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冬眠していた魔法使い

「うわーん、クロヴィスなんて大っ嫌いだぁあああ」


 僕はそう叫んで階段を駆け上がり、その部屋を開けた。

 そこは、果樹の生い茂る森だった。

 ゲーム内では、所々で果物がとれてホクホクだったが、途中何度も魔物に襲われた。


 でも今とあの時では装備が違う。

 この魔法の杖があれば楽勝、のはずだ。

 僕はそう思った所で、ニョロンと緑色の蔓が動くのを見た。


 以前にも出会った多分、あの魔物である。

 蔓が絡みついてニョロニョロして、エロい思いをさせるあの……というか、女の子にぜひやって欲しいあれである。

 間違っても、男に絡みつくものではないと思うのだ。


 だが、今までの経験上、こういった触手は僕を襲ってくるのだ。

 だから早めに攻撃を、と僕が思った所で、足にぐるんと何かが巻きつく。

 僕は血の気が引く思いで足下を見ると、緑色の蔓が僕の足にぐるりと絡まっている。


 こうなってしまえばもう次の展開は予想できた。

 けれど僕は諦めるつもりは毛頭なく。


「た、確か炎の魔法はこれで、えっと……ってうわぁあああ」


 そこで片足が引っ張られるように宙に浮き、逆さ吊りにされてしまう。

 しかもちょっと高い場所にいるせいか、木々や花に隠れるように存在している緑色のうねる蔓が見える。

 更にその蔓は、また数本こちらへと伸びようとしていて、


「絶対ににょろにょろされてたまるか! このっ、“火球(ファイヤーボール)”」


 杖を掲げながら即座に発せられた簡単な魔法。

 炎の塊を放出するそれだが、この蔦のような植物には効かなかった。


「しまった、炎じゃなくて、氷じゃないと……というか服を引っ張るな、うぎゃあ」


 そこで僕は、服を引っ張られてまくり上げられる……では無く吊るされているので、下げられてしまう。

 しかもその服で視界が覆われて、よく見えない。

 ひんやりとした大気が肌に直接触れて冷たい。

 そこでブチッと、僕の足に絡まっていた蔓が切られたらしく、僕は地面に落ちそうになって、誰かに抱き上げられる。


「まったく、勝手に飛び出していったかと思えば、すぐに捕まって……何をやっているんだ?」

「わ、悪かったな!」


 と、クロヴィスの前で目の前の蔦が鍵を差し出している。

 それをクロヴィスが受け取り、次に僕を見て、


「陽斗を抱いたままだと鍵が受け取れないからな、代わりに受け取れ」

「分かった……」


 僕は言われた通りに鍵を受け取ったのだった。





。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




 次の部屋は、じめっとした、来る途中の森の様な場所だった。

 小さな水の流れる川の様な物があって、大きな岩が転がっているこの場所は、そこかしこに苔やキノコが生えている。

 ちなみにここにあるキノコは、毒キノコエリアと食用キノコエリアに分かれており、どっちも有用だ。


 毒キノコは少量であれば他ものもと混ぜて、薬になるのである。

 敵もネズミのような奇妙な生物だったはずだ。

 そう思っていた所で、二足歩行する僕よりも背の高いシイタケの様な生物が現れた。


 ここに顔を描けば可愛らしいキャラクターになりそうな気もするが、顔は何もない。

 そんな茫然とする僕に、クロヴィスが囁いた。


「これが部屋のボスみたいだから、頑張って倒してこい」

「ええ! ……というか、ネズミの様な魔物に喰われているんですが……」


