小学校編 50時間目 ―初めての気持ち―
〈燈李視点〉
「せーの!」
『いただきます!』
大勢の声が重なり、広い食堂に響き渡った。
目の前には、色とりどりの料理が並んでいる。
長いテーブルを囲むのは、別邸で一緒に暮らしている仲間たち。
みんな楽しそうに話していて、食堂は今日も賑やかだった。
「こうしてみると、増えたな……!」
誰かが感慨深そうに呟いた。
「最初は七人だったよね!」
「そもそもは帝耀さんおひとりだったと考えると、とても感慨深いです!」
確かに……。
改めて見渡してみると、本当に人数が増えたな。
最初は七人だったのに、今ではこんなに大勢で食卓を囲んでいる。
そういえば、元々はこの大きな家に帝耀一人で住んでいたんだよな。
……あ、でも。
確か、隣にはお兄さんが住んでいるって言ってたっけ。
まだ会ったことないけど、どんな人なんだろう?
「みんな、やりたいこととかあったら何でも言ってね」
玲士さんが、いつもの優しい笑顔でそう言った。
「さすが玲士さん!! 一生ついて行きます!」
「やっぱり太っ腹だぁぁぁぁ!!!」
その瞬間、あちこちから歓声が上がった。
……あはは。
今日も相変わらず騒がしいな。
まあ、静かなときもあるけど。
でも、こうしてみんなでご飯を食べたり、くだらないことで笑い合ったりする毎日は、すごく楽しい。
なんていうか……。
とっても充実しているって感じがする。
それに……。
「んー!! とっても美味しいです!」
…………。
ドキッ。
突然、胸が大きく跳ねた。
思わず声のした方を見る。
そこには、美味しそうに料理を頬張る桃ちゃんがいた。
桃ちゃんは、幸せそうに目を細めている。
…………。
ドキッ、ドキッ。
……あれ?
なんだろう、この感じ。
別に、桃ちゃんは普通にご飯を食べているだけなのに。
なのに、どうして……。
なんだか、胸のあたりがむずむずする。
ううっ……。
最近、桃ちゃんを見ていると、なんか……。
「燈李、俺、応援してるよ」
「うんうん。ファイト!」
「…………え?」
突然、隣からそんな声が聞こえてきた。
振り向くと、みんながニヤニヤしながら俺を見ていた。
……え?
ええっ!?
な、何!?
どうしたの!?
「桃ちゃんのこと、好きなんでしょ?」
耳元で、こっそり囁かれた。
「…………っ!?」
えええええっ!?
す、好き!?
俺が!?
桃ちゃんを!?
「そ、そんなこと……!」
「そんな隠さなくてもいいよ! 僕たち誰にも言わないし!」
「うんうん!」
「ええっ!? 違うよ! そんなんじゃないよ!」
慌てて首を横に振る。
ち、違う!
違うってば!!
「嘘だー!」
「まあいいよ。そういうことにしておいてあげる」
「えええっ!?」
みんな、絶対信じてない!!
もう!!
本当に違うのに!!
……違う、よね?
…………。
あれ?
でも……。
桃ちゃんを見るとドキドキするし……。
話しかけられると、なんだか嬉しいし……。
笑っているところを見ると、つい目で追っちゃうし……。
…………。
え?
ええっ!?
ま、まさか……!!
これって……。
…………恋!?
ええええええっ!!?
そ、そんな!!
俺が!?
桃ちゃんに!?
うわあああっ!!
ど、どうしよう!!
なんだか急に顔が熱くなってきた!!
……って、待って!
まだそうだって決まったわけじゃないし!!
うん!!
きっと、気のせい!!
……だよね?
*
夕食が終わり、みんなで食堂を片づけていたときのこと。
俺は使ったものを片づけると、みんなと一緒に部屋へ戻ろうとしていた。
そのときだった。
「あ! 燈李さん! 落としましたよ!」
「ふえっ!?」
突然、後ろから声をかけられた。
びっくりして振り向くと、そこには桃ちゃんが立っていた。
手には、俺が落としたものを持っている。
「あ、ありがとう!」
慌てて受け取る。
…………。
ドキッ。
うっ……。
まただ。
なんで桃ちゃんと話すだけで、こんなに緊張するんだろう……。
「あ、俺たちはお先に部屋に戻ってるね」
「えっ?」
振り向くと、さっきまで一緒にいたみんなが、なぜかニヤニヤしながら歩き始めていた。
えっ!?
