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第1章-① グータラ一家、異世界に捨てられる

 日曜日の昼下がり。

 ホシノ家のリビングでは、今日もいつもと変わらない光景が広がっていた。

「父、そこに寝転がってると邪魔なんだけど」

 十二歳の長女、サクが呆れた声で言った。

 リビングの中央には、ソファが置かれている。

 けれど父のヒロシは、なぜかソファには座らず、その手前の床に大の字になっていた。

「寝転がってるんじゃない。床の状態を確認してるんだ」

「何のために?」

「この床で、人間がどれだけ快適に過ごせるかを調査してる」

「調査結果は?」

「最高」

「じゃあ、そろそろどいて」

 サクが父の足を軽く蹴る。

 しかしヒロシは動かなかった。

 目を閉じ、頭の後ろで両手を組んでいる。

 その姿だけを見れば、仕事を終えた父親が休日を満喫しているようにも見える。

 実際には、さっきから何もしていない。

「ヒロシくん、もうすぐご飯だから、テーブルの下から出てね」

 キッチンから母のナナが声をかける。

「ナナちゃん。これは重要な調査なんだ」

「今日はハンバーグだよ」

 ヒロシが起き上がった。

「調査終了」

「早っ」

 サクが思わずつぶやく。

 ホシノ家の父は、本当にできるだけ働きたくない人だった。

 頭の回転は速い。

 何か問題が起きたときには、大人でも思いつかないような方法をあっさり考えつく。

 ただし、頼んでもいないのに自分から動くことは、ほとんどない。

 本人いわく、体力と気力は必要なときのために温存しているらしい。

 サクは、ただ面倒くさがっているだけだと思っていた。

「母、手伝うよ」

「ありがとう。でも、もうできるから大丈夫だよ」

 ナナが笑いながら、盛りつけた料理を運んでくる。

 母はいつも優しく、穏やかだった。

 ヒロシよりもずっと現実的で、家族の食事や体調にも気を配っている。

 ただし、怒らせると家族の誰よりも怖い。

 ヒロシでさえ、ナナが本気で怒ったときには、余計なことを言わずに黙って正座する。

「キキ、本を片づけて」

「あと三ページ」

「ご飯だよ」

「じゃあ、あと二ページ」

「減らしたところで読んでることには変わらないでしょ」

 十歳の次女、キキはソファの端で本を読んでいた。

 冷静で、いつも自分のペースを崩さない。

 落ち着いて見えるわりに、真顔で妙なことを言う天然なところがある。

「キキ、ご飯食べないなら、ハンバーグもらうよ」

「食べる」

 本が一瞬で閉じられた。

「グリ、窓のところで何してるの?」

「虫さんが困ってる」

 八歳の三女、グリは、窓の隙間に入り込んだ小さな虫を逃がそうとしていた。

 動物や虫が大好きで、道端で傷ついた鳥や弱った猫を見つければ、放っておけない性格だ。

「外に出してあげたら、手を洗ってね」

「うん」

「ベベは?」

 サクが部屋の中を見回した。

 六歳の四女、ベベの姿が見当たらない。

 さっきまでリビングを走り回り、ココと一緒に遊んでいたはずだ。

「ここ」

 足元から小さな声がした。

 サクがテーブルの下をのぞき込む。

 そこには、丸くなって眠っているベベがいた。

「なんでそんなところで寝てるの?」

「走ったら眠くなった」

「ベッドに行けばいいでしょ」

「遠い」

 ベベはそう答えると、再び目を閉じた。

 寝つきの早さだけなら、間違いなく家族で一番だった。

 元気でいたずら好きなのに、眠くなると場所を選ばない。

 ソファの上はもちろん、廊下でも、車の中でも、食事の直前でも眠る。

「ベベ、ご飯だよ」

 ナナが声をかけた。

 ベベが立ち上がった。

「起きた」

 やはりハンバーグの力は強い。

「ココ、手を洗った?」

