小学校編 34時間目 ―波乱の朝食と、突然の宣言―
〈蓮視点〉
朝から太志をからかって、ひとしきり騒いだあと。
俺たちは、一足先に起きていた帝耀と合流して、朝食を食べに向かった。
「おっはよ~! 帝耀!」
「おはよ、蓮。みんなも」
「おはよー!」
帝耀は、いつもどおりの笑顔で俺たちを迎えた。
(……相変わらず早起きだよね~)
聞けば、今日も朝四時には起きていたらしい。
俺だったら、絶対に無理。
だって、眠いじゃん?
「それにしても、腹減った~!」
華人が、大きく伸びをする。
「昨日いろいろありすぎて、腹減ったぜ」
「……だな……」
皇輝も、小さく頷いた。
……昨日。
その言葉を聞いて、俺はちらっと圭を見た。
圭は、太志と何か話している。
いつもと変わらない様子だ。
(……ま、今はいいか)
俺は、何も言わずに歩き続けた。
***
食堂に入ると、すみれさんが出迎えてくれた。
「あら、皆様。おはようございます」
「おはようございま~す!」
「ご朝食の準備、できておりますよ」
「すみれさん、おはよう」
帝耀が、にこっと笑った。
「今日もありがとう」
「いえいえ。どういたしまして」
すみれさんも、嬉しそうに微笑む。
「今日の朝ごはんは、な~にかな~?」
俺は、わくわくしながら食卓を覗き込んだ。
……そして。
「おお~!」
相変わらず、すっごい豪華!
綺麗に盛りつけられた料理が、ずらっと並んでいる。
朝食とは思えないくらい、品数も多い。
(……いや~、何回見てもすごいね)
帝耀を含む俺たち四人は、ここで何度か朝食を食べたことがある。
でも、太志、圭、るる、海斗の四人は初めてだ。
「……え?」
「これ、全部朝ごはん?」
「すご……」
「ホテルみたいだね」
四人とも、目を丸くしていた。
(……分かる分かる)
俺も最初は、めちゃくちゃ驚いたもん。
皇輝だって、最初はしばらく料理を眺めてたし。
「……豪華すぎる……」
「でしょ~?」
俺は、得意げに笑った。
……まあ、俺の家じゃないんだけどね!
***
しばらくすると、食堂の入口から声がした。
「おはよう、みんな」
(……あ)
帝耀のお父さんだ。
吉沢玲士さん。
相変わらず、朝から爽やかだな~。
「おはようございます!」
俺たちが挨拶すると、海斗とるるが、すかさず玲士さんの方を向いた。
「帝耀のお父さん」
海斗が、少し真剣な表情で言った。
「俺らまで、本当にありがとうございます」
「……ん?」
玲士さんが、首を傾げる。
「ここに住ませてもらえることです」
「ああ、そのことね」
「俺も……」
今度は、るるが口を開いた。
「おばあちゃんたちに、いつまでも面倒かけるの申し訳なくて……」
「…………」
「本当に、ありがとうございます」
二人は、深く頭を下げた。
玲士さんは、少し驚いたような顔をしたあと、優しく笑った。
「いやいや……」
そして、首を横に振る。
「お礼を言われるほどのことじゃないよ」
「……でも」
「みんなが安心して過ごせるなら、それで十分だから」
(……へえ)
さすが帝耀のお父さん。
こういうこと、さらっと言えちゃうんだよね。
……すると。
「……っ!!」
隣で、圭が勢いよく顔を上げた。
(……ん?)
「やっぱ玲士さん、かっけぇ……!!」
(……あはは)
出た。
いつもの圭だ。
「あ、いつもの圭だ」
俺は、思わず笑った。
「よかった」
「……復活……」
皇輝も、ぽつりと呟いた。
圭は、そんな俺たちの言葉なんて気にせず、玲士さんをきらきらした目で見つめている。
(……ふふ)
本当に、分かりやすいなぁ。
……でも。
(……圭)
俺は、少しだけ目を細めた。
昨日、あんなことがあったのに。
今は、何事もなかったみたいに笑っている。
(……元通り、ね)
確かに、そう見える。
でも。
(……本当に?)
