小学校編 33時間目 ―朝から大騒ぎ!太志の受難―
〈笹川太志視点〉
(……眠れねえ)
俺は、暗い天井を見つめながら、心の中で呟いた。
昨日のことが、どうしても頭から離れなかった。
圭が突然倒れたこと。
そのあと、圭の体にあった痣を見てしまったこと。
そして、玲士さんが圭を家に帰すわけにはいかないと言ったこと。
(……圭)
俺は、隣で眠っている圭に目を向けた。
……いや。
本当に眠っているのかは分からない。
(……大丈夫かな)
昨日、圭は何度も謝っていた。
別に、圭が悪いことをしたわけじゃないのに。
(……なんで謝るんだよ)
そう思った。
でも、何て声をかければいいのか分からなかった。
俺は、圭の友達だ。
それなのに。
(……何もできなかった)
いつも一緒にいるのに、何も気づかなかった。
……いや。
(……気づけなかった、か)
俺は、小さくため息をついた。
そんなことを考えているうちに、夜はどんどん更けていった。
結局、一睡もできないまま。
気づけば、朝になっていた。
***
(……まだ誰も起きてないな)
俺は、そっと周りを見回した。
みんな、静かに眠っている。
(……起きようかな)
そう思ったけど、やめた。
今起きたら、物音で誰かを起こしてしまうかもしれない。
(……迷惑になるよな)
仕方ない。
もう少し、寝たふりでもしていよう。
俺は、目を閉じた。
すると。
……かすかに、布団が動く音がした。
(……ん?)
薄く目を開ける。
起き上がったのは、帝耀だった。
(……帝耀?)
帝耀は、周りを起こさないように静かに身支度を整えている。
そして、足音も立てずに部屋を出ていった。
(……すげえな)
時計を見る。
針は、午前四時を指していた。
(……四時!?)
早っ!!
(……あいつ、こんな時間から起きてんのかよ)
まだ外も薄暗いのに。
俺なんか、普段なら夢の中だぞ。
(……早起きだなぁ)
そう思いながら、俺はもう一度目を閉じた。
***
それから、しばらく経った頃。
また、誰かが動く気配がした。
(……ん?)
今度は海斗だった。
時計を見ると、午前六時。
(……もう六時か)
海斗は、隣で眠っているるるに近づいた。
そして、そっと肩を揺らす。
「……るる」
「……ん」
「朝だよ」
「……あ、海斗」
るるは、すぐに体を起こした。
「おはよう」
「おはよう」
(……ああ、そういえば)
昨日、るるが海斗に起こしてほしいって頼んでたっけ。
二人は、小さな声で話しながら着替え始めた。
(……俺も起きようかな)
そう思った、そのとき。
「……太志」
(……ん?)
突然、背後から声がした。
「何やってんの?」
「……うわっ!?」
俺は、驚いて振り返った。
そこには。
「……圭!?」
圭が、目を開けていた。
(……いつから起きてたんだ!?)
俺が驚いていると、圭は小さく笑った。
「俺も、寝れなかったんだ」
「…………」
(……そっか)
圭も、眠れなかったのか。
……まあ、そうだよな。
昨日、あんなことがあったんだから。
俺は、何か言おうとした。
でも、その前に。
圭が、声を潜めて言った。
「……それよりさ」
「……ん?」
「太志」
圭は、俺の顔をじっと見た。
そして。
「海斗とるるの着替えなんか見て、どうするつもりだったの?」
「…………は?」
(……え?)
(……はぁぁ!?)
「ち、違っ……!」
俺は、思わず顔が熱くなるのを感じた。
「俺は別に、そんなつもりじゃ……!」
すると。
圭が、ふっと笑った。
「……ああ、なるほど」
「……何が!?」
「太志も、そういうお年頃か」
「……なっ!?」
「なら、しょうがないね」
「な!?」
(……何がしょうがないんだよ!!)
俺は、思わず声を上げてしまった。
……その瞬間。
「……ん?」
海斗が、こちらを振り返った。
「おはよう。朝から元気だね」
(……あ)
バレた。
いや、別に隠れてたわけじゃないけど!!
「二人とも」
るるも、不思議そうに首を傾げた。
「起きてるなら、言ってくれればよかったのに」
「……あ、いや」
俺が答えようとすると。
「実はさ」
圭が、いたずらっぽく笑った。
(……おい)
その顔。
嫌な予感しかしない。
「太志が、二人の着替えてるところジロジロ見てたんだ」
「ち、違っ!!!」
(……お前ぇぇぇ!!)
何てこと言うんだよ!!
そんな言い方したら、あらぬ誤解が生まれるだろ!!
「……え?」
るるが、目を丸くした。
「……太志?」
「違うって!!」
俺は、慌てて首を振った。
「俺、ただ起きるタイミングを考えてただけだから!!」
「……へえ」
圭が、にやにやしている。
(……こいつ!!)
さっきまで心配してた俺の気持ちを返せ!!
……いや、元気そうなのは嬉しいけど!!
***
「太志くん」
突然、別の声が聞こえた。
「気持ちは分かるけどさ~」
(……ん?)
振り返ると、蓮が布団から顔を出していた。
(……お前も起きてたのかよ!!)
蓮は、わざとらしくため息をついた。
「こういうところで、そういうのはね~?」
「……は?」
「俺だって我慢してるのに」
「…………」
(……おい)
お前が言うと、冗談に聞こえねえんだよ!!
