誰にだって奇跡は起きる
と思って生きた方が、人生楽かもしれません。でも違うかもしれません。
つまり僕には分かりません。
スミオが気絶するのを確認してから、ヒーカンはグルンと体を半回転させて、先ほどから倒れ伏しているメアルを見下ろして言う。
「・・・んじゃあ勝負も着いたし、とっととこいつら連行すっか」
「分かりました」
ミールはそう言うと、何やらズボンのポケットをゴソゴソし始めた。そんなミールを横目に、ヒーカンはダイゴの方を向いて言った。
「ところで!どうだダイゴ!俺の心象はスゲェだろ!」
「え!?あ、ハイ!す、凄かったっス!なんかドカンってデカイ音がしたかと思ったらズアッてスゲェ風が出て、とにかく凄かったっス!あれってどういう心象なんスか!?」
突然の質問にダイゴは少し動揺しながらも、すぐに反応した。そんなダイゴに対し、ヒーカンは胸を張りながら言う。
「ヒャッハー!良いぜ教えてやるよォ俺の心象の効果ァ!!俺の心象『爆発』はさっきみたいな半透明の白い球を出す心象だ!こんな風にな!」
そう言って、ヒーカンはダイゴの目の前に件の白い球体を出現させた。
「おおおー!スッゲー!」
ダイゴは興味津々と言った様子で目をキラキラさせながらその球体を見る。そして言った。
「ヒーカンさん!この球、ちょっと触っても良いっスか!?」
「良いぜ!」
「アザッス!」
ダイゴはヒーカンにそう頭を下げてから、空中で静止している球体を指でつついた。
「おー!何か不思議な手触りだ!水晶玉みてぇにスベスベしてて、そんでもって温けぇ!!」
触って興味が倍増したのか、ダイゴは更に球体を強くつつき始めた。
そんなダイゴに、ヒーカンが言う。
「お、あんま強くつつかねぇ方が良いぞ」
ヒーカンの忠告がダイゴの耳に届くのと、球体が弾けて爆音と共にダイゴが3m程宙を舞ったのは、ほぼ同時であった。
瞬間体は風を纏い、
重力は消え、
空に、
太陽に、
僅かだけ近付いた、
そんな気がした。
グシャッ「ごてんとぅちっ!!?」
ダイゴはそんな幻から顔面を地面に叩き付けることによって死後へと連れ戻された。
「だ、ダイゴォォ!!?」
惨劇を前に、ミールが叫ぶ。
「お、おい?大丈夫か?何かやな音したぜ?」
ヒーカンが心配そうな顔をしながらそう言う。
「な、なんのなんの・・・。これぐらい、婆ちゃんのパイルドライバーに比べれば蚤の糞みたいなもんっス・・・」
そんな二人の心配を他所に、地面と熱烈なキスをした当人はすっくと起き上がった。しかしその鼻からは鮮血が滝の様に迸っていた。
「の、蚤の糞の割にはかなり重傷負ってねぇか?お前、鼻から赤痢垂れてっぞ?」
おい言葉を選べよモヒカン。
「・・・ヒーカンさん・・・。下品です・・・」
先輩であるモヒカン野郎のあんまりな台詞に、ミールが眉間に皺を寄せながら苦言を呈す。
そんな二人の掛け合いを他所に、ダイゴは依然鼻血をドバドバ流しながら、ヒーカンに問うた。
「ところで、さっきの白い玉。あれがヒーカンさんの心象なんスよね?何か、つついたら爆ぜましたけど、あれって一体どんな効果なんスか?」
「そうだな。まあ簡単に言えば、『衝撃を加えられた方とは逆の方向へ爆風を放つ』ってモンだ。そんなことより治癒香辛料やっから鼻血止めろ」
そう言いながらヒーカンは再び治癒香辛料を取りだし、ダイゴに渡す。
「あっ、ありがとうございますっス!」
ダイゴはそう礼を言ってからその黒い丸薬を受け取り飲み込んだ。それから程なくして、ダイゴの鼻から鼻血が途切れた。
と同時に、ダイゴが質問を続ける。
「・・・でも、さっき俺が触った時は何か俺の方へ爆風が来たんスけど、それは何でっスかね?」
ヒーカンは答えた。
「俺の心象『爆発』はよ、衝撃を加えて爆風を放つ際、いくらか反動を生んじまうんだよ。だからお前がさっきブッ飛んだのは、その反動のせいってことだ。分かったか?」
良く見ると、先ほどダイゴが心象を触った際に立っていた地面は、爆風の発生したことを表すように黒く焼け焦げていた。
「スゲェ分かったっス!!!」
ダイゴはその説明と現場の証拠を受けて何となく分かった気になり、元気良く返事をした。
