小学校編 13時間目 ―社長と、不思議なじいや―
〈美香視点〉
(ドキ、ドキ……)
私は目の前の扉を見つめながら、胸の高鳴りを抑えられずにいた。
いよいよ、吉沢家のお屋敷の中へ!
(きっと、この扉の向こうには……!)
ずらーっと並んだメイドさんたち。
そして、扉が開いた瞬間に一斉に頭を下げて――。
『お帰りなさいませ、お客様!』
……なんて!
(うわぁぁ! 想像するだけですごい!)
私は期待に胸を膨らませた。
そして、扉が開く。
「「いらっしゃいませ」」
(……!)
そこにいたのは――。
二人のメイドさんだった。
「…………」
(……あれ?)
私は思わず目をぱちぱちさせた。
一人、二人。
……うん。
二人だ。
(……二人だけ?)
もちろん、二人ともとても上品で、きちんとした立ち居振る舞いをしている。
でも、私が想像していたのは、何十人ものメイドさんがずらーっと並んでいる光景だった。
(な、なんか思ってたのと違う……)
そんなことを考えていると――。
「二人だけで驚いたお顔ですね」
「……っ!」
斎森さんが、穏やかな声で言った。
(か、顔に出てたぁぁ!?)
私は慌てて表情を引き締めた。
失礼だったよね!?
せっかく迎えてくれているのに、人数が少ないからって驚くなんて!
(ご、ごめんなさい……!)
すると、斎森さんは気にした様子もなく説明してくれた。
「うちは少数精鋭なんですよ。とはいっても、キッチンでは何名か働いていますよ」
「……少数精鋭?」
私は思わず聞き返した。
「はい」
斎森さんは静かに頷く。
「吉沢家別邸にはあまり人はおりませんが、本邸にはたくさんいるんですよ」
(……へぇ)
なるほど。
ここでは、必要な人数だけでお仕事をしているんだ。
……って。
(……ん?)
今、何て言った?
別邸?
私はゆっくりと辺りを見回した。
広いお屋敷。
立派な内装。
さっき見た、大きな門と建物。
(……これが、別邸!?)
うそでしょ!?
こんなに大きいのに!?
(じゃ、じゃあ本邸って、どれくらい広いの……!?)
想像しようとしても、まったく想像できない。
私の頭の中にある「大きなお家」の基準が、どんどん壊れていく。
「ちなみに」
斎森さんは、二人のメイドさんに目を向けた。
「こちらのお二方は、この大きな別邸をお二人きりで管理されている、とてもすごい方なのですよ」
「……ええっ!?」
私は、改めて二人のメイドさんを見た。
(このお屋敷を、二人で!?)
さっきは人数が少ないなんて思ってしまったけれど、とんでもない。
こんなに大きなお屋敷を二人で管理しているなんて、すごすぎる!
(……尊敬しちゃうなぁ)
私は心の中で、そっと二人に頭を下げた。
***
「じいや、説明はその辺で」
突然、別の声が聞こえた。
(……え?)
私は声のする方へ顔を向けた。
「美香ちゃん、愛理ちゃん。いらっしゃい」
そこに立っていたのは、一人の男性だった。
(……えっ!?)
思わず目を見開く。
背筋がすっと伸びていて、落ち着いた雰囲気。
そして何より――。
(……イケメン!!)
私は一瞬、言葉を失ってしまった。
(だ、誰!?)
帝耀くんのお家の人?
でも、初めて見る顔だ。
私が戸惑っていると、斎森さんが口を開いた。
「こちらは――」
「いいよ、自分でするから」
男性は軽く手を上げて、斎森さんの紹介を止めた。
そして、私たちに向き直る。
「初めまして」
柔らかく微笑んでから、こう続けた。
「帝耀の父の、吉沢玲士と申します」
「…………」
(……え?)
帝耀くんの……。
お父さん?
「えええええっ!?」
(この人が!?)
