知らなかった秘密
「あの猫が……」
クロヴィスが先ほどから延々と繰り返し、呪詛のように呟いている。
声をかけることの出来ないような怒りのこもった声。
なのでフィオレとリリスは黙ってクロヴィスの後を追いかける。
先日の件もあり、フィオレはクロヴィスにどう声をかければいいのか分からなかった。
目の前に次々と現れる精霊型の魔物を、クロヴィスは八つ当たりをするように、その剣で紙のように切り裂いている。
先ほどからフィオレもリリスも手出しできないような様相だった。と、
「行き止まりに見せかけて塞ぐか。こんなもの俺には通用しないのにな」
その一言で、亀裂が入り壁が崩れる。
フィオレは今、目の前で何が起こったのかすら分からなかった。
フィオレ自身、自分が非常に優秀な魔法使いだと自覚している。
だがそんなフィオレでもクロヴィスという人物は近づけば近づくほど得体のしれない“何か”に感じる。
そこでふっと光が走るのが見える。
なんだろうと思っているとそこでリリスが、
「今の光の魔力、タマの気配がほんのちょっとしたかも」
「陽斗の気配は?」
「うん、それは簡単にわかるよ。僕の本体を陽斗が持っているから」
「それで……クロヴィスの走っている方向はあっているのか? 迷いがなにもないようだが」
「……うん、完全に正解としか思えない」
口ごもるようにリリスがそう答える。
それほどまでにクロヴィスは陽斗に夢中なのだ。
何となくフィオレはもやもやしてしまう。
恋人はアンジェロ以外の人間、クロヴィスも含めて眼中にない。
ただ、クロヴィスには、惹かれるのだ。
うまく言葉に出来ないけれど、何となく側にいたいというかそんな妙な感覚。
だから、あんな風に拒絶されたのが精神的にこたえているのだろうか?
好意が無碍に扱われたことは、そこそこな人生を生きてきたフィオレでも何度か経験はした。
でも、その時の嫌な感覚と違うのだ。
そう、あえて言うならば変に持ってしまった“期待”に対する、“罪悪感”だ。
フィオレはクロヴィスに、悪い事をしてしまった感覚。
だからきっと、初めから、もっと早くフィオレは、こう言えば良かったのだ。
「あの、クロヴィス」
「……何だ」
「その、ごめんなさい。不躾な質問をしてしまって……」
クロヴィスは沈黙した。
フィオレも、変な冷や汗が垂れるような緊張した感覚があって、そこで精霊型の魔物が二体現れる。
クロヴィスの剣が横に凪いだ。そして、
「……俺も大人げがなかった」
小さくポツリとクロヴィスが呟く。
許すとか他にもなにかいうわけではないけれど、この傲慢な魔法剣士からそれが聞けただけでフィオレは最大の譲歩に感じて小さく微笑んだ。
その一方でクロヴィスはそんな自分に戸惑っていた。
既に切り捨てたはずの存在で、もう何をいってこようと何も感じない、耳障りな羽虫のように騒ぐのであれば何の感情もなく“消せる”だろうと思っていた。
なのにどこか期待するようにそれを聞かれてクロヴィスは怒りを感じてしまった。
もう全部、興味なんてなかったはずなのに。
ここの所クロヴィスは自分がおかしいと気づいていた。
全てが色あせて退屈で、あってもなくてもどうでもいい、ならば消してしまったほうが“楽”なのではないかと思ってしまった。
ただ、そのまま“消す”のも面倒だと思って、何となく放浪している内に……今まで感じたことのない奇妙な魔法を目にする。
垣間見たのはこの世界に似た何か。
そしてそれを見て、楽しそうに、嬉しそうに微笑む……。
一瞬で魅了された。
“欲しい”という激情が自分の中に生まれて、感じるより、気づくより先に体が動いた。
そこに引き起こされている魔法に干渉し、奪い去る。
ぼんやりとした瞳のそれは力は感じるのにとても“弱い”。
だからすぐにその発動した魔法の一部を切り取り、この世界に似た何かを、それが認識しやすいものをそれ封じ込め、この世界に適応しやすいようた、世界の“理ことわり”に触れて、変化させた。
正気に戻るのを待っていても良かった。
けれど印象的な出会いがいいと、我儘な感情が自分の中から湧き出てしまう。
だから不安そうに歩いて行くのをつけていき、中々魔物と当たらない運の良さに舌打ちしそうになりながら息を潜めて追っていったのだ。
