何故人はド忘れしても特防が上がらないのか
小学生の頃、友達に貸してもらう形で、ポケモンのエメラルドをやっていました。しかし、友人から毎日ゲームボーイごと借りるのは忍びなかったという理由で、お年玉を使って自分のゲームボーイアドバンスを買いました。あの時のあの感動は、今でも忘れません。
※
「ってアアア!?マリオさん達と合流すんの忘れてた!!」
そんな叫び声をあげるダイゴの現在の位置は獄番内。つまりこの男、帰って来てからようやくその事を思い出したのである。敢えて言おう、馬鹿であると。
しかし、そんな若さ故の過ちをしたダイゴは、
「・・・よし!今からでも遅かねぇ!探しに行こう!!」
と直ぐに思い直し、獄番内から出た。
「・・・とは言ったものの、俺マリオさんへの通信手段とか持ってねえしな。・・・どうしよ?」
外に出てから三十秒、早速壁にぶち当たるダイゴ。連絡が取れなければ、この広い死界の中を虱潰しに探さねばならない。そんなことは避けたいダイゴだったが、その為の案が思い浮かばない。何故なら馬鹿だから。
しかし、ウンウンと唸って十数秒、ダイゴの脳内に閃光が瞬いた。
「そうだ!俺の心象でもって走る力強化して、そんでスゲェ速さで走り回って探そう!!"人間は考える脚である"って言うしな!!」
何故かドヤ顔でそんなことを言うダイゴだったが、それを言うなら脚ではなく葦だ。そして仮に脚だとしてもお前何も考えて無いだろう。
しかし、そんなホモアホエンスなダイゴに、こんな突っ込み聞こえる筈もなく。ダイゴは思い立ったが吉日とばかりに、脚に力を溜め始める。
そんな時だった。
「・・・お?あれ"死者の家"じゃん」
その視界の端に、"死者の家"が入ったのである。と、同時に、ダイゴは思い出した。
『うーん、じゃあさ、こっちでお兄さんの言う条件にあった仕事を、明日までにまとめておくってのはどう?』
昨日死者の家にてチョビヒゲの男性職員に言われた、そんな言葉をである。
「・・・そういや今日、あのチョビヒゲの職員さんに仕事紹介してもらう予定だったな。・・・このまま行かないってのは、何か職員さんに悪いし、仕事見つけましたって報告だけでもしとくか」
そう言いながら、ダイゴは心象認識を止めて、死者の家へと入って行った。
「へー、お兄さん獄犬に入ったんだ。そりゃ良かったねぇ」
事の次第を聞いたチョビヒゲが、そんなことを言った。
「いや、まあ言ってもまだ研修なんスけどね」
その言葉に対し、ダイゴはそう言った。
すると、チョビヒゲはこう言った。
「いやいや、研修って事は獄番の職員に推薦されたって事でしょ?それだけお兄さんに見所があったって事だよ」
「そ、そうっスかねぇ?グヘヘヘ・・・」
頭を掻きながらそんなゲスイ照れ笑いをするダイゴ。キモい。とてつもなくキモい。目も当てられない程キモい。
だが、そんなダイゴに対し、チョビヒゲが「あ、そうだ」と唐突に言った後、ダイゴに問うた。
「お兄さん病床に既に行ったんだよね?じゃあ私の女房にはもう会った?」
「え?職員さんの嫁さんっスか?・・・多分まだ会ってないかと」
昨日、ダイゴは女性の病床職員には会っていない。会ったのはバーコードハゲの男性職員と、ガタイの良い金髪の男性職員だけだ。一応、職員らしき人は獄番内を移動時に何人か見たが、ほんの少しちらりと見ただけであり、会ったとは言い難い。
そんなダイゴに、チョビヒゲは「そう。ならまあ良いや」と言って、その話を切り上げてしまった。
そんなチョビヒゲに、ダイゴが言った。
「・・・んじゃあ最後に、ここで会ったのも何かの縁なんで、名前、聞かせて貰っても良いっスかね?」
「え?私の名前?なんだってそんな事?」
