小学校編 49時間目 ―7人の新しい家族―
〈美香視点〉
放課後の教室。
窓から差し込む夕日が、教室の床をオレンジ色に染めていた。
帰り支度をしているみんなを眺めながら、私はふと、あることに気がついた。
今、五年二組には別邸で暮らしている子がたくさんいる。
毎朝一緒に登校して、学校が終われば一緒に帰る。夕食を食べたり、お風呂に入ったり、夜遅くまでおしゃべりしたり。
最初は少し不思議だった共同生活も、今ではすっかり当たり前になっていた。
でも……。
「ねえ、みんな!」
私は思いついたことを、そのまま口にした。
「五年二組のみんなで一緒に暮らせたら、もっと楽しくない?」
「え?」
近くにいた紺ちゃんが、ぱちぱちと目を瞬かせた。
「どういうこと?」
「だって、まだ別邸に住んでない子がいるでしょ? その子たちも誘ってみたいなって!」
「なるほどね!」
紺ちゃんは嬉しそうに笑った。
「それ、いいかも!」
「でしょ!?」
私は思わず身を乗り出した。
「学校でも一緒、家でも一緒! 絶対楽しいと思うんだ!」
「でも、みんなが来られるとは限らないよ?」
「うん。それは分かってる。だから、まずは聞いてみたいの!」
すると、紺ちゃんは少し考えるように首を傾げた。
「じゃあ、璃央たちにも聞いてみようよ!」
「璃央ちゃん?」
「うん! 璃央と色端と瑞稀! 三人とも私の仲良しなんだ!」
「あ! そうだったね!」
私は教室の後ろの方に目を向けた。
そこには、三人で楽しそうに話している璃央ちゃんたちの姿があった。
「よーし! じゃあ、早速聞いてみよう!」
私は紺ちゃんの手を引いて、三人のところへ向かった。
*
「璃央! 色端! 瑞稀!」
紺ちゃんが声をかけると、三人がこちらを振り向いた。
「あ、紺! どうしたの?」
最初に返事をしたのは璃央ちゃんだった。
麗羽璃央ちゃん。
ダンスがとっても上手で、将来はK-POPアイドルになりたいんだって。
韓国語も勉強しているらしくて、夢に向かって一生懸命努力している女の子。
「実はね、美香が面白いこと言い出して!」
「面白いこと?」
色端ちゃんが興味深そうにこちらを見た。
「うん! あのね……」
私は少し緊張しながら、三人に話しかけた。
「みんなも、私たちと一緒に別邸で暮らさない?」
「……え?」
璃央ちゃんが目を丸くした。
「別邸って……吉沢くんたちが住んでる、あの?」
「そう!」
「私たちも?」
「うん!」
三人は顔を見合わせた。
最初に口を開いたのは瑞稀ちゃんだった。
「いいね。私、住みたい」
「えっ!? 早っ!」
色端ちゃんが思わず笑った。
「まだ何も聞いてないじゃん!」
「だって、楽しそうだもの」
瑞稀ちゃんは落ち着いた様子で答えた。
「今しかできないことって、あるでしょう? 小学生のうちに友達と一緒に暮らすなんて、なかなか経験できないと思うの」
「確かに……」
「だったら、やってみたい。私はそう思うよ」
その言葉を聞いて、私は思わず笑顔になった。
「瑞稀ちゃんらしい!」
「ふふっ。ありがとう」
すると、色端ちゃんが腕を組んだ。
「私は条件次第かな」
「条件?」
「そう。いつから住めるのか、学校までどれくらいかかるのか、生活費はどうするのか。それから、親への説明も必要でしょ?」
「うっ……」
私は思わず言葉に詰まった。
確かに、何も考えていなかった。
ただ、みんなで暮らせたら楽しいだろうなって思っただけだったから。
「美香、そこまで考えてなかったでしょ?」
「えへへ……」
「やっぱり」
色端ちゃんは呆れたように笑った。
「でも、悪くない話だと思うよ」
「本当!?」
「うん。むしろ、私としてはありがたいかも」
そう言った色端ちゃんの表情が、一瞬だけ真剣になった。
「……家、出たいと思ってたし」
「え?」
「いや、こっちの話」
色端ちゃんはすぐにいつもの表情に戻った。
