70.ティンベルの悩みpartⅡ3
「……お前の悩みには成長がないな。結局また嫉妬では無いか」
「そうですけど……今回のはちょっと、繊細な問題でして」
「はっ」
ムム……と唸るように眉を顰めたティンベルに対し、クレハはこれ以上無いほどの失笑で返した。まるで「お前に繊細な感情の機微などあるのか」とでも言いたげな、その嘲笑を目の当たりにしたティンベルは、不満気に頬を膨らませる。
「あっ!今笑いましたね?どうせ……〝お前に繊細な感情の機微などあるのか〟とか思っているのでしょうが、私だって十七歳の少女です。それぐらいあります!」
「某の心を読んで先回りの回答をするな」
エスパーかと疑ってしまう程、ティンベルの他人の思考を読む能力は長けている。心を丸ごと覗かれているような気分になり、クレハは顔を顰めた。
「はぁ……それで?何が繊細なのだ?」
「……クレハ様って、素直じゃないですよね。ユウタロウ様以外に対しては」
何だかんだ言いつつ、キチンと相談にのる姿勢を整えたクレハを前に、ティンベルはしみじみと本音を零した。クレハは、リオ的に言うところの〝ツンデレ〟という人種である。
ティンベルは軽い気持ちで素直な感想を述べたのだが、〝素直じゃない〟という印象を少し違った方向から捉えてしまったクレハは、どこか神妙な面持ちで重く口を開いた。
「……某は、産まれた頃から無能と蔑まれて育った。好意的に接してくる者は皆、何かしら裏や目的を持つ中、本当の意味で某を認めてくれたのは主君だけだった……。それ故、某は基本的に、初対面の相手はまず疑い、信用に値すると判断できるまで手の内を明かしたりしない。そもそも某は、恵まれた才を持つ者が嫌いだ。妬ましいからな」
「……ユウタロウ様も才能に溢れる方だと思うのですが」
「主君はその才に見合った努力を捧げているお方だ。他の何を犠牲にしても……。だからこそ某は、主君に絶対的な忠誠を捧げているのだ。
某は操志者としての才が無い。故に、人の何倍も努力しなければスタート地点に立つことすら許されなかった。某が死に物狂いで努力しようと、才を持つ者はその半分にも満たない努力で某を追い越す。それが悔しくて妬ましくて、見下ろされることが我慢ならなった」
悔しげに眉間に皺を寄せると、クレハは嘘偽りなく答えた。
(正直なお方……。この方のこういう所は、ある意味十分な才覚だと思うのだけれど)
ティンベルは、クレハの飾らない性格を好ましく思っていたが、それを伝えたところで何の慰めにもならないことを理解していた。その為、その本音を伝えるのではなく、何とクレハに返せばいいのか思考し、少しずつ言葉を紡ぐことにした。
「……私は操志者ですが、戦いに関して言えば無能です。自らの身を守るために、幼少の頃は頑張って鍛えようとしたのですが、次期当主のお前に戦闘など不要と、父に修行を禁じられてしまいまして。今やこの様です」
「……」
「努力をしたくても出来ない人というのは往々にしております。そんな中で、クレハ様は思う存分自らを鍛え上げ、ユウタロウ様が認める程お強くなられました。確かにこれから、才覚を持つ人に追い越されてしまうことがあるかもしれません。ですが、クレハ様にしか出来ないことを。クレハ様の力を。その努力を認めてくれる人が、ユウタロウ様だけでは無いということぐらい、クレハ様はもう気づいていらっしゃるでしょう?」
「っ!」
図星をつかれたクレハは目を見開くと、深く思考を巡らせるように俯いた。目を閉じて、瞼の裏に浮かぶのはユウタロウ、ハヤテ、ロクヤ、ライト、スザクを始めとした仲間たち。(チサトの顔も浮かんだが、ムカつくので無視した)
操志者の才が無くとも、自らを認めてくれる仲間たちの顔を思い起こすと、自然と笑みが零れてしまう。最初から理解していたことではあったが、ティンベルに指摘され、その認識を共有しているような感覚に、クレハは僅かにたじろいだ。
「……ふん。お前の相談事を聞くんじゃなかったのか?」
「あ。そうでした……私としたことがうっかりです」
「はぁ……で?結局何をそんなに悩んでいるんだ」
しっかりしているのかしていないのかよく分からないティンベルに対し、ため息をつくと、クレハは再度尋ねてやった。