何となくだけど。
俺には、圭が無理しているようにも見えた。
……いや。
ただ、俺が勝手にそう思っているだけかもしれない。
(……自分と重ねちゃってるのかな)
秘密が知られそうになったとき。
あるいは、知られてしまったとき。
俺は、いつも以上に明るく振る舞う。
わざとふざけて。
わざと笑って。
何も気にしていないみたいに。
(……そうしないとさ)
嫌われちゃう気がするんだよね。
みんなが、遠くへ行ってしまうような。
今までと同じようには、接してくれなくなるような。
(……ま、考えすぎかな)
俺は、いつもの笑顔を浮かべた。
今は、朝ごはんの時間だしね。
***
「おはようございます」
「おはようございます!」
(……ん?)
食堂の入口から、二人分の声が聞こえた。
振り返ると。
(……げ)
莉玖翔と燈李だった。
(……そうだった)
こいつらも住んでるんだった。
「あら、莉玖翔くんに燈李くん」
すみれさんが、にこやかに声をかけた。
「おはようございます。昨晩はゆっくり眠れましたか?」
「はい」
莉玖翔が、すっと表情を和らげた。
「おかげさまで。いつもありがとうございます」
「俺も、よく眠れました!」
燈李も、元気よく答える。
(…………)
俺は、莉玖翔を見た。
(……出たよ)
その笑顔。
俺、あいつのああいう顔が嫌いなんだよね。
誰にでも礼儀正しくて。
大人の前では、にこにこして。
でも、俺たちに向ける顔は全然違う。
(……何考えてんのか、分かんないんだよな)
何を考えているか分からない奴を、簡単に信用できるわけがない。
俺は、いつもどおり莉玖翔を睨みつけた。
……すると。
「そうだったぁぁぁ!!」
(……うわっ!?)
突然、太志が叫んだ。
「こいつらもいるんだったぁぁ!!」
(……ああ)
忘れてたんだ。
昨日、あんなに騒いでたのに。
(……大丈夫かな、この子)
この生活、耐えられる?
……と、思ったんだけど。
「……ううっ」
太志が、何やら覚悟を決めたように顔を上げた。
そして。
「……今日から、よろしく……」
「…………」
(……え?)
一瞬、食堂が静まり返った。
「た、太志っ!!!??」
「まじでどうしちったの~!?」
俺は、思わず身を乗り出した。
「頭でもぶつけたか!?」
華人まで、目を丸くしている。
「……この世の、終わりか……」
皇輝が、深刻そうに呟いた。
「太志がこんなこと言うなんて、それ以外の選択肢ある?」
圭も、信じられないという顔をしていた。
「大丈夫? 体調でも悪い?」
るるが、心配そうに尋ねる。
「さっきのことといい、なんかあったのか?」
海斗まで、首を傾げている。
(……いやいや)
みんな、言いすぎでしょ!
