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死後(デッドイン)  作者: 糞袋
第三章・悪人
32/113

獄牢

ちょっと今回は文章量が多めです。そしていつも通り「質より量をとったなこいつ」と言われても仕方が無いほどの稚拙な文章です。すいません精進します。

(な、何だ今のタトゥー野郎おっかねぇ……。いや、それよりもおっかねぇのは……そんな野郎を俺と同年代、もしくは年下くらいの奴が連行してやがった事だ……)

 獄犬にもそれくらいの年齢の人間が勤務していることにはノータッチなのか。

「じゃあ見学に行こうか〜。出来れば午前中までに終わらせたいしね〜」

 そう言って、ニゾウは黄色い扉の方まで歩く。

(……何だろう。見学すんのがスゲェ怖ぇ……)

 そんな事を考えながら、ダイゴもニゾウの影を追う。たった数歩だが、その足取りは非常に重く、彼を疲労させた。大した精神力である。

 その扉には、『監視室』と書いてあった。黄色い扉に、例のよく分からない言語で黒く刻まれている。そのせいでやけに強調されているように見える『監視』の文字に、ダイゴは嫌な胸騒ぎを覚える。つぅ、と汗が頬を伝う。

「大丈夫か~いダイ坊~」

 汗の臭いを嗅ぎ取ったのか、それとも心音を聞き取ったのか。とにもかくにも、ニゾウが穏やかな声で問う。ふと我に返り、ダイゴは頭を振って弱気を弾き飛ばした。その様子を察したのか、ニゾウはその笑みを更に柔らかくしてから、扉をノックした。

「ちょいとごめんよ~。第四のニゾウだけど開けてくれないか~い?」

 すると、扉が開き、中から一人の少年が出てきた。タトゥーの男を連行していた少年とは別人である。

「あ、ニゾウ隊長。どうされたんですか」

 少年は肌が浅黒く、眼鏡を掛けていた。上向きの、短い黒髪をしている。身長はやや小柄で、165センチ程。体には、獄牢の制服と思わしき、黒い軍服の用なものを纏っていた。そしてその軍服の腰の部分に、何やら直方体に角ばった電話の受話器を取り付けたような、奇異な形をした何かが二つ取り付けられていた。

(? 何だありゃ?)

 少年の腰に取り付けられた奇妙なそれに、ダイゴは想像力を働かせる。しかし、その頭同様につるつるな彼の脳味噌では、正体を掴むことは出来なかった。

 それでも頭を捻って、無駄な思考を巡らせるダイゴ。そんな坊主頭を親指で指して、ニゾウが口を開く。

「いや〜別に大した用じゃ~無いんだけどね~。ちょいとうちの部隊の研修生に、獄牢(ここ)の事を教えてやりたくてさ~。頼めるかいカン坊~?」

 カン坊と呼ばれた少年は、うんうんとうなる坊主頭の姿を確認すると、訝し気な顔をしながらも扉を開ける。黄色い廊下に新しい光が加わるのを見て、ダイゴはようやく現実に戻った。

「承知しました。じゃあ、どうぞ入ってください」

 少年に許可を貰い、ニゾウがその室内に入っていく。

 少年はニゾウが入るのを確認すると、ダイゴの方を見る。その眼はどこまでも真っ直ぐで、眼鏡越しにきらりと光っているようであった。その眼光に射貫かれて、緊張のあまり息を呑む。その姿はまるでかかしであった。同じように間抜け面だ。そんなダイゴに対して、遂に少年が話しかけてきた。

「……俺はこの獄牢の職員の一人、カンタだ。宜しく頼むぞ、研修生」

「お、オッス! 俺は大山大悟って言います! よ、宜しくお願いします!」

 上擦った声で答える。どうにも情けないなと、自分のことながら思うダイゴ。そんな彼の惨めな内心を知ってか知らずか、カンタが少し笑った。坊主頭の対応が、ツボにでもはまったのであろう。

「……今度の新入りは、この前のとは別の方向で真面目らしいな。ま、そんなに気張るなよ。とって喰おうって訳じゃないんだ」

 そう言って、カンタは視線で室内に誘った。それに導かれるように、恐る恐るとダイゴも中に入る。

 そこには、殆ど黄色い空間が広がっていた。黄色い床、黄色い天井、そして、ある一方を除く三方向を囲む黄色い壁。

 そう。この空間は、一つだけ黄色とは異なる部分があった。

 ダイゴは部屋に入った瞬間、その異なる部分を見つけて立ち止まる。本日何度目になるか分からない、冷たい汗を滲ませて。

「ん? ダイゴ、どうかしたか?」

「……この、透明なガラスの向こうにいる奴らは……」

 ダイゴの目前。そこには一枚のガラスが張られており、その向こう側には先程のタトゥーの男をはじめとする、強面の男達がいた。ガラスは横に四十メートルは続いている。かなり巨大であった。

 電灯の光と黄色い空間。それらの明るさを身に宿す一枚ガラスに目を向けて、カンタが口を開いた。

「ああ、こいつらは囚人だ。死界で悪事を働いたから、此処に捕まってる」

「あー、……やっぱり」

 どうみても堅気には見えない。結構失礼なことを考えながら、ダイゴはカンタの言葉に納得する。彼には、ガラスに映る自分の姿は見えていないらしい。代わりに彼は、あることを発見した。

「……部屋が、区切られてんのか」

 囚人達の収容されている部屋は、黄色の壁によって区切られていた。横を見れば、同じような仕切りがいくつも存在している。その数は四枚ほど。どうやら眼前の収容部屋は、全部で五つほどあるらしい。遠近の関係で、一番端にある部屋はよく見えなかったが