「……私には、今回のことで不満を抱く資格が無いんです」
「は?」
ティンベルが神妙な面持ちで告げた瞬間、クレハは思わず怪訝そうな呆けた声を漏らした。まるで「コイツは何を言っているんだ?」とでも言っているかのように、クレハは眉間に皺を寄せてしまう。
「ネオン兄様が死んだのは、私のせいなので」
「お前の父親が殺したのではないのか?」
「えぇ。父が執事に命令して殺させました」
「ではお前のせいでは無いだろうが」
クレハにティンベルを励ますつもりなどサラサラ無いという純然たる事実を理解しているからこそ、彼がそう断言してくれたことが、ティンベルは素直に嬉しかった。じんわりと胸が温かくなるのと同時に、ティンベルは幼い頃の記憶を思い起こす。
「……アデル兄様もそう言ってくれました。だからこそ私は、これまでネオン兄様のことで気を病んだりしたことがありません」
「では何故……」
「私が、ネオン兄様に殺されかけたことをお父様に話さなければ、ネオン兄様が殺されることは無かったんです」
「……」
少しだけ強い口調で言ったティンベルを、クレハは鋭い眼差しで見据える。だが、下を向いているティンベルは、クレハの物言いたげな瞳に気づけていない。
「私が黙ってさえいれば、お父様はネオン兄様を殺そうだなんて思いもしなかったんです。……お父様は、ネオン兄様に興味が無かったので」
「……お前は、兄の言葉が信じられないのか?」
「っ!」
刹那、ティンベルは思わず顔を上げ、見開いた目でクレハを捉えた。クレハはあまりにも真っ直ぐな眼差しでティンベルを捉えており、思わず目を逸らしたくなるほど。
幼い頃「ティンベルのせいではない」と、アデルが言ってくれた時、ティンベルがどれだけ救われたことか。その言葉が無ければティンベルは、今に至るまで自分自身を責め、誰にも相談できない苦しさを抱えながら、一人孤独に生きなければならなかっただろう。
その言葉がティンベルの心を軽くしてくれたというのに、その時の気持ちを忘れるのか?無視するのか?――ティンベルは、そう問われている気分になった。
「あの、お人好しを絵に描いたような男が、ルルの件以外で嘘をついたことがあるのか?」
「それは……」
「その兄が、お前のせいでは無いと言っているんだ。某もそう思う。そのガキが死んだのはお前の父親の責任だ。第一、そんな幼い頃から妹を殺そうと企むガキは、成長して知恵をつければ、また同じ轍を踏むだろう。その父親にバレるのが、早いか遅いかの違いしか無い。
……はぁ……またお前は、自分のことになると知能レベルが一気に下がるな」
クレハは片手をおでこに添えると、ため息交じりに苦言を呈した。貶されているのは違いないので、ティンベルは少しだけ唇を噛みしめてしまうが、それでもクレハを見つめる瞳に鬱屈とした感情は窺えられなかった。寧ろ、とろんとした蜜のような瞳からは、クレハに対する憧憬が滲んでいる。
「……クレハ様は一言余計です。……でも、ありがとうございました。本当はただ、最近ちょっとストレスが溜まっていて。だから……誰かとおしゃべりして、気持ちを楽にしたかっただけなのかもしれません。
……また何かあれば、相談してもいいですか?」
「次からは金をとるぞ」
「お金払ったら聞いてくれるんですね」
「うっ……ちっ、しくじった」
ティンベルがニコっと破顔すると、クレハは自らの失態に気づき、思わず舌打ちをかましてそっぽを向いてしまう。
「言質取りましたからねぇ?」
天使のような笑顔が、一瞬にして悪魔の微笑みに変わり、クレハは横目でしかティンベルを見つめることができない。
一向にこちらに顔を向けてこないクレハを見つめていると、ティンベルは不意に気になることができ、微かな猜疑心を乗せて言葉を紡いだ。
「……前から思っていたのですが、クレハ様って、私の名前知っています?」
「はぁ?」
クレハは「何を今更」とでも言いたげな声を上げるが、ティンベルも負けず劣らず不満げな表情を浮かべる。
「だってクレハ様、いつも私のことお前お前って呼ぶんですもの」
「……ティンベルだろう?」
「っ!」
何でも無い様にクレハがそう呼んだ瞬間、ティンベルは衝撃と歓喜で目を見開き、それを悟られぬよう俯いてしまった。下を向くティンベルの頬は桃色に染まり、その瞳は動揺で揺れている。
