4話―女神でも性癖はあるのだ
女神がフリーズしてもうすぐ10分だろうか。
女神は俺の願いがよほどショックだったのか、さっきから笑顔のまま硬直している。
気持ちは分からなくもない。俺だって友達が特殊性癖ばらしてきたらこうなる。
「大丈夫かー?生きてるかー?」
顔の前で手を振ったり、頬をペチペチ叩いてみる。
駄目だ。相変わらず無反応だ。何がそこまでショックだったのだろうか。
俺がちょっと前の女神のように頬杖をついてあくびしていると、ようやく意識が戻ってきた。
「はっ!?私は一体……」
「あ、おはよ。ずいぶん長いこと意識飛んでたぞ、お前」
首をかしげて、記憶を遡っていく女神。
ややあって手をポンと打った。思い出したようだ。
と思うと、いきなり詰め寄ってきた。興奮したような顔で。
「あぁ!女の子になりたいんですよね!ならなりましょう!今すぐなりましょう!さぁ早く!!」
「は?ちょっ、待った!どういうことだ!?」
こいつ俺の願いがキモくてフリーズしてたんじゃなかったのか?どうしてこんな必死になってるんだ?どうしてさっきまで俺が何を選ぼうと冷静だったこいつが、鼻息荒くして口をハァハァさせているんだ!?
「え?だって良いじゃないですか、女の子。白い肌、艶やかな髪、しなやかな肢体、全て素晴らしいです!世界の人間丸ごと女の子にしようと思うくらい、当然ですよ!」
今までになく力説する女神。
……ふと俺の中に疑問がよぎる。いや、疑問というよりほぼ確定したが。
それを確認するために、俺は今もなお饒舌に女の子について語る女神に聞いた。
「なぁ、ちょっと聞きたいんだが……お前の恋愛対象って男?それとも女?」
「ん?女性ですよ?何当たり前のこと言ってるんですか?」
やっぱそうだった。この女神、レズだった。それも結構深刻な。
やめてくれ!一応お前神だろ!人に崇めてもらうやつがレズとか、信者減るぞ!
「……なぁ、TSっ娘と女の子って百合になるのか?それはノーマルじゃないのか?」
「何いってるんですか!TSっ娘とは例え心が男でも、世間から見れば女の子なんです!つまり百合です!そしてそのシチュは必ずTSっ娘が受けです!」
俺のどうでもいい質問に真面目に返してくる女神。もうキャラ崩壊どころの話じゃない。
そして……TSっ娘は女の子なのか……心が男なら男じゃないのか……?てことは俺はもう男ではなくなるのか?
……聞けば女神は、日本の文化を拝見して百合を知ったらしい。そのときから愛読者だったそうだ。神が人間の創作物を見るなよ。
そして、異世界に送りこむ奴らが全員男だったのも起因したらしい。異世界に行っては死ぬ男たちを見てうんざりしたそうな。
とまぁこんな感じで、どんどん百合の沼にはまっていったそうだ。
「それは分かったんだが、なんでそんな嬉しそうなんだ?」
「それなんですが……澪さんって男好きだったりします?」
「違う!!」
前にも言ったが、俺は断じてホモではない。恋愛対象は例え女になっても女だ。男と恋愛するとか想像しただけで気持ち悪い。
「あ~良かった。これで男が好きとか言われたらショックで死んじゃうところでした。普通に女性好きなら問題ありませんね!」
「つまり女の俺が異世界の女の子と色々やるのが見たかったのか?お前はそこまで変態だったのか?」
「イエス!その通り!ですが変態はないでしょう。百合こそ至高!百合こそ世界の真理なんですよ!」
「お前が言うと冗談に聞こえねぇよ」
もうこいつは手遅れらしい。
まさかこいつ。自分の宗教使って百合を広めてるんじゃないだろうな?俺はそんな世界嫌だぞ?そして俺は異世界で恋愛する気はないぞ。
「ハイ、それじゃぁ顔はどうしますか?体型は?髪色は?目の色は?」
「ゲームのアバター設定みたいだな。特に注文はないよ。あるとすれば美少女にして欲しい」
