彼女は怖くて残虐で
それっぽい前書きを書きたいです。なんか、読む人が小説に引き込まれるような、そんな前書きが。でも無理なので僕の好きな飲み物の話をします。僕は牛乳が好きです。
「・・・ぅ・・・あ・・・」
呻き声を上げながらダイゴが目を覚ますと、そこには白い天井が広がっていた。その景色に既視感を感じるよりも先に、ダイゴは自らが今まで横たわっていた白いベッドから跳ね起きた。辛うじて己の身体に纏われている衣服が、いつぞやの白いパジャマに変化していることだけは視認できた。
「・・・っ!?・・・っ!っ!?」
声にならない悲鳴を上げながら、ダイゴは己の胸に手を当てていた。そして、温く湿った穴が開いて無いことを認識して、ほっと一息吐いた。と、同時に、彼の体には鳥肌が立ち、心臓はでたらめに脈打ち、嫌な汗が迸った。
(・・・今度ははっきり覚えてる。俺はあの時、確かにアッシュさんに撃たれた。そして・・・)
「死んだ」
己が今抱いている現状に対する認識を言語化し、口から発したことで、ダイゴは自らが死んだという実感がより確かなものとなるのを感じた。
「・・・そっか、死んじまったか」
再びそう呟いて、ダイゴはベッドの上に大の字に寝転がった。その状態で深呼吸をしてはみたが、しかし彼の動悸は収まらず、嫌な汗も依然として滲み出ていた。死後の世界での一回目の死と比べて、明らかに彼は動揺していた。何故なら、一回目の時は死んでも蘇生するという概念が無かったために、今のように目が覚めて直ぐに狼狽するということも無かったし、それが故にマリオによって後から自分が死んだという事実を告げられても、いまいち実感が湧かなかったからである。
「・・・ふぅ」
喧しく鳴り響く心音を口から吐き出すように呼吸をするダイゴ。しかし、それでも彼の中の動揺は無くならない。確かな死の実感と、死の間際の鮮明な記憶が彼の精神を掻き乱していた。
「・・・死んだ奴の再犯率が低くなるってのも、何か分かっちまうな」
汗でびっしょりと濡れた首筋を、同じくらいしとどに汗ばんだ掌で撫でながら、ダイゴはそう呟いた。現に、彼は心の中で、言葉には出来ないような恐怖と不快感が渦巻くのを感じていた。このような感情を抱くくらいならば、アッシュの前に立ち塞がるのでは無かったと、思ってしまうぐらいに。
(っかしいな。現世でどっかの誰かを助けて死んだ後には、こんな感覚には陥らなかったのに)
死ぬのと殺されるのとでは、やはり後になって残る心的外傷の大きさも違うのだろうか。そんなことを、五月蠅い心音のせいで朦朧としている頭の中で、ダイゴはぼんやりと考えた。
そんな思考に、ダイゴの脳味噌が行きついた直後であった。ガチャリと、ドアが開く音がした。
「・・・?」
未だに良くならない気分の中で、ダイゴは音のした方に目を向けた。するとそこには、心配そうな顔をしたサレムの姿があった。サレムは、ベッドの上に寝転がりながら己の方に顔を向けているダイゴの姿を瞳に映すと、幾分か表情を和らげた。
「ダイゴさん・・・!目が・・・覚めたんですね。・・・良かったぁ・・・」
そう言ってホッと息を吐いたサレムに対し、ダイゴは上体をベッドから起こしてから、言った。
「あの・・・その・・・サレムさん。いきなり、こんなことを聞いて申し訳ないんスけど・・・その・・・ラムドレーさんは・・・」
そんなダイゴの問いに対し、サレムは未だに完全には心配そうな表情が抜け切っていない顔を、それでも精一杯綻ばせて言った。
「・・・大丈夫ですよ。ラムドレーはあの後生きたまま病床に送られました」
「・・・そうっ・・・スか」
サレムの答えに、ダイゴは短くそう返した。しかし、その返答の短さとは裏腹に、彼の心の中には深い安堵が生まれていた。
(・・・良かった。護れたんだ、俺。ラムドレーさんを、アッシュさんから)
喉元過ぎれば熱さ忘れる。先程頭の片隅に抱いた僅かな後悔も、その安堵にもみくちゃにされて何処かに消えてしまっていた。しかし、その消えた後悔の代わりに、ダイゴの心には別の疑問が生まれた。
「あの、サレムさん。ということはつまり、アッシュさんはあの後ラムドレーさんを見逃したってことっスか」
サレムは貼り付けた笑顔を剥がし、首を横に振った。
「・・・いいえ。アッシュちゃんは、ダイゴさんを・・・その・・・こ、殺してっ・・・しまった後、・・・直ぐに銃口をラムドレーに向け直しました。・・・そこに、私が駆けつけたんです」
ところどころ滞りながら発せられたサレムの言葉の結びの部分に、ダイゴは目を丸くした。
「サレムさんが・・・駆けつけた・・・?・・・アッシュさんが、応援を要請したってことっスか?でも、一体いつ・・・?」