(初めて……クレハ様に名前を呼ばれました……。どうして、名前を呼ばれたぐらいで頬が緩むのでしょうか?……ハッ!分かりました……クレハ様は普段私のことをお前呼びな上、比較的冷たい口調で話されます。それ故に、ちょっと変わった行動を取られるだけで、厳めしく思えてしまうのしょうね……。ふぅ、謎が解けてスッキリです)
名前を呼ばれたぐらいで、自分は何を動揺しているんだ。そう自問自答したティンベルは、俯く僅かな時間で整理をつけようと頭を働かせた。大分おかしな方向に思考が偏ってはいたが、ティンベルの頭の中にそれを指摘してくれる住人など住みついてはいなかった。
謎が解ければ怖いものなど無い。ティンベルはざわめく胸の原因について、それ以上の追及をやめてしまった。そして、悩む必要が無いのなら、名前を呼んでくれた事実を素直に喜ぼうと、彼女は顔を上げる。
「はい……ティンベルです」
「っ!」
嬉しそうに破顔して答えたティンベルを目の当たりにし、クレハは目を瞠った。それは、クレハの知る、頭脳明晰で大人びたいつものティンベルではなく、年相応の、穢れを知らない少女のような笑みだった。
思わずその魅力的な笑みに目を奪われるクレハだったが、すぐに平静を取り戻す。
お互いに正体不明の心のざわめきに気づきながらも、その根幹にまでは辿りつけぬまま、その場はお開きになってしまうのだった。
********
その頃。アオノクニの市場では、レディバグのリオ、ナギカ、アマノの三人が食材を探しながら散策をしていた。
外は憎たらしい程の快晴で、段々と夏が顔を覗いてきそうなこの時期は、照りつける太陽が少し鬱陶しい。外出当初から不満げな表情を貼りつけるアマノは思わず、目を眇めて太陽から正面へと向き直した。
「何でアマノが買い出しなど……」
「文句言わない。ロックママが避難している家に、誰かが生活必需品届けてあげないといけなんだから」
ボソッとアマノが不満を口にすると、リオは舌鋒鋭く苦言を呈した。
アマノたち三人は、他国に避難しているロクヤや、交代で彼の護衛をしている者たちへの差し入れを買う為に、こうして市場までやって来ていたのだ。
相変わらず人に妙なあだ名をつけているリオに、アマノは怪訝な眼差しを向ける。
「それは最早どこの誰なんだ」
「恐らくロクヤ様のことかと」
「そのぐらい分かっている。いちいち馬鹿正直に返すな」
「申し訳ありません」
アマノに呆れられてしまったナギカは、緩やかに頭を下げて陳謝した。すると、リオは目くじらを立てて不満を口にする。
「ちょっとクソガキぃ……ナギ助苛めない、で……よ…………」
「?どうした。遂に頭が逝かれたか」
アマノを咎めようとしたリオはふと、何かに気を取られたように立ち止まると、深刻な面持ちで後ろを振り返った。状況を理解できなかったアマノは軽口を叩いたが、それでもリオは遥か遠くにガンを飛ばしており、ナギカは不安げに首を傾げた。
「……リオ様?」
ナギカの問いかけに答えないまま、リオは徐に、腰に帯刀していた剣を抜く。瞬間、アマノたちも只事ではないことを理解するが、リオの様にそれを察知できていない。
槍を投げるようにして、リオは抜刀した日本刀を構えた。そして、睨み据えていた方角に狙いを定めると、その日本刀を思い切り投げつける。ビュン……!と、空気を切り裂く音が鮮烈に鳴ったかと思うと、日本刀は目にも止まらぬ速さで消えていった。
「「……」」
「……さ。ロックママの為にお買い物しましょ!」
何事も無かったかのように破顔一笑すると、リオはアマノたちの方を振り返った。当然、二人は困惑顔を見合わせてしまうが、リオは「何も聞くな」とでも言いたげな雰囲気を纏わせており、とても尋ねられる空気では無かった。
リオが晴れやかな表情をしているのだから、彼が察知した問題は解決したのだろう。アマノとナギカはそう結論付けると、買い出しを再開させるのだった。
もうこれは確定ですね。前々から予兆はありましたが、今回は桃色大フラグ回だと思うんですよ。何言ってんでしょうか(笑)
次は明後日投稿予定です。
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