私は驚きのあまり、声を上げそうになった。
でも、言われてみれば――。
(……あ、確かに)
顔立ちが、どことなく帝耀くんに似ている。
それに、さっきの気さくな話し方も、少し似ている気がする。
(……親子なんだなぁ)
そんなことを考えていると、隣から声が聞こえた。
「こ、こんにちは……」
愛理ちゃんだった。
「三上愛理と言います」
(……あれ?)
私は思わず愛理ちゃんを見た。
いつも落ち着いている愛理ちゃんが、少し緊張した声で挨拶している。
(……愛理も緊張してる!)
さっきは顔に出ていなかったのに。
今回は、さすがに隠しきれないらしい。
「ちょっと、美香も……!」
愛理ちゃんが小声で促してくる。
(……あっ!!)
そうだった!
私も挨拶しなきゃ!
「あ! は、はい!」
私は慌てて背筋を伸ばした。
「佐々木美香です! 今日はよろしくお願いします!」
勢いよく頭を下げる。
すると、玲士さんは優しく笑った。
「二人とも、肩の力を抜いて」
「……!」
「せっかくなんだから、リラックスしていってね」
「「は、はい!」」
私と愛理ちゃんの返事が、ぴったり重なった。
(……あれ?)
なんだか、思っていたよりずっと話しやすそうな人だ。
財閥の社長さんって、もっと厳しくて近寄りがたい人なのかと思っていた。
でも、玲士さんはとても気さくだった。
(……ちょっと安心したかも)
***
「じゃあ、じいや。後はよろしく」
玲士さんがそう言うと、斎森さんがすかさず口を開いた。
「旦那様」
「ん?」
「お外では『じいや』と言ってはいけないと、申し上げておりますでしょうに」
(……じいや?)
私は思わず二人を見比べた。
玲士さんは、まったく気にした様子もなく笑っている。
「ははっ! いいんだよ、それくらい!」
「旦那様……」
「じいやはね、俺がうちから連れてきたから、子供の頃からずっと世話になってるんだ」
(……へぇ!)
そうなんだ!
斎森さんは、玲士さんが子供の頃からお世話をしている人なんだ。
(……すごいなぁ)
長い付き合いなんだろうな。
だからこそ、こんなふうに親しげに話せるのかもしれない。
……と思っていたら。
「旦那様」
斎森さんが、また口を開いた。
「今は『俺』ではなく、『僕』とおっしゃってくださいな」
「えー?」
玲士さんは、少し困ったように笑った。
「じいやはうるさいなー」
「旦那様のために申し上げているのです」
(……ふふっ)
私は思わず笑いそうになった。
なんだか、面白い二人だなぁ。
玲士さんは自由で、斎森さんはきっちりしている。
まるで、帝耀くんと誰かが話しているみたい。
(……親子って、似るんだなぁ)
それにしても――。
(斎森さんって、一体何歳なんだろう……?)
玲士さんが子供の頃からお世話をしているってことは、相当長くここで働いているはず。
でも、そんなことをいきなり聞くわけにもいかない。
(……気になるぅぅ!)
私はそわそわしながら、斎森さんの顔をちらちら見てしまった。
すると――。
「それでは、ご案内いたします」
(……あっ)
どうやら、私たちが待っていることに気づいたらしい。
斎森さんは丁寧に一礼した。
「こちらへどうぞ」
「は、はい!」
「ありがとうございます」
私と愛理ちゃんは、斎森さんの後について歩き始めた。
(……いよいよだ!)
さっきから驚いてばかりだけど、まだお泊まり会は始まってもいない。
この先には、どんなことが待っているんだろう。
私は胸を弾ませながら、愛理ちゃんと一緒に歩き出した。
〈13時間目・終〉
〈吉沢玲士〉
帝耀の父。吉沢ホールディングスの社長を務める。帝耀と同じく一見何を考えているか分からなかったり、何も考えていなさそうだったりする。常に先を見ていたり、何かの考えだったりする。




