14話 佐藤が叫ぶ
タカユキは、私の自慢の友達だ。
本当の本当に初めて会ったのは、高校の入学式の日だけれど。ちゃんと目を見て話したのは、高校一年生の秋、快晴の日の夕方だった。
「佐藤さんってさ、何なの?」
タカユキの第一声だった。何のことだろうと思った。誰だこいつって、そんな感じだったし。感じ悪い。それが素直な感想だった。
「自分でパソコン部入ったくせにさ、周りの子に言わせっぱなしだよね」
だから何よ、と言い返す間も与えず、タカユキは、
「自分勝手なこと言うあいつらもあいつらだよ。でもね」
私の人生を変える一言を、
「自分で動かないくせに辛そうな顔してる奴のほうが、俺は嫌いだよ。佐藤さん」
私の目を、まっすぐに見つめて、私に向かって、放ったのだ。私はその言葉に、いい返事をすることが出来なくて。タカユキは私の返事を待たずに、あの日、教室を出て行った。
そのすぐ後に、私は私を悪く言う輩に、言ってやった。
「羨ましいんでしょ、私のこと」
勉強しに来てるくせに、何を部活なんかに、とかほざく、優等生の仮面をかぶったクズに。
「私はあなたたちより出来ることが多いだけだ」
と、宣戦布告してやったのだ。まさか、タカユキが見ているなんて知らなかったから。私はタカユキに、
「ありがとう、私……、言えたよ。あの、あいつらに。……だから、」
背中を押してくれたお礼を言おう、と思って。わざわざタカユキに、話しかけた。
「見てたよ。なかなか刺々しかったね。でも俺、あれくらいストレートな言葉の方が好き」
わざわざ話しかけたのに、笑われたのだ。何なんだこいつは、と思った。でも、
「俺、名字好きじゃない。……≪タカユキ≫って呼んでよ」
後に続くその言葉が、なぜだかすごく、うれしくて。私たちはその一件から、仲良くなった。
私はタカユキに話しかけられるまで、タカユキの存在を認知していなかったから、最後まで、タカユキの、ちゃんとした名前を知ることは、なかった。卒業アルバムにも、タカユキの名前はない。タカユキは、消されたのだ。
タカユキと私は、本当に細かいところまで意見が合って。≪自分で動かない奴が人の働きに文句をつけるな≫、をはじめとして。≪自分ができないことを他人に押し付けるな≫とか、≪群がっている女子は集団じゃないと意見が言えないから受け付けない≫とか。こんなに話の合う人がいるのか、実は私の生き写しなんじゃないのか、と思うくらい、タカユキは私と同じ考え方をしていた。そしてタカユキも私も、自分のことが大嫌い。私たちは本当に、そっくりだった。
私とタカユキの差異は、恋愛観くらいなものだった。私が世界史の先生に恋をしたときは、タカユキは私に引いていたし。タカユキがバレー部の顧問の先生にほれ込んでいたときは、私もタカユキに引いていた。でもタカユキも私も、お互いにお互いの恋愛事情を知っていて。よく屋上で、作戦会議をしたものだった。
「長井先生は甘い物嫌いだからね。……やっぱ靴じゃん?体育祭近いし」
誕生日プレゼント何にしようか、とか、
「照沼先生ってさあ、意外とキティちゃんとか好きだよね。そういう系だよきっと」
ホワイトデーどうしよう、とか。どうしようもない、不毛な会話を、たくさん屋上でした。
屋上での思い出は、ただの会話だけではない。綺麗な景色がその場に広がれば、タカユキは必ず写真におさめた。タカユキは写真が好きだった。一瞬を逃さない、時を切り取ってくれる写真が、好きだと。そう言っていた。タカユキの、あの古めかしい一眼レフカメラは、今どこで、どうなっているだろうか。あのカメラに映ったものは、大体なんでも、美しい。
「雪だ!いいね。……初雪だよ」
タカユキの、嬉しそうな顔ほど、綺麗な顔はないと思う。タカユキは決して、イケメンの部類ではない。だからといってブスでもない。ただただ平凡な顔。タカユキは表情が綺麗な男だった。
いつかタカユキが一眼レフを修理に出している間に、夕暮れが綺麗な日がやってきて。私の当時最先端スマートフォンで、写真を撮らせろと騒いだことがあった。夕暮れに飛び立っていくカラスが、美しいのだと言って、何回も連写して。あの写真は珍しく、教室から窓を開けて撮ったものだったけど。今も私の、ロック画面になっている。
「ほら、綺麗でしょ」
あんなに嬉しそうなタカユキの顔を、二度と見ることは、なかった。
二年生に進級してからも、私とタカユキはずっと仲良くしていた。春にはお花見、夏は屋上で水の掛け合いをして、秋はグラウンドで追いかけっこをして、冬は雪合戦をした。
タカユキの髪が伸び始めた、二年生の冬。私は意を決して、長井先生に、
「先生、好きです。愛しています」
と言った。
「…………ありがとう。気持ちだけ、受け取っておくよ」
結果はわかっていた。周囲の女共は笑ったけれど。タカユキは、タカユキだけは、
「佐藤は頑張ったよ」
と、言ったのだ。私は泣いた。
「泣くなよ。……わかってたんでしょ?でも言ったんでしょ?」
タカユキの言葉は、いちいち私に甘かった。タカユキはいつも、笑っていた。
「タカユキは、言わないの?」
「とっくのとうに振られたよ。照沼先生も年上好きなんだって」
自分だって、辛いくせに、タカユキはいつも、目の前の誰かの方が、大切な奴だった。
そんなタカユキが、私の前から姿を消したのは、高校三年生の、夏だった。
「海難事故で亡くなった、シオタタカユキくんの――――――――――――」
夏休みに臨時で開かれた、全校集会で初めて知った。タカユキはその時点で、AO入試で進路を決めていたのに。海難事故なんて。嘘だと思った。
「タカユキ……」
タカユキのお葬式に、勝手に行った。遺影に使われていた写真は、私がベストショットだと豪語していた、屋上で撮った一枚だった。夕暮れの空をバックに、小首をかしげて立っているタカユキの写真。
タカユキが、私の時を止めてしまった。私の時間は、あの全校集会の日から、止まったままだ。動き出してくれない。
「タカユキに、似てるんです。吉田さんは」
声のトーン、笑い方、写真に写るときのポーズ。みんな似ていて、苦しかった。
「タカユキがまだ、生きてるみたいで。……だから私、吉田さんを……」
≪タカユキの代わりにしようとしている≫。そんなことを言って、許されるはずがなかった。
「……俺ね、まだ言ってないことがあるんだ」
吉田さんがうっすら笑って、私を見つめていた。
「俺の名前も、≪タカユキ≫っていうんだ」
今日ほど、自分の強運を恨んだ日はなかった。そして今日ほど、吉田さんが意地の悪い人だと思った日も、なかった。




