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レディバグの改変<W>  作者: 乱 江梨
第二章 過去との対峙編
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76.その〝過去〟は、如何にして彼らの運命を変えたのか2

 ハヤテたちの修行が始まってから一週間後。

 ハヤテは授業をサボりがちなユウタロウを探しては、学び舎まで連行するという一連の流れを繰り返す生活が習慣になっていた。


 ユウタロウは特に、勇者の偉業や悪魔の犯した罪に関する歴史の授業をサボる傾向にあり、逆に言えば、それ以外の授業や訓練には積極的に参加していた。


 勇者一族の訓練はまだ易しい段階だというのに、想像を絶する程その訓練は辛く、その時々に課せられるノルマを達成できない子供がほとんどであった。

 ノルマを授業中に達成できる者、自主鍛錬中にノルマを達成する者は、ユウタロウやハヤテを含めて数名しかいない。

 ユウタロウは、忌み色と揶揄されながらも努力を惜しまないハヤテに興味を抱くようになり、二人は自然と親しくなっていった。


 そんなある日。ユウタロウがブッチするであろう授業を予測し、昼休憩から彼を探し始めたハヤテは、ある人物と出会うことになる。


 その人物は、ユウタロウと木陰でサンドイッチを頬張っており、ハヤテにとってあまり見覚えのない子供であった。

 ハヤテは静かに歩み寄ると、しゃがみ込む二人を見下ろして声をかける。



「……その子は?」

「ロクヤ」

「ロクヤ、です……」



 ユウタロウがぶっきら棒に答えた後、当の彼――ロクヤはペコっと頭を下げて自己紹介をした。見たところハヤテたちより年下のロクヤと、ユウタロウが食事を共にしていることが不可解で、ハヤテは目を丸くしてしまう。



「珍しいな。お前が誰かと……しかも、年下の少年と一緒にいるなんて」

「コイツ来年、今の俺らと同じ年になるんだけどよ、身体が弱いせいで修行が出来ねぇってじじぃ共に判断されたんだよ」



 ユウタロウはハヤテの疑問に答えるために、ロクヤの置かれている状況について語り始めた。



「そうか……」



 それを聞いたハヤテは、まだ幼いロクヤの境遇を不憫に思い、顔を顰めた。

 勇者一族において、戦うことの出来ない弱者の居場所など無い。それが許されているのは、子供を産むことができる大人の女性だけだ。


 それ以外の弱者は成人するまでに、一族に何らかの形で貢献できない限り、一族を追放されることになっている。だが噂では、かつて追放される前に殺された人間もいるという話だ。恐らく、あの過酷な訓練を前にしても、一族から逃げようとする者が現れないのは、その噂も影響しているのだろう。



「そのせいで苛められることもあってな。俺が守ってやってんの」

「……珍しいな。お前が誰かを気遣うなんて」

「てめぇは俺を何だと思ってやがる」



 随分な物言いをされたので、ユウタロウは不満げなジト目をハヤテに向けた。すると、ユウタロウの傍にぴったりとくっついていたロクヤが、恐る恐るその小さな口を開く。



「あ、あの……」

「ん?」

「ユウタロウくん、優しいです……。だから、その……」



 ロクヤには恐らく、ハヤテがユウタロウの人間性を見誤り、彼を責めているように見えたのだろう。ユウタロウの為に、震えながら年上のハヤテに意見しようとしたロクヤの健気な姿を目の当たりにし、ハヤテはふわりと破顔一笑する。



「あぁ、コイツがいい奴だってことは、ちゃんと分かっているぞ。心配するな。

 そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はハヤテという……よろしくな?

 ……同じ勇者一族の仲間だ。敬語を使う必要は無いぞ」

「っ……!うんっ」



 握手を求めるように右手を差し出され、ロクヤはぱぁっと顔色を明るく染めた。身体が弱く、戦闘に不向きだということを知っても、嫌な顔一つせずに接してくれる人間はロクヤにとって貴重だった。

 ハヤテがユウタロウ同様、信頼に値する人物であることを悟ると、ロクヤはその日初めて、ハヤテに屈託ない笑みを向けるのだった。


 ********


「もう授業は始まっているぞ。大事な訓練も迫ってる。俺と一緒に行こう」



 ハヤテとロクヤが知り合ってから数日後。その日のユウタロウはロクヤの部屋に逃げ込んでおり、ハヤテは探し出すのに少々手間取ってしまった。

 この日のロクヤは体調が芳しくなく、自室で寝込んでいたので、ユウタロウは看病と銘打ってサボっていたのだろう。


 ロクヤは上体を起こすと、布団の上からユウタロウに批難めいた視線を向けた。



「ユウタロウくん……また、ハヤテくん困らせてる?」

「またって何だまたって。

 ……訓練が始まる時間になったら行くさ」

「……授業にもちゃんと出ろ。重鎮の方々に睨まれるぞ」

「だってよぉ。アイツらのクソつまんねぇ話聞いたところで強くなれねぇじゃん。んなことに時間を費やしたくないんだよ」



 鬱陶しそうに語るユウタロウではあるが、彼の意見も一理あった。ユウタロウがサボりがちな授業で学ぶのは、幼い頃から大人たちに聞かされてきた歴史ばかりで、今更感が否めない。そして、勇者に興味がなく、純粋な強さ以外を求めないユウタロウにとって、これ以上退屈な授業も無いだろう。


