小学校編 14時間目 ―家族の話と知らない表情―
〈燈李視点〉
「そういえばさ!」
みんなで食べ物を囲みながら話していると、美香ちゃんが突然声を上げた。
「帝耀くんのお父さんって、めっちゃかっこいいよね!」
「あー、父さん?」
帝耀が顔を上げる。
「うんうん! さっき挨拶したんだけど、びっくりしちゃった!」
美香ちゃんは興奮した様子で頷いた。
「財閥の社長さんっていうから、もっと怖い人かと思ってたのに!」
「ははっ、父さんはあんな感じだよ」
帝耀は楽しそうに笑った。
(へぇ……)
そういえば、俺も帝耀のお父さんとはまだそんなに話していないな。
どんな人なんだろう。
すると――。
「確かにかっこいいですよね!」
意外なところから、元気な声が上がった。
桃ちゃんだった。
「私もさっき、パパ……あっ、お父さんと同じくらいかっこいいって思いました!」
「……えっ!?」
俺は思わず桃ちゃんを見た。
(……桃ちゃん!?)
美香ちゃんの話にあんなに勢いよく同意するなんて。
しかも、比べる相手がお父さん?
(桃ちゃんのお父さんって、そんなにかっこいいのかな……)
普段の桃ちゃんは、どちらかというと控えめでおっとりしている。
だから、少し意外だった。
「はぁ……」
愛理ちゃんが呆れたようにため息をついた。
「相変わらず桃はファザコンね……」
(……ファザコン!?)
俺はもう一度、桃ちゃんを見た。
桃ちゃんは特に気にした様子もなく、にこにこしている。
(そ、そうなんだ……)
なんだか、知らない一面を見た気がする。
「でも確かに、桃のお父さんもかっこいいよね」
今度は紗奈ちゃんが頷いた。
「歳も同じくらいじゃない?」
「そうなの?」
美香ちゃんが尋ねると、帝耀が答えた。
「父さんは三十七歳だったはず」
「えっ!?」
今度は桃ちゃんが驚いた。
「お父さんも三十七歳です! 同じですね!」
(……三十代!?)
俺は心の中で目を丸くした。
(みんな、若いなぁ……)
うちの親なんて四十二歳だよ。
……いや、別に悪いことじゃないんだけどさ。
(そういえば……)
ふと、隣にいる莉玖翔のことを思い出した。
確か、莉玖翔の家もそんな感じだったような……。
「莉玖翔のお母さんも、そのくらいじゃなかった?」
そう口にした瞬間。
(……あっ)
しまった。
「え、あ、う、うん」
莉玖翔が、一瞬だけ言葉に詰まった。
「そうだね。同い年じゃないかな」
(……俺のバカ!!)
なんで今、それを聞いちゃったんだよ!
莉玖翔のお母さんのこと。
俺、知ってるのに。
何も考えずに話を振ってしまった。
(……ごめん、莉玖翔)
俺が内心で焦っていると、莉玖翔は小さな声で言った。
「燈李、大丈夫だよ」
「……!」
(……莉玖翔)
いつもみたいに、俺の考えていることが分かったらしい。
その一言に少しだけ安心する。
でも、やっぱり申し訳なかった。
「どうかしましたか?」
桃ちゃんが不思議そうに首をかしげた。
「あ、いや……」
俺が答えるより先に、桃ちゃんは何かを思い出したように続けた。
「そういえば、私のママ……あっ、お母さんも三十七歳で、同い歳だったはず……」
(……あはは)
もう、パパとママでいいんじゃないかな。
そう言いかけたけれど、やめておいた。
桃ちゃんは一生懸命、言い直しているんだし。
「そういえば、俺の母親は一つ下で三十六だったかな」
帝耀が、ふと思い出したように言った。
「おお!」
桃ちゃんが目を輝かせる。
「近いですね!」
(……ほんとにみんな近いなぁ)
なんだか不思議だ。
同じクラスの友達なのに、家族のことは知らないことばかり。
こうして話してみると、いろんな発見がある。
……なんて思っていた、そのときだった。
「莉玖翔さんのお父さんは何歳なんですか?」
「……!」
俺は、思わず莉玖翔の方を見た。
(……桃ちゃん!)