そして襲われた所でさっそうと助けに入って、そして……。
「やはり、この俺の傍からいなくなった陽斗にはお仕置きだ」
この俺がこんなにも気にしてやっているのに何事だとクロヴィスは思い、自然と笑みが溢れる。
そしてフィオレ達は、お仕置きという言葉をやけに楽しそうに口にするクロヴィスを見て、これから泣きを見る羽目になるんだろうなと思ったのだった。
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「はっくしゅん。誰かが噂しているのかな?」
「クロヴィスが陽斗をお仕置きだって言っているのかもしれないニャ~」
「……本当?」
「うん、サーチし続けているからそう言っているのも聞こえたよ」
僕は絶望的な気持ちになる。
そんな僕の手にタマが何かを握らせる。
目を落とすと、それは石版だった。
「あと一つだにゃ」
「もうそんななんだ」
「……陽斗は不思議だね。普通のことは疎いのに、この世界の秘密や特別なことは全部知っているみたいだにゃ。でも、僕の好きな陽斗だからそのあたりは適当に流すにゃ」
やはりうちの飼い猫は最高ですとタマを撫ぜているとそこで、
「陽斗、大丈夫か?」
「クロヴィス、皆も無事だったんだね。何だかタマが宝物庫を見つけてくれたんだよ!」
そこでにゃーんとタマがなく。
この猫は有能だなと、フィオレがタマを抱き上げる。
今、認識操作をして獣人から猫に変わったのだけれど、フィオレは猫のままとしか感じていないようだ。
と、僕はそこでクロヴィスから抱きしめられる。
何だか幸せな気持ちがしてぼんやりしているとそこでクロヴィスが僕に意地悪く囁いた。
「よくも俺の傍からいなくなったな?」
「! そ、それは……」
「罰として明日から戦闘三昧だ!」
「い、いやだぁああああ」
そんな僕の悲鳴など何も知らずタマはフィオレにごろごろ言ったり、リリスを頭に載せたりしていたのだった。
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そんなこんなでどうにか家に帰ってくると、ちょうどアンジェロがやってきた所で、何か用かと聞くとアンジェロは大したことはないと答え、
「ただ私が、フィオレを諦めない事に決めただけです」
「アンジェロ……」
「それとひとつ気に入らないことがありまして。なのでもうしばらくフィオレはここにいてください。すぐにすみますから」
ニコニコと笑顔で語るアンジェロだったがフィオレは凍りついてから、
「アンジェロ、怒っているのか?」
「……気のせいです。では、ちょっとこれからまたすることがありますので」
そう言ってアンジェロはフィオレに触れるだけのキスをして、去っていく。
フィオレといえばキスをされてそちらに意識が行ってしまい、引き止めておけばよかったとアンジェロがいなくなってからはっとしたように叫んだのはいいとして。
僕はそこで気付いた。
「あれ、ライはそういえば途中からいなくなったような……」
そこで手を振るライがやってくる。
手には沢山の食べ物を抱えている。
どうやら遺跡に一番後ろにいたので転送されなかったので先に家に帰っていたらしい。
羨ましさに僕が呻いていると、紙袋を僕に差し出して、
「今日の夕食はこれにしよう! マゴットさん家のお惣菜!」
その名前もまた、行列のできる惣菜屋さんである。
なので僕はそんな気持ちが全部吹っ飛んでしまいニコニコしてしまう。
それらをフィオレ達に手伝ってもらいながら机の上に並べているとそこでライが、いつもとちょっと違った雰囲気を醸し出しながら、
「陽斗」
「なに?」
「明日、“上弦の森”に来て欲しいんだ。いいかな?」
「ライが行きたいの? 近いからいいけれど」
「本当? 良かった。約束だよ」
それに僕は特に考えもせず頷いた。
だがそこで渋い顔をしたクロヴィスが、
「明日は戦闘……」
「あ、朝ちょっと行くだけだから」
それくらい近い場所なのだ。
もっとも僕は、そのまま夕方まで逃げてやると決めていたけれど。