「とりあえず、詳しい話を聞かせてよ。実現できそうなら、私は賛成」
「うん!」
私は大きく頷いた。
そして、璃央ちゃんの方を向いた。
「璃央ちゃんは?」
「私は……」
璃央ちゃんは少し困ったように笑った。
「嬉しいけど、迷惑じゃないかな?」
「迷惑?」
「うん。私、ダンスの練習もあるし、韓国語の勉強もしたいし……。それに、あんまり人に頼るのって得意じゃなくて」
「そんなの全然いいよ!」
紺ちゃんがすぐに答えた。
「璃央が頑張り屋さんなのは知ってるもん!」
「でも……」
「別邸に住んだからって、誰かに全部頼らなきゃいけないわけじゃないでしょ?」
瑞稀ちゃんが穏やかに言った。
「自分でできることは自分ですればいいし、困ったときだけ助けてもらえばいいんじゃない?」
「……そっか」
璃央ちゃんは少し考えてから、小さく笑った。
「それなら……私も住んでみたいかも」
「本当!?」
「うん! みんなと一緒なら楽しそうだし!」
「やったー!」
私は思わず両手を上げた。
これで三人!
でも、まだ四人いる。
「よーし! 次は蘭ちゃんと可恋ちゃんだ!」
*
「蘭ちゃーん! 可恋ちゃーん!」
教室の窓際にいた二人に声をかけると、蘭ちゃんが振り向いた。
「ん? どうした、美香?」
一色蘭ちゃん。
短めの髪がよく似合う、すごくかっこいい女の子。
学校の女の子たちから大人気で、休み時間になると蘭ちゃんの周りにはいつも誰かがいる。
その隣には、椿可恋ちゃん。
可恋ちゃんは蘭ちゃんとは正反対で、とっても可愛らしくてお淑やかな女の子だ。
二人はいつも一緒にいる。
「あのね! 二人も別邸で一緒に暮らさない?」
「……別邸?」
蘭ちゃんが首を傾げた。
「吉沢たちのところ?」
「そう!」
「へえ……」
蘭ちゃんは少し驚いたように目を見開いた。
「それって、あたしたちも住んでいいってこと?」
「もちろん!」
「……そっか」
蘭ちゃんは少しだけ考え込んだ。
すると、隣にいた可恋ちゃんが口を開いた。
「蘭ちゃん、どうする?」
「うーん……」
蘭ちゃんは自分の服を見下ろした。
今日の蘭ちゃんは、可愛らしいフリルのついたブラウスを着ていた。
でも、普段の蘭ちゃんの雰囲気とは少し違う気がする。
「……別邸って、服装とか自由なのかな?」
「服装?」
「うん。あたし、こういう服より、もっとかっこいい服が好きなんだよね」
「あ、知ってる!」
私は頷いた。
「蘭ちゃん、いつも可恋ちゃんと服交換してるもんね!」
「そうそう!」
蘭ちゃんは嬉しそうに笑った。
「うちのお母さんとおばあちゃん、あたしに可愛い格好してほしいみたいでさ。かっこいい服、なかなか買ってくれないんだ」
「そうなんだ……」
「だから、可恋と交換してるんだよ」
すると、可恋ちゃんが小さく微笑んだ。
「私は可愛いお洋服が好きなんですけど、家には男の人が多くて……。お下がりのお洋服ばかりだったんです」
「そうだったんだ!」
「はい。でも、蘭ちゃんが交換してくれるので、とっても嬉しいんです」
「こっちこそ助かってるよ!」
蘭ちゃんは笑いながら可恋ちゃんの肩を軽く叩いた。
その様子を見て、私はなんだか温かい気持ちになった。
二人は本当に仲良しなんだな。
「だったら、別邸でも好きな服を着ればいいんじゃない?」
私がそう言うと、蘭ちゃんが顔を上げた。
「いいの?」
「もちろん! 自分の好きな服を着るのって、楽しいもん!」
「……そっか!」
蘭ちゃんは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、あたしも行きたい!」
「本当!?」
「うん! 可恋は?」
「私も……蘭ちゃんと一緒なら、ぜひ」
可恋ちゃんはにっこり微笑んだ。
「みなさんと一緒に暮らせるなんて、とっても楽しそうですもの」
「やったー!!」
私は思わず飛び跳ねた。
これで五人!