「・・・でも、」
「ん?まだ何か気になることがあんのか?」
ダイゴが再び口を開いた。やはり分かっていなかった様だ。
「・・・反動がある割には、さっき『爆発』を壊した時、ヒーカンさんビクともしてなかったっスよね?それは何でっスか?」
「そりゃお前、吹っ飛ばされねぇよう踏ん張ったからだよ」
「成る程!!スゲェ分かったっス!!!!」
ダイゴが今度は納得をこれでもかと表した表情で言った。どうやら、力業が絡むとこのハゲの思考回路は活性化するらしい。まあ思考の活性化というより思考の停止といった方が近いかもしれないが。
「あ、あのうヒーカンさん。そろそろあの二人を捕まえませんか?」
そんな若干産毛が生えている程度の、ほとんど不毛に近い心象説明を行っているヒーカンに対し、ミールは後方で伸びている悪党二人を親指で示しながら、おずおずと言った。
「おっといけねぇ!すっかり忘れてたぜ!!」
そうやってヒーカンは笑う。どうやらこの男、鶏の鶏冠のような髪型をしていると同時に、鳥頭らしい。いや、三歩進めば忘れるあちらに対し、その場から一歩も動いていないにも関わらず忘れるこの赤鶏冠の方が、よっぽど残念な気もする。
「それじゃああの黒髪の方は俺が捕まえますね」
そう言って、ミールはポケットから『捕縛機』を取り出す。先ほどポケットを漁っていたのは、これを出す為だったらしい。
「んじゃ、あの赤髪は俺が捕まえるわ」
そう言って、ヒーカンが捕縛機片手にスミオに近付いた。
無音だった。
何の前触れも無かった。
瞬く間だった。
ヒーカンとミールの目の前には、
スミオとメアルの前に立ち塞がるように、
『黒い鎧を身に纏った黒馬』と『それに跨がった黒い服の白人の男』が居た。
「・・・あんだテメェこの野郎」
目の前に、突如として出現した男を前に、ヒーカンはハンマーを構えて臨戦体勢に入る。
そんなヒーカンに対し、男は特に慌てることも無くゆっくりと馬から降りた。
「で、デケェ・・・!」
汗を流しながらダイゴが呟く。目の前の男の身長は、190cm代のヒーカンと同程度に見えた。男は体に黒い燕尾服に白い胴着、白い蝶ネクタイを纏い、顔には銀縁の片眼鏡が掛けていた。髪は若干はねた黒い短髪、その目は青く、どこか虚ろだった。
「・・・部下を助けに来た」
男は静かに呟いた。
「じゃあテメェも『昇る太陽』か」
ヒーカンが凄む。
「・・・だったらどうする」
男が溜め息混じりに、気怠げに問う。
「しょっぴく!!」
そんな男に対し、ヒーカンはハンマーを振りかぶりながら突っ込んだ。
「残念だが、そう言う訳にはいかない」
しかし、ヒーカンが男に対し、ハンマーを振った瞬間、
ガキィンッ!!
という音と共に、その鎚の軌道は断絶した。
「な、何だぁ!!ありゃあ!!?」
ダイゴが叫ぶ。その目前には、
ヒーカンの錆色の大鎚を両手で受け止めている、『白い鎧を纏った機甲兵』の様な人型の何かの姿が在った。
「・・・テメェ、強ぇな」
ヒーカンがニヤリと笑って言う。手に持った大鎚は、依然として掴まれたままだ。
「どうも」
男はそう言いながら、地面に倒れ伏せるスミオとメアルを両肩に担いだ。
「とんずらブッこいてんじゃねぇぞ!!」
ヒーカンはそう叫ぶと同時に、その体の筋肉を隆起させた。それによって全身から力を迸らせたヒーカンは『ハンマーを掴んでいる機甲兵ごと』ハンマーを持ち上げる。
「大した馬鹿力だな」
男は眉ひとつ動かさずに言う。
「ポーカーフェイスも今のうちだぜぇ!!」
しかし、男のどこまでも無変化な表情に対し、ヒーカンは叫びと共に前方に先ほどの白い球体、『爆発』を出現させた。そして、
「必殺ゥッ!!」
という烈迫の気合いを放ちながら、渾身の力を以てその錆色の大鎚を自らの心象目掛けて振り抜いた。
《爆裂鎚》
瞬間、鎚に付いていた機甲兵はバラバラの鉄片となって四散し、鼓膜を引き裂くような爆音と共に噴き出した灼熱且つ不可視の豪圧が、空気の壁を押し潰しながら荒々しく男に向かって文字通り『突き進んで』いった。
ちなみにこの小説では敵にだって奇跡は起きます。