「だから違うって!!」
俺が反論すると、蓮はくすっと笑った。
「……あはは」
そして、急に声の調子を落とした。
「ごめんごめん。冗談」
「……ったく」
「……でもさ」
蓮は、少しだけ目を伏せた。
「みんなも嫌だよね」
「……え?」
「こんな奴と一緒に暮らすなんて」
「…………」
(……は?)
さっきまで、あんなにふざけていたのに。
急に、しおらしくなった。
(……なんだよ)
俺は、思わず身を乗り出した。
「そんなことない!」
「……え?」
「別に俺ら、そういうの関係ないから!!」
俺は、慌てて言った。
「蓮がどうとか、そんなの関係ねえよ!」
「…………」
蓮が、俺をじっと見た。
(……あれ?)
何だ、その顔。
……すると。
「……ぷっ」
「……ん?」
「ぎゃはははは!!」
「…………は?」
蓮が、突然爆笑し始めた。
「太志!!」
「……おい」
「太志は本っ当に素直だよね~!」
「……はぁ!?」
「素直っていうか、チョロいっていうか……!」
(……っ!!)
「こんなんじゃ将来、いろんな人に騙されちゃうぞ~??」
「…………」
(……こいつ)
(……こいつぅぅぅ!!)
心配した俺が馬鹿だった!!
蓮は、こういう奴だ。
分かってる。
こいつが、わざとふざけた態度を取っていることくらい。
俺だって、知っている。
……でも!!
今はそんなこと、どうでもいい!!
なぜなら。
(……腹立つぅぅぅ!!)
猛烈に腹が立っているからだ!!
俺は、勢いよく飛び起きた。
「おいっ!!」
「……ん?」
「俺は別に、チョロくなんてないからな!!」
「……あはは!」
蓮は、ますます楽しそうに笑った。
(……くっそぉぉ!!)
***
「……朝っぱらからうるさいなぁ、おい」
(……ん?)
眠そうな声が聞こえた。
華人だった。
華人は、大きなあくびをしながら体を起こした。
「……ふぁぁ」
「……あ」
(……しまった)
起こしちゃったか。
……と思った、その瞬間。
「あ! 華人!」
蓮が、ぱっと顔を輝かせた。
「聞いて聞いて~!」
(……おい)
嫌な予感しかしない。
「太志がね!」
「……ん?」
「海斗とるるの着替えをジロジロ見ててさ~!」
「違うって言ってんだろ!!」
俺の抗議なんて、完全に無視だ。
蓮は、さっきの出来事を面白おかしく華人に話し始めた。
すると。
「……まじかよ!」
華人が、目を丸くした。
そして。
「ぎゃはははは!!」
(……お前もか!!)
「太志きゅんは可愛いでちゅねー!」
「……はぁ!?」
「そんなに気になっちゃったんでちゅか~?」
「だから違うって!!」
(……何なんだよ!!)
さっきまで「うるさい」とか言ってたくせに!!
今、一番うるさいのお前じゃねえか!!
「……あははは!!」
「ぎゃははは!!」
蓮と華人は、二人で大笑いしている。
(……もう嫌だ)
俺は、頭を抱えた。
すると。
「……なんの騒ぎだ……」
(……あ)
今度は、皇輝が起きてしまった。
皇輝は、眠そうに目を擦りながら、俺たちを見回した。
「……朝から騒がしいな」
「……あ、皇輝!」
蓮が、勢いよく振り返った。
「聞いて聞いて!」
「……おい、やめろ!!」
「太志がさ~!」
華人まで、嬉しそうに話し始めた。
「実はな!」
「お前らぁぁぁ!!」
俺は、必死に止めようとした。
……けれど。
二人は、あっという間に皇輝へ説明してしまった。
「…………」
皇輝が、黙り込む。
(……頼む)
頼むから。
お前だけは、まともな反応をしてくれ。
皇輝は、ゆっくり俺を見た。
そして。
「……そうか」
「…………」
「……太志が……」
(……え?)
皇輝は、なぜか俺を憐れむような目で見つめていた。
「…………」
(……おい)
何だよ、その目。
「……皇輝?」
「……いや」
皇輝は、小さく首を振った。
「……人には、いろいろあるからな……」
「違うんだってぇぇぇ!!」
(……もう!!)
頼むから、そんな目で見ないでくれぇぇぇ!!
***
結局。
朝六時過ぎだというのに、部屋は大騒ぎになっていた。
蓮と華人は笑い続けているし。
皇輝は、なぜか俺を憐れんでいるし。
海斗は、呆れたようにため息をついている。
るるは、困ったように笑っていた。
そして。
「……ふふっ」
(……ん?)
圭が、小さく笑っていた。
……いや。
小さく、なんてもんじゃない。
「……あはは!」
圭は、とうとう声を出して笑い始めた。
(……圭)
昨日、あんなことがあったのに。
今は、いつもみたいに笑っている。
(……そっか)
俺は、少しだけ肩の力を抜いた。
……まあ。
(……だからって)
俺がからかわれていい理由にはならないけどな!!
「太志~!」
蓮が、にやにやしながら呼んできた。
「……何だよ!」
「今度から着替えるとき、声かけようか~?」
「いらねえよ!!」
また、部屋中に笑い声が響いた。
(……くっそぉぉ!!)
俺の新生活、初日の朝から散々すぎるだろぉぉぉ!!
〈33時間目・終〉




