水の街2
水の街シルファニア。
水のはねる音で目を覚まし、水の流れを子守唄に眠る。
そんな場所で、ゴーレムはたいそう相性が悪かった……だからこそゴーレムが発展してこなかったのだ。
それなのにリアルの拾ったゴーレムときたら、水路の中を長くさまよっていたのだろうに、艶やかな肌にはサビひとつない。
見たことも聞いたこともない素材が使われているようだ。
どうやったら動くのかもわからず、目を開いたままの美しい顔をリアルは眺め続けて、朝がきて夜がきて、やはり諦めきれなかった。
「いい加減それを飾ってしまえば?」
「これはゴーレムだって判定がされただろ!」
「でも動かしかた、分からないだろう。技術屋はこの水の街にいないし、来ることもないはずだ。ゴーレム整備の仕事は大陸にしかないんだから」
「じゃあ、」
”俺が初めての、水の街のゴーレム整備士になる。”
そう口にしたリアルの声は、水がはねるように軽やかで、水面のきらめきに満ちていた。
街の人はそのうちリアルをからかわなくなった。
何度苦言をいってやっても、意思をかえなかったからだ。
あまりに同じ返事ばかり聞くので「頑張れよ」と声をかけるものも増えていった。
いつしか水の街では「夢見のリアル」というあだ名がよく聞かれるようになった。
リアルは貧乏な少年だったが、頭がよかったので、まじめに勉強をしていつしか小金を稼げるようになっていた。
珍しい教職員の資格を手にして、教会で孤児の子どもたちに勉強を教えた。
自分も、そのように育ててもらったので、恩返しのつもりでもあった。
「大陸に行けばもっと稼げるようになる。リアルはちょっと見ないくらい頭が良いから」
「この水の街がいいんだ」
リアルが受け取るのは本日も小金だけ。
くすんだ金色の髪を頭の後ろでくくり、その目は青い太陽をみている。
「そんなに上を向いてばかりで……ああ、今日は水祭りの日だから」
「それもとびきりのだ」
「へぇ。学んだ者にしか分からない違いがあるのかい」
リアルは確信していた。
今日こそは、あの日、ゴーレムを拾った時と同じ水路が交わるであろうと。
急いで家に帰ったリアルは、髪を束ねていた紐を解く。
肩をくすぐるみたいに流れた髪、こんなにも長い月日がたったのに、ベッドに眠らせているゴーレムは髪の長さがまるで変わっていなかった。
作り物だから当たり前ではあるのだけれど、あんなにも人間らしい見た目をしているのだから、と錯覚を見せられたような気持ちになる。
毎日眺めている容姿だ。
長い黒髪に、前髪は切りそろえられていて、毛先が触れているまつげは曲がりながら上を向き、開いたままの瞳がつるりと光沢を放っている。
グッと胸にくるさまざまな感情を、リアルは自覚なしに閉じ込めて、唇をへの字に曲げると、
「よし」
と、目頭に力を込めてすずやかに目を細め、鏡面が薄くなったメガネを押し付けるように顔につけた。
白のシャツに同色のズボン、それから水をよく弾く靴。
水色の街に浮かび上がるような色彩で、青年となったリアルは現れた。
街の人からは、好奇な視線で眺められている。
しかしそれもすぐそらされて、全員が熱っぽく見つめるのは空だ。
青い太陽が輪郭をよりはっきりさせて、白い霧のリングでおめかしをしている。
くるぞ、と誰かがちゃかすように言って、つられたのか街の人たちが息をのんで足をふんばった。
地鳴り。
正しくは地の下の水が、騒いでいる。
バシュウ! と音を立てて水の柱が吹き上がった。
空が水面にかわってしまって、その中の素敵な「落し物」を追って、街の人々が走り出した。
ひとりを残して。
リアルはずっとまばたきもしない目で、広場の上空を眺めていた。
ひときわ鈍い光が、水の中に揺らめいている。
あれだ!
魔法の杖から銀色の光を釣り糸のように天に伸ばし、落し物を引きずりおとす。
水面から排出された「なにか」はその重みで急速落下してきたので、慌てて反対の手で短い魔法の杖をつかう。丸く円を描くように、水色の魔力で渦潮を。
そのデジャヴは、リアルにあの日の再来を確信させた。
「部品」
そうとしか見えなかった。
人の心臓のような(というのは医学者ではないリアルの妄想的思い込みだが)構造の落し物を、リアルは大事に抱えて帰った。
ゴーレムの胸の部分には、ほんのわずかな削れがあった。
そこに爪を引っかけて、上に持ち上げると、薄い皮膚が瞬時に硬くなり、二十センチ四方の扉のように開く。
ここに今日の部品をはめ込んで……
リアルは祈った。
心臓が虹色の光沢を帯びて、ゴーレムはそのまつ毛を震わせた。
予定より長引いて、四話くらいになります…!




