電話/説得/嘲笑
結局、昨日はあのまま解散となり香月さんは自宅へ帰り、あたしは家事に忙しく動き回り華恋さんはテレビアニメをぼんやりと眺めていた。
ていうか、仕事しろ。
いや、居候の身分でいうことでもないか。
お風呂を沸かして、その報告をすると、ありがとね、なんて柄にもないことを言って、
「まあ、あんたが心配することなんて何にもないんだから安心なさい。あんたの記憶は私が取り戻してあげるし、世界だって救ってみせるから」
「――――――」
「なによ。そんな顔、しないでよ。大丈夫だって。私はあんたと違って立ち向かっていくだけの能力があるんだから、大船に乗ったつもりでいなさい」
そう締めると風呂場へ向かっていった。
違う、そうじゃないんです、華恋さん。
あなたはあたしの為なんかに、世界の為なんかに体を張る必要はないんです。
普通の女子高生としてなんでもない日々を何でもないように暮らしてくれたらそれでいいんです。
いいんですよ。世界なんか、終わっちゃえば。
それで、そんな理由で本来は享受できる幸せを奪われていい訳がないんです。
あたしはスマートフォンを取り出してさっき登録したばかりの番号をタップした。
数秒の間、呼び出し音が鳴り、
『もしもし』
香月さんが出てくれた。
「あたしです。メアリです。夜にすみません」
『いいのよ、それで、どうしたの?』
「華恋さんのことで話がしたくて」
『……そう、華恋に、ついてね。何を話そうと――』
「惚けないでください。本当はわかっているんでしょう?」
『うん、ごめん。キミがなにを話そうとしていたのかは大体想像がついてた』
「じゃあ、単刀直入に言いますね。華恋さんを何とかして止めてあげれませんかね?」
『ねえ、あの娘とちょっとでも接していれば分かるとは思うけど、絶対に自分の意思を曲げないよ。すっごい頑固なんだから。それに――』
「分かってますよ。華恋さんを止めたら誰も世界を救えない。みんな死ぬ。そう言いたいんですよね」
『なら、どうして、止めようとするのさ。キミだって死んじゃうんだよ』
「いいじゃないですか、死んでも」
『え?』
「いいんですよ。みんなで死んじゃえば。誰か少数にそんなどうしようもないことを押し付けてそれから先の人生をのうのうと生きるくらいならいっその事みんなで心中しちゃったほうがいいと思います」
『そんなこと――』
「それは、貴女にだって言えることなんですよ。香月さん」
『……どういうこと?』
「あたしは貴女にだってなんでもない女子高生として幸せな日々を生きて行って欲しいと願っているんです。そんな、誰にもどうしようもないことなんて諦めてごくごく普通の日常を生きて欲しい」
『……じゃあ、キミはどうするのさ。なくした自分が返ってこなくたっていいっていうの?』
「だから、さっき言ったじゃないですか。誰かにどうしようもないことを押し付けてのうのうと生きていくのは嫌だって。あたしの存在だって一緒ですよ。誰かに自分のことを押し付けて生きるくらいなら諦めたっていい」
『……本気、なんだね』
「ええ、本気です」
『でもね、わたしたちも本気なんだよ。遊びでやっているんじゃなくてさ、本気で自分の家族や友達に生きて行って欲しいと願ってやっているんだ』
「そうなんですね。じゃあ、それを、その友達やご家族にお話ししましたか?」
『え?』
「その様子じゃあ、きっとお話しされていないのでしょう。そして、自分たちのやろうとしていることに巻き込みたくないと思っている。違いますか?」
『それは――』
「もし、仮に貴女たちがやろうとしていることをご友人やご家族の方々にお話ししたとしましょう。貴女のことを本当に大切に思っていらっしゃる方なら間違いなく止めるでしょうし、ご家族ならば尚更強く止められるでしょうね。そして、きっと、香月さん、貴女がそんな能力さえ持っていなければ、止める側に回っていたはずです」
『……メアリちゃんはわたしのことを知らないからそう言えるんだよ。わたしはそんな強い人間じゃない。流されていた方がいいの。大儀さえ掲げていれば迷わずにいられるから。なにも考える必要がないから。わたしは弱いのさ』
「……自分の弱さを認められるのは凄いことだと思います。誰だって弱い部分はあるんです。だけど、みんなそれを直視しようとしない。だって、人は見たいものしか見ないから。でも、香月さんは自分の弱さを認めることができた。これは、凄いことです。尊敬します」
『――メアリちゃん』
「だから、後はその弱さを受け入れるだけです。いいんですよ。しんどいことなんて止めちゃえば。みんながそれに立ち向かうのであれば別ですけれど、それを少数に押し付けるのは間違っている。今回はそれに気づきもしないで平穏に過ごそうとしていますけれど、そんな人たちのために貴女たちが割を食う必要はないんです。だから、華恋さんを説得するのに協力してくれませんか?」
『……少し考える時間を頂戴』
そこで、通話は途切れた。
何が、傍観者だ。
その領分を大きく逸脱しているじゃないか。
その事実に自分でも驚くぐらいの乾いた笑いが漏れた。