そしてそれがある意味で大きな転機になることを僕は、この時、まだ何も気付いてはいなかったのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
マゴットさん家のお惣菜は珍しい味で結構美味しかった。
あまり食べたことのない香草の香りがとてもいい。
スープも美味しかったし、デザートのプリンはカラメルソースにほんの少しラム酒の香りがして美味しかった。
それから普通に部屋に戻り、慌ててあの花を他の場所に移した。
なにか変な夢を見たような気にさせられて、しかも僕の両隣でライとフィオレが喘ぐという展開はお断りしたかったのだ。
そんなこんなで今日はフィオレが真ん中で、僕が端になった。
この前の温泉街でゲットした種から花を咲かせたそれを増やすために色々していたら、既に二人はベッドでスヤスヤと夢の中。
なのでそうなってしまった。
そして明日は、ライと“上弦の森”に……。
「何だか変な感じがする。何が変なんだろう?」
いつもとライが違う気がするけれどそれがわからない。
短い間だけれど一緒にいた友達なので、変化は分かる。
それを考えていると更に眠れなくなって、周りはとても静かで、それが余計に何だか寝付けなくなる。
時折風が吹いて窓の軋む音がやけに大きく聞こえる。
そこでしたの方から、かたんっ、と音がした。
誰かがいるとは思えないし、なので変な置き方をした瓶か何かが倒れたのかもしれない。
そこで再び、かたん、かたんと音がする。
どうやら気のせいではないらしい。
「な、なんだろう。ちょっと見てこようかな」
何かがいるのだろうか。
案外タマが走り回っているのかもしれない。
他にあるとするなら……“触手”があそこに?
お化けよりもよほど怖くて実害のあるあの生物を思い出して、僕は小さく震えてからそんなわけない~そんなわけない~。
そう繰り返しながら階段を降りて台所に向かう。
確かこの辺りの気がすると思っていると、そこでポンと肩に何かが乗った。
「ひょわひょえやわ」
「……僕だよ、陽斗」
その声で肩に乗っているのが誰なのかに気付いた。
「リリス、どうしたの?」
「何だか眠れなくて。……陽斗」
「何?」
「タマを振ったって本当?」
「うん」
「もし僕が告白しても、受け止めてもらえない?」
「……うん、ごめん」
「でも陽斗の一番の杖でいていい?」
「うん、僕もリリスと一緒のほうがいいな」
そう僕は本心から告げる。
この世界にきてそこまで時間はたっていないけれど、リリスと一緒にいるのも僕は楽しい。
そしてリリスにはこの世界に僕が存在しないはずなのに、その頃から一緒にいる記憶があるのだ。
誰かの意図を感じる、作られた記憶。
僕にとって居心地のいい場所が提供されているような、誰かの手のひらにいるような不安。
けれどその短い間でも僕は、リリスと会話するのも楽しくて、何かを一緒にする程度に信用できる。
そこでリリスが口を開いた。
「最近、陽斗都の昔の記憶が曖昧になっている気がするんだ。これが本当にあったことなのか、ここに来て以来、そう思っちゃって」
「……そうなんだ」
「でも記憶の中にある陽斗と今の陽斗とはちょっと違うけれど、でも多分、今の陽斗の方が好きだと思う」
「……そっか」
「だからやっぱりセクハラすることにした」
そこで話が変わったような気がした僕は、首を傾げた所で大きな姿になったリリスに押し倒された。
見上げると舌舐りをするようなリリスがいて、
「一回くらい味見するのはいいよね?」
「え、ちょ、ダメっ……」
「ふふふ、皆もう寝ているし~、って、ふわぁぁあ」
そこでリリスがビクンと体を震わせてのけぞる。
その表紙に元の小さな姿になって、そのまま殺虫剤を掛けられた蚊のようにふらふらとしながら床に落ちた。
そして床にうつ伏したまま、プルプル震えている。どうしたのかなと僕が思っていると、
「もしもの時のために杖を持っていてよかったにゃ。ぺろぺろ」
「あっ、あっ……」
「甘くて美味しいにゃ~」
タマが何処からともなく現れて杖をなめている。
僕の杖をどこから持ってきたんだろうと思いつつ、タマの手際の良さを見つつ、眠くなってきた僕は、
「それじゃ、ごゆっくり」
「にゃ~ん」
「たすけ、あっ……」
