75.その〝過去〟は、如何にして彼らの運命を変えたのか1
今回から勇者一族の過去編に入ります!
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――十四年前、春。
青い風が吹き、暖かな陽射しが木々の隙間から零れるその日。それは、ある特定の子供たちにとって特別な日であった。対象の子供は、その年で七才を迎える、勇者一族の子供たち。
勇者一族に生まれた者は余程の理由がない限り、この年から勇者になる為の修行を始める。勇者一族独自の学校のようなものだ。
そしてこの日は、幼い彼らにとって初めての修行――授業が開始される日であった。
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屋敷の一室に、十数人の子供たちが集められている。長机に二人ずつの子供が宛がわれ、彼らは畳の上に正座し、ジッと目の前を見据えていた。
子供たちの一人――当時六才のハヤテは、真っすぐに姿勢を正し、子供たちの注目を集める重鎮に熱い視線を注いでいるが、その表情はどこか浮かない。
自らの頭に注がれる子供たちの冷ややかな視線が、その理由だろう。
柔らかな雪のように白い髪に、所々窺えられる黒髪。黒髪と赤目は勇者一族において忌むべき不吉の象徴であり、その名を口にすることすら憚れている。故に一族の人間は、黒髪と赤目のことを〝忌み色〟と呼び、忌み色を持つ人間を忌避する傾向にあった。
授業中なので陰口を叩く者はいなかったが、重鎮の話に耳を傾ける傍ら、侮蔑と嫌悪の滲んだ眼差しをハヤテに向ける生徒は多い。
「――お前たちには今日から、現勇者が引退した際に行われる勇者選定戦に向けて鍛錬してもらうことになる。己の身体、精神を極限まで鍛え、操志者としての技量、剣術、体術を高める為の修行は過酷を極める。だが、一度修業を始めたからには、脱落することは許されない。例え勇者になれずとも、勇者一族の人間には卑しき悪魔とその愛し子を討伐するという宿命があるからだ。
悪魔は一度死んだとしても、またすぐに生まれ変わってしまう。それはこの世界の為に必要なことではあるが、卑しき悪魔は成長すればするほど悪しき心を持つだろう。我々勇者一族は、悪魔が穢れた思想を抱く前に討伐し、新たに生まれた悪魔も同じように討伐する……これを何度も繰り返すことで、この世界の秩序と平和を守らねばならない。もう二度と、五千年前の悲劇を繰り返さないようにな」
もう何度も。耳に胼胝ができるほど聞かされてきた話だ。何度も聞かされ、求められてきた。ハヤテは何度目か分からぬその話に、内心辟易としてしまう。
「だが悪魔は愛し子と違い、一見しただけでは…………ん?」
「「?」」
長ったらしい重鎮の話は唐突に中断され、ハヤテたちはキョトンと首を傾げた。重鎮はあることに気づいたような素振りを見せていたが、ハヤテたちにはその〝あること〟に見当がつかなかったのだ。
誰かを探すように辺りを見回すと、重鎮はその人物の名前を口にする。
「おい。ユウタロウはどうした?」
(ユウタロウ……?あぁ、アイツか)
――確か、問題児と呼ばれている少年だ。
ハヤテは己の記憶の中から、その情報を手繰り寄せると、納得の表情を浮かべる。
他の子供たちもユウタロウのことを知っていたので、ヒソヒソと内輪話を始める者が出始めた。
ユウタロウは昔から問題発言や、勇者一族の人間としてあるまじき行為が目立つ子供で、彼の母親に関する悪い噂もハヤテは耳にしていた。
「ったくあの問題児は、こんな大事な日に何をしているというんだ……。
……あぁおい、そこの忌み色」
「……はい」
ハヤテのことを重鎮が忌み色と呼んだ瞬間、子供たちがクスクスと嘲笑する不快音が耳に届き、ハヤテは吐き気を覚えてしまう。
「ユウタロウを見つけてここに連れてこい。もう少しで体力向上訓練を始めるからな」
「分かりました」
――見せしめ、だろうな。
あの人は、自分の名前を知らないわけでは無い。なのにわざわざ〝忌み色〟と呼んで、皆に自分という人間を注目させた。
〝お前たちはこんな哀れな人間にはならないように〟と、釘を刺すように。
