第2話 転生
丈一郎は草原にいた。見渡す限り、果てしなく続いている。空はどんよりとして雲で覆われている。彼は何かに突き動かされるかのように当てもなく歩き続けた。
しばらくしてふいに一人の老人が現れた。白髪に白いひげを長く伸ばし、真っ白な着物に節くれだった杖をついている。その威厳に満ちた風貌と堂々たる物腰から高貴な者のように感じられた。
「待て! そなたはこれ以上、行くことはできぬ」
老人は口を開いた。
「ここはどこです? 私はどうなったのですか?」
率直な疑問をぶつけてみた。老人は彼をひと睨みしてから答えた。
「この先の川を渡れば、俗に「あの世」と呼ばれる死者の世界。だがそなたは行くことはできぬ」
そこで丈一郎は自分が死んだことを思い出した。あの屋敷の戦いで鉄砲に撃たれて・・・。だが死者の世界に行けないとはどういうことだろうと疑問がわいてきた。それを尋ねる前に老人が話し出した。
「そなたには強い執念がついておる」
「執念?」
「そうじゃ。ある者から強い執着を受けたであろう。それがそなたの成仏を妨げておる」
糸殿か・・・丈一郎は直感した。彼女はひどく恨んでいた。
「その執着を受けた者はそれが消えるまで死者の世界に行くことはできぬ。もちろんその思いをした者も含めて・・・」
「では私はずっとこの場所に?」
「いや、ここにいることもできぬ。別の世界に転生することになる」
「では次の人生が終わったら?」
「その執着が消えなければ繰り返すことになろう。それが続く限りは安住の地に行くことはできぬ」
死者の世界というのは魂の行きつく安らぎ場のようだ・・・丈一郎はそう理解した。
「それを消させるにはどうすればいいのですか?」
「さあて、時間が過ぎて風化するか、執着した者からそれが消えるか・・・それはわからぬ」
それをきいて丈一郎は嘆息した。元には戻せない。次に生まれる別世界で人生を生きるだけだ。その執着を背負ったまま・・・。
「では行くがいい! 別の人生が始まるのじゃ!」
老人がそう言うと、丈一郎は上から何かに引っ張られるように感じた。するとその体は混とんとした雲の中に吸い込まれた・・・。
気がつくと光などない暗い場所だった。身動きができず、ただ強い力で押し出されるように動いている。意識がもうろうとして、少しずつ記憶が消えていって何も考えられなくなる・・・。やがてパッと辺りが明るくなった。
「双子ですよ」
声が聞こえた。丈一郎は生まれ変わったのだ。過去の記憶は全くなくなっている。真っ白なままだ。ただ泣くだけ・・・。隣にはもう一人いる・・・。
そこはアーマー王国のローザン子爵の屋敷だった。ローザン子爵家といえば薔薇の紋章を持つ由緒正しき地方貴族である。
その子はアリと名付けられ、同じくフィンリーと名付けられた弟とともに大事に育てられた。
アリが自我に目覚めたのは3歳の時だった。鏡に映った自分を見た時だ。その胸には薔薇のような赤いあざがあった。それが前世の記憶を呼び起こした。
(私は羽原丈一郎だった。生まれ変わったのだ・・・)
少しずつ記憶がよみがえってきた。武士として生きた前世のことを。そしてそこでもう一つ、驚くべきことを発見してしまったのだ。アレがないのだ。
(女になっている・・・)
丈一郎はこの世界でアリという女性として生まれ変わったのだ。
(女として生きていかねばならないのか・・・)
それは受け入れなくてはならなかった。ただ前世の記憶を持つだけに抵抗感はある。
髪を長く伸ばし、動きにくいドレスを着させられる。そしておしとやかになるように躾けられる。それがアリには違和感しかない。だからせめて髪の毛を肩までに短めにしてもらった。これで少しは頭が軽くなって動きやすくなる。
(屋敷内にとどまっておらずに外に出て体を鍛錬したいが・・・)
そう望むが周囲は許してくれない。それに引きかえ双子の弟のフィンリーは身軽な服装で外に出されている。ただ彼はアリを真似て髪を肩まで伸ばしており、それを後ろでまとめていた。
見た目はあまり変わらないのに男と女というだけでこの差がある。
(私は男として生まれたかった・・・)
アリはつくづくそう思った。一方、フィンリーはあまり外に出るのが好きでなかった。内向的でできれば部屋にいることを望んでいた。アリとフィンリーはそんなストレスを抱えながら大きくなることになった。
6歳になるとそれぞれに様々な家庭教師をつけられる。そしてフィンリーには剣術の稽古が課せられた。その指導はサンという剣士が行う。フィンリーは稽古用の木剣を振るい、時にはサン先生相手に打ち込みをしていた。それを窓から見るアリはフィンリーがうらやましかった。
「私もやりたい!」
それは叶えられることはなかった。貴族の娘が剣術などもってのほかだと・・・。
そこでアリは策を講じた。フィンリーと入れ替われば剣術の稽古ができるとアリは考えたのだ。そこで部屋で2人でいるときにフィンリーに声をかけた。
「フィンリー。剣術の稽古だけど、替わってあげようか?」
「ええ! いいの?」
フィンリーの方も厳しい剣術の稽古に辟易していたのだ。渡りに船とばかりにこの話に飛びついた。
「いいわよ! ちょっとやってみたかったの」
「じゃあ、替わってよ。剣術稽古が嫌で嫌で仕方がないんだ。でもどうやって?」
「服を変えるだけでいいんじゃない。それと髪と・・・。双子だからばれないわ」
こうしてアリは男の恰好をして剣術の稽古に臨むことになった。




