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死後(デッドイン)  作者: 糞袋
第四章・断罪
82/113

断罪者の前には

やっぱ夏休みは最高です。

 ダイゴが辛うじて動く頭を声と足音と臭いの方向へ向ければ、そこにはいつもの様なしかめっ面を拵えているアッシュの姿があった。その体に纏われているパーカーは、ダイゴの予想通り赤い色をしていた。

「・・・」

 生前ならば縁の無かったであろう、死後嗅ぎ慣れた甘ったるい濃い血の臭いに、案の上胃から込み上げる熱いものを喉で必死に堰き止める。言葉を発することは出来なかった。喋ろうと口を開けば、声では無く反吐が漏れそうだったから。

 地面に横たわりながら、何かを堪えるように口を閉じ傷だらけの体を震わせるダイゴに目を向けて、アッシュは頭を掻きながら怠そうに言った。

「満身創痍で動けねぇ、ってか。チッ、手間掛けさせんじゃねぇよ」

 舌打ちをしてそんな悪態をついてから、徐にアッシュは自分の履いているズボンのポケットに手を突っ込むと、そこから白い小箱を取り出した。そして、その小箱の蓋をスライドさせて、そこから黒い錠剤を取り出した。

「おらよ」

 ぶっきらぼうにそう言うと、アッシュは立ったままその錠剤を、横たわるダイゴの口目掛けて投げた。

「っ・・・!」

 放物線を描きながら己の口目掛けて飛んでくる黒い錠剤、治癒香辛料に、ダイゴはせり上がる酸っぱい物を呑みこんで、大口を開いた。すると、治癒香辛料は寸分違わずダイゴの口に入り込み、喉を通過し胃に届いた。刹那、ダイゴの体中に出来た瘡蓋や傷が全て治癒し、今まで通り自分の意思で動かせる五体となっていた。

「あ、ありがとうございますっス!」

 思いがけないアッシュからの助けに、ダイゴは全身が治癒した直後に立ち上がり、腰を折って礼を言った。本当は彼女のパーカーに沁み渡っている血液の元の持ち主であろうリムードについて聞きたかったが、まずは感謝の気持ちを伝えようと思ったのである。しかし、そんなダイゴのお辞儀に対して、アッシュは煩わしそうに眉を顰めて返した。

「んな礼いらねぇ。時間の無駄だ。そんなことより」

 そこで言葉を切り、アッシュは視線をダイゴの背後にあるものへ移した。

「そこに転がってる屑の処理を早くしやがれ」

 屑。その単語にダイゴは自分の心がささくれ立つのを感じた。しかし、そのことについて目の前の少女に噛み付く勇気も無謀も、今の彼には無かった。それに加え、目の前の少女は己の後ろに眠っている男について、彼が殺人犯-正確にはそうでは無いのだが-であるという情報しか知らない。ならば、背後のラムドレーの事を、今まで通り”屑”とアッシュが断じるのも、ある意味で仕方ないことであるように思われた。何より、ここでアッシュに食って掛かることで、事態が拗れラムドレーの命まで奪われては敵わない。そう考えた為、ダイゴはアッシュの言った”屑”という単語に対して、聞こえないふりをした。その上で、ダイゴはラムドレーの”処理”を行うために、アッシュに向かってこう言った。

「分かったっス。んじゃあ、お手数っスけど、俺に・・・えっと、なんて名前だったっけか・・・、あの捕まえるための道具投げて下さいっス」

 ダイゴはそう言いながら、昨日ミール達がスミオ達を逮捕するために使おうとしていた黒い手錠型の道具、『捕縛機(カフス)』のことを脳裏に思い描いていた。残念ながらその名称までは浮かばなかったが。

 そんなダイゴのお粗末な記憶能力に起因した漠然とした要求に対し、しかしアッシュは不思議と文句一つ垂れること無く、ダイゴに対してある物を投げて寄越した。

「おっと」

 そんな声を漏らしながら投げられた物をキャッチしたダイゴだったが、両掌から伝わる感触に違和感を覚えた。そのため、己の手が掴んでいるある物に目を向けた。瞬間、ダイゴは身に纏った乙タンクトップが汗で冷たくなるのを感じた。