 だがそんな主張が通用するのは、勇者一族以外だけである。

 勇者一族の人間に求められるのは、圧倒的な強さと、悪魔を討伐する意思――勇者の血を引く者としての自覚だ。悪魔に対する敵愾心を持たない者は、異端者として忌避されかねない。


 ユウタロウにそんな扱いを受けて欲しくないハヤテは、心を鬼にして口を開いた。



「……勇者一族は家族だと、重鎮の方々は言っている。だが、勇者一族は同じ血を持つ者が大量に集められた組織だ。組織を正常に保つには、皆がルールを守らないといけない。一人でもルールから逸脱した行為をする者が現れると、他の皆もルールを破っていいと勘違いしてしまう。そうなれば組織は少しずつ崩壊する。だからルールは守れ。俺と一緒に戻ろう」

「お前マジでクソ真面目だな……。あのきっつい修行の後にも自主練して、更にあのじじぃ共のご機嫌取りまでこなしてよ……。俺的には、何でハヤテがそこまで努力するのか訳分かんねぇんだけど」

「何でって……」



 「修行を頑張っているのはお前も同じだろう」と、ハヤテは頭の隅で思ったが、ユウタロウが言っているのは、恐らくそういう話では無いだろう。それを理解したからこそ、ハヤテは敢えて追及しなかった。



「だってお前、さして勇者に興味ないじゃん」

「っ!」



 言い淀んでいると、ユウタロウにグサッと核心を突かれ、ハヤテは息を呑んだ。

 ここで動揺してはいけない。動揺すれば、ユウタロウの発言を肯定してしまうことになるぞ。そう自分に言い聞かせると、ハヤテは震えそうになる声を絞りだす。



「……そんな、ことは無い。俺は……勇者になる為に、頑張らないといけなくて……」

「ほらそれ」

「?」

「頑張らないといけないって。そんな言い方するってことは、自分に枷つけて強制してるってことだろ?本当に勇者に憧れて、勇者になりたいって心の底から思ってんなら、そんな言い方にはならねぇはずだ」

「それは……」

「だから訳分からねぇんだよ。ハヤテが自分を追い込んでまで勇者になろうとしている理由が」



 全くもってその通りで、反論の余地など無かった。ユウタロウに論破されてしまったハヤテは、これ以上の言い逃れは出来ないと悟り、俯きがちにポツリポツリと、本音を吐露していった。



「……俺は、醜いから……皆の何倍も努力しないと、一族にも……にも、認めてもらえないんだ」

「はぁ?醜い?」



 一族にも……。その後に言った言葉は、あまりにも小さな声で紡がれたせいで、正確に聞き取ることができなかった。

 ハヤテは一体、何に認めてもらえないことを憂いているのか。ユウタロウは疑問に思いつつ、聞き捨てならない形容詞について、怪訝そうに尋ねた。



「俺の髪……白いのに、忌み色が混じっているだろう?みんな、不吉で汚らわしいと……。だから、せめて実力だけは誇れるように……。そうしないと……」

「そんなクソ野郎になんか、認めてもらわなくてもいいだろ」

「……えっ」



 それはハヤテの人生において、存在していなかった価値観で、思わず呆けた声を漏らしてしまう。



「お前、そのクソ野郎共のこと好きなのか?尊敬でもしてんのか?」

「……」



 ユウタロウの問いに、ハヤテは答えることができなかった。確かにハヤテは、自らを揶揄する重鎮たちや、周囲の子供に好意を抱いてはいない。

 ただハヤテには、たった一人だけ――自らの存在を認めて欲しい人がいた。その人のことが好きか?尊敬しているか?と問われると、何と答えていいのか分からず、ハヤテはぐちゃぐちゃに絡まった思考に囚われてしまう。



「もしそうじゃないなら、そんな奴ら無視しろ。認められなくていい。よく考えてみろ。お前のこと醜いと思うような節穴連中だぞ?んな奴ら大したこと無いって」

「でも……」

「てか。俺らがおめぇのこと認めてればそれでよくね?」

「っ!」


 刹那、ハヤテは目を瞠る。


「なぁ?ロクヤ」

「……」



 ユウタロウが問いかけると、ロクヤはキラキラとした表情で「うんうん」と頻りに頷いた。


 ――いっそのこと、嘘でも。それだけでいいと言えたなら、どれだけ良かったことか。どれだけ楽だったか。


 ユウタロウとロクヤが自身のことを認め、気遣ってくれることを嬉しく思うと同時に「それ以上は要らない」と言えない自分自身に嫌気が差した。こんな自分に、こんなにも温かい気持ちと言葉を与えてくれるユウタロウたちに、何故自分は同じぐらいの気持ちで返してやれないんだと。ハヤテはそんな自分が許せなくて、自分のことを嫌いになりそうになった。


