104.彼が陽の光を浴びる時-序章-3
更新遅れてしまい申し訳ありません!今回いつもより少しだけ長めです。
コニアが勇者一族の戦士たちを相手にしている頃。リオは早々に重鎮の男――ニオトを伸しており、心底暇そうな表情で自らの自由を阻む結界を見つめていた。
「これ、どうやって壊せばいいのかしら?……メイメイを呼んでおいて正解だったわね。メイメイなら、詠唱一つでぜーんぶぶっ壊せそうだもの」
拘束され、白目を剥いた状態で倒れているニオトを尻目に、独り言を呟くリオ。そんな彼の視界に、待ち侘びていた人物の姿が映る。
結界に阻まれた向こう側で、辺りを見回しながら歩を進めていたのは、先刻はぐれたナギカだった。いつでも凛と佇む彼女の姿を目にした途端、リオは大輪が咲き誇ったかのような満面の笑みを浮かべる。
「ナギ助ぇ!」
「っ!リオ様」
ぶんぶんと手を振るリオに気づくと、ナギカはハッと目を見開いて彼の元へ駆け寄ろうとした。一方、結界に阻まれているというのも拘わらず、何の躊躇いも無くリオの目の前まで駆け寄ろうとしているナギカを前に、彼はほんの少し違和感を覚えた。
何故ならこのままでは、リオの元に辿り着くより先に、ナギカが結界に体当たりしかねない勢いだったからだ。そんなリオの不安を余所に、ナギカは踏み止まる気配を見せないまま結界スレスレまで近づく。
思わずリオが「ちょ……」と、ナギカを制止しようとした刹那――。
するっ……。
と、ナギカは件の結界をすり抜け、何食わぬ顔でリオの眼前まで到達した。
「…………」
「?どうかなさいましたか?リオ様」
スンとした表情のナギカに対し、目を点にして硬直しているリオ。思わずナギカはコテンと首を傾げて尋ねた。
「……え。なんで?」
「質問の意図が分かりません」
「何で来れるの?」
「質問の意図が分かりません」
「何ですり抜けられるのナギ助」
「質問の意図が分かりません」
「それしか言えないの?」
「リオ様の言葉足らずが原因です」
「だぁ!かぁ!らぁっ!……結界があったのに何でナギ助通れてるのよ」
「結界?……」
怪訝そうに呟くと、ナギカは今しがた自分がやって来た方向を振り返り、眉間に皺を寄せてそれを凝視する。
「……確かに結界がありますね」
「え……もしかして、今まで気づかないでここまで来たの?」
「今まで、とは?」
「見た感じ、結界が張られてるの、ここだけじゃないみたいだけど」
リオの推測を合図に、ナギカは辺りを見回した。
――そう。
リオの進行を阻んでいた結界はリオを取り囲むように張られていたわけでは無く、屋敷全体を格子状に分けるような形で張られた結界によって、いくつもの部屋が作られているようだったのだ。
だがそうなってくると、やはり最初の疑問という振出しに戻ってしまう。ナギカは恐らくリオの元に辿り着くまでに、いくつかの結界に阻まれていたはずなのだ。
リオでも破壊するのに手こずってしまうような結界。加えて、本人に結界を乗り越えた自覚が無いときた。リオが怪訝に首を傾げてしまうのも無理はない。
「どうして私だけ……」
「普通に考えれば、亜人には効力を発揮しない結界ってことなんじゃない?」
「どうしてそう思われるのですか?」
「だって、勇者一族の当主は亜人なんでしょう?」
「っ!……そうでしたね。もしこの結界を用意したのが、勇者一族の当主であるのなら、自らの機動力には影響のない結界を作り上げることなど、造作も無いでしょうし」
一度は疑問に顔を顰めていたナギカも、その絡繰りさえ理解してしまえば、腑に落ちたような表情で理路整然と語ることができた。
「ということは、現段階で屋敷内を自由に動き回れるのは、亜人だけということですか……」
「ナギ助?」