「ココ、あらってないよ!」

 四歳の五女、ココが元気よく答える。

「自信満々に言わないで」

 天真爛漫という言葉が、そのまま歩いているような子だった。

 本人に悪気はなくても、何をしでかすのか誰にも分からない。

 今日も朝から、ヒロシのスリッパの中へお気に入りの石を詰めていた。

 理由を聞くと、「おうちをつくってあげた」と答えた。

 何の家なのかは、最後まで分からなかった。

「ピコもご飯にしようね」

 ナナが、窓際にいる猫へ声をかける。

 ホシノ家の飼い猫、ピコ。

 家族からはピコと呼ばれている。

 十二歳になる黒と茶色の猫で、人間の年齢にすれば、サクよりずっと大人だ。

 ピコは窓辺から家族を見つめると、ゆっくりとあくびをした。

「ピコ、母が呼んでるよ」

 サクが近づき、その背中をなでる。

 ピコは迷惑そうに尻尾を揺らした。

 それでもサクが抱き上げると、大人しく腕の中に収まった。

 これがホシノ家の日常だった。

 父と母。

 五人の姉妹。

 そして一匹の猫。

 騒がしくて、まとまりがない。

 けれどサクにとっては、当たり前で、大切な日常だった。

 それが突然終わるなど、そのときは誰も思っていなかった。

「いただきます」

 全員がテーブルを囲み、手を合わせる。

 その直後だった。

 床が光った。

「え?」

 サクは、最初、窓から差し込んだ太陽の光だと思った。

 しかし違う。

 淡い青色の光が、床に複雑な模様を描き出している。

 円の中に、見たこともない文字と幾何学模様が浮かび上がっていた。

「父、何これ?」

「俺に聞くな」

 ヒロシもさすがに起き上がり、床を見つめている。

 光の円は、リビング全体を覆うほどの大きさに広がっていた。

「みんな、こっちに来て」

 ナナの表情が変わる。

 優しい声のままではあったが、そこには普段とは違う緊張が混じっていた。

 サクはすぐにココを抱き上げた。

 キキがベベの手をつかみ、グリはピコを抱える。

 ヒロシとナナが、五人の娘たちを囲むように立った。

 光が一段と強くなる。

 床だけではない。

 壁も、天井も、テーブルの上に並んだ料理も、すべてが青白い光に包まれていく。

「ヒロシくん」

「ナナちゃん。全員いるな?」

「いるよ」

「ピコもいる」

 グリが答えた。

「よし。何が起きても離れるな」

 いつもの気の抜けた声ではなかった。

 父が本気で警戒している。

 それが分かった瞬間、サクの背中に冷たいものが走った。

 光が爆発した。

 音はなかった。

 足元の感覚だけが突然消え、体が宙へ投げ出される。

「父!」

 サクはとっさに手を伸ばした。

 誰かがその手を強く握る。

 ヒロシだった。

 反対側からは、ナナがサクの肩を抱き寄せる。

 キキも、グリも、ベベも、ココもいる。

 ピコの鳴き声も聞こえた。

 全員一緒だ。

 そう確認できた直後、サクの意識は白い光に飲み込まれた。


◇『聞こえますか』

 声がした。

 男とも女とも分からない、不思議な声だった。

 一人の声にも聞こえる。

 大勢が同時に話しているようにも聞こえる。

 サクが目を開けると、そこには何もなかった。

 白い空間。

 床も、壁も、空もない。

 けれど不思議と体は浮かず、その場に立っている。

「父? 母?」

 サクが呼ぶ。

 返事はなかった。

 家族の姿が見えない。

『心配はいりません。皆、同じ場所にいます』

「ここはどこ?」

『世界と世界の間です』

「どういうこと?」

『あなたたちは、別の世界から呼ばれました』

 まるで意味が分からなかった。

 誘拐。

 拉致。

 夢。

 頭の中にいくつもの言葉が浮かぶ。

 けれど、どれも今の状況を正しく説明してくれない。