……まあ、俺もびっくりしたけど。
「うるさいな!!」
太志が、少し拗ねたように言った。
「俺だって、お世話になってるんだから!!」
「……へえ?」
「仲良くまではできないけど……」
太志は、ぷいっと顔を逸らした。
「……まあ、挨拶くらいは……」
(…………)
……おお。
太志なりに、頑張ったんだ。
俺は、少し感心した。
……けれど。
「はいはい、どうも」
莉玖翔が、そっけなく答えた。
「…………」
(……あ)
「っな!?」
太志が、勢いよく振り返った。
「俺、結構頑張ったのに!!」
「……だから?」
「やっぱ莉玖翔となんて無理!!!」
太志は、怒ってそっぽを向いてしまった。
(……あ~あ)
せっかく頑張ったのにね~。
……まあ。
(……莉玖翔も、もうちょっと言い方あるでしょ)
***
「あ、あの……!」
困ったような声が聞こえた。
「み、みんな落ち着いて……」
燈李だった。
(……お)
燈李くん、頑張ってるね~。
「ほらほら」
俺は、すかさずその話に乗った。
「燈李くん、困っちゃったぞ~?」
「……あっ!」
太志が、はっとした顔をした。
「うわぁぁ! 燈李、ごめんね!」
「えっ!? あ、いや……!」
燈李は、慌てて首を振った。
(……ふふ)
太志、燈李には素直なんだよね。
俺たちは莉玖翔のことは嫌いだけど、燈李のことはそんなに嫌いじゃない。
……というか。
むしろ、好きな方。
反応が素直で、可愛いし。
ついつい、からかいたくなっちゃうんだよね~。
「……おい」
すると。
莉玖翔が、口を挟んできた。
「お前ら、燈李困らせんなよ」
(……は?)
せっかく場が落ち着きかけてたのに。
何でそこで、わざわざ言うかなぁ。
しかも、ちょっとイラついてるみたいだし。
「……あん?」
華人が、鼻で笑った。
「お前に言われなくたって、分かってるよ」
「…………」
「てか、お前いちいち出てくんなよ」
「……右に同じ……」
皇輝も、うんざりしたように呟いた。
(……ほんとそれ)
莉玖翔って、いちいち邪魔くさいんだよね。
「……何だよ」
莉玖翔の表情が険しくなる。
(……あ~あ)
また始まる。
そう思ったとき。
「まあまあ、みんな落ち着いて」
るるが、慌てて間に入った。
「莉玖翔くんだって、燈李くんのこと心配してるんだから」
「…………」
(……るる)
「だから、そんな言い方しなくても……」
「るるは莉玖翔側の奴らにも優しくすんな!!」
太志が、突然声を上げた。
「……え?」
るるが、目を丸くした。
(……ああ)
太志。
それ、ちょっと分かるかも。
***
るるは、優しい。
本当に。
誰かが困っていたら、すぐに声をかける。
喧嘩が始まりそうになったら、間に入る。
相手が誰だろうと、できるだけ公平に接しようとする。
(……いい奴なんだよね)
俺は、るるのそういうところが嫌いじゃない。
……でも。
(……ちょっとだけさ)
嫌だなって思うこともある。
だって、るるは俺たちだけに優しいわけじゃないから。
莉玖翔にも。
燈李にも。
古田派の奴らにも。
同じように優しくする。
(……何だかなぁ)
もちろん、それが悪いことじゃないのは分かってる。
分かってるけど。
(……俺たちって、特別じゃないの?)
そんなふうに思ってしまう。
るるにとって、俺たちも莉玖翔たちも同じなのかなって。
(……やだなぁ、それ)
俺たちは、友達じゃん。
一緒に笑って、ふざけて、遊んで。
ずっと仲良くしてきたんだから。
(……俺たちのこと)
るるにとって、特別な存在だと思っていてほしい。
……まあ。
(……ちょっとした独占欲、かな)
自分でも、子供っぽいと思う。
でも、そう思っちゃうんだから仕方ない。
俺は、るるからそっと目を逸らした。
***
「ったく、うるさいなぁ!!!」
(……っ!?)
突然、鋭い声が響いた。
「朝から!!」
(……え?)
振り返ると、そこには女子たちがいた。
(……あれ)
いつからいたの?
全然気づかなかった。
先頭に立っていたのは、紗奈ちゃんだった。
腕を組み、明らかに怒っている。
「あんたらのごちゃごちゃで、朝ごはんが食べ始められないの!!」
「…………」
(……あ)
……ごもっともです。
「美香、お腹空きすぎて死にそう……」
美香ちゃんが、ぐったりした様子で呟いた。
「……あ」
愛理ちゃんが、少し顔を引きつらせた。
「一人称『美香』なんて、相当怒ってるわね……」
(……ん?)
