69.ティンベルの悩みpartⅡ2
タイトル詐欺にも程があるのですが、今回ほとんど勇者一族のお話です……すいません。次回のその3がティンベルちゃんメインとなっております。
時を同じくして。生徒たちからの嫌がらせを受けても、何とか気丈に振舞っていたティンベルと同じように、ある理不尽に耐えている者が一人いた。
その男――ライトは勇者一族の屋敷の中で、バッタリと重鎮の一人と出くわしてしまい、足止めを食らっていたのだ。
「おぉ、ライトか……。いつもフラフラと外を出歩いてばかりだというのに、今日はどういう風の吹き回しだ?」
「……俺の家に俺がいることに、なにか理由がいるんすか?」
ライトを貶める、遠回しな嫌味を言ってきた重鎮に対してライトは、寒気がする程の作り笑いを向けて言ってやった。ライトの反応が気に入らなかったのか、重鎮は思わずピクっと眉を顰める。
「ふん……相変わらず口の減らない男だ。
……あぁ、そうだ。ハヤテから例の件、聞いているか?」
(来たか……)
早速本題に入って来た重鎮を前に、ライトは内心辟易としてしまう。ライトは普段、重鎮に話しかけられるということがほぼ無い。そういう役割は全て、ハヤテが引き受けてくれていたからだ。
そもそもライトは他人の神経を逆撫でするような話し方が得意な人種で、重鎮たちもそれは理解しているので、ライトとの会話は極力避けたいと思うのだろう。その代わりに、陰口を叩かれる頻度はユウタロウに次いで多いのだが。
「例の件?何のことですか?」
「とぼける必要がどこにある?あんな無能が一人犠牲になったところで、勇者一族にも世界にも、何の影響も及ぼさないというのに」
「……」
ニタニタと気色の悪い笑みを浮かべながらロクヤを貶した男を、ライトは酷く冷めた眼で見下ろしている。だがライトの頭の中では、自身が重鎮をボコボコに殴り倒す映像がオートマチックに流れており、その妄想がライトの心を落ち着かせようと必死に働いていた。
(ふぅ……落ち着けぇ、俺。ここでこのゴミを殴れば相手の思う壺……冷静に、何も知らない体で答えるんだ。やるんだ俺、俺ならできる。ハヤテの努力を無駄にするわけにはいかねぇだろうが)
たった一人で大勢の重鎮らと当主――ツキマの重圧に耐えながら、あの場を乗り切り、それでも最後には弱々しい姿を見せたハヤテのことを思い出すと、ライトは何でもできるような気がしてきて、落ち着いた心持ちで目の前の敵と相対することができた。
「あの……誰のことを言っているのかよく分からないんですけど」
「お前も強情だな。……あぁ、そうか。何か見返りが欲しいんだな」
(コイツ……何言ってやがるんだ?まったく、はぁ……これ、いつまで続くんだ?クソうぜぇし、長くなりそうだな……)
頓珍漢なことを言い出した重鎮を前に、ライトは思いきりため息をつきたくなるが、何とかそれを呑み込んだ。
「そうだ……ユウタロウがくたばった後の勇者選定戦で、お前が有利になるよう働きかけてやろうか?」
「……は?」
今まで表情を取り繕っていたライトも、これには動揺してしまい、呆けた声を漏らしてしまう。怒りよりも疑問が先立ってライトの頭を占領してしまい、何と言葉を返せばいいのかも分からない。
目の前の男が何を言っているのか本気で理解できず、ライトはただただ当惑した。
「あの恥さらしはやはり勇者には相応しくない。いつもあの恥さらしの手下としてこき使われているお前になら分かるはずだ」
「……お頭が近い内に死ぬような物言いでしたが、それはどういったおつもりで?」
「あれは重大な罪を犯した。勇者一族に対する裏切りという名の罪をな。お前らもその片棒を担がされているのだろう?」
罪とは、恐らくロクヤを匿っていることを指しているのだろう。その行為を罪だと蔑む男に対し、ライトの憤りはぐつぐつと煮えたぎっているが、彼はグッと拳を握り締めるに止めている。
「悪いことは言わない。今からでも鞍替えしろ。そうすれば、あの恥さらしを罰した後の勇者の座は、お前にくれてやると言っているんだ。どうだ?いい条件だろう?」
「……」
ライトは沈黙した。ただただ、押し黙ってしまった。重鎮に殴り掛かるでも、相手の提案にわざと乗るでもなく、無表情で男を見据えていた。
「どうした?情報を話す気になったか?」
