ここにキマシタワーを建てよう
「キマシタワー」って元ネタ何なんですかね。「アッー」とか「ホイホイチャーハン」とか「ところで俺の金玉を見てくれ」とかなら分かるんですけど。
「っらあ!」
相手が自分の心象をかわすのを読んでいたとばかりに、リムードはアッシュの避けた先目掛けて、鋭い左前蹴りを放った。
「おっと」
しかし、現世の格闘技選手にも劣らないソレを、アッシュは表情変えず再びかわす。
「まだまだぁ!」
そんなアッシュに対し、リムードは左足を定位置に戻しながら、同時進行で右足による回し蹴りを放つ。
「遅ぇよ」
だが、その回し蹴りを、アッシュはリムードの右足首を左手で掴むことで止めた。
その時、リムードの口元が綻んだ。
「かかったな馬鹿が」
そんな言葉と共に、リムードは右足に履いている靴の爪先をアッシュの方へ向ける。
刹那、爪先が靴先を貫きながらアッシュの顔に放たれた。リムードの心象は『自らの爪を弾丸のように飛ばす心象』。足の爪も、その効果の対象外では無かった。
「・・・で?」
しかし、そんなある意味不意打ちにも近い攻撃を、アッシュは言葉を発するのも億劫だというように、ただ一言そう言うと、再び頭のみを動かしてそれを避けた。
と、同時にアッシュは掴んでいる足首を自分の体の方に強く引っ張り、近付いてきたリムードの顔を、右手でフック気味に殴り抜く。
だが、リムードはアッシュの拳が触れた瞬間、即座に首を振り向くように回す事で、衝撃を分散させダメージを減らす。そして、お返しとばかりに既に着地を終えている左足の爪先をアッシュの体に向けると、そこから再び足爪の弾丸を放った。
「・・・」
アッシュはリムードの右足を無造作に離し、その爪弾をかわす。それを待っていたとばかりに、リムードはバックステップによって距離を離した。
「どうした?俺と接近戦すんのが怖くなったか?」
「はっ、馬鹿言うなし。てかアンタこそ、私の足持ったまんまじゃ爪避けらんないから離したんでしょ?だっさ」
アッシュの煽りに煽りで返すリムード。その口元には嘲笑が浮かぶ。
「それに、大体接近でやる必要は私には無いんだよねー。だって私の心象遠距離系だし」
「遠距離系だ?おいおい冗談だろ。あんな速度で飛ぶもん、風船かテメェの心象ぐれぇだよ。それともテメェは、風船ぶつけて人殺せるとでも思ってんのか?花畑な思考回路だなオイ」
アッシュがリムードの言葉に対し、再び煽る。
が、そんなアッシュに対し、リムードは口元の笑みを深くさせて言う。
「あっれれー?アンタもしかして、あれが私の全力だと思っちゃってんの?おっかしー」
その深度を増した嘲笑を浮かべながら、リムードはその左人差し指をアッシュに向けた。そして、言う。
「くたばれや、犬畜生」
言葉がアッシュの耳に届いた時には、既に彼女は回避を終えていた。しかし、その白い頬には赤い線が入っていた。何てことはない。避けきれなかったのだ。
「・・・」
無言で頬の血を拭うアッシュ。すると、拭い終わった時には、傷は塞がっていた。大した治癒力である。
しかし、そんなアッシュに対し、リムードは笑いながら言う。
「どうしたんだ?アンタ、風船で血が出てるよ?花畑な耐久力だねー?ギャハハハハ」
「・・・」
アッシュは無表情のままリムードを見つめる。その灰色の瞳からは、感情は感じられない。
そんなアッシュに対し、一頻り笑った後、リムードは言った。
「・・・ちなみに今の心象も、私の全力の半分くらいだよ。・・・ねぇ、これ聞いて、今アンタどんな気持ち抱いてんの?恐怖?焦燥?無力?それとも諦念?ポーカーフェイスが痛々しくて可哀想だよ?抱き締めてあげよっか?」
その十二分に嘲りを含んだ台詞を一通り耳に入れてから、アッシュはやはり表情を変えることなく言った。
「・・・さっきの速度の二倍程度が全力か。・・・大したこと無ぇなテメェ」
その言葉をリムードは鼻で笑うと、口を開いた。
「負け犬の遠吠えって奴?アンタにお似合いな言葉だな。・・・あ、良いこと思い付いた」
