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金獅子のビルギット  作者: 彼岸堂
第三章
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「――何故、タンジム様が、ここに?」


 弱々しい声が響く。


「姫様が君に渡した光石に転移の術式を仕込んでおいた。本来であれば大規模な装置が必要なのだが……代替となる魔素が極めて濃密な空間、例えばここならば、個人の力で容易に繋げることができる」


 混乱の中でリーシャがかろうじて出せた問いにあっさりと答えるタンジム。その刹那、ビルギットが起き上がってタンジムに走ろうと――


「無駄だ」


 タンジムが手を翳すと、光の帯のようなものがその背後から突然放出され、それがビルギットを瞬く間に中空に縛り上げる。


「こんなもの――」


 ビルギットがその光の帯に抵抗しようとするが、逆により強く縛り上げられ、息を無理やり吐かされる。


「さすがに君も、あの【真魔(ダァクス)】を倒すのに相当消耗したはずだ。しばらくは器に力を取り込むことができないのだろう? 今は、杯から水が溢れ出ている時だ」


 タンジムが翳した手を握ると、ビルギットを縛る帯がさらに彼女を強く縛り付ける。ビルギットの口から、苦悶の声が漏れる。


「や、やめてくださいタンジム様! 何で! どうしてこんなことを!」


 とにかくタンジムの攻撃を止めさせようと叫ぶリーシャに、タンジムは奇妙な――まるで何かを吟味するかのような――表情を見せる。


「ふむ。まだ時間が少しかかるようだな。まぁ、丁度いいかもしれん。どちらにせよ、姫様は、ビルギットが【真魔】を倒したら全てを話すようにと命じていたのでな」

「……姫様?」


 どうしてここで姫様の名が――

 リーシャの思考できる許容量はとっくに限界に達していた。もう何が何なのか、まるでわからない。ただ、一つだけ感じつつあるのは、これまでの全てが今瓦解しようとしているその気配であった。


「――そういうことかよ」


 苦痛を隠し切れない声でビルギットが言う。

 タンジムは、ビルギットの術に対する抵抗力を前にして、少しだけ表情に驚きを表す。


「『そういうこと』とは、どういう意味だ? 探宮者ビルギット」

「この迷宮は、自然に発生したものなんかじゃあない。お前達が目的あって作り出した迷宮だ」


 睨みつけながらそう口にしたビルギットに、ほうと感心したような声をあげるタンジム。


「中々の洞察だ。そう、その通りだとも。ただしそれが全てではない」


 再び拍手をするタンジムであったが、そこには当然、感動など微塵もない。愛想笑い以下の動作がビルギットの両目に憎々しく映る。


「もしや君は、自分の経験と照らし合わせてその結論に至ったのか? だとすれば、納得がいく。君の働きぶりに改めて敬意を表そう。確かに、このカシナ黒煌宮は私達が作り出した人工の迷宮だ。但し勘違いはするな。君の故郷であるグリムワルが竜神を降ろそうとして失敗し、大迷宮を生み出したのとは違う。この迷宮は、計画の成功の過程で生じた副産物だ。そう――」


 タンジムは、リーシャを見て、わずかに口元を釣り上げ――


「【魔人(ギル・ダァクス)】の誕生の、副産物なのだ」


 ビルギットとリーシャが、その言葉の真意を理解できずにいると――



 ――直後、リーシャの身体にあった紋様が、脈動する。



「――ッ」


 全身が急激に熱くなる感覚に耐えられず、リーシャが倒れる。

彼女の背中にあった紋様が、ぞわりと動き、広がり、脈動の感覚が少しずつ早くなる。


「リーシャ!」

「……始まったか」


 その瞳から光が奪われ、リーシャは脈動の度に身体を痙攣させる。背中だけであったはずの紋様は、瞬く間に全身に広がっていく。


「リーシャに何をした!」


 怒号をあげるビルギットに対しタンジムは冷静なままであった。


「彼女が役目を果たす時が来たのだよ」

「どういう意味だ!」

「このリーシャは、強力な真魔を宿す器――すなわち【魔人】として選ばれた。かつて君が祖国に選ばれたのと同じように」

「――――」


 ビルギットの瞳に、これまでにない怒りの色が現れる。


「マンティコール皇国が世界を支配するためには、今のままでは力が足りない。もし我々が理術のみならず、真魔の操る魔術を【玄界(アーシア)】で駆使することができれば、皇国はあらゆる国家を凌駕し、統一的な支配を作り出すことができるだろう。これこそが、シヴルカーナ様の描く未来だ」

