1-8
夜中に目を覚ましたヴィロはシャワーを浴びるために着替えを持って階段を下りた。シャワーを浴びた後、明るい茶色の髪をタオルで拭きながらロビーに向かうと、部屋の明かりが点いていた。部屋ではレイルがソファに一人、地図とメモを見ながらコーヒーを飲んでいる。ヴィロは首にタオルをかけるとレイルに近づいた。
「遅くまでごくろうさん」
「お前か……」
彼は視線を地図に向けたまま答えた。ヴィロは彼の正面に座ると背もたれに腕を回し時計を見る。
「そうだったな、お前あんまり寝ないんだったな」
そう言って地図を見ているレイルを見ると思い出したように呟いた。
「あの時もそうだったな……」
レイルは顔を上げると正面にいるヴィロの顔を見た。
「あの時のこと、まだ自分のせいだと思っているのか?」
ヴィロは答えなかった。レイルはため息をついて地図を机に置く。
「あれはお前のせいじゃないだろ。それなのに昇進人事を断りやがって……馬鹿が」
そう言ってレイルはコーヒーを飲むとヴィロは濡れた頭を掻いた。
「きっついなぁ、お前。だけど……あの時は気が進まなかったんだ」
「あの時は……か。今はどうなんだ?お前にその気があるなら俺が人事に言ってもいいんだぞ。なかなか昇任に見合う人材がいないって人事も頭を悩ませているからな……その年で中長になれるんだ、考えてみたらどうだ?」
「まぁ、いつかな。それに俺はお前が昇進してくれた方がいい」
そう言ってレイルの顔を見る。レイルは眉根を寄せて不服そうな顔をしていた。
「誰のせいでこうなったと思ってる……」
「んな怒るなよ」
「上層部の人間は面子を気にする人種だ。二人揃って昇進を断ってでもみろ。昇進を持ちかけた人間の面目丸潰れだ。下手に出てやったというのにそれの拒否となれば、彼らの自尊心に傷を付ける事になる。まったく……おかげでこっちは無駄に昇進した」
「分かってるよ。悪かった。でも……お前の下でなら自由に暴れ回れるからな」
「お前の尻拭いをするために昇進したんじゃない……」
「ははは」
ヴィロは笑いながら天井を仰いだ。
「まぁ、それはともかくクレアだよ」
「クレア?」
「強いってもんじゃないぞ。全力でなかったとはいえ、とても軍大生とは思えない。それに攻撃五属性を使いこなせるようだし唱術士としても申し分ない。才持生がどれほどのものか知らんが、あれは相当対人戦闘をこなしてきた奴の動きだ。マルキアに研修に行ったと言ってはいたが、単なる海魔討伐であんな戦闘はできないぞ……」
「……そうか」
レイルが一言言うとコーヒーを飲んだ。
「レイル?」
「誰にでも言えない事が一つや二つあるだろう。あまり首を突っ込むな」
「……お前にもか?」
ヴィロの言葉にレイルは微笑して再び地図に視線を戻した。
エナは太陽の光で光る目の前の刃先に動きを止めて地面に座り込んでいた。彼女の目の前から槍が離れるとエナは目の前に立つ男を見上げた。
「結界を槍で、力ずくで破るなんて信じられない……」
「そうか?」
そう言ってヴィロはかがむとエナに杖を手渡した。
「結界に自信あったんだけど、ちょっとへこむなぁ……」
「結構大変だったんだぞ?増幅石も使ってるし、昨日レイルに習ったせいか身のこなしもいいし。なかなかやるじゃないか」
そうエナの肩をポンッと叩くとエナが立ち上がった。
「もういいです……それよりレイルとクレア、見に行きましょう!」
そう言ってエナがヴィロの腕を引っ張りながら池に沿って歩いて行くと、金属音が聞こえてきた。二人は立ち止まるとエナはすごい……と呟いた。レイルとクレアが剣と長槍で互角に攻撃し合っている。しばらくして二人は一度間合いを取って体勢を立て直すとレイルは剣を構え、クレアは赤のルクを白銀の槍にはめ込みながら詠唱した。そして槍の赤のルクが光ると彼女が槍で指した方へ炎の玉が放たれた。レイルはその炎の玉を全て剣でかき消し、クレアの方へ剣を振り下ろした。クレアはその剣の風圧で空中に吹き飛ばされるが、どうにか膝をついて着地をする。そしてすぐに槍を構えると向かってきたレイルの攻撃を受け止めた。
「風属性の唱術ですね」
エナがレイルの剣の緑色のルクを見て呟くとヴィロが感心するように言った。
「あの攻撃を受けてまだ戦えてるとはね……」
クレアはその状態から素早く槍を二本に分けると、突然短くなった槍にレイルの剣がわずかに揺れた。その隙にクレアは前に出て攻めると、レイルはクレアの攻撃を受けながら数歩下がった。
「クレアが押してるわ!」
エナが興奮して言う。その隣でヴィロが意味深に笑っていたが彼女は気づかなかった。
レイルが詠唱しながら後退していることに気づいたときには、彼の姿はクレアの目の前から消えていた。クレアが振り返るとレイルの姿が一瞬見えたので彼女は素早く双槍の一本を投げたが、槍は彼を通り抜けた。
(幻炎?でも、それだったらレイルの姿がどこかにあるはず……)
すると背後から顎と首の間に腕を回され、レイルから喉に剣を突き付けられた。
「勝負あったな……」
ヴィロが呟くとレイルはクレアを離して剣を鞘に収めた。地面に落ちた槍はいつの間にかクレアの手元にあり、彼女が二本の槍を一つにすると槍はその姿を消した。それを見たエナは少し驚くとタオルを持ってクレアの方へ駆け寄った。ヴィロは二人を眺めるレイルの隣に立つと、ふと気づいて彼の顔を覗き込んだ。レイルはじろっとヴィロを見る。
「……なんだ」
「少し息が上がってる?珍しい」
レイルはエナと話しているクレアに視線を向けると呟いた。
「確かに、少し力を出した。久しぶりにな」
「だろうな。久々に見たよ、マスター唱術“瞬風”。お前の姿ほとんど見えなかったし。予想以上だった?」
そう言ってヴィロもクレアの方に視線を向けた。
「ああ。確かに今まで対人戦闘の経験がないとあんな動きはできないな」
「訓練でも相手が同じ生徒だったり教官だったりするから、攻撃する時にわずかでも遠慮ができる。だから実践でうまく攻撃できない、本当の意味で戦ったことがないからな。ま、今までの新人を見たら分かることだ。新人は入隊してやっと戦闘に慣れる、いや知る。でも……」
彼女は体が知っている。
二人が沈黙して立っているとエナとクレアが寄って来た。
「二人共どうかしたんですか?明日は最後の買出しと準備、そして朝方にはいよいよ出発ですよ!今日は早くご飯食べてゆっくり休んじゃいましょうよ」
エナが二人にそう言うとヴィロは笑って返事をした。
「だな。たまには俺とレイルで飯でも作るか!なぁ、レイル」
「……うまいものができるかは分からないがな」
レイルがそう言うとエナとヴィロは笑って屋敷へ歩き始めた。クレアはそんな三人の後姿を見つめると、ゆっくりと歩き出した。