そこで言葉を一旦切り、リムードはその右腕で自らの隠れ蓑である廃ビルのコンクリートに絡まっている植物に触れる。
そして、その緑を撫でながら言った。
「アンタをいたぶって、二度と此処に来れなくなるぐらいに、獄犬辞めたくなっちゃうぐらいに心身共に傷付けてやるよ」
「へぇ、興味あるな。どんなことをするんだ?今後の屑掃除の参考にするから、教えてくれ」
アッシュがそこで表情を崩す。その顔に浮かんでいたのは、冷酷で獰猛な笑みだった。
「ギャハハ、そんなに強がるなよ仔犬ちゃん」
リムードは、そんな加虐に満ちたアッシュの笑顔を虚勢と断じてから、
「ワンワン鳴きながら、泣きながら、哭きながら、啼きながら、死ぬまで、たっぷり可愛がってあげるからさぁ!」
というサディスティックな咆哮と共に、壁に這いつくばる碧草に五爪を立てた。
リムードは壁に繁茂する植物に五爪を立てるや否や、それを素早くアッシュに向けて射出した。
五つの爪はヒュウと音をたてながら、一つ残らずアッシュの体に襲い掛かる。
「・・・」
アッシュは、押し黙りながらサイドステップでそれらをまとめて避ける。しかし、回避行動を終えて一息つけるような余裕を、リムードは与えなかった。
「そらぁ!おかわりだよぉ!!」
そんな叫び声と共に、右手の爪を先程の様に植物に差し込むと、再びアッシュ目掛けて放った。
(・・・爪の再生が速い。どうやら、弾切れは狙えねぇみたいだな)
しかしアッシュはそんなことを考えながら、再びそれらを避ける。
そんなアッシュに対し、リムードは笑いながら、挑発のスパイスをまぶしにまぶした口調で言う。
「あっれー?逃げるのに必死だね??どうしちゃったの???まさか、こんな程度の速さにびびってんのかなぁ????」
だが、そんな煽りに対し、アッシュは例の如くつまらなそうな表情で静かに言った。
「・・・麻痺毒か」
やにわに、リムードの笑顔が消え、代わりにその上面には能面が張り付いた。
「図星かよ」
アッシュがつまらなそうにそう言う。
そんな言葉をかけられても、リムードは能面めいた無表情のまま数秒の間微動だにしなかった。が、やがて口端を僅かに吊り上げると、言った。
「・・・へぇ。以外とそういうのに造詣が深いんだ」
「・・・植物関係に強い女が獄犬に一人居てな。そいつの居る部隊と何回か任務を共にする機会が有って、その時に今テメェが引っ掻いたのと同じ毒草をその女が使ってんのをチラリと見たんだよ」
アッシュは跳ねた銀髪をワシャワシャと掻きながら面倒臭そうに答える。
そんな彼女の行動を瞳に映した後、リムードは一呼吸置いて言った。
「・・・でもさぁ、この爪に塗った毒の正体が分かってても、避けられなきゃ意味無いよねぇ!」
刹那、リムードがアッシュに左手の爪を向け、その五つの爪先を同時に射出した。
「・・・」
それらを避けようとアッシュは身を捩るが、その甲斐空しく一つの爪に肩の薄皮を服越しにこそぎとられる。
(・・・若干速くなってるな)
肩の切り傷の自然治癒を文字通り肌で感じながらアッシュは思う。今までの攻撃速度が五割の出力によるものだとすれば、今の攻撃は七割程の出力によるものといったところだろう。
しかし、その爪には先程の様な毒のマニキュアが塗っていなかった為に、アッシュの体を痺れさせることは出来なかった。だが、それにも関わらずリムードは笑う。
(思った通り速さにはついてこれてないな。やっぱりさっきの麻痺爪の回避も偶然か。・・・なら、まだまだ焦ることは無い。じっくりいたぶって、心を折ってやる)
そんな考えを脳裏で渦巻かせながら、リムードは足元にある泥を靴先でアッシュ目掛けて抉り飛ばした。
「目潰しか。下らねぇ」
そう言いながら、目前に迫る泥を、頭を右に傾けることで難なく避けるアッシュ。だが、その瞬間、その左頬に再び亀裂が走った。
「・・・何だと」
頬から溢れる熱を感じながら、アッシュは口からそんな台詞を呟く。
そんなアッシュをリムードは嘲る。
