3-11
「いい人達……でしたね」
村を出て数分経った頃、エナが最初に呟いた一言だった。太陽は高く昇り空は雲一つない快晴。時折生暖かい風が吹く荒野を四人は歩いていた。
「ええ、そうね」
「でも、何かを背負ってる感じだった」
エナの隣でクレアが相槌を打っていたが沈黙し、ヴィロは彼女らの背後で俯いた。そんなヴィロを隣で見ていたレイルは大きくため息をついた。
「分かってますよ。自分のすべき事は。だけど……誰かがつらい顔をしているのは見たくないんです。助けてあげたいって思うんです」
「その必要はないと思うがな」
すぐそう切り返したレイルが、エナの隣に立った。そして横目で彼女を見る。
「ネルターさんの言葉を聞かなかったか?過去に何があったかは知らないが、変わろうとする意思が確かにあった。ならばもう、俺たちが口を挟む事ではない」
「……本当に?もう大丈夫って事ですか?」
「彼ら次第だがな」
レイルはそう言うと、エナとクレアを追い越して歩き始めた。エナは先に行ってしまったレイルの後ろ姿を目で追っていると、背後にいるヴィロが言った。
「俺、今ならあいつの言った事、分かる気がする」
「え?」
すると一瞬淡く微笑んだヴィロが、エナの肩をポンッと叩いて先に行ってしまった。前方では紺の髪の男が地図を片手に先導し、彼の漆黒のロングコートが歩く度に揺れている。そこにヴィロが追いついてレイルに話しかけている。レイルはどこかうっとうしそうに、しかしヴィロの相手をしているようだ。
「こう思わない?」
「え?」
エナは視線を前方の二人から隣のクレアへと移した。彼女は穏やかな声で話をする。
「今まで変わろうって思っていてもその思いをずっと胸に秘めて来た人々が、やっとその思いを言葉にする事ができたの」
「……うん」
「彼らは気づいたのね。思いを内に留めておいても何も変わらないって事に。誰かの行動を待つのではなく、まずは自分達が行動を起こさなければならないって事に」
クレアもエナを見た。
「それってもう、大丈夫って事じゃないの?自分達の力で自分達の村をどうしようかと考えているのよ。やっと、自分達の足で歩こうとしているところなのよ。そんな時に、部外者の私達が立ち入っていいと思う?」
エナは瞳を閉じた。
「……きっとまた、会えるよね」
そう言って再び目を開けて自分の顔を見るエナにクレアは頷いた。
「お前達、もう少し早く歩け」
前方から聞こえてきたレイルの声に、エナははい!と元気よく返事をした。そして彼を追いかけるように駆けて行こうとしたエナが一度振り返った。
「でもね、クレア」
「ん?」
「それでも私は、何かしてあげたいって……そう思うよ」
そう言って太陽の光で輝く金色のウエーブの髪を揺らしながら、エナは前方を歩くレイルとヴィロの元へ駆けて行った。そんな彼女の後ろ姿をクレアは眩しそうに目を細めて見ていた。
二、三時間歩いていると、舗装された大きな道に出た。土で平らに固められた道のそばに立てられた金属製の看板には国道と彫られている。
「なぁ、レイル」
「何だ」
「今まで人目に付かないように、それでいて安全かつ近い道を選んでたんだろ?何でいまさら国道を通るんだ?」
隣を歩くヴィロの疑問に後ろを歩くエナも同意する。
「それ、私も思ってたんですよ。何か考えでもあるんですか?」
「特にない。ただ、ユールへ向かっているだけだ」
その答えにエナが目を輝かせてレイルの隣に行く。
「ユールって、本当ですか!」
「つー事はリオシカまですぐだな」
ヴィロとエナが嬉しそうに口々に言うと、背後ではクレアが一人腑に落ちない様な表情をしていた。そんな彼女にレイルは付け加えるように言った。
「この旅でユールを使えるのはここしかない。あとは砂漠だからな」
「そういう事」
「あ?」
「砂漠!?」
ヴィロとエナが声を上げた。レイルがどこか呆れた様に言う。
「……お前達、説明していただろうが」
「聞いてましたけど、でもまだ先の事だと思ってました」
「俺も」