 区切られた部屋一つにつき、囚人が四人程。部屋のスペースはかなり広く、二段ベッドが2つに、トイレが一つ設置されていた。囚人の更正の為にだろうか、本棚も確認出来る。

 ふと、横を見れば、カンタと同じような服装をした、少年と少女が居た。

 少年の背丈は、170センチ程。髪色は茶で、耳にかかる程度の長さだ。

 対して少女は、身長140cm 程で、髪形はショートボブ。こちらは金髪である。制服はカンタ達とは違い、スカートだ。

 二人の内の少年の方を見て、ダイゴはあることに気付く。

(アイツがタトゥー野郎を連行していた奴だな……)

 その少年は、獄牢に入ってきた時に見えた人物と同一に思われた。見た目は細身だが、中々に肝の据わった人間らしい。心の中でそう思いながら、ダイゴはふと考える。

(やっぱ、獄番の先輩だから、挨拶とかしたほうが良いよな)

 先輩に対しては、礼を尽くすべきだ。ならば、挨拶を欠かすことは出来ないだろう。そんなことを考えながら、ダイゴは少年の方に近付いていった。その際に、右手と右足が同時に出ていたが。

「……あのぅ……ここの職員の方っスか?」

 恐る恐るといった様子で、言葉を切り出す。しかし、少年の体がダイゴの方を向くことはなかった。

 次の瞬間、首だけがダイゴのほうにグリンッと回った。しっかりぴったり180°である。カンフーハッスルの悪役もかくやの勢いだ。火星に帰りそうな髪型のダイゴは、勿論恐れ戦く。

「ヒェッ!?」

 情けない悲鳴が黄色い空間に響いた。何だ何だと囚人たちが、ガラス越しにダイゴの方を見てくる。そのうちの大半が、目を丸くしていた。そんな囚人たちやダイゴの反応に、僅かばかりも顔色を変える様子も無しに、少年が口を開いた。

「ナンデスカ。ナニカヨウデスカ」

 その声はまるで電子音の様だった。ダイゴは更に戦く。意識も若干遠のく。顔をひきつらせながら無理に笑顔を作り、

「い、いや何でも無いっスぅ……お、お仕事頑張って下さい……」

 と言った後、カンタの方にダッシュで逃げ帰る。

「カンタさああああああああああああん!! なんスかあの人! なんなんスかあの人!! なんなんスかあの人ォォォ!!」

 その目には若干涙が溜まっていた。とても滑稽である。そんなダイゴの様子に、カンタは若干引きながらも言った。

「お、落ち着けダイゴ。まず俺にも分かるように順序立てて説明しろ。いつの時代でも世界でもポパイでも、ホウレンソウは大事だぞ」

「首がグリンで声がボカ〇ッス!」

「もっと語彙を増やそうな。だが、大体分かった」

 カンタはそう言うと、室内に居る少女の方に近付く。

「ゾア。お前、休憩室の中見たか?」

「ふぃ!? み、見てないでしゅっ、ですよ!?」

 突然の質問に驚いたのか、ゾアは舌を噛んだ。

「だ、大丈夫かゾア?」

 カンタはそんなゾアを気遣いながら、こめかみを押える。

「……つまり、あいつはまだ休憩室に居ると考えて良さそうだな。……ユダの野郎おおおおおお!! またサボってやがんなああああああああああああ!!」

 瞬間、彼のこめかみにピシリと青筋が浮き上がる。と同時に、カンタは凄まじい速さで部屋から飛び出していった。凄まじい剣幕だ。がらりと変わった彼の雰囲気に戸惑いながらも、ダイゴは興味半分心配半分で後を追うことにした。

 ダイゴが室内から出ると、カンタは既に数十メートル離れた場所にある、黄色い扉の前に立っていた。

(え!? あの人が外に出てからまだ二秒も経ってねぇぞ!?)

 おっかなびっくりしているダイゴの目の前で、カンタが扉を蹴破った。ノックも無しにである。あんぐりを口を開けるダイゴのことなど眼中に無いとばかりに、彼は扉の向こうへと飛び込んでいった。

 慌ててその後を追い、部屋に入る。するとそこには。

「ユダてめぇ!! 何仕事サボってこんなとこでゲームしてんだゴラァ!!!」

 テレビやエアコンやパソコンなど、様々な暇を潰すための機器がある部屋の中で怒号を発するカンタと、

「落ち着けってカンタ。俺ぁ別に仕事サボってた訳じゃあ無ぇよ。俺の代わりに俺の心象を行かせただけだ」

 先程の首回転機械音野郎と瓜二つの男が、寝転びながらゲーム機を構っている姿があった。カンタの怒号を浴びながらも、その手はボタンを押続けている。

 これっぽっちも反省の見られない男、ユダに対して。カンタは青筋を走らせながらがなる。

「だからいつも言ってんだろが! 心象使うんだったらてめぇも一緒に警備しろってよぉオォン!!?」

「俺が警備すんのは自宅と休憩室で十分だ! キリッ!」

 効果音を口で言いながらゲームを続けるユダ。暖簾に腕押し糠に釘だ。どうにも彼の耳には、カンタの声が東の風か念仏にしか感じられないらしい。浅黒い肌に走る、血管の数が増えていく。

「こんの糞ニート糞野郎!! 速く働かねぇとゲームぶった斬るぞコラ!!」

「ふざけんな! そんなことをしたらマ〇ツキュウビを瀕死まで追い詰めた意味が無くなんだろ!!?」

「じゃあ俺がてめぇを討伐してやるよ!! リスボーンする暇も与えねぇから覚悟しやがれ!!」

 ぎゃいぎゃい騒ぐ二人の様子を見かねて、ダイゴが止めに入る。

「まあまあまあ二人とも落ち着くっス! カンタさんも怒り活性状態を早く解いてくださいよ!!」

「おん? 誰だお前」

 ユダはそこで初めて部屋にいる坊主頭に気付いた。そこまで今まで視界が狭まっていたらしい。ゲームとは恐ろしいものだと、つくづく思うダイゴであった。

「……てめぇが居ねえ間にここに見学に来た研修生だよゲームやめろ糞ニート」

 客が来たにも関わらずゲームを続けるユダに、カンタは静かにキレる。その口調は、ダイゴに対する何処か落ち着きのあるものとは程遠い、とても荒っぽいものだった。その割には、中々どうしてしっくりくる口調だ。どうやらこちらが本来の口調らしい。そんなことを思っているダイゴの前で、ユダが観念したように頭を掻いた。