「なるほど、ご注文は美少女だけですか。では!私好みの美少女にしちゃいますね!ウヘヘヘヘ……」
気持ち悪く笑う女神。まぁこのレズ女神なら悪いようにはしないだろう。かなり高水準の美少女になるはずだ。
だが、美少女にすることでの懸念もあるのだ。冒険者などをする際舐められる可能性がある。それを防ぐために、男で通そうか。女顔の青年くらいいるだろう。
「顔はこっちで決めると……やっと終わりましたね。いつもの倍くらいかかりましたよ。もうないですか?」
「いや、あともう1つ。異世界の言語ってどうするんだ?」
「それは問題ありません。自動で翻訳魔法がかかりますから」
翻訳魔法……グー○ル先生みたいなもんだろうか。
そんな便利なものがあるとは、やはり魔法は便利だ。
「たまに不具合が起きますけど、全然問題ありません!」
「……おい、今なんつった。不具合がなんて?」
「言ってません」
「……詳しく」
「……ハイ!もう問題ないですね!よし!行きましょう!」
……もうこの女神にも慣れてきた。今更ツッコミはしない。疲れるだけだ。
「あー、あと1つだけ、いいか?」
「まだあるんですか?心配性ですねぇ」
「お前は────何もしないのか?」
「…………」
実は最初から、いや、こういう場面を本で見たときからずっと思っていたのだ。
「チートや世界さえも自由に操れる神が、なんで自分たちで動かないのか」と。
女神は神妙な面持ちで沈黙し、やがて口を開いた。
「……私たち神は、世界そのものに干渉はできません。基本は。できても天啓を人間に渡すくらいです」
「そうなのか」
「はい。ですが、理由はそれではありません。私たちは人間たちの作った、神という名の『偶像』です。そして、その実態は傍観者であり管理者」
「傍観者、んで管理者ねぇ……分かったよ。ありがとう」
「いえいえ。にしてもこんなこと聞いてきたの初めてでしたよ。本当にあなたって面白いですね」
いつものニコニコした顔に戻った。
この女神も案外舐めちゃいけんな、と思わされた。こんなんでもちゃんと神なんだ。
「よし。もうOKだ。色々世話になったな」
「これが仕事ですからね。それに、久しぶりに楽しい時間が過ごせました。ありがとうございます」
「俺はだいぶ体力を消耗したがな」
色々あったが、この女神ともお別れだ。
一緒にいるとツッコミ疲れるし、性根がひん曲がっているし、レズだが、俺もこいつといるのはそれなりに楽しかった。
ほんの少しだけ別れを惜しんでいると、床が発光し出した。時間のようだ。
「じゃぁな女神。お前の宗教見つけたら賽銭ぐらいは入れとくよ」
「賽銭じゃなくて寄付ですけどね。アリア教ですよ」
「分かったよ。じゃ、俺は異世界で頑張ってくるよ」
「はい!期待してます。百合百合しい展開になるのはもっと期待してます!」
「そっちはいいから!」
最後までボケる女神にツッコミを入れて、俺の視界は真っ白になった。
♢
澪がいなくなった空間で、女神は独り言ちる。
「フフ……あの人なら、ちゃんとやってくれそうですね。自重も知ってそうですし」
今まで言った転生者たちは、皆なんの知識もなく行ったせいで奴隷になったり、自重を知らなかったせいで危険視され、人間に殺された。
しかし、彼─もう彼女か─なら知識もあるし、自重も知っている。それに……才もある。
「もってくださいよ、澪さん。もはやあなたにしか望みはないんですから」
……澪さんには言わなかったが、実はもう転生者は送れない。上からの許可が下りなくなったのだ。まぁここまで失敗していれば無理もないが。
「どうしても無理なら、私も遊びに行きましょうかね。あっちでも面白くなりそうですし」
最後に女神は──自称世界の傍観者は笑って、その空間を後にした。
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