立ち上がり、一室を後にしたハヤテは、俯きがちに嫌な想像ばかりしてしまった。それでも、その解釈は限りなく真実に近いのだろう。
過去、忌み色を持って生まれた人間が勇者になったことは無く、この一族で生き残れたとしても、一生後ろ指を指されるのは必至なのだから。
勇者になりたいと思ったことは無かった。なりたくも無ければ、なれる可能性も限りなくゼロに近い、勇者という立場。本当なら、今探しているユウタロウのように、全てを放り出してサボっても良かったのかもしれない。
ハヤテは生まれたその瞬間から、一族中に後ろ指を指されて生きてきた。更に疎まれたところで影響はない。
それでも――。
ハヤテには、勇者にならなければ――勇者を目指さなればならない理由があった。
『――どうしてお前はそんなに醜いのよっ!お前が生まれてきたせいでっ、私まで後ろ指を指される羽目になるじゃない!』
『いい?あなたは絶対に勇者になるの。じゃなきゃ、私とお前は一生、この一族で蔑まれる運命なんだからね』
嫌なことを思い出したハヤテはぎゅっと目を瞑ると、思考を振り払うように首を横に振った。
勇者になる為にも、一刻も早くユウタロウを見つけ出して訓練に参加しなければ。そう決意を新たにしたハヤテがユウタロウを見つけるのには、さして時間はかからなかった。
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「いた……」
視線の先で懸垂をしているユウタロウを発見し、ハヤテはホッと息をついた。
ユウタロウがいたのは、学校で言うところの校庭、家で言うところの庭のような場所だ。その場所に設置されている十の鉄棒の中で、最も背の高い鉄棒にユウタロウはぶら下がっていた。あの鉄棒は大人が軽く跳躍して漸く届く程度の高さなので、本来であれば七才の子供に扱えるようなものでは無い。故に、ユウタロウ自身の身体能力が突出していることは明らかであった。
ユウタロウの身体能力に感心しつつ、ハヤテは歩み寄って彼を見上げる。
「おい」
「あ?」
「こんな所で何をしているんだ」
「お前誰?」
ユウタロウは鉄棒にぶら下がったままハヤテを見下ろすと、怪訝そうな面持ちで首を傾げた。勇者一族は屋敷が広く、住まう人々も百を優に超えるので、ユウタロウがハヤテのことを知らなくとも不思議はなかった。
その為、ハヤテはユウタロウを見上げながら、自己紹介をしてやる。
「ハヤテだ。お前の方が年上だとは思うけど、世代は一緒だから。タメ口で話させてもらう」
「律儀な奴だな。こんなクソ真面目が俺とタメなのか」
ハヤテに興味を持ったのか、ユウタロウは鉄棒から手を離し、自身の身長以上ある高さから難なく着地した。
真正面から顔を見合わせたユウタロウは、何故かかなりの至近距離でジィーッと、ハヤテの顔を観察し始めた。
「……な、なんだ」
「お前……」
ユウタロウが目を細めた瞬間、ハヤテは嫌な予感を察知し、ぞわっと背中を粟立たせた。ハヤテの経験上、不躾に容姿を観察された時は決まって、髪の黒い部分を揶揄されてきたので、今回も同じ目に遭うかもしれないと身構えたのだ。
(また、気持ち悪いと言われるのだろうか……醜いと、蔑まれるのだろうか。
そうだろうな……コイツは、黒髪でも、赤眼でもない。普通の、人間だ……。俺とは違う。コイツもきっと、俺の忌み色を笑うんだろう)
傷つくのは分かっていた。傷つくことに、慣れてしまっていた。それでも、傷つくと分かっていれば身構えてしまい、ハヤテはぎゅっと両目を固く瞑る。だが、ユウタロウの口から零れたのは、ハヤテの黒髪を揶揄する言葉では無かった。
「お前……クッソイケメンだな」
「…………は?」
一瞬、何を言われたのか分からず。そして数秒後、予想だにしていなかった返答を前に、ハヤテは思わず呆けた声を漏らしてしまう。
意味が分からないあまり、ハヤテの思考が停止している傍ら、ユウタロウは一歩下がって、ハヤテとの適切な距離感を取り戻した。
「イケメンっつーか、今はまだ可愛いって感じか?でも俺からしたらクソイケメンなんだよなぁ……お前成長したら絶対完璧なイケメンになるぞ。この俺様が保証してやる」
(…………コイツ……本気で何を言っているんだ?)