「……すみません。何を聞きたいのかよく分かりませんが、俺に出来ることなんて何もありませんよ?……それに、俺みたいな半端者に勇者なんて務まりませんって。俺は適当にダラダラと、それなりに幸せに生活できていればそれで十分なので……それじゃ、そろそろ俺はここで失礼いたします」
「……」
二カッと破顔し、己を卑下すると、ライトは遠回しに「教えられることなど何もない」と重鎮に伝えた。ライトが最後まで尻尾を出さなかったことが想定外だったのか、重鎮は不愉快そうに顔を顰めた。
ライトが何事も無かったかのようにその場から立ち去ると、重鎮の男は彼の背中を悔しげに睨みつけた。
(ふん……相変わらず軽薄で根性の無い男だ)
その内見切りをつけたのか、重鎮はライトに背を向けて踵を返した。それを気配で感じながらも、ライトは足を止めずに回廊を進む。
しばらく歩き続けていたライトだったが、周囲に人がいないことを確認した途端、パタリとその足を止めた。そして数秒、その場で硬直した様に佇んだかと思うと、次の瞬間、すぐ傍の壁に思いきり拳を打ち付けた。
「っ……」
ダンっ!!と鈍い音が轟き、壁には拳大のへこみが出来てしまう。ライトの右拳にもそれなりの痛みが走ったはずだが、痛みでも無ければ、大声で喚き散らすのを堪えることはできなかっただろう。
ギリっと、歯が欠けてしまいそうな程歯を食いしばると、怒りで震える拳を誤魔化すように、ライトは深い深いため息を吐いた。そして壁に出来たへこみを隠すように、その壁に凭れかかると、呆然と空を見つめる。
「……ハヤテ……俺、結構頑張ったよな?」
ここにはいないハヤテに向けて、ライトはボソッと呟いた。沸点の低いライトが折角耐えたというのに、疲れに任せて瞼を閉じると、彼は先刻の出来事を思い起こしてしまう。
『あの恥さらしはやはり勇者には相応しくない』
「……」
閉じていた瞼を開くと、ライトは苦虫を噛み潰したように眉を顰めた。ユウタロウを侮辱され、自らを勇者にする斡旋を持ちかけられることがここまで腹立たしいとはライトも想定外で、ぐるぐると渦巻く暗然とした感情に振り回されている気分である。
『――俺、お前みたいな奴嫌いじゃないぜ?どうせなら、お前も俺のもんになっちまえよ』
それは、かつて幼い頃。ユウタロウがライトにかけてくれた言葉だった。何故か、ユウタロウと親しくなったばかりの頃の記憶を想起したライトは、今抱いている感情に間違いはないのだと再確認させられる。
「お頭ぁ……あのクソ野郎、俺を勇者にしてやるですってよ……。ハハッ、笑っちまいますよね?……俺が勇者と認めるのは、お頭だけだっていうのに」
乾いた笑みを浮かべると、ライトはここにはいないユウタロウに語り掛けた。そうしている内に平静を取り戻したのか、ライトは特に問題を起こすことのないまま、一族の屋敷を後にするのだった。
********
一方、ライトが去った後の屋敷の客間では、重鎮たちの間で議論が交わされていた。重苦しい空気を放つ重鎮らを、当主――ツキマは眠たそうに傍観しており、同じ空間にいるというのに、場に流れる空気感は全くの別物である。
「まさかあのライトが口を割らないとは想定外だったな」
「あれは元々勇者に対する執着も無く、向上心の欠片も無い男だからな。期待するだけ無駄だろう」
「スザクにも探りは入れたのだろう?」
「あぁ。だが、彼奴にも躱されたわい」
「クレハはどうだ?」
「あれはいつも身を潜めているせいで、そもそも探し出すこと自体に骨が折れるからな。話を聞くのは難しいだろう」
「加えてあれはあの恥さらしに傾倒している。話が出来たとしても口は割らんだろう」
「レディバグへの襲撃はどうなっている?」
「どれも失敗だ。レディバグと思われる者を調査し、襲撃しているが、返り討ちに遭うばかりで情報を引き出せていない」
「ではどうするんだ?このままではいつまで経ってもあの無能を殺すことができないでは無いか」
「そうだ。毒か何かでユウタロウたちを瀕死の状態まで追い込み、解毒薬を投与する代わりにロクヤ自らが姿を現すよう脅迫するのはどうだろうか?」
「おぉ……それは妙案かもしれんな。その脅迫内容をレディバグの人間か、あの人型精霊にでも伝えれば、向こうから勝手に殺されに来てくれるという訳か」
