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水の街1

 

 水の街シルファニア。

 すずやかな青灰色のレンガ長の街並みに、みずみずしい花々が咲き誇っている。窓枠や石垣から溢れるような植物の輪をくぐって、ピチャピチャ、足音を鳴らしながら子どもたちが走っていく。


 水しぶきを飛ばされた少年・リアルは顔をしかめた。眼鏡に雫がぷつんとついて、視界がおかしくなってしまったからだ。


 階段から立ち上がり、水たまりで湿った靴の底をすこし拭いて、用心深い足取りで家の戸を開ける。


「はー。朝早くから待つもんじゃない……外がうるさいったら」


 いつもに増して街が賑わっているのは、今日が月に一度の「水祭り」の日であるからだ。

 窓から空を見上げると、太陽が青色に光っている。

 それが合図。


「しかも濃い青。今日は何かいいものがやってくるかもな……!」



 ♪世界中の水路が通ずる場所 水の街シルファニア♪

 ♪水路が交わる日 輝かしい今日♪

 ♪この手に 良い巡り合わせがありますように♪


 外から歌が聞こえてくる。

 開けっ放しの玄関ドアから、風にのっていかにもさわやかに、みんなの期待を乗せて。


「……はあ。でも俺は、珍しい落し物なんて拾ったことないけどさ」


 眼鏡をぎゅっと顔に押し付けるようにかける。

 このように、目が悪いことと、足が遅くて他の人に先を越されるため、リアルはめったにこの日の恩恵に預かれなかった。


「んーと、これまで拾ったガラクタは、この魔法の杖に変えちゃって……」


 初級の魔法の杖。子どものお小遣いでも買えるくらいのありふれたもの。でも、早くに両親を亡くしたリアルにとっては贅沢品となった。

 魔法の杖を上着のポケットに、眼鏡をしっかりかけ直して、ブーツはできるだけ新しいものを履いた。


「さて。いいものあるかな」


 リアルも、水の街の祭典に赴く。



 中央広場から、ファンファーレが甲高く鳴り響いた。

 太陽はいよいよ青さを深めて、空よりもなお青くなる。

 周りを霧のようなリングが囲った。


 ゴゴゴゴゴ……と地響きのような音。

 この街の地下、あらゆる水路の中を、世界中の水が押し合い圧し合い駆け巡っているのだ。

 そして吹き出す!

 中央広場の一番大きな噴水から、水の大木のようにグングン登っていった。

 太陽が水で隠れた時、街をおおっていた神秘なる結界に沿って、水が薄く広がる。

 水面のような網目の中に、キラリと光る「落し物」があるのだ。


「見つけたぞ!」

「あっちに行ったわーっ! きゃー!」


 街の人たちはそれぞれのお目当ての品を追いかけて、街を縦横無尽に駆けていく。

 民族衣装の水色と青がひるがえって、上空から見ると人々こそが水の流れのように見えただろう──(それを青い太陽は笑って見ているだろうか。)


 そんな詩的なことを考えながら、リアルはすっ転んでいた。

 広場の端っこで、大興奮の子どもたちに押されて負けてしまったのだ。

 転んだまま、仰向けになり、睨むように太陽を見ていたからそんな皮肉っぽい言葉が頭をかすめたのだろうか……

 パタパタ、と頭に雫が落ちてきて、くすんだ金髪をすっかり濡らしてしまった。

 この街では珍しい色を太陽は注目して見ているかもしれないな、なんて、全部リアルの戯言まけおしみである。


「雫がこんな風に落ちたってことは……そろそろ噴水も終わりなわけで」


 落し物は主に、最初の方にいっせいに噴出される。


「水路で蓋になって溜まっていたものが、最初に押し出されるからだ」


 みんなはこれを神秘的なものに例えようとするけど俺はもっと頭がいいんだから……ただの愚痴だ。



 広場にはもう誰もいない。

 街の端々から、良い落し物を拾ったという証の歓声が聞こえてきていた。


 リアルはもう帰ろうかと、腰をさすりながら立ち上がった。

 すると、ごとごとと異様に重たい音が聞こえる。噴水の方からだ。

 おそれおののきながら近寄ると……ブシュウ! とどこかにぶい音を立てて、残り物が浮かび上がった。


「嘘だろ!?」


 そのシルエットは人間にしか見えなかった。

 まっすぐな黒髪が放射状に広がり、白くほっそりした肢体が放り出されている。

 助けようと、リアルが動いた。


(上空……落下してくるなら、俺があの人体を受け止められる保証はないから)


 リアルは魔法の杖を取り出す。


「指先、震えるな!」


 叱咤は鼓舞だ。


 慎重に丸を描くと、水色の魔力が渦を巻いて、やがて水に変わった。

 空中の渦潮に人間が受け止められて、ようやくリアルの腕の中へ。


「うわ綺麗……」


 夜を切り取ったような黒の瞳、顔立ちはつつましく整って美しい。

 水そのもののような少女だとリアルは思った。


「重ッ」


 魔法の効果が切れた瞬間、リアルは押しつぶされてしまった。



 引きずるように、少女を家の中にはこぶ。

 だって一切動かなかったから。手足はあんなにも精巧なのに。

 そもそも瞬きをしなかった時点で、おかしいということに気づかなくてはいけなかった。

 少女をカーペットの上に置いてから、リアルもその横に倒れこむように転がって、一息つく。


「……ゴーレムかぁ……」


 生体でなくてよかった、と思った。

 もしも生体がこの水の街に流れ着いてしまったら、元いた地域に返さなくてはいけない決まりなのだ。生態系を維持するためのルール。


 リアルが申請したため、少女はこの街の一員として登録された。







読んでくださってありがとうございます。

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