 そこでそのシイタケの様なボスは、ネズミの様な魔物に襲われて食いつかれている。

 だがそこで、シイタケが震えた。

 ぶるぶると震えると同時に、かさの部分から胞子をまき散らし、それに触れると魔物達は力が抜けたように地面に落ちている。


 びくびくと震えているのを見ると痺れ薬か何かの様だ。

 こういった毒を振りまく敵って、地味に倒すのが大変なんだよな、色々な毒消しの薬を使わないといけないしと僕が思っているとそこで、キノコが僕達の方を向いた。

 そしてまるで僕達の動向を観察するようにじっと見てから、僕の方に突進してくる。


「なんで! こ、この……“火球(ファイヤーボール)”」


 簡単な魔法を再び使ってみる。

 キノコの上の部分に当たり、炎が燃え上がる。

 慌てる様なキノコ。


 意外に簡単に倒せそう……にみえるけれど、本当にそうだろうかと思う。

 そもそもこんなキャラはゲームには出てきていない。

 そこでそのキノコは、くるりと宙返りをしたかと思うと、自分の頭を地面にこすりつけて火を消してしまう。


 うにょんとした体の動きを見せ再び元の体勢に戻るキノコ。

 なんだこのキノコは、と僕は思いながら再び、


「輪を描き、敵を滅せよ! “円環の炎(リング・フレア)”」


 同時に僕の杖から赤い炎のような光が零れ落ちて地面に魔法陣を描き、わっか状の炎が幾つも吹き出すように生まれ、それが飛び跳ねる様にキノコに向かっていく。

 転がり、飛び跳ねるその炎の輪をキノコはよけていくがそこで、後ろからはねかえった炎の輪がキノコに輪投げの様に入っていく。


「みぎゃああぁああ」


 変な声が聞こえると同時に、その炎が大きく膨れ上がる。

 対象となる敵に触れた瞬間に燃え上がる、これはそんな魔法なのだ。

 そしてようやく炎が消える頃には、黒焦げになったキノコがいて、


「みぎゃ、みーみー」


 と叫びそして、僕の方に鍵を投げてくる。


「もしかして、僕の勝ち?」


 そう聞くとキノコは無視して何処かに消えていく。

 何だか変な感じだなと思っていると、僕の頭をクロヴィスがぽんと叩いて、


「なんだ、一人でできるじゃないか」

「う、うう……今回はちょっと頑張っただけだから。というか手伝ってよ!」

「陽斗がどうしようもなくなった時は手助けしてやる。それ以外は、陽斗の成長のために見守ってやるよ」


 そんなクロヴィスに、何でそんなにスパルタ教育なんだと僕は小さく心の中で呟き、次の階へと向かったのだった。




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




 こうして僕達は更に階段を上っていく。

 他にも色々な部屋が10個ほどあり、色々あった。

 正確には僕が、色々な目に遭った、だが。


「もう、もうぬるぬるべとべとは嫌だようぅ。何で僕ばっかり狙うんだ! クロヴィスが、アンアン喘いだって良いじゃないか!」

「ほう、助けてやった俺に対して、その言い草はなんだ?」

「だって二回も、そう、二回も僕は服を変える羽目になったんだぞ!」


 僕は怒ってクロヴィスに言い返す。

 色々な部屋には、確かに魔物もいたし、その部屋のボスも個性的だった。

 けれど雑魚の様な魔物の中には、服を溶かすスライムっぽい粘性の液体や触手――それもつるつるとした金属っぽい物や幾つもの突起が付いた物、ぬるっとした物まで種類が富んでいる。そんな触手事情なんて知りたくないと僕は経験して思った――に僕は襲われたのだ。


 しかもその全てをクロヴィスは初めの方は見ているだけなのである!