「アッシュさん・・・何の・・・冗談っスか・・・」

 手の中にある、銃身が長い白金の銃を揺れる瞳に映しながら、ダイゴはそう漏らした。


「そいつで処理(ころ)せ」


 しかし、アッシュはダイゴの漏らした言葉など僅かも聞こえなかったかのように、気怠そうに短くそう言った。

「え・・・あ・・・え・・・?」

 ダイゴは何の脈絡も意味も無い言葉を途切れ途切れに漏らした。今の彼の思考回路では意味を持った言語の束を口から吐き出すことは不可能に近かった。それどころか、彼の頭の中はアッシュの放った言葉に対するまともな反応すら出来ていなかった。彼の脳味噌は、彼女の言葉の認識を最後に、暫く思考を停止していた。

「何を呆けてんだハゲ。早く撃てよ。何の為に俺がお前の両手を動かせるようにしてやったと思ってんだ」

 呆れたような顔をしたアッシュが吐いた言葉を聞いて、ダイゴは初めて彼女が自分に治癒香辛料をくれた意味を理解した。

「・・・俺に、殺させる気っスか・・・?俺に、ら、ラムドレーさんを・・・!?」

 温い汗で滲んだ掌の上で、銃が摩擦を奪われてつるつると滑るのを感じながら、ダイゴは絞り出すように問うた。そんなダイゴの問いに対し、元のしかめっ面を更に険しくして、アッシュが言った。

「ラムドレー”さん”?・・・おい。テメェ、まさか屑に情が移ったんじゃねぇだろうな。だから俺には撃てねぇとか、そんな世迷言をのたまう気じゃあねぇだろうな」


「ラムドレーさんは屑なんかじゃねぇよ!!!」


 今度は、聞こえぬふりは出来なかった。

「・・・あ?」

 声を荒げたダイゴに対し、アッシュがドスの利いた声を発する。瞬間、痛いほどの殺気がその身から溢れるのが、鈍いダイゴにも分かった。しかし、それでもダイゴは引かなかった。引けなかった。自分の肩に突如としてのしかかった一人の父親の命が、彼をその場に釘付けにさせた。

「テメェ・・・テメェにラムドレーさんの何が分かるってんだよ・・・!この人はな、訳の分かんねぇ店の親父に門前払い喰らって、何故だか分からねぇ就職難に揉まれまくって、そのせいで飢餓に陥ってよぉ・・・!その飢餓が原因で弱味握られて六道組に堕ちちまっても、ばれちまう最後まで自分の娘に心配かけまいと足掻いてたんだよ!テメェがやっちまったこともやってることも全部全部後悔しながら、それでも自分の娘を二度と飢えさせねぇために今の今までもがいてたんだよ!!そりゃあ、この人がやったことは悪いことだしよぉ!!逮捕されちまうのは仕方ねぇことだけどよぉ!!だからって、今の今まで罪を自覚して懺悔してたこの人に、テメェの手を汚してでもたった一人の娘を救おうとしてたこの父ちゃんに、屑なんてレッテル貼ってんじゃねぇぞバカヤロォッ!!!」

 あまりにも長い台詞を叫ぶもんだから、ダイゴは途中から自分が何を言っているのか分からなくなっていた。頭に血管を浮かせてがなるもんだから、その全身からは変な汗が噴き出て、その眼には涙が滲んでいた。顔を真っ赤にして怒鳴るもんだから、傍から見てその姿は滑稽であった。それでも彼は言い切った。自分が死界の中で最も恐れていると言っても過言では無い少女に対し、一歩も引かずに言い切った。彼が朝に死体を、イットクの死体を見てぶっ倒れてから立てた己の信念を、一先ず貫き通したのである。何もかも、背後に横たわる、さっき会ったばっかりの中年の冴えない親父を護るために。

 そんなダイゴを前に、アッシュは黙り込んでいた。その灰色の瞳で、目前の坊主頭の少年の滑稽な演説を見据えていた。

「・・・そうか」

 その演説を全て聞き終えた後、アッシュは徐に頭に血を上らせているダイゴに近付いて行った。

(・・・分かって、くれたのか・・・?)