リリスのそんな声が聞こえたがお互い想い合っているようだったので僕は放置し、部屋に戻りすぐに眠ってしまったのだった。
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そんな陽斗達の様子をクロヴィスはずっと見て、聞いていた。
そして陽斗がいなくなってから小さく笑う。
「……陽斗は、まだ気づいていないか」
気づかれたくないと思って何も言わないから、何も変わらない。
だからクロヴィスの間にも介入しない。けれど。
「俺も随分と我慢強い」
昔の自分ならば考えられないそれに苦笑するけれど、そんな日々も“楽しい”と思えるから困るとクロヴィスは笑う。
それは全て、クロヴィスのそばに陽斗がいるからだ。
「俺ももう一度眠るか。睡眠なんて俺には必要ないが、な」
クロヴィスはそう呟いて、誰にも気付かれずに部屋に戻ったのだった。
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次の日。
野菜を使ったミルクリゾットに、お肉、そして緑色のメロンのような果実を絞ったジュースの朝食。
普通に楽しく食べた後は、ライとの約束だ。
「それじゃあ、森に行ってくるから」
「早く帰って来い。そして戦闘だ」
「はーい」
僕は素直にクロヴィスに返事をするが、その約束を守るつもりはなかった。
けれどこの時、別な意味で本当に早く帰れなくなるなんて思いもしなかった。
そしてライに連れられて、僕は“上弦の森”にやってきて、ある人物と出会ったのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
“上弦の森”は僕の家から近い場所にある明るい森だ。
木々の葉が風に吹かれてざわめくのを聞きながら、僕とライは小径を歩いて行く。
途中一匹も魔物に出会うことはなかった。
それどころか動物の気配も、小鳥のさえずりすらもない。
まるで魔物も動物も、そして虫すらもこの森からいなくなってしまったようだ。
かすかに聞こえる音も、頬を撫ぜてすぐに掻き消えてしまう風の音、万華鏡のように移り変わる優しい緑色の葉の連なりが生み出す音だ。
他にあるとするなら、地面を踏む僕達二人の足音。
静かすぎる森の中を僕たちは歩いている。
先ほどから、目の前を歩くライとは一言も口をきいていない。
それが僕の不安を煽る。
「あの、ライ。いつまで黙っているの?」
「……陽斗は何も感じない?」
「な、何が?」
「……仕方がないのかな? でももう少しだから」
振り返らずにライはそう答えた。
僕の頬を撫ぜる風がやけに冷たく感じられる。
ライはあろもう少しだと言っているから、目的の場所があるのだろう。
ライとはしばらく一緒に暮らしてきたし、その性格なりなんなりを僕は知っている。
けれど僕は何となく不安を感じて、
「ぼ、僕、やっぱり一回帰る。この森は何かがおかしいし」
「……陽斗は何がおかしいと思う?」
「……魔物が全くいない」
けれどその答えは、ライにとって面白いものだったらしい。
クスクスと肩を震わせながら笑い、
「魔物? 魔物なら陽斗の目の前にもいるじゃないか」
「ライ、どうしちゃったの? え?」
そこで振り返ったライが僕の手を握る。
まるでこの場から逃さないとでもいうかのように。と、
「今日はね、陽斗にある人達に会ってもらいたくて来てもらったんだ」
「ある人達?」
「そう、僕達の“仲間”である“深淵の魔族”がね」
「それは後一つで石版が揃うから?」
その問いかけにライが目を瞬かせて、
「陽斗はたまに人間達が本来知らないようなことを知っているね。魔法についても、何だか空中で指を動かしてから普通の人が知らない禁断の魔法も使うし」
「……ライにはそう見えるんだ」
確かにあの魔法の選択画面のようなものは、他の人達に見えないようだ。
だって一度も突っ込まれたこともなかったし、クロヴィスも首を傾げていたし。
けれどそれも含めて僕はこの世界の人にとって“特別”であり“異質”なことは色々な場面で感じていた。
でも何故今ここでこんな事をいうんだろう?
僕が“異世界から来た”事を暴こうとしている?
その理由は?