ダイゴの問いに、サレムはこう答えた。
「・・・ダイゴさんが移動機を使って、目的地に移動してからすぐです。ダイゴさんがラムドレー達の潜伏していた街に着いてから、3分くらい経った後にアッシュちゃんも目的地に移動していましたよね。その3分の間に獄番に『今から30分くらい経った後に応援をよこしてくれ』と電話してきたんです」
サレムの答えに対し、ダイゴは更に目を丸くした。
「・・・何で、アッシュさんが3分遅れて目的地に出てきたのを知ってるんスか・・・!?」
「ダイゴさんの心を今読んだからです」
サレムは短くそう答えた。その答えに、ダイゴは(今読んだって・・・サレムさんがここに来てからまだ2分も経ってねぇぞ!?そんな短時間で、そこまで心って読めるもんなのか!?・・・サレムさんスゲェな)と思った。そんなダイゴに対し、「ありがとうございます」と少し顔を綻ばして言ってから、サレムは続けた。
「それで、駆けつけて直ぐに、私はアッシュちゃんを止めました。ラムドレーを護る為じゃありません。ダイゴさんが・・・その・・・」
再びそこでサレムが歯切れを悪くしたのを見て、ダイゴは滲む汗を拭うと、こんな言葉を発した。
「あの、気を遣って下さらなくても大丈夫っスよ?俺、死んだことなんてこれっぽっちも気にしてないっスから!」
そう言って笑うダイゴに対し、しかしサレムは酷く申し訳なさそうな顔をして、「ごめんなさい」と一言漏らした後、こう続けた。
「・・・冷たくなっているダイゴさんを見て、私はアッシュちゃんに詰め寄りました。そんな私の事を面倒くさいと思ったのか、アッシュちゃんは銃を下しました。それが、・・・結果的にラムドレーの命を救うことになりました。・・・いえ!勿論ラムドレーの命を救った一番の功労者はダイゴさんですよ!?だって、ダイゴさんがあの時アッシュちゃんの前に立ち塞がらなかったら、私が駆けつける前にラムドレーは死んでいましたから!!・・・でも、私がもっと早く駆けつけていたら、ダイゴさんが死ぬことも無かったかもしれないですよね・・・。・・・本当に、ごめんなさい・・・!」
何故か頭を下げて謝るサレムに対し、ダイゴは慌ててこう言った。
「い、いやいや!サレムさんが居たからラムドレーさんは助かったんス!!だから、俺はサレムさんにスゲェ感謝してるんスよ!!どうぞ頭をお上げ下さいっス!!」
ダイゴの言葉に、サレムは誰にも聞こえないくらい小さな声で「ごめんなさい」と呟いた後、頭を上げた。そんなサレムに対し、ダイゴは空気を変えようと、未だに滲む嫌な汗を堪えながら明るい口調を作って、もう一つ気になっていることを聞いた。
「そんで、ラムドレーさんは今どこに居るんスか?」
「・・・今もまだ病床内に居ます。獄牢に収監されるのには、まだ少し時間がかかるでしょう。色々と事実確認をやらないといけませんから。・・・その、彼の辿ってきた事実と、獄犬が今まで握っていた事実とでは、かなりの齟齬が生じていることが判明したので」
サレムの答えにより、ラムドレーが今事実確認のために病床に居ることを知ったダイゴ。しかし、それにより消えた疑問とは別の疑問が再びダイゴの中で鎌首をもたげた。その疑問を、ダイゴは口から発しようとした。
「あの、サレムさん。その・・・ア「アッシュちゃんは、今自宅に居ます」歪みねぇな理解」
突然心を読まれて思わずダイゴはサレムを称賛する。が、すぐに彼女の返答に対する疑問が彼の胸中で鎌首をもたげた。
「・・・自宅?・・・どういうことっスか」
そのダイゴの問いに対し、ほんの少しだけサレムは表情を暗くし、次のようなことを言った。
「・・・アッシュちゃんは、研修生であるダイゴさんを殺したことで、ボブさんによって自宅謹慎を命じられたんです。いかなる理由があったとしても、同僚殺しは許されることでは無いですから」
サレムの言葉に、ダイゴは別に衝撃を受けることも無かった。少なくとも、ダイゴの今まで培ってきた常識に当てはめて考えれば、アッシュの今回の行動は良いものではなかったからだ。そう考えた上で、ダイゴはサレムに問うた。
「・・・アッシュさんは、・・・これからどうなるんスか」
その言葉に、サレムは答えた。
「・・・逮捕とまではいきませんが、・・・獄犬の仕事を辞めることになるかもしれません。・・・ですが、ある特殊な条件を満たした場合に限り、四日間の自宅謹慎で済むこともあり得ます」
「・・・特殊な条件?」
ダイゴは言った。同僚殺しを、自宅謹慎で済ませるほどの条件とは一体どんなものなのか、純粋に興味が湧いたからである。
そんなダイゴの問いに対し、サレムはこう答えた。