もちろん、桃ちゃんに悪気なんてない。
ただ、みんなの親の年齢が近いから気になっただけだ。
それは分かってる。
分かってるけど――。
(……大丈夫かな)
俺は莉玖翔の表情をうかがった。
だって、莉玖翔のお父さんは、もう……。
「多分、三十七かな」
「……え?」
莉玖翔は、ごく自然な声で答えた。
「確か、同級生だったって聞いてるから」
(……莉玖翔)
まるで、何でもない話をしているみたいだった。
俺の心配なんて、必要なかったと思うくらいに。
でも――。
(……本当に、大丈夫なのかな)
俺には、分からなかった。
「そうなんですね!」
桃ちゃんは嬉しそうに頷いた。
「もしかしたら、実は知り合いかもしれませんね……ふむふむ」
(……知り合い、かぁ)
確かに、同い年ならそんな可能性もあるのかもしれない。
桃ちゃんは何かを考えるように、小さく頷いていた。
***
「はぁ……」
今度は紗奈ちゃんが、大きなため息をついた。
「親が若いといいねー」
「ん?」
「うちなんて、過保護なおっさんだよ」
(……おっさん?)
「今回も大変だったんだから!」
紗奈ちゃんは、思い出しただけでも疲れると言いたげな顔をした。
(……ああ、お泊まり会のことか)
そういえば、紗奈ちゃんだけ許可をもらうのに時間がかかっていたんだっけ。
「紗奈ちゃんの家は、お父さんだけじゃなくて、お兄ちゃんも過保護だったよね……」
桃ちゃんが苦笑する。
「そうそう!」
紗奈ちゃんは勢いよく頷いた。
「うちには過保護なおっさんが二人もいるんだから!」
(……二人も!?)
「今回もほんっと大変だったよ!」
「でも、来られてよかったじゃん!」
美香ちゃんが笑いながら言った。
「ほんと、紗奈が来られてよかったよね!」
「まあね……」
紗奈ちゃんは、少し照れくさそうに答えた。
(……よかった)
俺もそう思う。
せっかくのお泊まり会なんだから、みんな揃っていた方が楽しいもんね。
***
「そういえばさ!」
今度は美香ちゃんが、桃ちゃんの方を向いた。
「桃ちゃんにも、お兄ちゃんと妹ちゃんがいたよね?」
(……えっ!?)
俺は思わず顔を上げた。
(桃ちゃん、兄弟いるんだ!)
初耳だ。
……まあ、考えてみれば当たり前か。
俺はまだ桃ちゃんのこと、あんまり知らない。
だから、ほとんど何を聞いても初耳なんだけど。
「うん!」
桃ちゃんは嬉しそうに頷いた。
「お兄ちゃんはめちゃくちゃかっこよくて優しいし、妹はとにかく可愛いのー!」
(……へぇ!)
桃ちゃん、すごく楽しそうだ。
さっきお父さんの話をしていたときもそうだったけど、家族の話になると表情がぱっと明るくなる。
「あ!」
桃ちゃんは何かを思い出したように、俺たちの方を向いた。
「御三方は、見たことないですよね!」
「……御三方?」
(……あ、俺たちのことか)
俺と莉玖翔と帝耀。
確かに、桃ちゃんのお兄さんや妹さんには会ったことがない。
「写真、見ます??」
(……!)
桃ちゃんが、期待に満ちた目でこちらを見る。
(……もしかして)
俺がそう思った瞬間だった。
「はぁ……」
愛理ちゃんが、またため息をついた。
「相変わらずブラコン&シスコンね……」
「……!」
(……やっぱり!)
「ほぼほぼコンプリートなのよね……」
「マザコンじゃなくてよかったって、私、心から思ってるよ」
紗奈ちゃんまで、真顔でそう言った。
「ちょっと!」
桃ちゃんが頬を膨らませる。
「紗奈も愛理もひどいよ!」
(……あはは)
俺は思わず笑ってしまった。
桃ちゃんって、ファザコンで、ブラコンで、シスコンなんだ……。
(……なんか、イメージと違うかも)
もっと大人しくて、落ち着いた子だと思っていた。
でも、こういう一面もあるんだなぁ。
……まあ。
(マザコンじゃないだけ、いいのかな……?)