 それはそれは楽しそうに。

 僕は嫌がって悲鳴をあげて喘いでいるというのに、なんて薄情な奴なのだと思うのだ。


 更にこの服を溶かすスライムは酷くて……ほとんどの服を溶かされた。

 そこで何故かいつも以上に怒った様なクロヴィスに僕は助けられたのだ。

 それからはもう少し早めに手助けしてくれるようになった気がする。


 でも僕は思うのだ。

 ゲームには……こんな種類豊富な触手はいなかったと。

 確かに全年齢対象のゲームだったので当然といえば当然だが、そんなシーンは入れられないだろうと思うくらいに僕は恥ずかしい思いをさせられた。


 しかも途中で、触手の“池”の様な物があって、絶対に引きずり込まれてたまるかと思って僕は頑張ったのに引きずり込まれた。

 酷い設定を付けやがってと僕は思いながら、今また階段を上っている。

 次で最上階のはずだった。

 ゲームの中ならば。


 この先の部屋が実はその古の魔法使いの部屋であり、そこに祭壇があったはずだ。

 その祭壇には、空を飛ぶ物を撃ち落とす魔法の核となる物が置かれていて、それを壊すとその古の魔法使いが変身したドラゴンの様な生物が襲ってくるのだ。

 ちなみにそのドラゴンの様な生物はとても強くて、苦戦した記憶がある。


 けれど今はもうすでにゲームとこの世界の事情が随分と変わっているので、この扉を開くと全く違う展開が待っているかもしれない。

 そう思いながら警戒して僕は、その扉をゆっくりと開いて……もう一度締めなおした。

 自分が今見た物が信じられなかったからだ。


「どうした、陽斗。早く開けないと入れないだろう」

「ク、クロヴィス、何でそんなに落ち着いていられるんだ、というか……クロヴィスだって見ただろう、今の!」

「ああ、見たな」

「あれじゃ入れないじゃん!」


 僕はそうクロヴィスに言い返すと、クロヴィスは深々と溜息をついて、


「もう少し頭を使え。どうしたらあの、そのドアの入口の目の前に寝ているドラゴンの様なものをどかせられるかを」

「そんな事を言っても、えっと、確か力が強くなる魔法は……」

「確かあいつ、寝起きは凄く機嫌が悪いぞ? 無理やり起こすと何をしでかすか分からない」

「そんな! ……というか、クロヴィスは知り合いなの? 知り合いなら、クロヴィスが起こしてよ!」

「それも訓練の一つだ。さあ、考えろよ」


 そんな事を言ってもと思いながら僕は、ひんやりとした風が扉を開けると感じる。

 次に目の前にある、トカゲのような肌を見て……嫌な予感がした。


「……まさか、冬眠しているって事はないよね?」

「そうだぞ、陽斗も考えればできるじゃないか」


 クロヴィスが、僕の嫌な予感を正解だと言ったのだった。




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




 このドラゴンの様な物は冬眠しているらしい。

 クロヴィス、いわく、


「大方、気温の調整を間違えたんだろう」


 そう言って、クロヴィスは軽くこんこんとそのドラゴンの様なものを叩いた。

 びくともしないし、起きもしなかったので良かったのだが、僕は、


「無理やり起こしたら、寝起きは機嫌が悪いって言ったのはクロヴィスじゃないか! なのにこんな事して……」

「これ位は大丈夫だと思う」

「止めてー! というか気温調整を間違えるって……」

「まあ、振られたばかりだからな、意気消沈して何かを間違えたんだろう……ああ、地下にここはあったから、暖房設備付ける前に冬眠しているんじゃないか?」


