小学校編 7時間目 ―2つの派閥と知らない気持ち―
〈燈李視点〉
「俺さ、燈李のこと、欲しいな」
「ええええええええ!?」
突然の言葉に、俺は思わず叫んでしまった。
(ほ、欲しいって……どういうこと!?)
何を言われたのか、さっぱり分からない。
俺が目を白黒させていると、帝耀は楽しそうに笑った。
そして、詳しく話を聞いてみたところ――。
(……な、なるほど)
どうやら帝耀は、俺を自分たちのグループに誘いに来たらしい。
つまり、友達のグループを移らないか、ということだ。
(びっくりしたぁ……)
てっきり、もっと変なことを言われたのかと思った。
でも、安心したのも束の間。
話を聞けば聞くほど、俺は困ってしまった。
***
どうやら今、このクラスには二つのグループができているらしい。
一つは、吉沢帝耀を中心とした**「吉沢派」**。
もう一つは、古田莉玖翔を中心とした**「古田派」**。
……なんだか、すごい名前だ。
(派閥って……俺たち、まだ小学生だよね?)
もちろん、そんなに大げさなものではない。
簡単に言えば、帝耀と仲がいい人たちが吉沢派。
そして、帝耀たちを怖がっていたり、あまりよく思っていなかったりする人たちが古田派、という感じらしい。
(へぇ……)
それにしても、驚いた。
だって、今日クラス替えが発表されたばかりなんだよ?
まだ新しい教室に来たばかりなのに、もうそんなグループができているなんて。
(みんな、行動が早すぎない……?)
何でも、吉沢派の人たちは、かなり圧が強いらしい。
そのせいで、自然と二つのグループに分かれてしまったんだとか。
(……確かに)
俺は、帝耀の方をちらりと見た。
帝耀自身は、いつも明るくて話しやすい。
でも、吉沢派の人たちが集まっているところを見ると、なんとなく近寄りがたい雰囲気もある。
(ちょっと怖いかも……)
そして、帝耀が俺を誘いに来た理由。
それは、もっと単純なものだった。
今のところ、吉沢派と古田派はちょうど同じ人数。
だから、俺が古田派から吉沢派に移れば――。
吉沢派の方が、一人多くなる。
……らしい。
(…………)
いやいやいや!
(それだけのために!?)
俺は思わず心の中で叫んだ。
そんなことを言われても、正直困る。
俺は別に、どっちのグループが強いとか、人数が多いとか、そんなことには興味がない。
ただ、みんなで仲良くできたらいいなって思っているだけなのに。
それに――。
(莉玖翔と離れるなんて、考えられないよ……)
俺は莉玖翔と同じクラスになれたことが、すごく嬉しかった。
なのに、いきなり別のグループに来ないかって言われても……。
どう答えればいいんだろう。
「うーん……」
俺が困っていると、帝耀が口を開いた。
「ねえ、燈李」
「……ん?」
帝耀は、にこっと笑った。
「莉玖翔と一緒にいるより、俺らと一緒にいた方が、きっと楽しいと思うよ」
「えっ……?」
「莉玖翔なんかと一緒にいたらできないこと、たくさんできるよ」
(……あ)
その瞬間、隣の空気が変わった。
「おい!」
莉玖翔が、勢いよく声を上げた。
「おまえ、それどういう意味だよ!!」
「えー?」
帝耀は、少しも慌てた様子を見せない。
「そのまんまの意味だけどー?」
「……っ!」
(り、莉玖翔……!?)
俺は思わず息をのんだ。
莉玖翔が、ものすごく怒っている。
普段の莉玖翔は、もっと落ち着いている。
何かあっても、余裕のある態度で対応することが多い。
でも、今は違った。
今にも帝耀につかみかかってしまいそうな勢いだ。
(ど、どうしよう……!)
俺は二人の顔を交互に見た。
帝耀は相変わらず涼しい顔。
一方の莉玖翔は、明らかに怒っている。
(まずい……!)
俺が何とかしなくちゃ。
そう思うのに、何を言えばいいのか分からない。
「り、莉玖翔……!」
声をかけようとした、そのときだった。
「ちょっと! 何してんの!?」
突然、女の子の声が響いた。
(えっ!?)
振り向くと、そこには4人の女の子が立っていた。
***
そこからは、もう大変だった。
喧嘩を止めようとしてくれた女の子が怒り出して、帝耀は相変わらず軽い調子で話していて。
俺も謝ったけど、なかなか空気は落ち着かない。
(うう……新学期早々、こんなことになるなんて……)
でも、そんな中で、一人の女の子が突然自己紹介を始めた。
それをきっかけに、なぜかみんなで自己紹介する流れになったんだ。
(……すごいなぁ)
さっきまで喧嘩していたのに。
なんだか、少しだけ空気が柔らかくなった気がした。
そして――。
「えっと……改めまして、向井桃です」
一人の女の子が、おずおずと口を開いた。
「よ、よろしくお願いします」
(…………)
その声を聞いて、俺は初めて、彼女の顔をちゃんと見た。
(……あれ?)
なんだろう。
さっきから同じ場所にいたはずなのに。
今まで、ちゃんと見ていなかった。
少し緊張しているのか、彼女は控えめな声で挨拶をしていた。
それなのに、なぜか目が離せなかった。
(……?)
胸の奥が、妙に落ち着かない。
ドクン。
(……え?)
ドクン、ドクン。
(な、なんだ……?)
心臓の音が、いつもより大きく聞こえる。
走ったわけでもない。
驚くようなことを言われたわけでもない。
それなのに――。
(なんで、こんなにドキドキするんだろう……?)
自分でも、よく分からなかった。
「桃ちゃんは、みんなの妹なんだよねー! 男子勢も!」
別の女の子の明るい声が聞こえた。
「……!」
(あっ!)
そうだ。
自己紹介!
俺も挨拶しなきゃ!
「お、おれは矢野燈李です! よろしくお願いします!」
慌てて口を開いた。
少し声が裏返ってしまったけれど、なんとか言い終えることができた。
(……ふぅ)
ほっと息をつく。
けれど、さっきの不思議な感覚は、まだ胸の奥に残っていた。
(向井……桃ちゃん、か)
心の中で、そっと名前を繰り返す。
どうしてだろう。
今日、初めて話したばかりなのに。
その名前が、妙に頭から離れなかった。
***
こうして、俺の新学期も幕を開けた。
莉玖翔と同じクラスになれたこと。
帝耀に突然誘われたこと。
そして、初めて出会った女の子のこと。
たった一日の出来事なのに、なんだかずいぶんいろんなことがあった気がする。
これからの学校生活がどうなるのか、まだ分からない。
でも――。
(みんなで仲良くなれたらいいな)
俺はやっぱり、そう思う。
そして、もう一つ。
胸の奥に残った、あの不思議な気持ち。
その正体を、俺はまだ知らなかった。
〈7時間目・終〉
〈古田莉玖翔〉
学年一のモテ男。
幼い時に父親を亡くし、母親ともあまり上手くいっていない。家では小学生にして家事をほとんど自分でやっているため、今では趣味・特技になった。中でも料理が大の得意。
しかし本人は幼い時の出来事で美味しいという感覚が無くなってしまっている。
燈李の前では絶対にかっこいい自分でいたいと思っている。
帝耀とは犬猿の仲。