 敬語も無しに口汚く身勝手なことをのたまった自分にブチ切れること無く、黙って歩み寄ってくるアッシュを前に、ダイゴは上った血のせいで朦朧とした思考回路でそう思った。

 そんな風にぼんやり黙って突っ立ているダイゴに、アッシュは静かに近付いた。そにて、二人の距離が50㎝を切った後、



 アッシュはダイゴに対し、鋭い蹴りを打ち込んだ。


「ごはぁっ!!」

 その場から吹き飛び、泥濘の上に転がされるダイゴ。アッシュの蹴りが彼の腹に向けられたものだということもあり、ダイゴは下に広がる泥濘を溢れてくる胃液と吐瀉物で汚した。

「汚ぇゲロ吐いてんじゃねぇよクソが」

 地面に芋虫のように這いつくばっているダイゴに、アッシュは冷たく吐き捨てた。

「う・・・げほっ・・・ごほっ・・・!!」

 そんなアッシュの言葉に耳を抉られながら、ダイゴはふらふらと立ち上がる。そうしなければ、ラムドレーの身が危ないと思ったからだ。そんなダイゴに、アッシュは氷の様な視線を向けた。

「テメェがほざいた屑の身の上話は、ご本人から聞いたのかよ?だとしたらお笑いだ。お涙頂戴に脚色されてるかもしんねぇ話を、寸分も疑うこと無く信じちまうんだからよ」

「はぁ・・・はぁ・・・う、嘘じゃねぇよ・・・!!ラムドレーさんは、そんなことするような人には見えなかった・・・!!だってあの人は、俺を殺せるような場面でも俺を殺すようなことはしなかった!それに、あの人は俺が助けようとした時も、俺の命を案じて自分一人死のうとしたんだぞ!!」

「そうすりゃあ蘇生して獄牢にぶち込まれた後も、どっかの情に絆され易い馬鹿が、自分の刑期を短くするために奮闘してくれるとでも思ったんじゃねぇか」

「て・・・めぇ・・・!!」

 ダイゴは自分の頭に再び血が上るのを感じた。しかし、それ以上何かを言うことは出来なかった。腹目掛けて、アッシュに膝蹴りを打ち込まれたからだ。

「おぶぇっ!!」

 たまらず地面に片膝を着くダイゴ。そんなダイゴの胸ぐらを掴み、アッシュは彼の額に上から肘鉄を突き刺した。

「ぎゃあっ!!!」

 額が割れ、血が迸る。ダイゴの視界が、上から垂れてきた血のスクリーンによって赤く染まった。

 そんなダイゴに対し、しかしアッシュは彼の胸ぐらを依然として掴んだまま、言った。

「・・・仮に、テメェがされた身の上話が丸っきり全部本当だったとして、それが何だってんだ。どんな悲しい理由だって、悪人が罰を逃れる免罪符にはなんねぇんだよ」

「・・・だからっつって・・・そのテメェのほざく言葉が、ラムドレーさんが殺されても良いっていう免罪符になんのかよ・・・!!」

 朦朧とした意識の中で、それでもダイゴは言った。少なくとも彼には、アッシュの言葉はラムドレーの殺されても良い理由には聞こえなかった。そんなダイゴの言葉に対し、アッシュは拳骨で応えた。

「ぶべっ!!」

 再び地面に這い蹲らされるダイゴ。顔から泥濘に突っ込んだために、額の傷に泥が沁みて痛みを生んだ。

「殺される免罪符になんだよクソハゲ」

 四肢を濡れ土にめり込ませているダイゴを睨めつけながら、アッシュは言った。

「テメェは死んでから日が浅いから知らねぇかもしんねぇがな、この死界じゃあ捕まる際に殺された屑の方が再犯率が低いんだよ。滅茶苦茶な」

「・・・殺さなくたって、ラムドレーさんはもう二度と罪は犯さねぇよ・・・!!」

 這い蹲りながら、それでもダイゴはアッシュを睨めつけて言った。だが、そんな血と泥で汚れたダイゴを見ながら、アッシュは冷たく言い放った。

「例外は無ぇ。一度道を踏み外しちまった奴は、何度だって踏み外す。境界線なんて一度踏み越えちまえば、ただの記号と化すんだよ。それを防ぐためには、二度と犯罪に手を出したくなくなるような、死の恐怖を植え付けてやるしかねぇんだ」