ふむ……と、俯きがちに思考するナギカを前に、リオはキョトンと首を傾げた。そんな彼を横目に、決断したナギカは凛とした面持ちを上げる。
「私、今から屋敷内にいる敵をできるだけ排除して参ります。リオ様はここでお待ちください」
「えっ!?まさかナギ助、俺をこのクソつまらない空間に一人置いていくつもりっ?」
絶望にも似たショックを受けたリオは、この世の終わりのような引きつらせた表情で狼狽えた。その傷口に唐辛子でも塗り込むかのように、ナギカは平然とした様子で首肯する。
「えぇ。私は今、リオ様をこのクソつまらない空間に一人寂しく置いてけぼりにするつもりです」
「俺そこまで言ってない」
「では行ってまいります」
「余韻もクソも無いわね」
死んだ魚の様な目で呟くリオを尻目に、ナギカは本当にその場を後にしてしまった。
責任感の強いナギカのことだ。「自由に動ける自分が率先して戦力を削らなければ」とでも思ったのだろう。それはリオも当然理解しているのだが――。
「ナギ助……ホントに俺を置いていくなんて……ぐすん。リオリオはナギ助をそんな不良に育てた覚えはないのに……ぐすんぐすん……。
……はぁ。飽きた」
一人嘘泣き小芝居は早々に飽きてしまい、リオは間の抜けた表情で首を傾けた。そしてその表情のまま忌々しい結界を見上げると、深淵を覗き込むように眼差しを鋭くする。
「さて。どうやってこの結界を攻略しようかしら」
不敵な微笑がその結界を捉える。リオはまだ、結界の檻から抜け出すことを諦めてはいなかったのだ。
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悪魔教団〝始受会〟第三支部。アオノクニに拠点を構える第三支部に、再び赴いた男が一人――元悪魔教団始受会第一支部主教のギルドニスだ。
ロクヤが身を潜める隠れ家で待機していたレディバグ構成員と、別行動を取ることにしたギルドニスが何故ここにいるのか――それはもちろん、彼の言うところの〝野暮用〟が大きく関係している。
以前と同じように、始受会の信者の度肝を抜きつつ、第三支部の門をたたいたギルドニス。そんな彼の対応をする羽目になった哀れな信者は、第三支部の入口で思い切り顔を引き攣らせていた。
「ササノはいますか?」
「だ、第四支部主教に、一体どのようなご用で?」
涼しい相好で必要最低限の言葉しか発さないギルドニスを前に、その信者はしどろもどろに対応する他無く、その内胃に穴が空きかねない状態であった。
何せギルドニスは元第一支部主教。彼の実力を知らない者など、彼が始受会を破門された以降に入団した新人ぐらいだろう。
本来であれば部外者であるギルドニスを早々に追い払うべきなのだろうが、無下に扱ってギルドニスの逆鱗に触れてしまえば一巻の終わりである。
信者が冷や汗を滝のように流していると、彼の後方――第三支部の建物内から救世主がやって来た。
「ギルドニスさん?」
ギルドニスの来訪による歪な雰囲気が室内にまで漏れ出ていたのか、ササノは異変を感じ取って様子を見に来たようだった。
ギルドニスはつい最近、手紙の件で第三支部を訪れたばかりだったので、ササノは当惑気味にギルドニスを見上げた。
「おや、ササノ。こんにちは」
「ま、また何か、入手したいものでも?」
「いえ。今回は、ササノに会いに来たのです」
「僕に……?」
あのギルドニスが特定の個人に会いに来たなどという話を聞いて警戒しない者は、恐らくギルドニスを知らない人間だけだろう。ササノが不安げに首を傾げると、ギルドニスは悠然と首肯した。
「えぇ。実は今、勇者のユウタロウ様が大変な事態に巻き込まれておりまして」
「っ……!」
ユウタロウの名前を耳にした刹那、ササノは雷に打たれたように目を見開いた。不意に顔を沈めたかと思うと、凍てつくような眼差しでギルドニスを見上げる。