「まあまあ、一期一会の精神っスよ。それに、職員さんの名前知ってた方が、その女房さんと会った時にも、何かと便利が良さそうっスし」
そんな事を言うダイゴに、チョビヒゲは「それもそうか」と納得したらしく、続けて言った。
「私の名前は"ユキタカ"だ。因みに女房の名前は"コミュリア"だよ。じゃあ、縁があればまた会おう。ダイゴ君」
昨日の仕事探しの段階で既にダイゴの名前はチョビヒゲ、もといユキタカには知られている。故に、相手の名前を知らないのはダイゴだけであった。
「オス!また会いましょうっス、ユキタカさん!」
ダイゴはユキタカにそう言って、それから別れた。
だが、ユキタカの元を離れた後、死者の家の中で、ダイゴはある人物を見つけた。
「!あの髪の色は・・・」
ダイゴはその人物に近付き、後ろから声を掛けた。
「こんちわっス!親友さん!」
その言葉に、青い髪をしたアンドロイドの少女、親友は、ダイゴの方を振り返った。
「・・・こんにちは」
親友は、静かに言った。
「奇遇っスね!またこうして会うなんて!・・・まあ、此処は親友さんの職場なんで、会うのも当たり前っちゃあ当たり前なんスけど」
ダイゴは、笑って言った。
「ご用件は」
親友は、静かに言った。
「え?・・・いや、まあ姿が目に入ったから話しかけただけで、別に用事は無いんスけど・・・」
ダイゴはそう言いながら、違和感を覚えた。
「ご用件が無いのであれば、仕事に戻らせていただきますが、宜しいですか」
親友は、静かに、というよりは、無機質に言った。
「・・・親友さん、どっか具合でも悪いんスか?何か、腹が痛かったりとか、頭が痛かったりとか・・・」
目の前の少女の様子に、ダイゴの戸惑った。一番最後に会った時とは、全く少女の雰囲気が異なっていたからだ。これではまるで、
「・・・私はロボットですので、病気に羅患するという事はありません。ですから、心配は無用です」
最初に出会った時の、無理してロボットを演じている時のようではないか。
「・・・親友さん、大丈夫っスか?何か、辛いことでも・・・」
親友を心配するダイゴ。得体の知れない不安を、今彼は感じていた。
「・・・私と貴方との関係は、職員と客です。ただそれだけなのに、何故貴方はそこまで馴れ馴れしく話しかけてくるのですか。はっきり言って、迷惑です」
親友は、何の感情も感じられない声でそう言うと、「・・・では」と一言残して、ダイゴに背を向けた。
「ちょっ、待って下さいっス!親友さん!!」
思わずダイゴは、去ろうとする親友の肩を掴んだ。
刹那、親友の体がビクッと震え、ダイゴの方をゆっくりと振り返った。
その瞳には、強い恐怖と拒絶がひしめき合っていた。
「あ・・・」
その瞳を見て、ダイゴは親友の肩を離した。手から、無意識に力が抜けるような、怯えた瞳であった。
「っ・・・」
手が離れるや否や、親友は走って行ってしまった。その背中を、ダイゴは棒立ちで見送ることしか出来なかった。
「・・・・・・」
そのまま、一分ほど経っただろうか。ダイゴはフラフラと死者の家から出ていった。これ以上その場所に留まっているのは、辛かったから。
今にも落ちてきそうな程重苦しく曇りきった空の下、ダイゴは獄番に向かって歩き出した。帰巣本能とも言うべきだろうか。何はともあれ、ダイゴのその歩みに、明確な意思は感じられない。最早、何の為に外に出たのかすら、忘れていた。
ポツリ、とダイゴの肌に冷たい何かが触れる。
雨だ。
雨足は直ぐに強くなり、ダイゴの体を冷やす。しかし、ダイゴには体の冷えが、どこか遠い存在に感じられた。心ここに有らずとは、恐らく今のダイゴの様な状態を表す言葉なのだろう。