「ギャハハハ!泥に爪を紛れさせて放っただけで、何びびってんの?雑っ魚ー!ギャハハハ!!」
「・・・チッ、つまらねぇ小細工を」
舌打ちをするアッシュ。その姿が、リムードには余裕が無い様に見えた。
リムードのテンションはますますヒートアップする。
「さーてさてさて、次はどんな小細工をしよっかなー?まあ、どんなにショボい小細工でも、アンタびびらせるには事足りるだろうけど、ね!」
言うが早いか、リムードは戦闘開始時の様にアッシュに向かって駆けた。
「・・・飛んで火に入る夏の虫だな」
迫るリムードに、しかしアッシュは余裕綽々といった様な態度で、その顔目掛けてカウンター狙いの拳を繰り出す。
しかし、
「言っとくけど、私は格闘に関してもまだ全力は見せて無いから」
その拳をするりと避けながら、リムードはそんな言葉を吐いて、アッシュの腹目掛けて拳をめり込ませた。
「ごふっ・・・!」
俯き、口から呻き声を洩らすアッシュ。そんなアッシュの声を耳で感じ、リムードはその表情を歓喜で悪鬼の如く歪ませる。そして、間髪入れず体を下に沈ませると、そのまま下半身のバネを使って飛び上がり、その勢いを拳に乗せて、俯いているアッシュの顔を殴り抜いた。
「ガハッ・・・!」
鼻血を出しながら顔面を天に打ち上げられるアッシュ。その衝撃でがら空きになったボディを、飛び上がったまま滞空中であるリムードは、容赦なく左前蹴りで打ち抜いた。
「ぐ・・・が・・・」
そんな声を残し、アッシュは10m程先まで吹っ飛ばされる。そして、そのまま何の受け身も取ること無く、地に敷き詰められた泥の中にその体を突っ込ませた。
泥まみれになり倒れ伏すアッシュの姿を離れた場所から見下しながら、リムードは言った。
「・・・可哀想だねぇ、本当に。獄犬なんてやってなければ、こんな目に合わずに済んだのにねぇ。どうしてアンタみたいな女の子が、泥に汚れなきゃいけないんだろ?本っ当に、可哀想過ぎて抱き締めたくなるよ。・・・ククッ、ギヒヒ、ギャハハハ!!」
リムードのそんな哄笑を浴びながらも、アッシュはその身をピクリとも動かさない。
そんなアッシュを見ながら、リムードは無言で壁に繁る草に右の人差し指を突き刺す。そして、今度は入念に爪の表面にその草から出た液を塗ると、それをアッシュに対し、まるで子どもが指でピストルの真似事をするように向けて、言った。
「・・・そろそろ飽きてきたし、アンタ殺すわ。・・・でも、取り敢えず結構楽しめたから、お礼に私の出せる最高のスピードの爪で以て、さっくり逝かせてあげる。・・・まあ、もしも手元が狂ったら、麻痺の中もがくことも出来ずゆっくり死んでいくことになるけど」
そう言いながら、リムードはアッシュの腹に爪先の標準を合わせ、心象を発動しようとした。
アッシュが、上半身だけむくりと起き上がったのは、その時であった。
「・・・へえ、まだ動けんだ」
リムードは指差したままにそう言う。しかし、その言葉に対しアッシュは何の反応も示さない。返答はおろか、上半身を揺らすことすら無い。
「・・・最後の力を振り絞って、上半身だけでも起こしたって訳?意地ってヤツかな?格好いいー」
口元を嘲りで歪ませながらそう言った後、リムードは告げた。
「じゃあ死ね」
そんな処刑宣告と同時に、毒液でヌメヌメと光る爪先は放たれた。その爪は今までのどの攻撃よりも早く空気を切り裂き、どの攻撃よりも速く標的に向かい、どの攻撃よりも迅くアッシュを殺そうとした。
殺そうとした。
だが、阿頼耶の後リムードの視界に居たのは、体を貫かれて死に向かう、哀れな少女の姿ではなく、最初の様なつまらなそうな顔で、最初の様に人差し指と中指とで爪を挟んで止めている、恐ろしい銀髪の番人の姿だった。
「良い夢見れたか屑」
溜め息の様に気だるげで、しかし処刑宣告よりも冷酷に、アッシュの口から静かな咆哮が洩れる。その灰瞳の鏡には、呆然とするリムードの姿が映っていた。
ところで、九相図ってあれ一つの作品じゃなくて、一つの絵画ジャンルなんですね。今日初めて知りました。