「・・・それは、・・・被害者であるダイゴさんが、アッシュさんの復職を認めることです」
「・・・へ?」
ダイゴは思わずそう呟いた。想像していたものよりも、かなり軽い、悪く言えば甘い条件であったからである。そんなダイゴの心情を察してか、サレムはこう続けた。
「・・・冗談のように聞こえるかもしれませんが、それが獄番のトップであるボブさんが組織を回していく上での姿勢なんです。天番側も彼のこの姿勢に対して、今のところ口は挟んできていません。天番側の思惑は知りませんが、ボブさんは何より獄番の職員同士の信頼を尊重していますから、このような条件を設けているのだと思います」
サレムの説明を受け、ダイゴは「そ、そうっスか」と短い相槌を打ったっきり、少しばかり黙ってしまった。こんなことを考え始めたからである。
(条件は分かった。俺がアッシュさんを許せば、アッシュさんが獄犬に戻って来るってことは分かった。だが、・・・俺は・・・)
その時、ダイゴの胸が、心臓が疼いた。もう穴は塞がっている筈のその部分が、何故だか痛んだ。
(・・・俺は、アッシュさんの事を、許そうって気になれねぇ・・・。というより、アッシュさんが獄犬に戻ってきて、第四部隊に帰ってくるってことが、すげぇ怖ぇ・・・。・・・でも、・・・でも俺は・・・)
今朝、彼女から逃げないと決めたばかりじゃないか。そんな考えが、彼の頭を過った。
そんなダイゴの胸中を察してだろう。サレムがこう言った。
「・・・アッシュちゃんを許すか許さないかを決断する日は、今から三日後です。何も、今決める必要は無いですよ」
「・・・そうっスか」
ダイゴは短く呟くと、病室の天井を見上げた。相も変わらず真っ白な天井が、そこには広がっていた。それを少し見つめた後、ダイゴはふいにサレムに聞いた。
「・・・俺は、この後どうすれば良いんスかね」
「……第四部隊の待機室に向かって下さい。ニゾウさんがそこで待っておられます。……ああ、蘇生代を払う必要も無いですよ。今回は、『特別』ですから……。……ごめんなさい。そういう意味の問いでは、無いんですよね」
サレムの言葉に、ダイゴは僅かに苦笑すると、ベッドから立ち上がった。まだ多少は動揺してはいたが、それでも目覚めた直後と比べるとかなり回復していた。その回復を認識すると、ダイゴは簡単な柔軟体操をしてから、いつもの様なアホ面で笑い、言った。
「・・・いや、そういう意味っスよ」
そして、もう一回伸びをして、室内から出ようとダイゴが扉のドアノブに手を掛けた、その時であった。
「ダイゴさん」
背後から、サレムの声が聞こえた。その言葉が、引き留めるようなトーンであったために、ダイゴはサレムの方を振り向いて、問うた。
「どうかしたっスか?」
サレムは、ダイゴに対して何か言いたそうな素振りを見せた。しかし、最終的に発したのはこんな言葉であった。
「・・・いいえ、何でもありません。ごめんなさい、呼び止めたりなんかしてしまって」
そのサレムの言葉を聞き、仕草を見て、ダイゴは少しばかり考えた。それから、こんなことを言った。
「・・・サレムさんにとって、アッシュさんってどんな人っスか?」
「え?」
サレムはダイゴの言葉を受け、初めて見せるような驚きのような表情を作った。しかし、彼女は直ぐにその表情を崩して、おずおずとこう言った。
「・・・正直に、言っても良いですか?」
ダイゴが頷くと、サレムはこう続けた。
「・・・アッシュちゃんは、・・・正直、私から見ても結構怖いです。ダイゴさんの思っている通り、いや、思っている以上に残虐でもあります。・・・でも、それと同時にアッシュちゃんは、・・・ダイゴさんが思っているよりも弱くて、ダイゴさんが思ってるよりも優しい子です。・・・私にとって、アッシュちゃんはそんな子です」
サレムの言葉を受けて、ダイゴは再び笑ってこう言った。
「・・・怖くて、残虐で、弱くて、優しい子っスか。・・・前二つは完全に同感できるっスけど、後二つはまだ正直俺には分かんないっス。・・・分かんないまま、終わるのは何か嫌っスね」
そう言ってから、ダイゴは再びサレムに背を向けて、扉を開いた。そして、室内から体をはみ出してから、こう呟いた。
「俺は逃げねぇっス。俺は、逃げたら駄目なんス」
その呟きは、誰にも聞こえないような小さなものであった。ダイゴは誰にも聞かれないことを前提に、自分を奮い立たせるためにこんな言葉を呟いたのであった。
しかし、心を読めるサレムにとって、そんなことは関係なかった。彼女は、ダイゴの心ごと、彼の呟きを聞き取った。それから、誰も居ない室内で、ポツリと漏らした。
「・・・大丈夫かな、ダイゴさん」
それっぽい後書きを以下略)僕は牛乳が好きです。




