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金獅子のビルギット  作者: 彼岸堂
第三章
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 黒煌宮の孕む闇が、より重く、冷たいものになりつつある。ビルギットはその変化を敏感に察知し、自分たちが深層に入りつつあることを認識する。

 しかしながら、この深層においても、ビルギットが警戒していた好戦的な【真魔(ダァクス)】の類は全く現れず、立ち塞がるのは【妖魔(ネム)】の群ればかりであった。この妖魔たちはいずれも一つの所に集中的に発生し、その習性に従って容赦なく襲いかかってきたが、どれもビルギットのよく知る類のものばかりであり、対処は容易であった。

 ビルギットは【妖魔】を撃退する度に周辺の状況を調査していたが、その度に、人間の死体があったと思われる痕跡を必ず発見していた。そして、これらの調査で浮き彫りになりつつある新たな事実はビルギットに拭い切れない不安を与えるものであった。


「――ビルギットさん、大丈夫ですか?」


 前を行くビルギットの気配にこれまでにないものを感じたのか、リーシャが心配する。


「何か気づいたのであれば、話しておいたほうがいい」


 そう促したのはレフターであった。ビルギットはやや逡巡し、少し間を置いてから口を開く。


「この迷宮は、おかしい」


 それはある種わかりきった、それでいて靄がかかった言葉であった。


「おかしいって、それはつまり……」

「何から何までおかしいんだ。全部」


 ビルギットがレフターの方にちらと視線を向ける。


「【妖魔】の出方とか、死体の存在とか、【真魔】が出ないことはさっきも言ったけど、それ以前に、この迷宮は原型を保ちすぎている気がする」

「原型?」


 リーシャが思わず聞き直す。


「……この深度なのに、迷宮がそこまで入り組んでいない……ような気がする」

 はっきりとしない物言いであったが、それはビルギットの探宮者としての感覚が出した一つの結論であった。

 彼女には、一般的に『深い』とされる迷宮に数多く入ってきた確かな経験がある。それにより、深度の大きい迷宮とはどのようなものかを、感覚で把握している。だが今その感覚は、ビルギットに何か「違和感」を発し続けているのだ。


「今この場に漂っている空気は、間違いなく私の知る『深い迷宮』のそれと同じなはず。だけど、目に見えている迷宮はそうじゃあない。もっと人間の感覚を乱すような……もっと何か、気持ち悪い場所のはずなのよ」


 まるで自分自身に確認をするかのように言葉を発するビルギット。


「ここは、そうじゃないんですか?」

「うん。何が違うかはわからないけど……何か、理性のようなものがある。そんな気がする」


 理性、という言葉をビルギットは無意識に選んでいたが、彼女自身それは、どこか核心をついた表現であるような気がしていた。今までで浮かび上がってきた違和感の要素を、仮に『法則』として捉え直せば、それは迷宮に一定の秩序が存在することになる。本来であれば、それはありえないはずだ。迷宮とは無秩序で乱雑な、混沌の象徴なのだから。

 しかし、もしそれが何か目に見えない理性によって統制されているのだとすれば――


(まさか――)


 ビルギットの中で、ある一つの仮説が突然姿を現す。

 それは、この依頼の全てをひっくり返してしまうような発想であった。

だが、それを否定する材料もなく、また、それが今現在で唯一、この迷宮の違和感を全て説明できる仮説であった。


(……レフター)


 ビルギットは、リーシャに聞こえぬように、心の中で呼びかける。

 リーシャは、ビルギットとレフターがいざとなれば声を介さずとも会話ができることを知らない。故に、一人と一匹の間で、ある仮説と、その仮説が真であった場合の対策について練られていたことを、彼女はわからないでいた。


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