しかし、歩いている途中で、不意に背後から声が聞こえた。
「ダイゴちゃーん!」
ダイゴが力無く振り返れば、そこにはマリオが走って来ていた。
マリオはダイゴの近くで足を止めて、言った。
「全くもう、心配したわよダイゴちゃん!危ないから、これからは勝手に敵を追ったりしゃ駄目!・・・まあ、その話は置いといて、凄い雨ね。ドキルクちゃんが言ってた天気予報、大当たりだわ。・・・・・・ダイゴちゃん?」
ここでマリオがダイゴの様子がおかしい事に気付く。
「・・・・・・大丈夫っス。・・・心配は無用っスよ・・・」
何かを聞かれる前に、ダイゴはそう言った。何故そんな行動をとったのかと言えば、何となく聞かれるのが嫌だったからだ。苦しかったからだ。
そんなダイゴの様子を見て、マリオは勿論その言葉を信じなかった。だが、敢えて根掘り葉掘り聞くこと無く、ただ一言、
「そう」
と言うと、それきり黙ってしまった。
それによって生まれた沈黙が、ダイゴに安堵と罪悪を感じさせた。
そして、そんなちぐはぐな気持ちを抱いたまま、ダイゴはマリオと共に、獄番に戻るのであった。
※
「お帰り〜二人とも〜。いや〜大変だったね〜。ヒカ坊達から聞いたよ〜。"昇る太陽"と戦ったんだって〜?」
二人が待機室に戻ると、そこにはニゾウがお茶を啜りながらにこやかに座っていた。
ニゾウのその言葉を、ダイゴは窓越しの雨のように、遠くに感じていた。
(・・・・・・親友さん・・・)
今彼の頭の中は、先程親友に拒絶された事でいっぱいであった。いや、正確には、頭の中を死者の家に忘れてきたと言うべきだろうか。とにもかくにも、現状として今のダイゴの心は、手を添えた鐘の様に全く振動せず、したがってどんな音色も発しなかった。
だが、そんなダイゴを気遣ってなのか、上の空であるダイゴにはなるたけ触れない様に、マリオは部屋を見回しながら言う。
「あら?ニゾウさん、アッシュは?まだトレーニング中?」
待機室にはニゾウ一人で、アッシュの姿は見当たらない。
マリオの疑問に、ニゾウが答える。
「アシュ嬢なら任務で出掛けたよ〜」
"アッシュ"と"任務"。そのダブルワードがダイゴの脳内で化学反応を起こし、その肩を無意識の内にピクンと震えさせた。続いてその脳裏に、昨日の血染めのパーカーを着たアッシュの姿が浮かんだ。反射的に想起されたそのショッキングな情景が、一時的にダイゴの中に充満した"親友"に割り込んできた。
(・・・アッシュさんは、今ごろどっかでまた誰かを殺してんのかな・・・)
晴天の霹靂の如く生じたそれが、ダイゴの脳内にそんな言葉を生む。その言葉が、ダイゴに形容し難いネガティブな感情を抱かせた。
だが、その感情をダイゴは頭を振ることでふるい落とそうとする。
(・・・俺に俺の信念があるように、アッシュさんにはアッシュさんの信念がある!それを否定してテメェの信念押し付けんのは、男らしくねぇ!・・・でも、・・・なぁ・・・)
しかし、それはまるでヘドロの様にダイゴの心のひだにへばり付き、一向に浄化される気配が無い。それどころか、先程の"親友"も再び頭の中で幅を利かせ始め、最早彼の脳内は溶岩の様にドロドロに纏まりを失ってしまっていた。
次々と湧くそれがもどかしくて苦しくて、ダイゴは待機室に入ってから初めて声を発した。
「・・・筋トレ・・・してくるっス」
※
鍛練室で一人、ダイゴはバーベルを用いたアームカールをしていた。ちなみに重さは40kgである。
「・・・っ、・・・っ、・・・っ」
黙々と、ひたすらに黙々と腕を曲げたり伸ばしたりするダイゴ。その額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