「へーへー分かりやしたよぉ怖いなぁカンタは」

 そう言いながらゲームを一時停止させ、立ち上がる。どうやら再開する気満々らしい。

 そんなユダにダイゴはお辞儀して言った。

「獄犬研修生の大山大悟ッス! どうぞ宜しくお願いします」

「俺は獄牢職員のユダだ。好きなものは幼女とゲーム。宜しくな」

 若干誇らしげな顔で胸を張るユダの頭を、カンタがスパァンとはたいた。

「痛でっ!! てめっカンタ何すんだコラ!」

「るせぇ糞ニート糞ゲーマー糞ロリコンの多重糞野郎! てめぇのせいで研修生が獄牢に変なイメージ持ったらどうすんだ!」

 カンタの三連口撃(ジェットストリームアタック)に、たまらずユダも反論する。

「うるせーうるせー!! ゲームは人生だ! ロリは正義だ!! ニートは文化だ!!!」

 どうやらこのニートは理屈ではなく迫力で相手を丸め込むつもりらしい。言ってることがしっちゃかめっちゃかである。

 だが勿論、そんな駄目人間(ユダ)の迫力に屈するカンタでは無かった。

「言論で相手を丸め込もうとする前に行動で組織に貢献せんかオンドリャアアアア!!!!!」

 そんなこんなでヒートアップしていく二人の口戦を前におろおろするダイゴ。本当にこのハゲは役に立たない。

「コラァ!! 二人とも良い加減にしなさい!!!」

 そんな混沌とした休憩室の空気は、突然の大声によって打ち砕かれた。

「「「ハイィィ!?」」」

 その轟きに反射的に背筋を伸ばす一同。部屋の木偶の坊が三体に増える。

 ダイゴが背筋を伸ばしながら、声の主の方向を見てみると、そこには腰に両手を当てたゾアの姿があった。小さい背丈に似合わない大きな威圧感。彼女は頬を膨らまして言う。

「全く、これじゃあ研修生の人が獄牢に対してあらぬ誤解を抱いちゃうじゃ無いですか! しっかりしてくださいよ二人とも!!」

 その言葉にカンタはすまなそうに頭を垂れる。が、ユダは違った。

「フヒヒ、ゾアちゃん今日も可愛いねぇー。どう? 今日の昼にでも一緒にお茶しない?」

「五臓六腑を引きずり出しますよユダさん」

「すんませんしたぁ!!」

 ゾアのおぞましい発言に、ユダは即座に土下座をかます。そのフォームは実に洗練されており、ユダが土下座をすることに慣れていることをヒシヒシと感じさせた。

「……はぁ。今回はこのぐらいで許してあげます。でも、次やったらお二人とも脊椎を引っこ抜きますからね?」

 溜め息混じりにグロテスクな事を言うゾア。その言葉にカンタとユダはガタガタ震えながら頷くしかなかった。ちなみに、全く関係無い筈のダイゴもガタガタ震えている。その様は生まれたての小鹿の様だった。