あと二人だ!
*
「舞ちゃん! 魅月ちゃん!」
最後に声をかけたのは、北条舞ちゃんと環魅月ちゃんだった。
二人は帰り支度を終えたところだった。
「あ、美香ちゃん。どうしたの?」
舞ちゃんが優しく微笑んだ。
舞ちゃんは子役として活躍していて、たくさんのミュージカルに出演している。
魅月ちゃんもフィギュアスケートを頑張っている女の子だ。
二人とも毎日忙しそうで、放課後に遊べることはあまりない。
「あのね! 二人も別邸で一緒に暮らさない?」
「……え?」
舞ちゃんが驚いたように目を見開いた。
魅月ちゃんも少し驚いた様子だった。
「私たちも?」
「うん!」
「でも……」
舞ちゃんは少し困ったように笑った。
「私、毎日お稽古があるから……」
「そっか……」
「帰るのも遅くなるし、みんなと一緒にいられる時間も少ないと思うの」
「それでもいいよ!」
私はすぐに答えた。
「少しでも一緒にいられたら嬉しいもん!」
「……美香ちゃん」
舞ちゃんは少しだけ目を伏せた。
「……私ね」
「うん?」
「昔は、歌ったり踊ったりするのが大好きだったの」
「うん!」
「でも……最近は、あんまり楽しいって思えなくなっちゃって」
「……え?」
私は驚いて舞ちゃんを見た。
舞ちゃんはいつも舞台の上で楽しそうに歌って踊っている。
だから、そんなふうに思っているなんて知らなかった。
「毎日お稽古ばっかりで……。お休みの日もほとんどなくて……」
舞ちゃんは小さく笑った。
「ちょっと疲れちゃったのかもしれない」
「舞……」
魅月ちゃんが心配そうに舞ちゃんを見つめた。
「……私も、分かるよ」
「魅月ちゃん?」
「私も毎日スケートの練習があるから。お休みもほとんどないし……」
魅月ちゃんは静かに続けた。
「でも、だからこそ……みんなと一緒に暮らしてみたいなって思う」
「……え?」
「練習が終わって帰ったとき、友達がいるって素敵じゃない?」
魅月ちゃんは優しく微笑んだ。
「疲れた日でも、みんなとお話しできたら、少し元気になれる気がするの」
「……魅月」
舞ちゃんはしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「……私も、住んでみたい」
「本当!?」
「うん。でも、お父さんとお母さんが許してくれるか分からないけど……」
「そっか……」
私は少し考えた。
確かに、みんなが住みたいと思っても、家族の許可が必要だ。
それに、別邸に住むことだって、私たちだけで勝手に決められるわけじゃない。
「じゃあ、みんなで相談しよう!」
「相談?」
「うん! 帝耀くんたちにも相談して、どうすればいいか考えよう!」
魅月ちゃんが頷いた。
「そうだね。私も、お父さんとお母さんにちゃんと話してみる」
「私も……頑張って話してみるね」
舞ちゃんが小さく微笑んだ。
「ありがとう、美香ちゃん」
「ううん!」
私は首を振った。
「まだ決まったわけじゃないけど……絶対、みんなで一緒に暮らせたら楽しいと思う!」
舞ちゃんと魅月ちゃんは顔を見合わせて、嬉しそうに笑った。
*
その日の夕方。
私は別邸に帰ると、早速みんなに相談した。
「ねえ、みんな! お願いがあるの!」
「ん? どうした?」
帝耀くんがこちらを見た。
「あのね! 五年二組の、まだ別邸に住んでない七人も一緒に暮らせないかな?」
「七人!?」
近くにいた子たちが驚いたように声を上げた。