 それって生死にかかわるんじゃないかと僕は思ったけれど、どうも生きているみたいなので深く考えない事にした。

 それで、冬眠から目を覚まさせるにはどうしようかと思って、僕は考える。

 ようはこのドラゴンの様な生物の体を温めなければならないのだ。


「体を温めるっていうと、雪山なんかで肌と肌を合わせて~とかあったような……」

「……分かった、ヒントをやろう。このドラゴンの皮膚は、ちょっとやそっとでは燃えない。温かいなと思う程度だ」


 何となく思いついた事を言うと、クロヴィスがヒントをくれた。

 それを聞いて僕は、つまりこのドラゴンの様なものに向かって炎の攻撃をすればいいんですねと気付いた。

 なのですぐ様、炎の魔法を選択し、連続攻撃を仕掛ける。


 それから約十分後くらい。

 そのドラゴンの様な物がぴくっと動いて、もしやあと少しかなと思ってもうしばらく連続攻撃をする事、約五分。


「ふあああああっ、良く寝た。……あれ、何で僕は寝ていたのかな」


 穏やかそうな男性の声が聞こえる。

 もちろんゲームの中では、ぐぎゃあああ、といった獣の吠え声しかなかったので変な感じだ。

 そこでそのドラゴンの様なものが、


「うーん、まあいいや。それで起こしてくれたのは……とりあえず人型に戻った方が良いようだね」


 呟くと同時に、そのドラゴンから光が放たれて、一人の男性を形作る。

 穏やかで柔和そうな、白髪に銀のモノクルをつけた魔法使い。

 手にはあの“琥珀の炎”を持っている。

 そこで彼はクロヴィスに気付いたらしく、大きく目を見開き、


「え、あれ? クロヴィス?」

「ああ」

「……それに他に人がいるって事は、まだ“世界”は滅んでいない?」

「そうだな」

「というかクロヴィス、どうしたんですかこんな所で」

「この陽斗が引きこもりになりそうだったから戦闘に連れてきたんだ。たまたまこちらの方に依頼があったからそういえばと思って起こしに来た」

「クロヴィスにしては珍しいですね……でも、なるほど。クロヴィス好みの子ですね」


 頷くその魔法使いに僕は、何ですかそのクロヴィス好みって、そもそも、


「ぼ、僕は男です!」

「あ、うん、そうだね……。そう言えば君の名前は? あ、僕の名前はウィルワードです」

「ウィルワードさん……僕は、陽斗ハルトです」

「いやー、君は()()()()だよ。このままここに居ても死んじゃっただろうしね。遅いか早いかの違いはあったけれど」

「? は、はあ。あの……えっと、クロヴィス」


 そこで僕はクロヴィスに聞いてみた。


「この依頼って、どんな依頼なの?」

「この辺りで適当に魔物を狩ってくる依頼だ。ついでにここにいるこいつを、眠らせたままにしておくのも何となくと思って起こしに来た」


 そんな理由で僕はここに連れてこられたのかと思っていると、そこでウィルワードが、


「それで今外はどうなっているのかな。あれから何年だっけ」

「三年だ」

「短いけれど、でも外は少しは変わったかな。三年間行方不明に僕はなっていたわけだし、“世界”が滅んでいないなら外に出て今までみたいに暮らすか」


 背伸びをするウィルワードに僕はこっそりクロヴィスに、


「“世界”が滅ぶってどういう事?」

「さあ、恋人に振られて世界の終わりだ―ってなったんじゃないのか?」

「……そ、そうなんだ」


 それ以上聞くのも悪い気がして、その内僕の家を訪ねるとウィルワードと約束をして僕は、クロヴィスと一緒にそれから家へと帰ったのだった。




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"