『間もなく、あなたたちは新たな世界へ到着します』

「元の場所には戻れるの?」

 声はすぐには答えなかった。

 わずかな沈黙。

 それだけで、サクは嫌な予感を覚えた。

『今すぐ戻すことはできません』

「どうして?」

『今回の転移を行ったのは、私たちではありません。新たな世界に暮らす者たちです』

「勝手に呼んだってこと?」

『その認識で間違いありません』

 サクの胸の中に、怒りが生まれた。

 家族でご飯を食べようとしていただけだ。

 それなのに、知らない誰かの都合で、知らない世界へ連れていかれる。

「だったら止めてよ」

『申し訳ありません。世界の境界を越え始めた者を、元の場所へ押し戻すことはできません』

「神様なのに?」

『神にも、できることとできないことがあります』

 神。

 その言葉を聞いて、サクは息をのんだ。

『ただし、何の力も持たずに送り出すつもりはありません』

 白い空間に、小さな光がいくつも現れる。

 光はサクの周囲をゆっくりと回り始めた。

『あなたが新たな世界で生きるために、ひとつ、願いを聞き届けましょう』

「願い?」

『どのような力を望みますか』

 サクは考えた。

 魔法。

 異世界。

 神。

 突然そんな話をされても、すぐには理解できない。

 けれど、ひとつだけはっきりしていることがあった。

「家族を守りたい」

『家族を』

「誰にも、父や母や妹たちを傷つけてほしくない。ピコも。どんな相手が来ても、絶対に守れる力が欲しい」

 白い光が強く輝いた。

『願いを受け取りました』

 光がサクの胸の中へ吸い込まれていく。

 温かい。

 同時に、体の奥底に、とてつもなく大きな何かが生まれたような感覚がした。

『あなたに、望みし力を』

 その声を最後に、白い空間が崩れ始めた。

「待って。家族は?」

『皆、それぞれに願いを受け取っています』

 視界が再び白く染まる。

『どうか、良き旅を』

「旅じゃないでしょ! 勝手に連れていかれてるんだから!」

 サクの叫びに対する返事はなかった。

◇

 冷たい石の感触がした。

 サクが目を開く。

 最初に見えたのは、高い天井だった。

 見たこともないほど巨大な空間。

 天井には細かな彫刻が施され、壁には色鮮やかな旗がいくつも飾られている。

 辺りを照らしているのは電灯ではない。

 宙に浮かぶ光の玉だった。

「サク!」

 ナナの声が聞こえた。

「母!」

 起き上がると、すぐ近くに家族全員がいた。

 ヒロシ。

 ナナ。

 キキ。

 グリ。

 ベベ。

 ココ。

 そして、ナナの腕の中にはピコがいる。

「みんな、いる?」

「いるよ」

 サクが一人ずつ確認する。

 怪我をしている者もいない。

 ココは状況を理解していないのか、床に描かれた光る模様を楽しそうに触っている。

 ベベはナナの膝へ頭を乗せていた。

「ベベ、寝ないで」

「眠い」

「今は寝てる場合じゃないでしょ」

「じゃあ、あとで寝る」

 こんな場所でも通常運転だった。

「ここ、どこだろう」

 グリが周囲を見回す。

「少なくとも、家じゃないね」

 キキが冷静に答える。

「それは見れば分かるよ」

「確認は大事」

 家族が無事だと分かり、サクは少しだけ息をついた。

 そこでようやく、自分たちを囲む人々に気づいた。

 鎧を着た兵士。

 長い杖を持つ老人。

 白い服を着た男女。

 剣や槍を持った兵士が、光る円を取り囲んでいる。

 その数は五十人を超えていた。

 正面には、数段高くなった場所がある。

 そこに、豪華な椅子が二つ並んでいた。

 椅子というより、玉座と呼ぶべきものだろう。

 金色の装飾。

 赤い布。

 背もたれには、大きな宝石まで埋め込まれている。

 一方の玉座には、丸々と太った男が座っていた。