“深淵の魔族”に会うイベントはたしかにゲーム内でもあった。
でもゲーム内のあの子は、僕よりももっと普通でちょっと魔力が大きいぐらいの話しか出てこなかったのだ。
その後に説明とともにある事実が伝えられたのである。
だから今のこの展開は少し違う。
そもそもゲーム内に“ライ”は出てこない。
そんな風に思っていると、そこでライが苦笑して、
「ごめん、怖がらせるつもりはなかったんだ」
「……温泉街の時にも、同じような事を言って僕が戸惑ったのに、また聞くの?」
思い出したのだ。この前のこと。
普通の人間とは思えないよといった事を僕はライに言われたのだ。
今考えるとあれは全て布石だったのではないかと勘ぐってしまう。
でもあの時もそう言われて僕は戸惑ったのだ。
なのに聞くなんてライは意地悪だと思ってそう言い返すと、ライが面白そうに笑って、
「嫌われたくないから謝るよ。僕としてはこれから起こるある事があった後でも、本当は友達でいて欲しい」
「……僕は、ずっと友達でいたいと思う」
「そう言ってくれて嬉しいよ。それに、僕達にとって陽斗はとてもいい匂いもするし」
その言葉を聞いてジリっと後ずさる僕に、ライは笑いながら、
「狙ってないよ。ただ僕達にはそんなふうな匂いがして好意を持ってしまう、陽斗はそういう存在なんだ」
「? よく分からない」
「確かにそれだけ聞けばそうだよね。その辺りの話もこれからするかも」
そこで会話が止まってしまう。
再びライが僕の手を引きながら歩き出して、僕も大人しくそれについていく。
と、ライが自嘲するように笑ってから、
「僕はね、何となく……陽斗はこれまでの事も、これからの事も全部分かっているんじゃないかって……期待してた」
「期待?」
「うん、本当は僕、陽斗の力を使っても無理なんじゃないのかなって、疑っていたから。でももしも……僕達が知らない“未来”の事も知っていたりするなら、どうにかなるんじゃないかなって」
「……」
彼らがゲームで主人公に何を望んでいたのか、それを僕は知っている。
けれどそれと同じなのか、それともずれているのかが僕には分からない。
既にゲームとは僕の回りにいる人達は違っている。
でも、一緒にいるのは大好きな人達なのだ。
僕の“日常”に組み込まれてしまった人達。
クロヴィス達はもとより、“ライ”もそうだ。だから、
「……僕が知っている事でも、幾つか違うことがあるから、全部分かっているわけじゃないよ」
「やっぱりね」
「どうしてそう思ったの?」
「いくつか理由はあるけれど……その内の一つは、僕達が“深淵の魔族”と言ってもちょっと怯えただけで、陽斗そこまで怖がらない」
「クロヴィスが何時だって傍にいたから」
そもそも最強のラスボスだしね、と小さく心の中で僕は付け加えると、ライは小さくそれだけじゃないよと笑い、
「クロヴィスに守られていても怖いものは怖いからね。そして無知ゆえに知らないのとは違う。知っているからこそ、陽斗はそこまで怖がらないんだと僕は気付いたんだ。そういった意味でも普通でない知識が、陽斗の中にはある。あ、でもタリ……タマ様が獣人だって気付いていたのにその知識はないようだから、穴があるのかな? だから全部は知らないのか」
自問自答するように呟くライの話を聞きながらそこで僕は気づく。
“魔物”やああいった人型のローレライも“深淵の魔族”に属するとこの世界の人間に思われているのなら、
「もしかして、初めて僕がライに会った時に気づいたの?」
「うん。いつもの冗談で、馬鹿な男でも騙すかと呟いていたらそこに人がいて、会話をしてもこの子は変だなって。ま、あとで色々知ったんだけれどね」
「色々?」
誰にライは僕の事を聞いたのだろうと思って聞くとそこでライは黙ってしまう。
いいたくない話なのだろうか、と、
「すぐに分かるよ。でも楽しかったけれどちょっと長居しすぎた気がするな。本当は、他の人達に僕が“深淵の魔族”だって陽斗がばらしたら、僕達側に連れて行こうかと思っていたんだけれど」
「……え?」
予想外の話に僕は声を上げたけれど、そこで僕は以前の会話で、
「そういえば、魔族であるローレライだとばらしたら連れて行かれちゃうよ、って言っていたよね」