しかし、汗と同時に、彼の脳内に雑念が滲む。
(何だってアッシュさんはあんなに悪人を憎んでんだろうそもそも憎んでたとして人を殺すのに抵抗無ぇのかところで俺親友さんに何かしたかないやまあ1日話した位であそこまで軽々しく話しかけんのはちょいと不躾だったかもしんねーけどいかんいかん今は研修中だ私事を仕事に持ち込むのは筋が通ってねぇこんな腑抜けた状態じゃ自分の信念すら貫けねぇ)
溢れ出る雑念の奔流を最後は自分に言い聞かせる様に押さえつけて、黙々と筋トレを続けるダイゴ。その姿は、ただ嫌なことから逃避しているだけの愚か者の様にも見えた。それも、一つの得も生めない愚か者の様に。
しかし、気持ちが入っていなくても、フォームさえ整っていれば体に負荷がかかるのが筋トレというもの。終業の宣告と共にマリオが帰宅を呼び掛けて来た頃には、ダイゴの体からは滝の様に汗が流れ、筋肉には湯気が出る程に膨大な熱が帯びられていた。
しかし、それに反比例して、ダイゴの心は、迷いと惑いで凍えきっていた。
※
ここはゲイバー『MARI』。今はちょうど客で賑わう時間帯だ。
だが、そんな賑やかで明るい店内の中で、一人のオネエさんが首を傾げていた。
「・・・ねぇママ。あの子、どうしたの?」
紫色のソフトクリームの様な髪型をした筋肉モリモリマッチョマンのオネエさんであるベンは、マリオにそう問いながらある場所を指差す。
「・・・・・・・・・」
その指の指し示す先には、ダイゴが虚空を見つめながら、皿に何やら洗剤の様なものをぶっかけて、スポンジでゴシゴシと洗う姿があった。
ベンの問いに、マリオが答える。
「いや、実は昼からあんな感じなのよ。"昇る太陽"と戦う前は違ったんだけど・・・」
「理由は聞いたの?何であんなに心あらずなのか」
首を横に振りマリオが言う。
「聞こうとは思ったんだけどね。でも、下手に聞いたら余計にダイゴちゃんをへこませるかもしれないって考えると、聞くに聞けなくて。・・・それに、ダイゴちゃんもまだ複雑な年頃だし・・・」
「・・・ママの言うことも分かるけど、でもあの皿洗いは止めた方が良いんじゃない?」
ベンがそう言うと、マリオが疑問符を浮かべて問うた。
「え?どうして?確かに魂が抜けたようだけど、一応仕事はしてくれているわよあの子?」
そんなマリオにベンが返す。
「いや、だってあの子がさっきから狂った様に皿にかけてるの、洗剤じゃなくてゴマドレッシングよ」
「ダイゴちゃああああん!!!!フリイイイィィズ!!!!ドントムゥゥゥゥゥゥブ!!!!!」
マリオはそう叫びながら、ハイライトが消えた目で黙々とゴマドレッシングを皿にぶっかけてスポンジで満遍なくそれを塗りたくっているダイゴの手を止めた。見れば流し台の横に置いてある皿達も全てゴマドレッシングの油分でテカっており、ところどころ胡麻が付いていた。
マリオに制止されハッと我に帰るダイゴ。そして自分の持っているものを見て、
「ファッ!?何だこのゴマドレ!!?」
と吃驚仰天した。どうやら無自覚だったらしい。重症である。
「いや、こっちが聞きたいわよ・・・。一体何処から出してきたの・・・。まあ、朝みたいにウォッカぶっかけるよりはマシだけれど・・・」
そう言ってマリオが溜め息を吐くと、初めてその存在に気付いたのか、ダイゴはマリオに、
「あっ、マリオさん!!す、すんません!!!他意は無かったんです!意識も半ば無かったんです!!故に洗剤とゴマドレの区別もつかなかったんです!!!」
と言いながら、素早く土下座した。
そんなダイゴに対し、マリオは困った様に頭を掻きながら言った。
「いや、お皿は良いんだけどね?・・・ちょっとダイゴちゃん、向こうの空いた席に座って話しましょう?流石にこのままじゃヤバイってのが今分かったから」