レイルは一度ため息をついた。
「その話は後だ。まずはリオシカまで安全に行く事だけを考えろ」
クレアはふと正面を見た。
「それもあと数百メートルの話よ」
その言葉に三人は正面に見えるレンガ造りの建物に視線を向けた。
赤レンガの建物の入り口前には金属の看板があり“ユール6番駅”と書かれていた。そしてトンネルのようなアーチ状の入り口から地下へと続く石段に足を踏み出そうとした時、レイルとヴィロがクレアとエナを庇う様に振り返った。その様子にクレアとエナも武器を構えたが、そこには誰もいなかった。
「え?誰もいない……ですよ?」
エナの困惑したような声に彼女を庇うようにして立つレイルも険しい表情のまま口を開いた。
「いや……何かある」
「ああ。なぁんか嫌な感じがするんだよな」
ヴィロは視線を周囲に配りながらそう答えた。ヴィロの背後でクレアも何かを感じてはいたが、目には何も映っていなかった。しかしふと足元に視線を向けると、クレアはある事に気づいた。同じ大きさの石が四方に四人を囲むようにある。これは……
「トラップよ!足元!」
クレアがそう叫んだ瞬間に四つの石が赤く光った。エナは行動が一瞬遅れたが、レイルが風の唱術で爆風と炎からエナを守った。ヴィロはクレアを抱きかかえるようにして地面に倒れ込んだ。そして二人は地面に横になったまま爆発が起こった場所を見た。
「急げ!近くにまだ敵がいるはずだ」
走って駅へ向かうレイルの声にヴィロとクレアがはっとして立ち上がった。そしてすぐさまレイルとエナの後を追おうとしたが、目の前の爆煙の中に複数の人影を見た。二人は立ち止まる。
「レイル、エナを連れて先に行け!ここは足止めしておく!」
ヴィロは大槍を持ちクレアと背中合わせになって構えた。
「ええ。先にユールへ。早く!」
レイルは頷くとエナの手を取って石段を駆け下りて行った。
ヴィロとクレアの目の前には、二人を囲むようにして立つ黒ずくめの人達がいた。
赤茶色の石段を下って辿り着いた先には一台のモニター付きの機械が置いてあった。レイルはその機械の正面に立ちもらったチケットを一枚ずつ差し入れた。そしてモニター画面に出る案内表示を見た。
“ここ6番駅からは次のエリアに移動出来ます。移動する場所を次の中から選択して下さい。”
②ダハラ…………所要時間二時間
②リオシカ…………所要時間十三時間半
到着時間に多少の誤差が生じる事もあります。
時間に余裕を持ってご利用下さい。
※お知らせ ※ 首都ペンザーグ…………首都防衛線のため運行停止中
レイルはリオシカと書いてある画面に触れた。ピッという音の後に新たに画面が出て来る。
“何人移動しますか?数字ボタンを押して下さい。”
レイルは4のボタンを押し完了のボタンを押した。すると4枚のカードが出てきて、入力していた機械が左へスライドし正面にドアが現れた。
「私、クレア達を呼んできます!」
エナはそう言って階段を駆け上って行った。
クレアとヴィロは二人で十数人を倒していた。しかし目の前にはまだ数十人の人物がそれぞれの武器を構えて立っていた。ヴィロは汗を拭うと武器を構えたまま背中越しにいるクレアに声をかけた。
「やるな、クレア」
「そっちもね」
「でも……ちょーっと数が多過ぎるな」
ヴィロとクレアは周囲に視線を動かす。
「ええ。それに今回は唱術士もいるみたいだしね」
「ああ。レイル、エナ。急いでくれ」
数人が杖を構えて術を唱え始める。離れたところでは二人に向かって弓を構える者達がいる。そしてその矢が一斉に放たれた瞬間、唱術を放とうとしている者達の手も二人に向けられた。
クレアとヴィロが武器をギュッと握り返した時、背後から聞き覚えのある声がした。
「クレア、ヴィロ!早く中へ!」
「待ってました」
ヴィロは口端を上げると大槍を振り回し、クレアは風の唱術で放たれた矢を弾き飛ばした。そしてエナの結界に守られながらクレアは黄色のルクを銀の槍にはめ込み、発動した眩い光と共に黒ずくめの人物達の目の前から姿を消した。