「じゃあ、監視室に戻りましょう! ニゾウさんも待っておられますからね!」

 ゾアはニコリと微笑むと、休憩室から出ていった。それを確認してから、ダイゴはカンタに問う。

「……もしかして、ゾアさんが獄牢で一番おっかないんスか?」

「……残念ながら、もっとヤバイ人が獄牢には居るんだよ」

「マジっスかぁ……」

 まだ見ぬ獄牢の職員に思いを馳せ、青ざめるダイゴ。

「じゃあ、行くか。この前みたいに、血はみたくねぇしな……」

 カンタはどこか疲れた顔でそう言うと、休憩室から出ていく。ダイゴとユダも、その後を追って部屋を出た。

 監視室に戻ると、そこにはユダの紛い物とゾア、そして室内に設置されている椅子に腰掛けて寛いでいるニゾウの姿があった。

「お帰り~。……おや~? この気配、どうやらユダ坊本人も帰ってきたみたいだね~」

「ニゾウさん……。ユダが影武者使ってるって気付いてたんなら、言ってくださいよ……」

 おかげさまで少しばかり疲れましたよ。己の右肩を揉みながら、カンタが溜め息を吐く。ニゾウがそんな彼に対して、微笑みながら謝罪した。

「あはは~。ごめんごめん~。ユダ坊も疲れてると思ったからさ~」

 そんな会話をしている二人を横目で見てから、ダイゴはユダに問う。

「ユダさん」

「ん? 何だよ」

「あのよく分からない何かって、ユダさんの心象なんスよね?」

 ダイゴはそう言って、先程自分にトラウマを植え付けたユダの紛い物を指差した。

 それを見て、ユダは頷く。

「そうだよ。それがどうかしたか」

 ダイゴは、今最も自分が気になっている事をユダに聞いてみた。

「ユダさんの心象って、……一体何なんスか?」

「俺の心象? そんなもんに興味あんの?」

 ユダは意外そうに言う。

「興味あるっスよ! 今のところ、今俺が気になってることのベスト3にランクインしてるっスよ! ちなみに一位は婆ちゃんのあの謎の強さっス!」

「いや、あの謎の強さって言われても全くピンと来ないんだけど……まあ良いか。そこまで言うんなら教えてやるよ」

 ユダはそう言うと、指をパチンと鳴らした。

 その瞬間、あの紛い物がシュインと音を立てて消えた。

 ユダは、その出来事に目を丸くするダイゴに言った。

「俺の心象は『画像(グラフィック)』。自分が頭ん中に思い描いた像を現実世界に発現させるっていう代物だ。例えば、こんな風にな」

 ユダは再び指を鳴らす。すると、ダイゴの目の前にシュインと音を立てながら、赤い林檎が現れた。

 ダイゴはいきなり目前に現れた林檎に驚く。その驚愕は、しかし目の前に林檎が現れた事に対してのものではなく、

「り、林檎が宙に浮いてる!?」

 目前の林檎が、空中で停止していた事に対してのものであった。

 ユダは笑いながら言う。

「ひひっ、お前面白いぐらい反応するな。死界に生きてて、この程度で驚く奴なんてそうは居ないぜ?」

「いやぁ、照れるっス」

「褒めてねぇよ。いや、まあ貶してる訳でもねぇがな」

 そう言うユダに対し、ダイゴは目を輝かせながら問う。

「あ、あのっ! ……この林檎、触ってみても良いっスか!?」

「構わんよ」

「っし! んじゃあ早速ぅ!!」

 ダイゴは恐る恐るその林檎に触れてみた。

「スゲェ! 触れる!」

 確かな手触りを感じて、ダイゴ感動。彼の中の少年の心は、まだまだ色あせていないらしい。とっとと大人になれハゲ。

 目を輝かせて林檎を撫で繰り回しているダイゴに、ユダが苦笑いする。

「お前、面白い奴だな。んじゃあ、ちょっとサービスしてやるよ」

 パチン。彼の指が、再び音を響かせる。すると、林檎がいきなり重力の影響を受けたかのように、床に落ちた。

「うおっ、いきなり林檎が床に落ちた!? な、何で急に!?」

 ダイゴ、安定したリアクションをする。変わったものに対する耐性が、まだ出来ていないようだ。

 そんなダイゴにユダが言った。

「俺の心象は効果が少しばかり複雑でな。発現させるのに順序が要るんだ」

「順序?」

 ダイゴは首を傾げる。

「ああ。例えば今の林檎、最初は空中に留まってただろ? あれは、現実に発現させる第一段階なんだよ」

「……はい?」

 何が何だか分からないといった様子のダイゴ。その口元には屈服の笑みが浮かんでいる。

「……まあ、そんな反応も仕方ないか。……そうだな。言うなれば、第一段階は現実に発現するにあたっての位置を決めてるんだ。……まあ、見るのが早いか」

 そう言うと、ユダはまたまた指を鳴らした。

「まず、現世に発現させる」

 瞬間、今度はあのダイゴのトラウ紛い物が空中に発現し、そのまま空中に留まった。

「次に、位置を決める」

 ユダがそう言うと、紛い物が停止したままの体勢で空中を移動し始めた。

 その様子に、ダイゴが恐怖を感じて戦いていると、紛い物が彼の右斜め上くらいでピタリと止まった。

「ここまでが第一段階。んで、次に第二段階に移る」

「……重力の影響を受けるようにするんスか?」

「半分正解だ。だが、半分不正解。正解は」

 ユダが指を鳴らす。すると、紛い物がダイゴの隣に"着地"した。

 驚いているダイゴに、紛い物が口を開いた。

「『オレノイシニシタガッタコウドウヲトラセルコトダ』デス」

 ダイゴ、その電子音声に、先程のトラウマが甦り腰を抜かす。

「おーい。しっかりしろー」

 ユダは笑いながらそう言うと、またまた指を鳴らした。瞬間、ダイゴを見下ろす紛い物も、床に転がる林檎も、シュインと音を立てて消えてなくなる。

「んで、どうだ? 分かったか?」

「へ? ……えっと、つまりユダさんの心象ってのは、質量を持った画像を生み出して、そいつらを好きなところに置いて、自分の思う通りに操作する、ってもんスか? ……でも、それって疲れないっスか? 一から十まで全部自分で操作すんのって……」

 ダイゴの問いに、ユダは答える。

「一から十までじゃねぇよ。画像共は、最初にやらせる事、つまり目的を設定しちまえば、後は自分で考えてその目的の為に行動するからな。だから、作り出しちまえば案外あとは楽だ。……まあ、さっきの林檎みたく、自分で行動出来ない奴とかはその限りじゃないけど」

「へー。……てか、あれっスね。心象名『画像』なのに、生み出すのは3D映像なんスね」

 ダイゴはふと思ったことを口にした。

「いや、平面的な画像も作れるぞ」

 そう言って、ユダが指を鳴らすと、シュインと音を立てて、二人の目の前に、デフォルメされたゾアの画像が現れた。

「あ^~、ゾアちゃんはデフォルメされても可愛いんじゃ~」

 ユダはその画像を見て、鼻の下を伸ばしながら言う。その姿、まさに不審者。

 刹那、ユダの頭部にゾアが放った椅子が直撃した。「ろりぃたっ!!」と言う断末魔を上げながら、不審者が吹っ飛ぶ。

「ユダさん! 遊んでないで仕事してください! アキレス腱引き千切りますよ!」

(何あの娘怖い)

 ダイゴ、再びゾアに戦慄する。しかし、犠牲者のユダは直ぐに立ち上がると涼しい顔で言った。

「いやー、本当にゾアちゃんは照れ屋で困っちゃうぜー。愛がとても痛い」

「ユダさん!? 頭から血が流れてるっスよ!?」

 顔面の半分を血で真っ赤に染め、キカイ〇ーみたいな顔になってるロリコンに動揺するダイゴ。しかし、ユダは笑って言う。

「でぇじょうぶだ。オラにはこの治癒香辛料がある」

 そう言うと、ユダは制服のポケットから黒い錠剤の入った透明な瓶を出すと、その中の一粒を取り出して飲んだ。

「なん……だと……!?」

 瞬間、ダイゴは驚愕する。それも、無理のないことであった。ユダの頭部の傷が、一瞬で塞がったのだから。

(こ……こいつが治癒香辛料の丸薬ヴァージョンの回復力ゥ!? とんでもねぇ!! とんでもねぇぞ!!  ラオさんの薬スゲー! あ、でも俺ラオさんの薬で死にかけたんだ! ラオさんのバカヤロー!!)