 そんなハヤテの心情など露程も知らないユウタロウは、浮かない表情のハヤテを覗き込むと、二カッと破顔した。



「お前、綺麗な顔してるよ。もっと自慢していい」

「……そんなことを言うのは、お前だけだ」

「ハヤテ氏はこう言っているが……ロクヤ少年。君はどう思う」

「ぼ、僕も……ハヤテくん、カッコいいと思う!」

「どうだ。二人になったぞ」

「何故ドヤ顔になるんだ」



 ユーモアを交えてユウタロウが尋ねると、ロクヤは食い気味で答えた。一方、美少年という自覚のないハヤテは、そんな二人に困惑の表情を向ける。だが、二人の気持ちは純粋に嬉しく、ハヤテは内心、緩む口角を抑えるのに必死になるのだった。


 ********


 その日の夜。自主鍛錬を終えたハヤテは、湯浴みを済ませて自室へと向かっていた。


 勇者一族の規則として、修行を開始した子供には自分専用の部屋が宛がわれ、家族とは離れて生活しなければならない。家族に甘えることなく、自分一人で生き抜く力を身につける為だ。


 だが、ハヤテが自室の扉を開けると、月明かりに照らされた部屋の中に、一人の人影が見えた。



「……お母さん…………」



 はっきり顔が見えずとも、ハヤテには分かった。それが、同じ屋敷でも今は離れた場所に住む、自身の母親であることが。


 微かに震える声でハヤテが呼ぶと、彼女は不機嫌そうな表情で振り向いた。ハヤテとは違う、混じりけの無い白髪は腰まで伸び、水色の瞳はどこか冷ややかだ。そして、彼女の大きく膨らんだお腹には、ハヤテの弟か妹になる赤ん坊が眠っていた。


 彼女はハヤテを睨み据えると、忌々しげにその口を開く。



「聞いたわよ……お前、あの問題児と、貧弱で修行も儘ならないようなガキとつるんでいるそうじゃない」

「それは……」



 彼女がハヤテに向ける眼差しには、親が子に向ける温かさなど無かった。ユウタロウたちとの交流を咎められても、ハヤテは奥歯を噛みしめることしかできない。


 理由は分かっていた。

 ハヤテが自らを追い込んでまで勇者になろうとする理由に、彼女が大きく関わっているから。



「しかも。戦闘能力でその問題児に劣っているらしいわね。鍛錬が足りないんじゃないの?」

「……俺なりに、精一杯の努力はしています。でも、ユウタロウや他の子たちも、自らの目標の為に頑張っているんです。特にユウタロウは、元々の戦闘センスに加えて、鍛錬を欠かさないから……。ユウタロウに置いて行かれないようにと、いつも考えています。俺自身の実力が足りないのは謝りますが、ユウタロウを見縊るようなことは……」

「五月蠅いわねっ!口答えするんじゃないわよっ!」

「っ……」



 激昂した母親は傍にあった本を乱暴に投げつけ、それがガンっ!とハヤテの側頭部に直撃した。思わずハヤテは鈍い痛みに顔を顰め、側頭部を片手で押さえる。すると、掌に生温かい血の感触が滲み、ハヤテは眩暈がするのを感じた。


 我が子をその手で傷つけた母親の方は、ハヤテの傷などお構いなしに、苛立ちを爆発させる。



「いいっ!?あんなふざけた子供に劣るなんてあっちゃいけないのっ。あんたはただでさえ忌み色を持って生まれてきたクズなんだからっ、死に物狂いで努力しなさいよっ!

 ……そのせいで死ぬのなら、結局お前はその程度の人間ってことよ……。生き恥を晒すぐらいなら死んだ方がいいわ」

「っ……」



 顔を真っ赤にしながら、口汚くハヤテを罵ると、母親は彼の傷を抉るように言葉の刃物を突き付けた。頭を押さえたままのハヤテは、悔しさと言いようの無い遣る瀬無さに襲われ、涙を滲ませる。だが、泣いていることを悟られれば、また彼女の逆鱗に触れてしまうのは分かっていたので、ハヤテは顔を逸らしたままだ。



「いい?お前が死のうがどうでもいいけれど、これから産まれてくるこの子の邪魔だけはしないでね。この子が無事に生まれても、お前とは無関係の人間として育てるから」

「……はい…………」



 ハヤテは酷くショックを受けたが、その感情を悟られないよう、声を抑えて返事をした。それを聞いた母親は、俯くハヤテに一瞥もくれずに、ズカズカとその場を立ち去っていく。


 そして残されたハヤテは、側頭部にジワリと残る痛みと、ズキズキと心を抉る虚しさを前に、一人立ち尽くすのだった。


 次は明後日投稿予定です。


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