「うん! 璃央ちゃん、色端ちゃん、瑞稀ちゃん、蘭ちゃん、可恋ちゃん、舞ちゃん、魅月ちゃん!」
「へえ……」
帝耀くんは少し考えた。
「本人たちは何て言ってんの?」
「みんな住みたいって!」
「そうなのか」
「でも、家族のこととか、いろいろあるみたいで……」
私は今日聞いた話を、本人たちの事情を必要以上に話さないようにしながら説明した。
帝耀くんは真剣な表情で聞いていた。
「なるほどな……」
「どうかな?」
「俺はいいと思うけど、父さんにも確認しないとな」
「本当!?」
「ああ。部屋のこともあるし、保護者の許可も必要だろ」
「うん!」
「とりあえず、父さんに聞いてみるよ」
「ありがとう!!」
私は嬉しくなって、思わず笑顔になった。
それから数日間。
帝耀くんたちが別邸での受け入れについて相談してくれて、七人もそれぞれ家族と話し合った。
すぐに話がまとまったわけではなかった。
でも、少しずつ準備が進んでいった。
そして……。
*
「美香ちゃーん!!」
ある日の放課後。
教室に入ってきた紺ちゃんが、嬉しそうに私のところへ走ってきた。
「どうしたの!?」
「決まったよ!!」
「え?」
「七人とも、別邸に住めることになったんだって!!」
「……えっ!?」
一瞬、言葉が出なかった。
そして、次の瞬間。
「えええええ!! 本当!?」
「本当!!」
「やったあああ!!」
私は思わず紺ちゃんに抱きついた。
「嬉しい!! すっごく嬉しい!!」
「私も!!」
教室の向こうでは、璃央ちゃんたちが楽しそうに話していた。
色端ちゃんは引っ越しの予定を考えているみたいだし、瑞稀ちゃんはいつも通り落ち着いた様子で笑っている。
蘭ちゃんと可恋ちゃんは、持っていく服について相談していた。
舞ちゃんと魅月ちゃんも、嬉しそうに顔を見合わせている。
その姿を見て、私は胸がいっぱいになった。
みんなで一緒に暮らせる。
学校でも、家でも。
楽しいことも、悲しいことも、きっとたくさんあると思う。
でも、そんな毎日をみんなで過ごせるなんて……。
絶対、素敵だと思う。
*
そして、引っ越しの日。
別邸の玄関には、七人の女の子たちが並んでいた。
「わあ……!」
璃央ちゃんが建物を見上げた。
「やっぱり、すごいね……!」
「ほんと。想像以上だわ」
色端ちゃんも感心したように頷いた。
「ふふっ。これからここで暮らすんだね」
瑞稀ちゃんが微笑んだ。
「なんか、まだ実感湧かないな!」
蘭ちゃんが笑うと、可恋ちゃんも嬉しそうに頷いた。
「私もです。でも、とっても楽しみです」
「……私も」
舞ちゃんが小さく呟いた。
その隣で、魅月ちゃんが優しく微笑んでいた。
「これから、よろしくね」
私は七人の前に立った。
そして、思いっきり笑った。
「みんな!! 別邸へようこそ!!」
「「「よろしくお願いします!!」」」
七人の声が重なった。
その瞬間、なんだか胸がじんわり温かくなった。
今日から、また新しい生活が始まる。
今までよりも、もっと賑やかで、もっと楽しい毎日。
きっと、いろんなことが起こると思う。
でも、それが楽しみで仕方なかった。
だって……。
大好きな友達と、毎日一緒にいられるんだから!
〈49時間目・終〉
〈音羽綾音〉
元気で笑顔がとっても素敵な子。歌とダンスが上手。
どんな時でも笑顔な子でいて欲しいと、母が死ぬ間際に言われた。
別邸で暮らす前は親戚の家を転々としていた。
将来の夢はアイドルになること。