 あまりの衝撃にダイゴの心の声が愛憎入り混じった変なテンションになる。そんな事はつゆ知らず、何事も無かったかのようにユダは話を続けた。

「ちなみにこういう平面的な画像の方が出すときに消費する魂気は少ない。逆に言うと、さっきみたいな立体的な画像は出すときに消費する魂気が多いって事だ」

「へ、へー……」

 ダイゴ、流血沙汰の事の直後なため、少し理解に時間がかかる。とはいえ、元から理解力は著しく低いため、パフォーマンスの低下も誤差の範囲であったが。

「さて、これで俺の心象の説明終了。何か質問は有るか?」

 そう言って、ユダは名残惜しそうに指を鳴らし、デフォルメゾアの画像を消した。その様子を見て、ダイゴは問う。

「……ちなみに、その指パッチンは何の意味が?」

「え? こうした方がよりテンションが上がって、良い魂気が出来るからだけど?」

「な、成る程……」

 どっかで聞いたことのある台詞に、ダイゴはそう答えることしか出来なかった。

 その直後、ダイゴの耳がユダ以外の人物の声を拾った。

「ユゥゥゥダァァァァァァ……!! テンメェ、早くもサボりやがってぇぇぇぇ……!!」

 カンタにはダイゴとくっちゃべってるユダがサボってるように見えたようだ。心なしか、元より上向きの髪の毛が更に逆立っているように見える。

「ヒィッ!? ユ、ユダさん!? カンタさんが超キレてるっス!! 今にも金髪になりそうなレベルっス!!」

 ダイゴは慌ててユダに言うが、当のユダはへらへら笑って言う。

「ひひひ、大丈夫だって。カンタは黒髪だけどサイヤ人じゃあないからよ」

 直後、カンタの飛び蹴りがユダの顔面に決まる。

「ぱらがすっ!!?」

 そんな声を上げて、ユダはぶっ飛び囚人達を見るために設置されているガラスの壁に叩きつけられた。その様を見て、牢の中では囚人達が爆笑している。

 そんな囚人達をゾアか睨み付けると、一瞬で囚人達が凍りついたような顔に変わった。どうやら、日頃から先程のユダの頭カチ割りレベルの惨劇を見ているため、ゾアに対して彼らはかなりの恐怖を抱いているようだ。

 ユダがそんな囚人達の様子を見た後、立ち上がってカンタに言った。

「イッテェなぁ!! 何すんだこの野郎!!」

「ああ!?んなもんテメェがサボってたからに決まってんだろうが!!」

「サボって無いですぅ!! 研修生の質問に優しく答えてあげてただけですぅ!!」

 ユダが口を尖らせて言う。

「適当な事を抜かしてんじゃ無ぇぞオォン!?」

 カンタは頭に血が上っているらしく、聞く耳を持たない。

 ダイゴはそんなカンタに対して、ユダの弁護を行う。

「本当なんスよ!! 本当にユダさんは俺の質問に答えてくれてただけなんス!! だからここは一先ず穏便に!!」

 その言葉を聞いて、カンタはようやく落ち着きを取り戻す。

「そ、そうなのか? ……だったら、良いけどよ」

「ほらほらー。言ったじゃないかよ、俺はダイゴに教えてやってただけだってさー。ま、これに懲りたら俺のサボり、じゃねぇや、心象使った頭脳的勤務を認めるこったな!」

「それとこれとは話が別だろーが!! 大体、サボるために心象使ってんじゃねぇよ! 言いようによってはそれ自分の命削ってるだけだからな!!」

 カンタが正論を言う。しかし、ユダはとても真面目な顔を作り、言った。

「俺は! 働くくらいなら死を選ぶ!!」

「……すごい(ニート)だ……」

 ダイゴがその言葉に、思わずそう漏らした。一方でカンタは額に血管を浮かべた。今の発言でプッツンしたらしい。彼の沸点も気になることランキングに付け加えよう。そう考えながら、ダイゴはちょっとカンタから距離を取った。