 帰りにギルドに寄って、戦闘の依頼をクリアしたことを伝える。


「では残る戦闘の依頼は、3つですね」


 受付のおじさんがそう告げた時、僕は驚愕の思いでクロヴィスを見上げた。

 クロヴィスはそんな僕を楽しそうに見ている。


「いつ俺が、戦闘の依頼を一つしか受けていないと錯覚していた」

「で、でも……く、これからの予定、幾つも埋める気だったり?」

「もちろん。俺と二人っきりで、頑張ろうな」

「……せ、せめて、他の仲間にお手伝いしてもらうとか……」


 今回だって結構大変な思いをしたのだ。

 なので仲間のありがたみをとてもとても僕は感じてしまったのだけれど、そこでクロヴィスは面白くなさそうに、


「そんなに他の奴と一緒がいいのか? 陽斗は」

「え、だって……僕ばかり戦うの大変だし。あ、クロヴィスに全部お任せでいいなら、いいよ?」


 ニコッと僕は笑ってクロヴィスに言った。

 それにクロヴィスも微笑み、


「そうかそうか。……やはり陽斗には再調教が必要だな」

「調教!? い、いや、あの、僕……」

「怠け者の魔法使いには丁度いいだろう。これから連日頑張ろうな。俺と一緒に」

「で、でも僕……うう」


 クロヴィスは僕の言葉なんて聞いてくれないようでした。

 はあ、明日からまた大変なんだなと思って、やっぱり絶対誰か連れて行って手伝ってもらおうと僕が心に決めているとそこで、


「あれ、また依頼が増えている」

「ああ、それは急ぎの依頼で、納品が本日中なんだ。その分依頼料は多くなっているよ」


 受付のおじさんが言うのを聞いて僕は、材料もあるのですぐ出来る依頼だと気づいて受付に持っていく。

 依頼内容は“水晶石鹸”を十個だ。

 しかもお値段もポイントも結構いい。


「これで資格ポイントも貯められる」


 僕は喜んでその依頼を受けるとそこでクロヴィスが、


「そういえば陽斗、今はレベルはいくつになっている?」

「確か資格の魔法使い証明書の紙に、魔力を通すと表示されていた気が」


 そう思って僕は、レベルを見ると35と表示されている。

 但し魔力などは、とても多くて吹き出しそうになったが。

 そういえば、レベルを見たのはここに来て初めてだった。


 どうせ“1”からだろうと思って油断しすぎていた気がする。

 まさかこんなにあるなんて……待てよ。

 ここでこれだけ力があったり、そこそこレベルが合ったりすると、更に危険な依頼を受けさせられるのではないだろうか。


 それでは僕は、引きこもれない。

 なのでこれは、クロヴィスに気づかれてはならない事項だ。

 そんな僕にクロヴィスは、


「それで、どれくらいまでレベルが上がったんだ?」

「え、えっと、現在のレベルは9です」

「嘘だな」

「!」


 即効で嘘がバレました。

 そしてそんな僕を見てクロヴィスがにやぁと笑う。

 僕の頭の中で警鐘がなる。

 なので、ジリっと僕は後ずさりしてから、


「だ、誰が言うものかぁあああ」

「待て、陽斗!」


 クロヴィスの声が聞こえたけれど僕は全力で疾走して、僕は自分の家の前まで来てようやくクロヴィスに捕まる。


「は、放せ」

「逃げ足だけは速いな。今までで一番速かったんにゃないのか?」

「う、うう、絶対に言わないんだからな!」


 僕がそう抵抗した所で、ぼんという音とともに、僕の家の煙突から黒い煙が吹き上がったのだった。

 



。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"





 僕の家が、危険で危ない!

 ここで突然宿なしになってたまるかと慌てて僕は家のドアを開いた。

 そんな僕が中で目撃した光景といえば、ライが必死になってフィオレを止めている様子とそして、家の中を走り回る黒い謎の物体だった。


「僕の家に、謎生物が住み着いた……」


 しかも丁度、魔法の暖炉兼調理道具から、またも黒い物体が飛び出して走り回っている。

 一体何が起こったのだろうか。

 僕がそう思って固まっていると、ライが近づいてきて、


「ごめん、陽斗、折角泊めてもらっているからフィオレと一緒に食事を作ろうとしたのだけれど、フィオレが料理を作ったら全部失敗してこんな風に」

「……失敗?」


 天井や壁すらも走り回る黒い物体を見ながら、僕は反芻する。

 何をどうしたら失敗してこれになるのか?

 黒い灰が出来るのは分かるけれど、これは蠢いている。


 現在その謎の物体を、我が家の飼い猫タマが追いかけ回している。

 それを見ながらそこで僕は思い出す。

 フィオレには確かメシマズ属性と共に、植物を育てる謎の特殊能力があったはずだ。


 ゲーム内でのイベントでは、谷を越えるために、巨大綿毛の植物を育てて、それの一つに捕まりながらその谷を越えたのだ。

 その植物を育てる様に、灰を育てて何かに変化させてしまったのか。

 とはいえ、ネズミと同じくこんなものに走りまわられては困る。なので、


「この黒い生物を捕まえるのを手伝って。クロヴィスも!」

「……」


 けれどクロヴィスは、黙って無表情にフィオレを見ている。

 どこか遠くを見るような、けれど冷淡な眼差しのクロヴィス。

 どうしたんだろうと僕は思いながらも僕は、


「クロヴィス、手伝ってよ」

「あ、ああ、そうだな……」


 そこで僕の方を見て、クロヴィスが微笑んだ。

 何処か寂しそうな微笑みでそれが僕は引っかかるけれど、それ以上は僕は追求しなかったのだった。




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




 そんなこんなで、謎生物を倒した僕達。

 仕方がないので僕がご飯を作った。

 お昼も兼ねたそれは、パンとビーフシチュー(のようなもの)とサラダ、そしてスパイスティーであるチャイのようなものだ。


 チャイのようなものは、この世界にもシナモンやカルダモン、ホール状の黒胡椒や紅茶のようなものがあり、それを煮だした液に砂糖とミルクを加えて濾したものだ。

 現実世界でも時々作っていたが、体が温まるし、インスタントのものと違って自分で作ると格段に美味しい。

 なのでそれを作ってみたのだ。


 また、手作りドレッシングをかけたサラダは好評だった。

 そんなこんなで話しながら、そこでライが、


「それで戦闘はどうだったの?」

「うん、かくかくしかじかだった」

「へー、伝説の魔法使いが冬眠していたんだ。そのうち会えるといいね」

「うん、ここにそのうち立ち寄るって言っていたよ」

「本当か!」


 そこでライと僕の会話にフィオレが全力で食いついてきた。

 目を輝かせているフィオレに僕は、


「フィオレ……もしかしてファン、とか?」

「ファンじゃない! 尊敬する方だ! あらゆる魔法の知識に精通し動植物や素材に関しても深い造詣ぞうけいを持つ素晴らしい方だ! けれど数年前に行方をくらませて……きっと、誰にも言えない世界の悪意と戦っていたに違いないと僕は思っていたのです!」