「どういうことだ?」
「……またあなたですか」
唸るような低い問いかけが、地響きのようであった。その声音を一身に受けたギルドニスは、辟易としたため息を、ササノでは無いその人に向けた。
ササノが己を守る為に作り上げた人格――セッコウは、苛立った様子で眉間に皺を寄せる。
「どういうことだって聞いてんだろうが」
「……。勇者一族の当主が、自らの正体を知るロクヤ様を殺すために、スザク様を人質に取られたようです。ユウタロウ様、そして我らレディバグ構成員が、スザク様救出の為、屋敷へと向かっています」
「……だったらなんだって言うんだ」
ササノには、ギルドニスがわざわざ第三支部に赴いてまでこの事実を自らに伝えに来た、その心意が分からなかった。
ギルドニスは基本的に、いい意味でも悪い意味でも他人に干渉することが無い。悪魔――今となってはアデルにしか心を揺さぶられることの無いギルドニスが、他人の事情にズカズカと踏み込むなんてことはあり得ない。ササノの知るギルドニスは、このようなことに自らの時間を費やすような男では無いのだ。
「いえ。ただの報告です。あなたには、知らせておいた方がよいと思いまして」
「俺がアイツらを助けるとでも?」
「さぁ?ただ……憎き相手に復讐するには、いい機会ではありませんか?」
「っ……」
まるで、ササノの心を見透かしたような涼しい顔色が、彼にとっては酷く不快であった。それでも図星であることに変わりは無いので、ササノはグッと唇を噛みしめる。
「あなたは勇者一族に対する敵愾心で始受会に入団なされたのでしょう?勇者のユウタロウ様たちが本格的に一族と事を構えている今、当主に復讐する絶好のチャンスだと思うのですが……あなたは、これまで一族に復讐しようとは考えなかったのですか?」
その問いかけが合図だった。ササノは力なく項垂れるように俯くと、その顔を上げないままに、震えた声を絞りだす。
「……考えない訳、無いでしょう」
「っ!」
弱々しいその言葉を発したのは、己の記憶に縋ったササノでは無かった。その声音からも、震えた肩からも、セッコウの面影はまるで感じられない。
ギルドニスはほんの少しだけ目を見開くと、波打つ心を押さえつけ、冷静に問いかけた。
「ならば何故、これまで何の行動も起こさなかったのですか?何故……そのように震えているのですか?」
わなわなと震えるササノの握り拳に視線を落とすと、ギルドニスは柔らかな声で尋ねた。あの温厚なササノが、ここまで激昂する程憎しみを抱いている相手に対して、何故これまで何のアクションも起こさなかったのか。そして、今にも飛び出して仇の首を取りかねない気迫すら感じるというのに、何故その一歩を押さえつけるのか。
ギルドニスにはわからなかった。
「……あの屋敷に戻ったら、僕は確実にセッコウ兄に縋ってしまう。頼ってしまう……これは、僕の復讐なのに……」
ポツリポツリと、ササノは彼の疑問に対して答えていく。まるで、自らに浸透させていくように。
「きっと、こんな状態の僕が行ったところで、返り討ちに遭うのがオチだ……もし万が一復讐を果たせたとしても、セッコウ兄の力で己の目的を果たした自分を、僕は一生許すことができない。
……だから、僕は……自分の力だけでっ……」
「ササノ」
「「っ……!」」
二人は、心臓がふわっと持ち上げられた様な心地の悪い衝撃に冷や汗を流した。ササノを呼ぶ声はギルドニスにとって聞き馴染みが無く、それでいて何故か既視感を覚えさせるものだった。
静謐でありながら、聞き逃すことなど到底できないような存在感を放つ声に誘われ、二人は第三支部の方を振り向く。
「パーシェ……どうしたの?」
(見ない顔ですね……私が破門になった後に入団した信者でしょうか?)