「う、ウス・・・」
ダイゴは頷くと、マリオに付いていく形で空いた席に行き、マリオと共にまだ客の座っていない席に腰を下ろした。
「さて、単刀直入に聞くわ。ダイゴちゃん、昼にヒーカン達と別れた後、何が有ったの?」
「う・・・・・・えぇっと・・・」
あの事があった直後はマリオは聞いてこなかった。しかし、今こうして再び聞かれているという事は、言うまでこの質問は終わらないという事だろう。
しかし、あの後起こった事を言語化しろと言われると、予てより語彙の少ないダイゴにはキツいものがあった。
故にダイゴは躊躇いがちに言葉を紡ぎ始めた。
「・・・し・・・んに・・・・・・」
「え?何て?」
ダイゴの蚊の鳴くような声は、マリオの耳には入らなかったようだ。ダイゴは今度は意を決してはっきりと言った。
「・・・俺、親友さんに嫌われたみたいっス・・・」
「「「「・・・へ?」」」」
「ファッ!?」
自分の言葉に対する相槌の量が異常に多かったので、ダイゴは座りながら腰を抜かす。
一瞬マリオは発声器官を複数持っているUMAなのだと考えかけるダイゴだったが、直ぐにそれが思い違いだということに気付く。
「ちょ、アンタ達!何盗み聞きしてんのよ!」
マリオがいつの間にか周りに居た野次馬達に叱るように言う。何て事はない。ただ聞き耳を立てていた複数の人間も、マリオと同時に反応したというだけである。
マリオの説教を無視した一人の野次馬が問う。
「坊主ボーイ!もしかして貴方彼氏にフラれたの?」
「か、彼氏ィ!?ち、違うっスよ!親友さんは女の子っス!!」
ダイゴがそう返答すると、
「え、貴方ノンケなの?」
「髪型的にてっきり此方側かとばかり・・・」
「あらぁ・・・残念・・・、タイプだったのに・・・」
と、野次馬達から様々な声が上がった。
そんな野次馬の中から、今度はさっきとは別のオネエさんが出てきて言った。
「って事は、君彼女にフラれたの!?」
「ちょ、そいつも違うっスよ!親友さんは俺の彼女じゃなくて・・・ええっと・・・・・・」
とここでダイゴはあることに気付く。
(・・・そういや、・・・俺と親友さんの関係性って何だろか・・・)
出会ってまだ二日と経っておらず、出会いも運命的なものでは断じてない。あの日、一緒に昼飯を食った時もただ飯屋が相手の職場と合体していたから会ったのであり、それもまた運命的なものでは断じてない。それに、あの後彼女の見せた涙も笑顔も、今日の彼女の反応を見るに、彼女に良い影響は与えていなかったように思われる。
そこまでダイゴの思考は続き、そしてその思考の連なりは脳内の信号から声へと変化し、口から溢れた。
「・・・分かんないっス」
俯きと共にその声は床に落ちる。
「分かんないって・・・そのシンユウちゃんとの関係性が?」
一人の聡明な野次馬が言った。その言葉にダイゴが頷くと、他の野次馬が続けて言う。
「・・・いや、・・・関係性も分からない様な子に嫌われただけで、どうしてそんなにへこんでんのよ」
「・・・それも、分かんないっス・・・」
ダイゴの呟きに野次馬達が顔を見合わせる。
「・・・でも」
だが、言葉の連なりを予感させる接続詞がダイゴの口から漏れたことにより、再び野次馬達の視線がダイゴに向く。
ダイゴは続ける。
「・・・・・・何となくっスけど、親友さんが涙を流した時に、思ったんス。"この人は今までスッゲエ苦労してきたに違いない。だから、この人には幸せになって欲しい"って」
「・・・・・・人を嫌いになるのって、幸せなことなんスかね・・・」
