったさ。ようやくあんたは自分の人生を受け入れられるようになったんだ。あんたの人生はこれからだよ。頑張りな」
「うん、ありがとう。私がんばるよ。ちゃんと自分で生きていくために。それにね、あの時敦が言ってくれたんだ。「罪悪感はオレが半分もっていく」って。あれが嬉しかったんだ。もう一人じゃないんだってそう思えたんだ。だから生きるよ。敦と一緒に。この運命を」
気持ちよく晴れた空だった。心地良い風が二人を包んだ。
遠くで小鳥が鳴いている。
流れる雲の下、今日という日を幸せに思う。
おしまい。