「そおぉぉぉぉぉかい……!! じゃあ今すぐぶっ殺してやらぁあああああああ!!」

 言うが早いか、カンタはその場でユダに殴りかかった。が、ユダはそれを間一髪かわす。

「ひひっ! そう来ることは読んでたぜカンタァ!!」

 笑うユダ。しかし、カンタは別段驚かずに返した。

「俺もだ馬鹿野郎!!」

 その瞬間、カンタの体が天井に“落下した”。

 ダイゴがその光景に目を見開くのよりも早く、ユダの頭部にカンタの肘鉄が決まる。

「ぺどふぃりあっ!!」

 もんどりうって床に倒れ伏すユダ。それとは対照的に、カンタは床に軽やかに降り立った。

「どうだ参ったか糞野郎!! これに懲りたらもう少し勤務態度を改めやがれ!!!」

 今のカンタが良い勤務態度かと言えば、そんなことは無い。そんなことを考えながら、ダイゴはカンタに聞いた。

「……あの、今カンタさんが天井に落下したみたいに見えたんスけど……もしかして今のは……」

 カンタは、そんなダイゴの質問に対して、少し頭を掻いてから、答える。

「……そうだよ。今のが俺の心象、『重移(シフトウェイト)』だ」

 ユダに注意した矢先、自分が心象を使ってしまったためか、ばつの悪そうな顔をする。

 そんなカンタに、気恥ずかしそうに頬を掻きながら、ダイゴは問う。

「……えぇつと、心象名まで教えてもらっときながら誠に申し訳無いんスけど、……一体どういった能力の心象なんスかね?」

 "天井に落下する"。そんな物理法則を無視した心象だということは何となく理解していたが、それだけでは心象の全容は分からなかった。

 その問いに対し、カンタは少しばかり考える素振りを見せた後に、言葉を紡いだ。

「……そうだな、簡単に言えば『自分にかかる重力の向きを変える心象』ってところだ」

「……ワット?」

 ダイゴは、イントネーションも糞もない、泥のような発音の英語で疑問を示した。カンタは苦笑する。

「……まあ、実際に見せた方が早いか。……あの糞ニートと同じことすんのも癪だがよ」

 そう言って床に伸びているユダを一瞥すると、カンタは再びダイゴに向き直り、とある質問をした。

「ダイゴ、人間は何で床を歩くと思う?」

「え!? ……すんません、俺哲学的なことはあんまり……」

「安心しろ。俺も哲学は全く知らん。……もっと、素直に考えて答えりゃあ良いのさ」

 素直に答えるって、案外難しいんだよなあ。そんなことを単純な脳味噌の中でぐるりと回してから、ダイゴは口を開いた。

「……そりゃ、壁や天井は歩けないからっスよ」

 その答えに満足したらしく、カンタは口角を吊り上げて頷いた。

「そうか。まあ、そうだよな」

 それから、彼はゆっくりと一番近くの黄色い壁にまで歩き、何を思ったのかそこに右の足裏を付けた。バレエでも始めるつもりかと、ギョッとするダイゴ。そんな坊主頭の驚愕など知る由もないカンタは、その状態で言った。