ちょ、ちょっと!!
なんで!?
「じゃあねー!」
「がんばれよー!」
……えええっ!?
待ってよ!!
俺を置いていかないで!!
……って!!
あわわわわ!!
桃ちゃんがいるのに!!
「も、桃ちゃん!! 気にしなくて大丈夫だから!!」
俺は慌ててそう言った。
すると、桃ちゃんは不思議そうに首を傾げたあと、にっこり笑った。
「桃でいいですよ!」
「…………え?」
も、桃……?
呼び捨て……?
…………。
ドキッ!!
「えっ!? あ、うん!」
な、なんか……。
急に距離が近くなったような……。
いやいや!!
名前の呼び方が変わるだけだよ!?
落ち着け、俺!!
「あ、じゃあ……!」
俺は勇気を振り絞って口を開いた。
「俺のことも燈李って呼び捨てにして大丈夫だから! それに、敬語じゃなくても大丈夫だよ!」
…………。
言った!!
言っちゃった!!
なんか、すごく緊張した……!!
すると、桃ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
「それでは燈李って呼びますね! 敬語は癖みたいなものなので、気にしないでください!」
「……っ!」
と、燈李……。
桃ちゃんが……。
俺のこと……。
燈李って……!!
「あ、うん!」
なんとか返事をする。
……ううっ。
顔、赤くなってないかな……。
「それでは、私は戻りますね!」
「う、うん! じゃあね!」
桃ちゃんはぺこりと頭を下げると、廊下の向こうへ歩いていった。
俺は、その後ろ姿を見送った。
…………。
桃。
…………。
桃……。
……えへへ。
なんか、いいな。
呼び捨てって。
…………。
って!!
何考えてるんだ、俺!!
うわあああっ!!
恥ずかしい!!
「へえー! 結構いい感じじゃん!」
「うわあっ!?」
突然、背後から声が聞こえてきた。
びっくりして振り向く。
すると……。
…………。
え?
なんで……。
なんでみんないるの!?
「なんでいるのって顔だね」
「へ、部屋に戻ったんじゃなかったの!?」
「莉玖翔がさ、『俺、ちょっと見てる』って言うからさ。僕らも見てたんだよ」
…………。
り、莉玖翔!?
俺は思わず莉玖翔を見た。
「ごめん、燈李。気になっちゃって」
「ええええっ!?」
み、見てたの!?
最初から!?
全部!?
うわあああっ!!
恥ずかしいよおおお!!
「でも、無事呼び捨てゲットだね!」
「勇気!!! もう、そんな言わないでよ!!」
俺が抗議すると、勇は楽しそうに笑った。
「だって、嬉しそうだったじゃん!」
「そ、それは……!」
ううっ……。
否定できない……。
……って!!
違う違う!!
「それにしても、あの燈李が恋だなんて……可愛いもんだね」
明日夏が、しみじみとした様子で頷いた。
「明日夏は何目線なの!?」
思わず突っ込んでしまった。
すると、みんなが一瞬きょとんとして……。
「……あれ?」
「燈李が珍しくツッコミしてる」
「ほんとだ!」
「恋の力は偉大だね」
「なっ……!!」
み、みんなああああ!!
もう!!
なんでそんなにからかうの!?
俺はただ……。
ただ、桃ちゃんと……。
…………。
……桃。
…………。
ドキッ。
ううっ……。
まただ。
また胸がドキドキしてる。
……なんでだろう。
さっきまで、普通に名前を呼んでいたはずなのに。
今は、心の中で名前を思い浮かべるだけでも、なんだか落ち着かない。
これって……。
本当に……。
…………。
恋、なのかな。
…………。
うわあああっ!!
もう!!
分かんないよおおお!!
そんな俺を見て、みんなはますます楽しそうに笑っていた。
……もう。
絶対、面白がってるでしょ!!
でも……。
桃に呼び捨てで呼んでもらえたことが、すごく嬉しかったのは……。
……本当、なんだよな。
〈50時間目・終〉
〈早乙女杏絆〉
早乙女財閥のご令嬢。令嬢として厳しく育てられてきた。一途でかわいい女の子。
普段はお嬢様言葉で話すが、親しい人の前では普通に話す。
ヴィオラを習っている。バイオリンも弾ける。
実は華人のことが……?