「……えーと、恋人に振られて引きこもっていたらしくて……」

「……いや、あの尊敬する方がそんなはずはない!」


 フィオレは僕の話を聞きませんでした。

 なので僕は、夢を見るのはいい事だと思って、放置しておくことにしておいたのでした。





。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




 そんなこんなで昼食会が終わり、珍しくクロヴィスが自室に行って休むと言いだした。

 もしかして、午後は別の戦闘の依頼に連れて行かれてしまうのではと僕は警戒していたけれど、そんな事はなかった。


「……よし」


 つい口に出してしまう僕。

 だが、それは迂闊だった。

 目の前にはまだクロヴィスがいて、僕を見ている。


 まずい、何でつい口に出してしまったんだ僕は……そう僕が焦っていると、そこでクロヴィスが僕をじっと見る。

 まるで食い入るように僕を見つめていて、それに僕は居心地の悪さを感じる。

 一体クロヴィスはどうしたのだろうと思っていると、そこでクロヴィスが僕の肩を掴んで抱き寄せ、そのまま抱きしめる。


「ど、どうしたの? クロヴィス」

「……抱きしめるのには丁度いいサイズだな、陽斗は」

「え? は、はあ……」

「このまま安眠のために連れて行くか。ベッドに」

「ま、待てぇぇええ、僕を抱き枕にするなぁああ」

「日ごろこの俺がついて行ってやっているんだからその分を体で支払え」

「べ、別に頼んでないし! というか、どうしたの? クロヴィス」


 何だかいつもよりもクロヴィスが弱っているように見えて、僕は問いかける。

 それにクロヴィスは、ふっとほ微笑んで、


「……少し昔の事を思い出しただけだ」

「そういえばウィルワードさんも古い友人なんだっけ、クロヴィスの」


 その言葉にフィオレが大きな音を立てて立ち上がって、嬉しそうにこちらを伺ったのは良いとして。

 このクロヴィスの友人というのも、珍しい気がする。 

 そういえば女装をさせられた時に出会った、クロヴィスの親衛隊らしい女の子が言うには、クロヴィスは孤高の存在だったらしい。


 どちらかというと傲慢さもある嫌みなイケメンでありながら、時々は優しさを見せるこのクロヴィスに友人がいるのも少し不思議な気がする。

 何か過去にあったのかなと思いつつ、ゲーム上ではクロヴィスの過去にはあまり触れられていなかった。

 多分製作時間か予算の関係なのだろうと、邪推しつつ流していた僕。


 攻略本も購入して(主人公達の女の子が好みだったので、全イベントをコンプリートしようとしたため)読んだ中にはとくそこまで触れられていなかった。

 しかもあのウィルワードと友人という設定も知らなかった。

 どんな接点があるのだろうなと思っているとそこでクロヴィスが、


「友人……というか、友人を押しつけられたんだ」

「え? それは友人、なのかな?」

「絶対にあいつが譲らないから、面倒になって放っておいた」


 酷い答えだなと思いながら僕は、


「でも起こしに行こうと思ったのはクロヴィスの意志だし、“友人”なんじゃないかな」

「そう……なのか?」

「そうそう、腐れ縁でも、そうやってクロヴィスは友人として心の何処かで思っていたんじゃないかな」


 それにクロヴィスは沈黙して、僕は何となく良い事を言った気になった。

 けれどそこでクロヴィスは僕から離れ、深々と頷き、


「それはないな」

「ええ!」

「今回は起した方が面白そうだし、陽斗のレベル上げのためにも必要だったからそうしただけだ。だからあれは友人じゃない」

「……何でそんなに友人であるのを否定するかな」

「……陽斗もあれの友人をやれば分かる。紹介してやろうか? もっとも近いうちにここを訪ねるらしいが、大変だな」


 にやにやと意地悪く笑うクロヴィスに僕は、もしかしてあの人の良さそうな伝説の魔法使いは、思いのほか曲者なんじゃないかと不安を覚えたのだった。




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