「ご当主様……いかがいたしましょう?」
突如話を振られたツキマだったが、狼狽えることなく、尋ねてきた相手を優しく見据えた。そして数秒、出された提案を吟味し、答えを探る。
脅迫でロクヤを誘き出すという提案ではあるが、解毒薬を投与するつもりなどサラサラ無いだろう。そこまで理解したうえで、ツキマは口を開いた。
「うん。いいじゃないのか?」
(そう簡単にいけばいいけどな)
ツキマの心の内など知る由もない重鎮らは、彼の返答にホッと安堵すると、緩んだ顔を互いに見合わせた。
「あぁ、それと。レディバグの連中を仕留められないのなら、奴らを尾行するといい。運がよければ、ロクヤを匿っている場所を特定できるかもしれないからな」
「「はっ」」
ツキマが付け足すように指示を出すと、重鎮らは異口同音に返した。興味なさそうに彼らの返事を受け流すと、ツキマは自身の前髪をいじり始める。
(まぁ、これでもロクヤを殺せなかった場合は、最終手段をとり、外堀を埋めるしか無いだろうな)
ツキマの頭の中では既に、今しがた立てたばかりの計画が失敗した場合のビジョンが構築されていた。その恐ろしい計画がツキマの脳内だけで構築され、ツキマ以外の人間がその存在を知る術は無かった。
********
コニアとアデルの二人と別れたティンベルは、居心地の悪い視線を感じながらも、その後の授業を受け、出来るだけ普段通りの学園生活を送っていた。途中、朝と同じような嫌がらせを受けそうにはなったが、ルルの姿をしたアデルや、事情を知ったユウタロウが庇ってくれたおかげで、事なきを得ていた。
だがその日、ティンベルは全く別のことで思い悩んでいた。そして彼女は、儘ならない感情を自らの中で消化しきれないと判断すると、ある助っ人を呼ぶことにした。
「クレハ様ぁ……聞いてくださいよぉ……」
昼休み。生徒会室の中、ティンベルはいつになく情けない声を上げていた。ティンベルは年相応の、いや、それよりも更に子供っぽい表情で、それを向けられた助っ人――クレハは苦虫を噛み潰したような顔で見下ろしてしまう。
クレハはいつも通りユウタロウのストーカーに勤しんでいたのだが、その最中、無理矢理ティンベルに引き摺られてここまで来てしまったので、今クレハは少々機嫌が悪い。
因みに、ティンベルの護衛をしていたヒメには、クレハに護衛をしてもらう旨を事前に伝え、ヒメにはナオヤの護衛の方に専念してもらっている。
「……いつから某は貴様専用のお悩み相談室になったんだ。下らないことならお前の大好きな兄貴にでも相談しろ」
「アデル兄様のことで相談があるから、わざわざクレハ様にご足労頂いたんじゃないですか」
「はぁ……で?今回は何だ」
「っ!ありがとうございますっ、クレハ様!」
呆れたようにため息をつきながらもクレハは問いかけてくれたので、ティンベルはぱぁっと嬉々とした相好を露わにした。
早速、ティンベルは今回の悩みの内容をクレハに語った。
アデルがティンベルを殺そうとしたネオンの墓を作っていたこと。それに対して、モヤっとした感情を抱いてしまったこと。それでも、不平不満を伝えることができなかったこと。
「――アデル兄様は誰に対しても優しすぎるのですよっ。自分に酷いことをしていた人間に対しても……私を、殺そうとした相手にも。しかもですよっ?私が何か言いたげに俯いていたら、困ったような顔で私の頭を撫でてくるんですっ……うぅ、あんな顔で優しくされたら、何も言えないに決まってるじゃないですかっ。アデル兄様はズルいと思うんです!」
ティンベルがこんな風に感情を爆発させることは珍しい。というよりも、恐らく初めてである。ここ数日、ストレスの溜まる出来事が多かったというのも原因の一つだろう。だが、以前の相談の際、クレハには既に恥を晒しているので、見境が無くなってしまい、溜まりに溜まっていた感情が大爆発してしまった。というのが主な原因であろう。
「……お前の悩みには成長がないな。結局また嫉妬では無いか」
情緒不安定なティンベルの主張を聞き終えると、クレハは死んだ魚の様な目で、心底呆れかえるのだった。
次は明後日投稿予定です。
この作品を「面白い!」「続きが気になる!」と思ってくださった方は、評価、感想、ブックマーク登録をお願いします。
評価は下の星ボタンからできます。