 頭には金色の王冠。

 紫色の服にも、いくつもの宝石が縫いつけられている。

 隣には、同じように着飾った女性が座っている。

 大きな首飾り。

 長いイヤリング。

 指には数え切れないほどの指輪。

 神の言葉が事実なら、あの二人が自分たちを呼び出した人間なのだろう。

 サクは直感的に、あの二人を好きになれないと思った。

「成功したのか?」

 王冠の男が言った。

「はっ。召喚陣は正常に作動しております」

 杖を持った老人が深々と頭を下げる。

「八人か?」

「はい。人間が七名、獣が一匹。合計八名でございます」

「獣じゃなくて猫です」

 サクは思わず訂正した。

 王冠の男が眉をひそめる。

「子どもか?」

「子どもが五人おりますな」

「どういうことだ」

 男は不満そうに肘掛けをたたいた。

「異世界より、強大な力を持つ勇者を八人呼ぶはずではなかったのか?」

「召喚対象を選ぶことはできません。しかし、異世界より転移した者には、必ず神より能力が授けられます」

 老人の説明を聞き、サクは白い空間での出来事を思い出した。

 あれは、夢ではなかったらしい。

「おい」

 ヒロシが立ち上がった。

「今、あんたたちが俺たちを呼んだって言ったか?」

 兵士たちが一斉に武器を構える。

 それでもヒロシは気にせず、王を見上げた。

「控えよ!」

 兵士の一人が叫ぶ。

「陛下の御前であるぞ!」

「知らん。俺たちは飯を食べようとしてただけだ。勝手に人の家族を連れてきておいて、ずいぶん偉そうだな」

「父……」

 サクは、ヒロシの横顔を見上げた。

 怒っている。

 声を荒らげてはいない。

 けれど普段の気の抜けた雰囲気は消えていた。

「ヒロシくん」

 ナナが隣に立つ。

「まずは話を聞こう」

「ナナちゃんは怒ってないの?」

「怒ってるよ」

 ナナは微笑んでいる。

「すごく怒ってる」

 その笑顔を見たヒロシが、一歩だけ横にずれた。

 王は、ナナの言葉など気にも留めなかった。

「異世界の者よ。余は、ブルムンド王国を治める国王、ゴルド・ブルムンド七世である」

 勝手に話を進め始める。

「そなたたちが呼ばれた理由を説明しよう」

「その前に、元の世界へ帰してください」

 サクが言った。

 ゴルド王の視線がサクへ向く。

「無礼な娘だ」

「勝手に連れてきた人に、礼儀を言われたくありません」

 王の顔が赤くなる。

 隣に座る王妃らしき女性が、扇子で口元を隠した。

「異世界の者は、ずいぶんと教養がないようですわね」

 サクは言い返そうとした。

 しかし、その前にナナがサクの肩へ手を置いた。

「サク、今はいいよ」

「でも、母」

「お話が終わってからにしようね」

 笑顔だった。

 王妃がなぜか視線をそらす。

 母の怖さは、世界が変わっても通じるらしい。

「この世界は現在、魔王軍の侵略を受けている」

 ゴルド王が続けた。

「魔族どもは人族を滅ぼし、世界を支配しようとしている。すでに多くの国が被害を受け、民は疲弊しているのだ」

 民が疲弊している。

 そう言われても、目の前の王と王妃は、疲弊という言葉から最も遠い姿をしていた。

 金と宝石。

 豪華な服。

 玉座の横にあるテーブルには、昼間から果物と酒が置かれている。

 王の指にも、王妃の首にも、持て余すほどの装飾品があった。

「そこで、そなたたちには勇者として魔王を討伐してもらう」

「嫌です」

 サクは即答した。

「なに?」

「私たちは、この世界のことを何も知りません。魔王がどんな人なのかも知りません。勝手に呼ばれて、すぐ戦えと言われても困ります」

「これは世界を救うための崇高な使命だ」

「それは、あなたたちの使命でしょ」

「サク」

 ヒロシが声をかけた。

「父?」

「正しいけど、相手は話の通じる顔をしてない。たぶん時間の無駄だ」