ダイゴがへこんでいた理由は、何も"親友が自分を嫌いになったから"だけでは無い。"親友に誰かを嫌いにさせてしまったから"というのも、理由の一つであった。
それに気付いた野次馬達が、静まりかえる。普段ならば喧騒が止むことの無い店の中を、今はコチリ、コチリという、小さな時計の針の音だけが満たしていた。
だが、そんな沈黙は長くは続かなかった。野次馬の一人が破ったからだ。
「・・・貴方は、シンユウちゃんに幸せになって貰いたいのね?」
「・・・ウス」
「・・・じゃあ、貴方はある選択肢の中から答えを選ばねばならないわ」
「?・・・選択肢っスか?」
野次馬は頷くと、「まず一つ」と言葉を紡ぎ始めた。
「・・・シンユウちゃんをこれ以上不幸にさせないために、嫌われた自分の姿を二度と見せないようにする」
「そしてもう一つ」野次馬は続ける。
「・・・シンユウちゃんにこれからも変わらず接していき、相手の嫌悪をどうにかして和らげていく。この二つよ。ちなみに賢いやり方は一つ目。だって二つ目は一歩間違えれば、・・・というより、多分しつこいって思われて余計嫌われるから。・・・でも、確実に言えることが一つ有るわ」
「逃げてちゃ、事態は悪化も、好転もしない。ただただ永遠に交わらない平行線を、淡々と進むだけよ」
野次馬の言葉が、ダイゴの魂に響いた。と、同時に、ダイゴの頭の中にある言葉を甦らせた。
『大悟。男は、一度決めたらやり遂げなくちゃいけないよ。一度でも投げ出したら、癖になっちゃうからね』
遠き日の、父の言葉であった。いつ、どんな場面で言われたかまでは覚えてはいない。しかし、その言葉の内容だけは、頭に、魂に、未だにこびりついていた。
(・・・これ以上親友さんに嫌な思いはさせたくねぇけど、・・・でも、このまま親友さんから逃げたら、後で必ず後悔する。俺の男の勘がそう言ってる。・・・・・・後一回だけ、会いに行ってみよう。んで、何とかして少しでも親友さんと打ち解けれるよう足掻こう。親友さんの為にって言い訳しながら尻尾巻いて逃げるかどうかは、その後考えよう)
そう考えると同時に、肩の重い荷が一つ、下りた様な気がした。
「・・・あら、少し雰囲気が和らいだみたいね」
ダイゴに先程の言葉をかけたオネエさんがそう言って微笑んだ。
「ヘァッ!?何で分かったんスか!!?」
馬鹿正直にそんな反応を見せたダイゴに、オネエさんが言う。
「ウフッ、女の勘よ」
「化け物の第六感の間違いでしょー!」
「誰よ今ヤジ飛ばしたの!?踏んづけるわよ!!?」
意識の外からの誰もが思っていたであろう罵声にオネエさんが慟哭した。そして再び店の中は喧騒で溢れてくる。
コロコロ変わる目の前の情景に呆気に取られるダイゴに対し、今まですっかり蚊帳の外だったマリオが言った。
「・・・ま、何か困ったり悩んだ事が有ったらあの子達や私に相談しなさいな。私達、普通の人よりも自分達の性別関係の事とかで悩み慣れてるから、その分それなりのアドバイスが出来るかもよ」
「・・・グヘヘ、ヤバイっスね。頼もしすぎて、ちょいと目頭が熱くなっちまったっス。・・・んじゃあ、もう一つ悩んでる事があるんスけど・・・良いっスか?」
瞳を潤ませながら笑うダイゴに、マリオは笑い返した。
「・・・任せなさい。伊達にゲイバーのママやって無いわ。悩みの一つや二つ、夕飯前よ」
「・・・恩に着るっス。・・・んで、悩みってのは、アッシュさんのことなんスけど―――」
店の中は、けばけばしく、けたたましく、それでいて温かく明るく優しく、オネエ達の会話や笑い声でごった返す。
夜は、長い。
ゲームボーイアドバンスを僕が買う前から発売されていたDSの方を、その時に買っておけばよかったと、ダイヤモンドパールが発売された後になって後悔したことも、忘れません。