「うん。でも思いの外、陽斗は口が堅いし、タマ様もいるしね。僕も楽しませてもらったよ、フィオレもいい子だしね」
楽しそうに言うライ。
きっとこれまでのような関係にはもう戻れない、そう思っているのかもしれない。
だからわざと楽しそうに冗談めかしていっているのか。
そう思っているとそこで、森のなかの少しだけ開けた場所にやって来る。
木々がその一体だけは生えていないが、その周りに育つ樹の枝で木陰ができている場所。
そこに黒髪、赤い瞳の“深淵の魔族”が二人いた。
この二人のうち一人は、この前に出会ったウィーぜという魔族。
そしてもう一人は、ゲーム内で既に知っている。
「“深淵の魔族”を取りまとめる宰相の、ルーザリオン?」
「……やはりご存知でしたか。ライの推測通り、貴方は普通でない“知識”をお持ちのようだ」
そう、“深淵の魔族”であるルーザリオンは、微笑んだのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
僕の前に現れた、長い黒髪で赤い瞳の美中年。
“深淵の魔族”であるルーザリオンは、“深淵の魔族”の宰相である。
黒を基調としたコートの様な服を着ているが、所々にその地位を誇示するかのように宝石や金細工が付けられている。
全体的には大人しいが、上品な服装である。
そこにいた二人はどちらも同じ様な服装だが、ルーザリオンの少し下がった場所にいる、この前の温泉街や古城で出会ったあの魔族は装飾は少ない。
けれど彼の周りには、あまり良くない何かが渦巻いている。
感覚的にそれを感じたけれど、このルーザリオンは気にしていないようだった。
ちなみに彼と対になるのがタマの父で、軍師である。
このルーザリオンは優しく柔和そうに見えるが、確か設定では結構ドSだったはず。
ただゲーム内では説明役の様な物だったので、そこまで危険は感じなかったけれど。
けれどそれはゲームの中での話だ。
そう思っているとそこで彼は頬笑み、
「よくいらっしゃいました。我らが“魔王”様」
ゲームの中と同じ声で同じ言葉を彼は紡ぐ。
やはり僕の立ち位置は、ゲーム内のミレニアムちゃんと同じようだ。
そう思いながらも、確認の意味を込めて僕は、
「どうして僕なの? 他の……そう、女の子ではないの?」
「それはミレニアムの事ですか?」
「はい」
「……何故彼女の事をご存じなのですか? 我々が貴方をこの世界に呼び出して今までずっと観測していましたが、接触した形跡はありませんよね?」
ほんの少し探るように僕を見てから、ルーザリオンは僕に告げるけれど、僕は沈黙する。
ゲームの事を説明するのは難しいというのもあるけれど、まだ僕がどうしてそれを知っているのかを彼らは知らないようだから……まだ彼らの思惑が分からない以上話せない。
それに今言った言葉の方が気になる。
「僕をこの世界に呼びだしたと、今聞こえたのですが」
「その言葉の通りです。貴方は、我々が“召喚”しました」
ルーザリオンが微笑みながらそう告げる。
それに僕は微妙な表情になりながら、
「あの、だったらどうしてこの世界に連れて来てすぐに教えてくれなかったのですか? そういった“召喚”って、わけのわからない場所に僕を引っ張りこむものなのですか?」
突然スリッパを履いたまま、この世界に連れてこられたのだ。
しかも何の説明もなく。
なので情報を求めて町に向かったが、そこに行く途中に魔物に襲われてクロヴィスに助けられたのだ。
そんな目に遭ったのに、我々が“召喚”しましたなんて言われてもと僕は思うわけで。
そこでルーザリオンが珍しくため息をついた。
「仕方がないでしょう。我々の傍に呼ぼうとしたら、クロヴィスに邪魔されたのですから」
「え?」
「彼はこの世界の“神”です。ですから我々がどれほど望んだとしても、この世界に異世界の貴方様を連れてこようとしたなら彼の“許可”が無ければいけなかったのです。それを我々は失念していました」
「それはどういう意味ですか? というかそれではまるでクロヴィスが僕が“召喚”されたのを知っているみたいじゃないですか」
僕はそう驚きと不安を覚えながらそう答える。
クロヴィスに会ったのは“偶然”のはずだ。
