決着
戦況は芳しくなかった。当たり前である。方やただの村人の烏合の衆。言ってみれば、有象無象である。どれだけ数を揃えようとも、戦を知らずに生きてきたただの村人なのだ。方や大きな身体を持つ鬼……、と、言いたいのだが、鬼の様子が違った。ただの人なのだ。普通の人と違う点と言えば、背中に真っ白な翼が生えている事ぐらいであろうか。角も無ければ牙も無い。赤くも無ければ、青くも無い。翼の生えたただの人。それでも、これまでに数多の侵略を受けたのであろう。村人相手では比較にならない程強かった。ただその強さは、他国を侵略する為の強さではなく、自国を守る為の強さであった。そこに降り立つ一人の救世主。そう! 桃太郎であった。
「その侵略を止めるのだ、愚かな人間共よ!」
もう誰もが唖然とするしかなかった。村人だけでなく、オトモー達でさえもである。誰もが自分の耳を疑った程だ。自分達を鬼ヶ島に送り出し、今こそ侵略の時と声を上げた張本人が、村人の侵略行為をまるで他人事のように言い放ったからだ。不平不満を持つ者もいる。何が理不尽だと嘆く者もいる。何が不条理だと喚き散らす者もいる。が、実際問題村人の前に立ちはだかり、鬼ヶ島の救世主の如く出てきたのは、見間違う筈もない、桃太郎という月光という名刀を携えた、【鬼より強い桃太郎】と書かれたワンピースを着た赤子だったのである。意味がわからない! そう叫んだのは、桃太郎ではなかったのか。村人達としては、今の状況こそが意味がわからない! そう叫びたい心境であった。当然だ。オトモーである筈の二匹と一羽でさえも、理不尽だ! 不条理だ! と、叫びたくなってしまったのだから。然し乍、その二匹と一羽のオトモーはある事に気付いてしまった。いや、今気付いたのが遅かっただけだが。この主人公……、桃太郎は、一度自分の物にしたものは二度と手放さないのだという事に。そう、今の自分達の様に。
「愚かなる人間共よ! ここは神聖なる鬼ヶ島であるぞ! 貴様等のような下賤な者が土足で踏み入って良いような土地ではないわ!! 早々に立ち去れぃ!!」
月光を抜刀し、その妖しく光る刀身を眺める桃太郎に畏怖した村人達が、一人、また一人と戦線を離脱して行き、最終的には雪崩れ込む様にして船に乗り込むと、一目散に鬼ヶ島から撤退していった。それを傍目に見ていたオトモーの二匹と一羽は、もうこの人駄目だ……。と、深い深い溜め息を吐いたのだった。
この状況に喜んだのは勿論、鬼ヶ島の住民達である。当然だと言えば当然だろう。ただ、これまでの顛末を知らなければの話ではあるが。だが然し、他国を侵略する気も毛頭無い住民達である。そんな顛末を知っている訳がある筈もなく、桃太郎とオトモー達は、他国からの侵略を防いだ救世主として崇められる事になる。そして、渡された品物。金銀財宝……かと思いきや、何やら一つの箱の様であった。
「これがお前達の宝か?」
いきなりの質問に住民達も怯え、首を縦に振るだけで答える。では仕方無いな……と、桃太郎がその箱を開けると、白い煙の様なものが出てきたと思うと、桃太郎は白髪の腰の曲がった老人に。犬は元の灰に。猿は毛の色と同じ白骨に。雀は……、その煙から逃げ出す事に成功していた。
鬼ヶ島、その住民の先祖は遥か遠く、亀を子供達から助け竜宮城という所で玉手箱を貰った青年と、助けてくれた老夫婦の為に自分の羽を紡いで布を織っていた鶴へと辿り着く。そう、浦島太郎とあれ? 誰であったであろうか。まあいい、あの鶴子である。そんな奴は知らないと言われても、もう鶴子は鶴子で良いのである。そう、桃太郎は玉手箱を開けたのであった。
偶にはこんな主人公でもいいじゃない。本当は駄目なんだろうけど……。




