第3話「商会の依頼と、風の暴走」後編
マナ畑の中心に渦巻く暴風。その核に、微かだが確かな“意思”を感じた。
──風の精霊、それも相当に気まぐれで、怒っている。
「ユノ、詳細を教えろ。どうやって“呼んだ”」
「え、えっと……昨日帰ってからちょっとだけ、風魔法の精度上げたくて、空気に話しかけてたら……たぶん……“なんか来た”感じで……」
「ノー知識で精霊を引き寄せたのか……」
「だって参考書、全部高くて……」
「予算の問題か……」
暴風の勢いは次第に増し、魔力灌漑装置の魔素流路が耐えきれず軋む音を立てる。
(このままじゃ装置が吹き飛び、精霊まで暴走を強める……)
状況を打開するには、「魔力流の遮断」と「精霊の鎮静」、両方を同時に行う必要がある。
普通なら不可能だ──だが、俺には“あの手”がある。
「ユノ、風の気配に集中して。精霊がどこにいるか、感じられるか?」
「う、うん……います! 真ん中! あの暴風の核に……何か……怒ってる、けど、泣いてるみたいな……」
「感情の交錯……やはり“呼ばれたのに放置された”怒りか」
「ご、ごめんなさいぃ……!」
「謝るのは後だ。ユノ、話しかけろ。風に、“落ち着いて”って、言葉で伝えろ」
「わ、わかりました!」
ユノは風の方向へ歩み出て、両手で杖を掲げる。
「……えっと、こ、こんにちは! 昨日はありがとう! でも、あの、その、暴れちゃダメです! マナ装置が壊れちゃうし、農家の人も困っちゃうし……それに、私、まだ全然うまく話せないけど、ちゃんと話したいんです! だから、どうか──」
風が一瞬、止んだ。
同時に、俺はすかさず魔法を発動。
「《クロノ・ロック(時魔封鎖)》──!」
時間魔法で“魔力装置の状態”を固定。暴走のエネルギーを凍結し、暴風の勢いを封じる。
──シン、と風が鳴いた。
渦巻いていた空気がほどけ、温かなそよ風が畑を包む。
精霊が、応えたのだ。
「……止まった?」
「応えたな。言葉に」
「ほんとに……? よかったぁぁぁ……!」
その場にへたり込むユノ。
一歩間違えば畑ごと吹き飛んでいた。だが、結果的に最善の方法で事態は収束した。
……まあ、事の発端がユノの“精霊ナンパ未遂”だったことは、この際伏せておこう。
◆ ◆ ◆
数時間後、俺たちは報告を済ませ、報酬と追加の野菜を受け取っていた。
「いやー助かったよ! 実は他の冒険者も見に行ったけど、“風が強すぎて近づけない”って逃げてね。若いのに大したもんだ!」
「ありがとうございます。ユノの感応が役立ちました」
「うへへ……なんかちょっと褒められた……!」
帰り道。
風は穏やかに吹き、ユノのツインテールをふわふわと揺らしていた。
「……あの精霊さん、また来てくれるかな」
「来ると思うぞ。おまえ、なんだかんだ“通じてた”からな」
「えへへ……今度は、ちゃんと歓迎できるように、がんばります!」
「その前に、参考書買え。ちゃんとしたやつだ」
「う……わかりました、倹約します……」
「いや、投資だ」
「厳しいぃ……!」
そんなやりとりをしながら、俺たちはギルドへ戻った。
少しずつ、だけど着実に。
地味魔法とドジ風魔法のコンビは、今日もまた、一歩前進したのだった。