ドヤ顔で訳の分からぬことを宣うユウタロウを前に、ハヤテはこれ以上無いほどの困惑顔を晒した。ハヤテの経験上、容姿を褒められたことなんて一度も無く、ハヤテにはユウタロウの思考回路がおかしいとしか思えなかったからだ。
頭ではユウタロウを怪訝に思いつつも、困惑の度合いが大きすぎるあまり、口からは言葉にならない声が漏れるばかりである。
「え……は?」
「はぁぁぁ……いいよなぁ。そんだけ整った顔してりゃあ、さぞかし女にモテるんだろうなぁ……けっ。羨ましいったらありゃしねぇぜ」
「……モテたいのか?」
少しずつ平静を取り戻していくハヤテだったが、完全に立ち直ってはいないのか、そんなどうでもいいことを尋ねてしまった。
「そりゃあ俺だってよぉ、好かれたい女の一人や二人いるさ。興味ねぇ女共に群がられたいわけじゃねぇけど、好きな女にだけは一生モテてたいだろ?」
(七歳児が何を言っているんだ……。コイツ、お子様なのか達観しているのか分かりにくいな)
とてもでは無いが、年相応と呼ぶのを躊躇ってしまうユウタロウを前に、ハヤテはどう反応するのが正解なのか分からなくなっていた。
「実は俺さぁ、落としたい女がいるんだけどよ……これが全然靡いてくれねぇんだよ。どうすればいいと思う?イケメンくん」
「知るか……というかお前」
「ん?」
このままだと初めて会話した相手との恋バナに発展してしまうと予期したハヤテは、知るかの三文字にありったけの冷たさを込めてその話を中断させた。
そしてハヤテは、先刻から終始気になっていたことについて、恐る恐る尋ねた。
「……俺の、髪を見ても……何も思わないのか?」
「髪?あぁ……」
呟くと、ユウタロウは見上げてハヤテの髪を凝視した。自分から聞いたというのに、いざその髪に注目されると、何とも言えない恐怖心が芽生えてしまい、ハヤテは「聞かなければ良かった」と、唇を噛みしめて俯いてしまう。
だが、自ら抉りに行ったその傷口に、塩が塗り込まれることは無かった。
「二色だな」
「…………」
「それがどうした」とでも言わんばかりのユウタロウに対し、ハヤテは茫然自失とした表情でしか返すことができない。沈黙で返したハヤテに対し、ユウタロウも沈黙しか返せず、数秒無言の状態が続くが、ハヤテは恐る恐る尋ねた。
「……それだけか?」
「え?なに?もしかしてヅラなのか?それともハゲになる宿命でも背負ってんのお前」
「……」
本当に、黒髪について何とも思っていないのか。それとも何か目的があって白を切っているのか。ハヤテは一瞬だけ、ユウタロウを訝しんでしまう。
だが、ユウタロウが嘘をついているようにも見えず、ハヤテは増々当惑してしまった。何せ、自らの髪に対してこんな無関心な反応をされたのは初めてで、ハヤテにとってユウタロウは当に未知の存在だったのだ。
何を考えているのか。どうして忌み色持ちのハヤテを蔑まないのか。何もかも全く分からず、ハヤテはそれ以上追及することができなかった。
(変な奴……)
第一印象はこれだった。
問題児として名の知れた、悪い噂の絶えない少年。それでもその本質を知ることは今までなく、話してみると掴みどころのない少年であることしか分からなかった。
子供なのか、達観しているのか。何を考えているのか、何も考えていないのか。今まで何を見て、何を知って、何を感じ、生きてきたのか。
ハヤテには何も分からなくて、同時に、ユウタロウという少年のことをもっと知りたいとも思った。思えばこれが、ハヤテ少年にとって初めての好奇心だったのかもしれない。
結局その後、ユウタロウはハヤテと一緒に学び舎に戻り、重鎮にネチネチと嫌味を言われつつ、訓練に励むことになった。
いつもは気が滅入ってしまうような大人からの圧力も。同年代の子供たちから浴びせられる陰口も。ユウタロウと一緒だと、不安や憂いが半減するような気がした。居心地の悪い空間も、同じ気持ちでいてくれる者が隣にいるだけで、これも存外悪くないかもしれないと、ハヤテは思えるようになっていたのだ。
そしてこの日こそが、その後勇者の称号を与えられることになるユウタロウと、彼に忠誠を誓うことになるハヤテとの、最初の出会いの日になったのだ。
ユウタロウくんたちがおショタなので、口調を変えないと……でも二人とも達観してるからなぁ……の微妙なラインを責めるのが難しいです。
次は明後日投稿予定です。
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