そして僕を助けて主人公の家に案内してくれて、そう、僕の居場所をまるで提供するかのように……。
「あの、どうしてこの世界に僕の“居場所”があったのですか? だって、“召喚”しただけですよね? なのに、ミレニアムちゃんの役目や居場所が僕に?」
「……どうしてミレニアムの代わりだと思ったのですか?」
またゲームの話に持っていかれてしまった。
でも彼らが“召喚”しただけなら、それ以外の僕の居場所は一体誰が僕に与えてくれたんだろう。
まるで僕が不安になったりしないように、居心地が良い様に設定されている様な……。
そしてこの世界の改変というべき現象まで引き起こしている。
記憶すらも塗り替えて……そんなことが出来るのは、
「クロヴィスしかいない?」
「なにがですか?」
「この世界に、僕の居場所を“創る”事ができたのは、クロヴィスしかいないんだ」
「……そうです。貴方の居場所、そしてその力も、持っていたそのアイテムも全て彼が創りあげたものです」
「え、えっと、え、え? この魔法やアイテムも全部クロヴィスが?」
居場所だけだと思っていたのに、どうやら僕の個の力もアイテムも全部、クロヴィスの力によるものらしい。
でも確か、僕のアイテムの中には、
「魔族のアイテムも僕、初めから持っていたのはどうなるんだろう? この前の温泉街でそこにいるウィーゼにもう一個貰ったわけですが、機能はそんなに違わない気がする」
「機能は同じですが、我々魔族の力で作られていますから、その力を追跡することで居場所がわかりやすくなります」
「……お返ししてもいいですか?」
「もしものときにすぐに駆けつけられるよう持っていてください」
返品不可だと僕はルーザリオンに言われてしまう。
何だか発信機か何かを付けられている気がして何となく嫌だ。
そこでふとルーザリオンが呟く。
「何故、この世界の出身で無い貴方がこの世界の事を知っているのか。……そういえば必要な異世界の人物の“召喚”は、ここと似た世界を経由したはず。その世界について知っているから、これから起こることすらも知っていると?」
「……」
「その顔は、思い当たるという表情ですね。そして、その似た世界の“何か”を貴方の体にクロヴィスは再現していれていたように見えましたが……なるほど。それが貴方が使える魔法とアイテム、といった所でしょうか」
今の話を聞きながら、僕もこの奇妙な一致について納得が出来る。
異世界に呼ばれたにしては、ゲームと共通点が多すぎたのだから。
けれどゲームほどこの世界は同じでは無くて、だからここはゲームの世界ではなく異世界だろうと思っていた。
とはいえ確信が持てるほどの物ではなかったけれど、今の話を聞いて、
「辻褄が合うかも。そして貴方が僕を呼豚目に使った似た世界というのは、僕がイメージする“ゲームの世界”で、そこにいた僕と同じ立ち位置の人間がミレニアムちゃんだったはず」
「なるほど、“ゲームの世界”?というものでそれを知っていると、ふむ」
何かを考えこみだしたルーザリオンだけれど、僕としては気になることがある。
それは、どうしてクロヴィスが僕に、僕が“知っている”ゲームの力やアイテム与えたのかということだ。
しかも居場所まで用意して。
「何でクロヴィスは、僕にそこまでしてくれたんだろう? 会ったのは、僕の記憶にはないけれど、その“召喚”した時くらいなのに?」
僕がそう呟くとルーザリオンが言葉を失ったように沈黙した。
あれ? 僕、何か変なことを言ったかなと思っているとそこでライが深々とため息を付いて、
「クロヴィスは陽斗のことをすっごく大好きだから。こと、陽斗に関することには異常に過保護だし」
「……嬉々として戦闘に連れて行かれた印象しかない」
「一緒に遊びたかったんだと思うよ? 好きな子とのデートの様なものだし。良い所も見せられるし。だから僕達が一緒にいると、クロヴィスはちょっと不機嫌だったじゃないか」
そう言われて、周りがどう見ていたのかを僕は知る事となったわけですが、結局、どうして僕を好きになった……のかもしれないのが分からない。
そもそも男だからと思ってみるかクロヴィスには嫌悪感は感じないけれど、恋愛感情で好きかどうかというと……うがががが。