「だが、俺にはそれが出来る」

 そして、彼は当たり前のように。草原で、浜辺で、コンクリートの上で、ありとあらゆる地面の上で行うように。左脚を前に出し、壁を歩いた。

「……ええぇえぇえぇぇぇぇぇ!?」

 本日何回目か分からない、驚愕の声を上げるダイゴ。いい加減その声も枯れてきている。

 そんなダイゴの若干罅割れた声を聞きながら、カンタは足場を天井に移し歩行を続けた。ダイゴの叫び声が大きくなる。血を吐いても知らんぞお前。

「っ痛ででで……カンタの野郎、思いっきり額に肘鉄食らわせやがって……」

 ダイゴのあまりの声の大きさに目が覚めたのか、床に伸びていたユダがムクリと体を起こした。。

 そんなユダを、天井に突っ立った状態で"見上げ"ながら、カンタが言う。

「あ、起きたか糞ニート。じゃあとっとと働け」

「あ! カンタてめぇ! 俺に仕事中に心象使うなとか言っときながら、自分はちゃっかり使ってんじゃん!! 狡いぞこの野郎!」

「ケースバイケースだ」

「テラ都合良いなオイ!」

 ユダは天井を向き、上のカンタに文句を垂れた。

「……ま、そうは言っても命削ってることに変わりはないし、そろそろ心象切るぞ」

 カンタがダイゴにそう断るのと同時に、魔法が解けたように彼の両足が天井から離れる。そのまま、落下の最中に体勢を変え、床に華麗に着地した。

「おー、鮮やか」

 思ったことをそのまま口に出すダイゴ。

「鍛えてるからな」

 さらりとカンタが言った。

「か、カッケー!」

 カンタの言葉と様子に、ダイゴが目を輝かせる。先程までのカンタのプッツン具合は、もう忘れたようだ。

 そんなダイゴの様子に少し照れながら、カンタは続ける。

「ま、まあそんなに大したことじゃねぇよ。ただ単に心象の効果だけじゃ戦えないから鍛えてるだけだからな」

「尚更カッケーっス! その自分の足りないところを埋める為に努力する姿、すげーカッケーっスよ!」

 ダイゴは更に目を輝かせながら言った。その姿は見ていて非常にむさ苦しい。尚且つ腹立たしい。そんな精神的不快を振りまく坊主頭に対して、横からユダが問うた。

「……そういやよ。お前の心象は一体なんなんだ?」

「え? 俺の心象っスか?」

 キョトンとするダイゴに対して、カンタも言う。

「俺も気になるな。教えてくれよ、ダイゴ」

 二人に心象を聞かれ、ダイゴは少し張り切って言った。

「ぐへへ、良いっスよ! 俺の心象は『強力(ストロング)』! 能力は身体強化っス!」

 ダイゴの心象紹介を受け、二人は声を揃えて言った。

「「……なんか、地味だな」」

「ガーン!!」

 あまりのショックに口で効果音を表現するダイゴ。何だお前。

 そんな馬鹿なやり取りをしていると、三人の近くから声が聞こえた。

「……あの、そろそろ仕事に戻ってもらっても良いですか?」

 ゾアだ。その言葉に、カンタが言う。

「あ、悪い。じゃあユダ、今日も働くぞ」

「はいはい。まあゾアちゃんの頼みとあっちゃ断れねえし、働いてやるよ」

「何で上から目線なんだよテメェはよ」

 ユダの言葉にコンマ2くらいの速さで青筋を浮かべるカンタ。しかし、ユダが一応は働く意思を見せているで、手は出さない。

 ゾア、カンタ、ユダが各々の持ち場について監視を始めた後、ダイゴはまだゾアに話を聞いていないことに気付く。

 "『話を聞く』と心の中で思ったならッ! その時スデに行動は終わっているんだッ!"とばかりに即座にダイゴはゾアに話しかけた。

「あの、ゾアさん」

「ふぇっ!? な、何ですか!?」

 おっかなびっくり対応するゾア。幼い外見をしている少女に、坊主頭の大男。傍から見れば事案である。

「ゾアさんの心象は何「ダイゴ。ちょっとこっちに来い」え?」

 突然、ゾアから離れた場所に居るユダがダイゴを呼んだ。その表情は、どことなく固い。一体どうしたのだろうと思いながらも、ダイゴは彼の元に近寄り、問う。

「どうしたんスかユダさん?」

「……いやぁ、あのよ。……ゾアちゃんに、心象に関する質問はしないでやってくんねぇか」

「え、そりゃまた……どうして?」

 訝し気な表情を浮かべるダイゴ。そんな彼の前で、ユダは少しばかり黙り込む。それから数秒後、ようやっと彼は口を開いた。

「……心象がよ。死者の人生を表すものなのは、知ってるよな」

「……はい、知ってるっス」

 頷いては見るものの、言葉の意図が分からない。疑問を抱いたまま、ダイゴはユダの次の言葉を待つ。

「……一つ、聞くぜ。お前はよ、ダイゴ。幸せな人生、送れたか?」

「はい」

「……ヒヒ、即答か。悪くない」

 あまりにも真っ直ぐな目で真っ直ぐな受け答えをするダイゴに、ユダは少し笑った。上から降る照明の光が、その顔に重なる。それによって出来た目尻の影は、黒い涙のようだった。

 笑顔(なきがお)のまま、ユダは続けた。

「でもな、人間の全員が全員、幸せな人生を送れる訳じゃない。中には糞みたいな人生を送って、糞みたいな死に方をした奴だっている。……もし、もしもだぜ。そんな奴の心象が、そいつの糞みたいな人生表したものだったらよ。……そいつは、自分の心象を口に出したがると思うか」

「……スンマセン。俺、無神経だったっス」

 理解力の乏しいダイゴは、そこでやっとユダの心情に気付く。直ぐに頭を下げて、謝った。

「……いや、まあアレだ! 要するに、ロリを悲しませる事はすんなよって事だ! さ、そうと分かりゃとっととゾアちゃんに心象以外の事聞いて、さっき聞こうとしてた事あやふやにしろ!」

 元の糞ロリコンに戻ったユダに、「オス! 了解っス!」と言ってダイゴはゾアのところに戻っていった。

 その後ろ姿を見送るユダに、カンタが近付いてきて、声をかける。

「……大したロリコンだな、テメェはよ」

「褒めてるつもりか青筋地黒」

「的確に貶してくるんじゃねえよ二重苦」

 手刀を見舞うカンタに、避けるユダ。その一連は、少年のじゃれ合いのようであり。しかし、その中に含まれているものは、もっと重いようで。

 当人たちにしか分からない何かを背負いながら、カンタはこめかみを掻いた。

「……ま、あれだ。テメェのそういうところは、評価してやる」

「うわキモ」

「絞殺と斬殺どっちが良い」

 ギリギリと首を絞め上げながら聞いてくるカンタの腕を、ユダは顔を青くしながらタップした。


「で、用事って何ですか?」

 戻ってきたダイゴに、ゾアが問う。

「えーっと、……その」

「?」

 先程の質問をあやふやにする為の、心象以外の質問を考えるダイゴ。が、やはりこのハゲにはその様な機転は利かないらしい。全くと言って良い程、そんな質問は浮かばなかった。

 しかしその時、ゾアは何を早とちりしたのか、こんなことを言った。

「あ! もしかして、獄牢のシステムに関しての質問ですか?」

「え? ……あ、ああ! そうっス! そーいう質問です!」

 奇しくもその早とちりに助けられたダイゴ。取り敢えずそーいう質問だということにする。

 自分の言った推論が当たっていた為か、ゾアは嬉しそうな顔をして言った。

「にふふー、そうですか! そう言う質問だったら、このゾアがお答えしますよ! ではまず、ここの囚人の生活カリキュラムから説明します!」

 ゾアがかなり浮かれた様子で喋り始める。先程までのデンジャラス&スプラッターな発言を吐きまくっていた面影は最早無い。

「囚人は6:00に起床して、7:00にラジオ体操、7:30に朝食を摂り、それから9:00までは自由時間です」

 つまり今は自由時間って事か。ガラス越しの囚人達を見ながら、ダイゴはそんなことを考えた。

 ゾアが続ける。

「そして9:00から12:00までが労働。その後12:00から13:00まで昼食を含めた自由時間。その後、13:00から16:00まで再び労働。間に1時間休憩を挟んで、またまた17:00から19:00まで労働。その後、19:30に夕食を摂り、20:00から21:00までの間に入浴を済ませたら、22:00の就寝まで自由時間となります。ここまでは良いでしゅか? ……すみません、噛みました」

 何故長々とした説明ではなくそこで噛むのか。しかし、そんなことは気にせず、ダイゴは驚きの声を上げた。

「すげぇ……! 毎日風呂に入れるのか……!」

 もっと驚ける要素あっただろ。しかしそんな突っ込みの代わりに、ゾアは笑顔でこう言った。

「なるべく人間らしい生活を囚人に送らせるのが獄牢の基本方針ですから。そのため、労働時間も現世の囚人達と同じ八時間ですし、ちゃんと土日の休みも設けられています」

 ダイゴが納得したような顔で言う。

「なるほど、んじゃあ現世の囚人達とほとんど同じ生活を送ってるんスね」

 しかし、その言葉に対し、ゾアが返す。

「でも、死界の囚人と現世の囚人は決定的に違う点が有るんです」

「え? んじゃあ、その違う点ってのは、一体何スか?」

 ダイゴの問いに、ゾアは答えた。

「それは、『死界の囚人には刑期が定められていない』という事です」

 その言葉を受け、ダイゴは一瞬固まった後、溢した。

「……え、それって収監されると強制的に無期懲役、ってか終身刑と同じ扱いになるっつー事っスか!? 救いは無いんですか!?」

 何故か囚人視点でものを言うダイゴ。この先、もしかしたらお世話になるかもしれないとでも、考えているのであろうか。確かに事あるごとに通報されそうな容貌ではあるが。そんな不審者顔の坊主頭に、ゾアは首を横に振る。