いや、何がいいのかは自分でもよく分からないけど。
***
「そういえば、男子勢は兄弟いないの?」
紗奈ちゃんが、今度は俺たちの方を向いた。
「俺はいないけど」
莉玖翔が答える。
「燈李はいるよね?」
「あ、うん!」
「帝耀は知らないけど」
最後の一言だけ、少し冷たい。
莉玖翔は帝耀をちらっと見た。
(……あはは)
相変わらずだなぁ。
「燈李は?」
紗奈ちゃんに聞かれて、俺は背筋を伸ばした。
「俺は姉ちゃんが一人いるよ!」
「へぇ!」
「めっちゃ喧嘩強いんだ!」
(……どうだ!)
なぜか、ちょっと張り切ってしまった。
だって、姉ちゃんは本当に強いんだ。
……いや、別に俺が強いわけじゃないけどさ。
なんとなく、アピールできる気がしたんだよね。
すると、桃ちゃんがこちらを見た。
「そうなんですねー」
「……あ、うん」
(…………)
……あれ?
なんだか、思っていた反応と違う。
(……ちょっと勢いよく言いすぎたかな)
俺は、少しだけ肩を落とした。
別に、桃ちゃんが悪いわけじゃない。
でも、もうちょっと驚いてくれるかなって思ったんだ。
……なんでだろう。
俺、桃ちゃんに何を期待してたんだろう?
自分でもよく分からなかった。
***
「帝耀くんは、いるの? いない?」
紗奈ちゃんが帝耀に尋ねた。
(……そういえば)
俺も知らないな。
帝耀とは前から接点があったけど、家族の話なんてあんまりしたことがない。
(兄弟、いるのかな?)
帝耀は、いつも周りを引っ張っていくタイプだ。
リーダーシップもあるし、人をまとめるのも上手い。
だから、兄弟がいるとしたら弟か妹なのかな……なんて勝手に思っていた。
すると、帝耀はあっさり答えた。
「俺はね、兄貴が一人」
「……へぇ!」
(お兄さんなんだ!)
ちょっと意外。
「隣に住んでるよ」
「……隣?」
「うん。たまにしか会えないけどね」
(……そうなんだ)
隣に住んでいるのに、たまにしか会えないんだ。
忙しい人なのかな。
そんなことを考えていると、帝耀がぽつりと続けた。
「兄貴も、いい奴なんだけどね……」
「…………」
(……あれ?)
俺は、帝耀の顔を見た。
いつも明るくて、何を考えているのか分からないくらい軽い調子で話している帝耀。
莉玖翔に何を言われても、笑って言い返すような奴なのに。
今は――。
(……なんか、悲しそう)
ほんの一瞬だった。
でも、確かにそう見えた。
(……帝耀?)
俺は何か声をかけようとして、口を閉じた。
何を聞けばいいのか、分からなかったからだ。
隣に住んでいるのに、たまにしか会えないお兄さん。
その話をするときだけ、帝耀はいつもと違う顔をした。
(……何かあるのかな)
俺は、さっきの莉玖翔のことを思い出した。
莉玖翔にも、俺が知っている事情がある。
そして帝耀にも、俺の知らない何かがあるのかもしれない。
……なんて。
(俺、みんなのこと、まだまだ知らないんだなぁ)
さっきまで、あんなに賑やかだったのに。
帝耀の横顔を見ていると、なんだか少しだけ胸がざわついた。
〈14時間目・終〉
〈野口すみれ〉
吉沢家別邸で働くメイド。玲士が子供の時からお世話をしていた。玲士が吉沢家に入る時に連れてきた。
ばあやと呼ばれるのを嫌がったため、今でも2人からはすみれさんと呼ばれている。
おしゃべりが好きな優しい人。