迷う僕を見てため息が聞こえた。
「その様子ではまるで気づいていなかったと」
「で、でも何時好きになったんでしょうか」
「……“召喚”した時に突然現れて奪っていったのを見ると、“一目惚れ”をしたのでしょう。しかも力を与えた後は、この世界に連れてきてから少し離れていて、貴方様が魔物と遭遇した途端に助けに入るという演出までして……まさかあのクロヴィスがあそこまで入れ込むとは思いませんでした」
「え、えっと、そうなのですか」
僕を守るために、不安がらないように力をくれて、居場所を用意してくれて……そして初めは偶然を装って僕に会いに来て、今は一緒にいて。
そして戦闘に行っても、何度もクロヴィスは僕を戦わせつつも手助けしてくれた。
全部それは僕に好意を持っていたからだ。でもそうなってくると、
「でも僕がクロヴィスの“正体”に気付いているって、気づいていないのかな? 聞いてもこないし、僕もラスボス戦は怖いから聞かなかったけれど」
「聞いてこないのは聞かれたくないのでしょう。現状ではクロヴィスが“神”であると誰も気づいていないのですから、聞くことはないのでしょうが……気付いていると疑ってはいるかもしれませんね」
「ぼ、僕が色々気付いているとか?」
「ええ。そして妙にこの世界に詳しい、といったことも含めて薄々貴方が色々とすでに知っていると感ずいているかもしれません。思い当たる部分はありますか?」
「時々、クロヴィスによく知っているなと言われていた気がします」
「なるほど」
「もしもクロヴィスに、正体を知っていると告げたら僕は……クロヴィスとの戦闘に?」
ゲームでは最終の方で正体がわかってそんな感じになっていたけれど、ここでも同じような事がと僕が思ってそう問いかけるとルーザリオンは真面目な顔になり、
「貴方様は本当に自分がクロヴィスにどう見えているのか分かっていませんね」
「え、えっと」
「恐らくは遊びでしょうが、恐らくはそれがクロヴィスの決めている線引きの様なものなのでしょう」
「それを越えると?」
「貴方様がそこまで隠している正体を告げたなら、この世界について知っていると気づかれたならきっと、戦闘なんてさせてもらえないでしょう。貴方様を大事にしているのですから傷つけたりなどできないと思いませんか?」
「つまり?」
「貴方様をクロヴィスが溺愛しているのですから、そうですね……自分の屋敷に連れ込んで監禁状態で抱かれる未来しか思い浮かびません。もう大人しくしている必要はないと」
「……いやいや、まさか」
クロヴィスがいきなりそんな風になるなんて僕は想像できない。
けれどその僕の様子を見ていたルーザリオンが頭痛を覚えたかのように頭に手を当てて、
「……自覚を持ってください。クロヴィスがこの世界に引き込んで力を与えて側にいる時点で、異常なんです。気に入らなければ面白がって、どこともしれぬ異空間を放浪する羽目に貴方様もなっていたかもしれないんですよ!?」
まさかそんな恐ろしいことになっていたかもしれないと聞かされて、しかもそんな可能性のある魔法を使われたのかと僕は思う。
思うのだが、その裏返しは……そう、クロヴィスにそこまで思われていたとは僕は思わなかった。
そしてこのルーザリオンを含めた彼らのクロヴィスへの評価がとても酷いことも分かった。
ゲーム内でもそうだが、僕の接しているクロヴィスはそこまで酷い存在ではない。
反論したいのは山々だがそれを言い出すと話が進まなくなるので、僕はなんとかそれを飲み込む。
代わりに気になったことを聞かないといけない。
だって、多分凄く難しい魔法だと思うのだ。
そうまでしてい世界から僕を呼んだ辺り、僕には彼らの望む“力”があるのだろう。
そもそも、この魔法がクロヴィスがくれたものなら、
「ここに呼んだのだから、僕には、貴方方が必要な力があるってことだよね? でもこの魔法はクロヴィスがくれたものなんだよね?」
「いえ、魔力そのものは貴方様のものです。そう、異世界から呼び寄せた“魔王”であるなら、クロヴィスと同じように“時間・空間”を操ることが出来る力があるでしょう。その力を使えば対抗できるはずですから」
ゲーム内とは少し違う答えを、ルーザリオンは僕にしたのだった。