声の主――パーシェ・ダグニエールを前に、各々はそれぞれの困惑を抱えた。パーシェは以前ギルドニスが第三支部を訪れた際、縁あってササノの良き相談相手となった信者であるが、それは彼が第三支部を後にした以降の出来事だ。ギルドニスはパーシェの名前も、顔も、声も。何もかも初見だった為、ほんの少しだけ興味深そうにパーシェを観察した。
そんな二人の好奇の的になりながらも、微塵も気にする素振りを見せることなく、パーシェは口を開いた。
「ごめんね。盗み聞きするつもりはなかったんだけど、ササノの声が聞こえたから」
「そう……。それで、何か、用だった?」
「ササノは……自分一人の力で復讐を果たしたいの?」
「っ!……そう、だよ」
単刀直入に尋ねられ、ササノは思わず面食らってしまった。パーシェが相手でなければ、無神経だと眉を顰めかねないが、彼が悪意を持って問いかけているわけでは無いことは、ササノが一番よく理解していた。
ササノを見つめるパーシェの眼差しは、一歩後退ってしまう程真っ直ぐで、問われたササノも自然と答えを口から零していた。
「どうして?」
「どうしてって……」
コテンっと首を傾げるパーシェは、まるで無垢な子供のようでいて、ササノは思わず目を泳がせた。
「自分一人だけの力で生きられる人なんて、この世に存在しないよ?」
「っ!」
無垢な子供から告げられた揺るぎようのない事実に、ササノは目を見開く。ササノがいくら「待ってくれ。やめてくれ」と心の中で懇願したところで、パーシェは力強い言葉を紡ぐことをやめてはくれない。
「どんな人でも、多かれ少なかれ誰かの影響を受けて育つものだ。歴戦の勇士だろうと、君のお兄さんであろうと、ね?」
「……どういう、こと?」
「俺が言いたいことは一つだよ。……君がお兄さんの存在に頼ろうが頼るまいが、その結果は君自身が成し遂げたことでしかないっていうことさ」
「っ!」
パーシェの言葉はササノにとって、当に青天の霹靂であった。ササノは初めて目の当たりにする価値観に当惑するあまり、ほんの少し呆けた様に立ち尽くしている。
「人は誰しも、生きていく上で受けてきた影響を自分の糧にしている。いいものも、悪いものも。その糧を本人がどのように使おうが、それは本人の力でしかない。それを見て、他人の力に頼っている卑怯者だなんて言う人はいないだろう?
ササノが心細い時、記憶の中のお兄さんに縋るのも、君自身の力だ。誰だって出来ることじゃない。多くの人が、誰かの教えや影響を受けるのと同じ。ササノの場合、その多くをお兄さんが占めているだけなんだよ。君は、お兄さんの背中を見て育ったんだから」
「……でも」
パーシェの言うことは理解できた。それでもササノは、産まれた時からこれまで、己を兄に頼ってばかりの卑怯者だと信じて疑わなかった。その認識を、突然別の視点から見せつけられたところで、すぐに受け入れることなど出来ず、ササノはほんの少しだけ言い淀んでしまう。
すると――。
「ササノ」
落ち着いていながら、どんな咆哮よりも耳にこびりつく呼び声に誘われ、ササノは俯いていた顔を上げた。刹那、瞬く星に圧倒されるように、ササノは目を見開く。
見上げた先のパーシェの相好が、あまりにも穏やかで、あまりにも心地の良い温かさを感じたから。
「君は、ササノ・セッコウ……なんだろ?」
「っ!」
まるで、産まれた時からササノのことを知っているかのような。そんな、母親のような微笑みと共に告げられた言葉は、ササノの胸にあまりにも強烈な痕跡を残していくのだった。