「美香のこと、怒らせると怖いけど……いいの?」
「…………」
(……え)
その言い方。
冗談じゃないやつ?
俺は、そっと美香ちゃんを見た。
「…………」
美香ちゃんは、笑っていなかった。
(……あ、やば)
さっきまでの騒がしさが嘘みたいに、俺たちは静かになった。
(……こわっ)
女の子って、怒ると怖いんだね……。
***
「はーい、みんな!」
そのとき。
玲士さんの明るい声が響いた。
「朝ごはん食べるよー?」
「…………」
「はーやーくーしようね?」
(……あ)
玲士さんまで、ちょっと怒ってる?
……いや。
この人の場合、怒ってるのかふざけてるのか分かんないんだよね。
「……旦那様」
斎森さんが、呆れたように呟いた。
「大人気ない……」
「なっ、じいや!?」
玲士さんが、勢いよく振り返った。
「俺だってお腹すいてんの!」
「……そうでございますか」
「そうだよ!」
(……あはは)
相変わらずだなぁ。
吉沢ホールディングスの社長なのに。
こういうところ、帝耀にそっくり。
……いや。
帝耀が父親に似たのかな?
***
「そういえば、旦那様」
突然、花さんが口を開いた。
「……ん?」
玲士さんが、そちらを見る。
「いつまで、こちらにいらっしゃるおつもりですか?」
「…………」
(……あれ?)
玲士さんが、少し驚いたような顔をした。
まるで。
(……何でそんなこと聞くの?)
って思ってるみたい。
「……え?」
玲士さんは、少し寂しそうな顔を作った。
「花ちゃん、俺のこと追い出したいの……?」
「ええっ!?」
花さんが、慌てて首を振った。
「滅相もございませんっ!!」
「……ほんと?」
「もちろんです!」
花さんは、必死に説明した。
「ただ、旦那様が皆様と朝ごはんを召し上がるなんて、珍しいと思いまして……!」
「……ああ」
玲士さんは、ほっとしたように笑った。
「なんだ、そういうことか」
「はい……!」
「俺ね」
玲士さんは、何でもないことのように言った。
「しばらく、こっちにいることにしたから」
「…………」
(……え?)
一瞬。
食堂が、静まり返った。
「……は?」
「……え?」
「……父さん?」
帝耀まで、驚いたように玲士さんを見ている。
(……おお)
どうやら、誰も聞いてなかったらしい。
(……しばらく?)
玲士さんって、普段は東京の本邸にいるんじゃなかったっけ?
仕事も忙しいはずなのに。
(……何で急に?)
俺は、玲士さんの顔を見た。
でも、玲士さんはいつもどおり笑っている。
何を考えているのか、全然分からない。
「まあ、この話はいいから」
玲士さんは、あっさり話を切り上げた。
「早く食べるよ」
「……え?」
「ほら、冷めちゃうでしょ?」
そう言って、何事もなかったかのように食事を始めた。
(……いやいや)
ちょっと待って。
(……今の、結構大事な話じゃない?)
帝耀も、何か聞きたそうにしていた。
でも、玲士さんはそれ以上何も言わない。
結局。
俺たちは、詳しい理由を聞くこともできないまま、朝食を食べ始めた。
(……ふ~ん)
俺は、ちらっと玲士さんを見た。
楽しそうに食事をしている。
いつもどおりの、優しい笑顔。
……でも。
(……何だろうね)
この人。
やっぱり、ただのお人好しじゃない気がする。
昨日の圭のこと。
俺たちをここに住まわせたこと。
そして、突然の滞在宣言。
(……何か、考えてるのかな)
もちろん、俺には分からない。
……ただ。
(……ちょっと気になるよね)
俺は、そんなことを考えながら、目の前の朝食に手を伸ばした。
玲士さんは、何事もなかったかのように笑っていた。
〈34時間目・終〉