「いえ、そう言う訳では有りません。ただ刑期が定められていないだけです」

「……つまり、どう言うことで?」

「死界の囚人には、刑期では無く、『釈放DP』が定められているんです」

「……どういうことなの……」

 ダイゴ、余計に混乱する。助け舟かと思ったら、泥舟だったという感じだ。ずぶずぶと疑問の海に沈み始めるダイゴに、ゾアが救いの手を差し伸べた。

「『釈放DP』とは、その名の通り『釈放されるのに必要なDP』の事で、犯した罪が重ければ重いほど、それに比例して、支払う額も高くなっていきます。……先程言いましたよね。囚人には労働時間が設けられているって。その労働に応じて、我々獄牢は給料の代わりに、『釈放DP』というものを与えるんです。……まあ、貴方に分かりやすく言えば『働けば働くほど刑期が減るシステム』みたいなもんです」

 ダイゴが掌を拳でポンと叩き、言う。

「な、成る程。じゃあつまりその釈放DPが釈放に必要な程貯まれば、釈放されるって事っスね!」

「そーいう事でしゅ!」

 再び噛むゾア。どうやら長台詞の後は噛む確率が高くなるらしい。少なくとも今のところ打率ならぬ噛率は十割だ。

「いふぁい……」

 舌を押さえ、涙目になるゾア。どうやら少し舌を怪我したようだ。すると、

「ゾアちゃあああああああああん!! 大丈夫か!? 俺の治癒香辛料やるよ!!」

 凄まじい速さでユダがゾアに駆け寄ってきた。先程ダイゴを呼んだ時もそうだが、この男はゾアとの会話にずっと聞き耳でも立てているのだろうか。叩けば埃がわんさか出そうだ。この男の闇は深い。

「え!?いや、そんな、悪いですよ! ユダさんの治癒香辛料を私が使うなんて!」

 ゾアがそんなことを抜かすが、しかし忘れてはいけない。彼女が先程ユダの頭に椅子をぶつけたことを。

「構わないさ! 治癒香辛料は獄番職員には無限ではないが無償で配られてるからな!」

「いや、私にも配られてるんですけど……」

「ゾアちゃんの貴重な治癒香辛料を、そんな小さな怪我で消費するなんて正気の沙汰じゃないよ!」

 ならば他人の小さな怪我で、治癒香辛料を消費するお前は一体どれ程の狂気の沙汰なのか。

 そんなユダの姿を見て、ダイゴは思った。

(……誰かの為に自分のものを何の迷いも無く消費できるなんて、……この人、スゲー漢だ!!)

 お前の目に世界はどう映っているんだ。

「あの、でも、もう治ったんですけど」

 そう言って舌を見せるゾア。

「あ、ほんとっスね」

 ちらりと見たダイゴの目には、ゾアの何処にも傷の無い綺麗な舌が見えた。

 それを見て、ユダがテンション高めに言った。

「フゥー!! ゾアちゃんの生舌キタコレ! 今日は良い日えふぇぼふぃりあっ!!!」

 言い切る前に、鳩尾にゾアのスクリューブローが叩き込まれ、向こうの壁まで吹き飛ぶロリコン。

「セクハラは止めてください! 腎臓をぶち抜きますよ!?」

 赤面して言うゾア。一見照れ隠しのようにも見える、だが、彼女の眼前で現在進行形でユダが呼吸困難に陥っている辺り、その言葉は近々現実になるかもしれない。心の中で十字を切りながら念仏を唱えて、ユダの今後の安全を祈るダイゴであった。

「おーいユダ大丈夫かー」

 全く心の籠っていない心配の言葉をユダにかけるカンタ。

「……あー、今日はもう無理かもしんない。早退して良い?」

「早世させっぞコラ」

「もうしてるっつーの」

 そう言いながら、ユダは立ち上がり、仕事に戻った。

「さ、さて! 思わぬ邪魔が入ってしまいましたが、他にも何か質問は有りますか?」

 そんな二人の掛け合いを横目で見た後、気を取り直してゾアが言う。

「え? ……えーっと、……んじゃあ、獄牢の職員の方ってえのは、いっつも同じ階の同じ囚人達を監視してるんスか?」

 ダイゴが、漸く思い付いた疑問をゾアにぶつけた。ゾアが答える。

「いえ、私達職員はこの八階建ての獄牢をローテーションで監視しています。月曜日は一階、火曜日は二階と言った風に。……他に質問は有りますか?」

「えーっと……、いや、何も無いっス」

 ダイゴが答える。これ以上、聞きたいことは無かった。ありがとうございましたと頭を下げて、ゾアから離れる。それによって発生した空気の流動でも感知したのか、ニゾウが立ち上がって、にこやかに問うた。

「もう良いのか~い?」

「オッス。終わったっス」

 ダイゴが答える。それを聞いて、ニゾウは笑って言った。

「そ~かい。じゃあそろそろ次の所に行こうかね~」

「オス! じゃあユダさん、カンタさん、ゾアさん、今日はありがとうございましたっス!」

 そう言うと、ダイゴは三人に向かってお辞儀をして、監視室を出た。

 その気配を察し、ニゾウも三人に手を振り、言った。

「じゃ~儂も行くとするよ~。バイバイ~、カン坊、ユダ坊、ゾア嬢。……あ〜、そうだ」

 唐突に、ニゾウはカンタの方を向いて言う。

「……? どうかされましたかニゾウさん?」

「いや~、最近お互いの暇が重ならなくて、めっきり稽古の時間が取れなかったからさ~。今週の土曜にでもどうかと思ってね~」

 それを聞いて、カンタの瞳が眼鏡越しに輝いた。

「ほ、本当ですか! 分かりました! その日は絶対空けておきます!」

「あはは~。じゃあそう言う事で~」

 そう言って、ニゾウは今度こそ室内から出ていった。

そう言えば今日、中学時代の後輩と高校時代の友人、そして小学校の頃の同級生にそれぞれ別の時間帯に会いました。縁というものはやはり有るのだなと感じました。

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