「そんなことのために、お前達はリーシャを――」


 その激昂が、ビルギットを縛る術式に亀裂を入れる。しかしタンジムは素早く新たな術式を重ねることで、更に光の帯を増やし、ビルギットの拘束を強めた。


「別にリーシャはすぐ死にはしない。落ち着いて話を聞いたらどうだ」


 縛られたビルギットに対し、タンジムはわざとらしいため息をつく。


「我々は【魔人】を作り出すために、長きに渡って計画を進めていた。5年前にこのカシナに【真魔】を顕現させることに成功したが、すぐにでも【異界(ヘラ)】に消えてしまいそうな程に不安定な状態であった。我々はまず【真魔】を安定させるために、この施設を迷宮に仕立てた。罪人の殺し合いを行わせ、瘴気を蓄積させ、【妖魔(ネム)】を発生させ、魔素が広がりやすい環境を作り上げた」


 淡々と、しかしどこか熱を持って、タンジムは自身のしてきたことを語る。それがどんなにおぞましい内容であっても、彼の目には全く罪悪の感情が見えない。


「……っ、そのために、今日まで定期的に死体を入れていたってわけか」


 ビルギットは自分の仮説――即ちカシナ黒煌宮が人工の迷宮であれば、違和感に全て説明がつく――が的中してしまったこと、しかもそれが、最悪の理由を伴っていることを知り悪態をつく。


「【真魔】を【玄界】に顕現させると共に、我々は【魔人】になりうる人材を探した。そして見つかったのが、この、類稀なる霊脈を持つリーシャだ。彼女の器としての才能を用いれば、真魔を取り込み、【玄界】で魔術を操ることのできる新たなる存在を誕生させられる……と、そこまでは順調だったのだが、いざリーシャに真魔の因子を埋め込んだ所、我々の理論に反する予想外の事態が発生した」


 タンジムがビルギットに視線を移す。


「我々は【真魔】を安定させようと迷宮を創り維持した結果、【真魔】を育ててしまったんだよ。【真魔】は個体として私達の想像をはるかに越える強大さと安定性を得てしまっていた。リーシャに挿入することなど到底できないほどに、真魔は個として確立してしまったのだ。当初の計画通りにリーシャと【真魔】を合わせるには、個体として成立してしまった【真魔】の肉体を一度完全に破壊する必要があった」


 ビルギットはタンジムの言わんとすることに、ついに気づく。


「――そう。【真魔】の肉体を完全に破壊できる存在は、君しかいない。竜神の力の一部を宿し、魔力を破壊の力に転換する奥義――【魔殺し】を持つ、探宮者ビルギット、君しかいなかったのだ」

「お前達は、そのために、私を――」


 と、その瞬間リーシャが悲鳴をあげ、のたうち回る。紋様がついに、彼女の全身に広がってしまっていた。


「君は見事に【真魔】の魔術を利用して奴の肉体を完全に破壊した。解き放たれた【真魔】は、今リーシャに完全に吸収されたわけだ」

「っ、このォォォォおっ!」


 ビルギットの咆哮が、地の底を震わせる。

 その凄まじい威圧感は、拘束されているというのにタンジムを一歩下がらせる程であった。


「さて、私は最後の仕上げにかかるとしよう。ビルギット、君の役目はこれで終わりだ」


 タンジムの前に、深緑色に輝く門が現れる。それは転移術式の光であった。


「君を殺すなと姫様には命じられているが、邪魔されても困るのでな」


 そう言ってからタンジムは、別の術式を展開し始める。縛り上げられたビルギットを囲むようにして、黒い形成陣が浮かび上がり――


「ことが終わるまで、そこにいたまえ」


 黒い形成陣がそのまま黒い壁となり、ビルギットを囲み、まるで箱の中に入れるかのように彼女を閉じ込める。

 タンジムはビルギットの声が全く聞こえなくなったのを確認し、弱り切ったリーシャを光の帯で持ち上げ、そのまま転移術式を通ってどこかへ消えた。




 黒煌宮の深部は、そうして再び静寂に包まれた。



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