「訳・・・分かんねぇよ・・・!!そんなの・・・テメェの勝手な・・・!!!」

 妄想なんじゃねぇのか。そう言葉を続ける前に、ダイゴは再びアッシュに胸ぐらを掴まれ、彼女の目の高さまで引き揚げられた。

「別にテメェなんぞに理解して貰わなくても良い。どうせテメェみてぇな偽善者は、痛い目見ねぇと永遠に分かんねぇさ。だから、分かんなくても良いから口を閉じろ。屑が殺されるのが嫌なら追加で目も閉じて耳も塞いでろやゴミヤロウ」

 最早何の感情も込められていないような無機質な声でそう言われ、

「・・・ぜってぇに黙らねぇ・・・!!」

 しかしダイゴはそう言った。

「そうかよ」

 その言葉を受け、アッシュはそれ以上の何の言葉も発することは無く、ダイゴの口の中に手を入れた。

「へ?」

 一瞬のことでそれ以上の反応を見せることが出来ないダイゴ。そんなダイゴに対し、アッシュは黙々と彼の舌を口から引きずり出すと、






 その顎に膝を打ち込み、彼の舌を両断した。





「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

 血を噴き出しながら絶叫するダイゴ。その喉を大量の血液が塞ごうとする。

「げぇ!おぇ!!ごへぇ!!!」

 死に物狂いで口から地面に向かって血を吐き出す。幸いにも舌の切断が比較的先端部分で行われていた為、窒息に繋がる様な出血量では無かった。しかしながら、それでもその強烈な痛みは、ダイゴの口から言葉を奪い、続いて脳から意識を奪おうとしていた。

「ぉぉぉおぉぉごおおおぉぉおぉ!!!!」

 それでもダイゴは意識を手放すまいと呻いた。言語化されていなくても、声を上げ喉を震わせている間は、意識が暗い闇の中に滲んで消えることは無いと信じて。

 そんなダイゴを尻目に、アッシュは10mほど離れたところで横たわっているラムドレーに銀色に光る銃を向けていた。その銃は先程ダイゴに渡したものとは違う、新しく生成したものであった。

「っごっがあああぁぁぁぁああああああああ!!!!」

 その光景が、激痛で色褪せていくダイゴの視界に映った。瞬間、ダイゴは口に溜まった血の液塊を泥濘の上に一気に吐き出し、アッシュとラムドレーの間に割り込んだ。

「・・・馬鹿か、テメェ」

 いきなり目の前に割り込んできたダイゴを前に、アッシュはラムドレーに向けて少し下げていた銃口を僅かに上げた。まるで標的を変えるかのように。

「ぐぶぅっ・・・!!ごふぅっ・・・!」

 荒い息と共に口から夥しい量の血を垂れ流しながら、ダイゴはアッシュを睨めつけた。そして、ゆっくりと両腕を広げた。ラムドレーを、護るために。

そんなダイゴに対し、アッシュはこんな言葉を投げかけた。

「・・・良い気分だろ。悲しい哀れな悪人守って、無慈悲で血も涙も無い断罪者の前に立ち塞がるのはよ。まるでヒーローみたいだもんな」

 彼女の言葉には、先程の様な無機質さは無かった。代わりに、分かりやすいほどの殺気が込められていた。

 そんな彼女を前に、ダイゴは依然として仁王立ちを続けていた。

(・・・大丈夫だ。この人が分かりやすい殺気を放ってるうちは大丈夫だ。多分、この殺気は威嚇射撃みたいなもんだ。俺をビビらせるためのもんだ。だって、実際にこの人が手を挙げる時はこんな殺気は出ちゃいなかった。舌をぶつ切られた時だって、全く殺気は感じなかったしよ。それに、舌だって多分、わざと窒息しない程度にぶつ切ったんだ。だから、この人は俺を本当に殺す気は無いんだ)

 仁王立ちを続けながら、ダイゴは心の片隅にそんな淡い期待を抱いていた。いくらなんでも自分の組織の一員を殺すようなことは無いだろう、という淡い期待を。







 そんな淡い期待を、ダイゴの心臓ごと銀色の閃光が貫いた。


「あばよヒーロー。モブみたく死ね」


 遠くなっていく痛み。抜けていく血液。冷えていく体。そして、じわりじわりと侵食してくる、形容し難い恐怖。それら全てが己の感覚に泥濘のように絡み付いてくる中で、ダイゴは確かにそんな言葉を聞いた。


 

 


何度でも言いますが、命は大切にしましょう。

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