 王の額に青筋が浮かぶ。

「貴様……!」

「それより帰る方法を教えてくれ。あるんだろ?」

「魔王を討伐すれば、考えてやらんこともない」

 サクは唇をかんだ。

 帰す気などない。

 そもそも、本当に帰す方法を知っているかどうかすら怪しかった。

「陛下」

 杖を持った老人が進み出る。

「まずは、異世界人たちの能力を確認すべきかと」

「そうであったな」

 ゴルド王がふんぞり返る。

「異世界より召喚された者は、神より特別な能力を授けられる。自身の力を確認したければ、スキルオープンと唱えよ」

「スキルオープン?」

 ココが楽しそうにまねをする。

「すきるおーぷん!」

 何も起こらなかった。

「ココ、まだ待って」

「でないよ?」

「たぶん言い方か何かあるんだよ」

 サクは周囲を見回した。

 兵士たちは、品定めするような目で家族を見ている。

 決して好意的な視線ではない。

「やらないと駄目?」

 キキが尋ねる。

「やらなかったら、たぶんもっと面倒なことになる」

「面倒なのは嫌だね」

 ヒロシが同意した。

「父が言うと説得力があるね」

「だろ?」

「褒めてないよ」

 老人が、透明な水晶を運んでくる。

「この鑑定晶へ手を触れ、スキルオープンと唱えるのです。能力と、その詳細が表示されます」

「個人情報を勝手に見られるの、嫌なんだけど」

 サクが言う。

「異世界人に拒否権などない」

 王が鼻で笑った。

 その瞬間、ナナの笑顔が少し深くなった。

 ヒロシが小声で言う。

「ナナちゃん、まだ駄目だよ」

「何が?」

「何でもない」

 最初に鑑定を受けることになったのはヒロシだった。

「父、大丈夫?」

「触って言葉を言うだけだろ。たぶん」

 ヒロシは面倒そうに水晶へ手を置いた。

「スキルオープン」

 水晶が光った。

 ヒロシの正面に、半透明の板が現れる。

 青白い光で、文字が浮かび上がった。

――――――――――――――――――

 名 前:ヒロシ・ホシノ

 種 族:人族

 レベル:1

 固有能力:グータラ

 能力階級:最低位

 詳 細:不明

――――――――――――――――――

 広い部屋が静まり返った。

「グータラ?」

 王が聞き返す。

「グータラ……ですな」

 老人が戸惑ったように答える。

「なんだ、そのふざけた能力は」

「俺も知りたい」

 ヒロシは半透明の板を眺めながら、ゆっくりとあくびをした。

「最低位って書かれてるな」

「父にぴったりだね」

「サク、父をもう少し尊敬してもいいんだぞ」

「それは父の今後の行動次第かな」

「厳しいな」

 周囲から、小さな笑い声が聞こえた。

 兵士たちが、ヒロシを見て笑っている。

 サクはそれが気に入らなかった。

 確かに父はグータラだ。

 できれば一日中、何もせずに過ごしたいと思っている。

 それでも、家族に何かあれば必ず動く。

 誰かに馬鹿にされていい人ではない。

「次だ」

 王が命じる。

 ナナが水晶に触れる。

「スキルオープン」

――――――――――――――――――

 名 前:ナナ・ホシノ

 種 族:人族

 レベル:1

 固有能力:グータラ

 能力階級:最低位

 詳 細:不明

――――――――――――――――――

「え?」

 ナナが首を傾げた。

「私もグータラなの?」

「ナナちゃんは違うだろ」

「ヒロシくんと一緒だね」

「それはちょっと嬉しい」

「父、今はそういう話じゃないよ」

 老人が慌てて水晶を調べる。

「故障か?」

「鑑定晶に異常はございません」

「ならば次の者を調べよ!」

 続いて、サクが水晶の前へ立った。

 白い空間で、家族を守る力を願った。

 どのような能力を授けられたのか。

 不安と期待が入り混じる。

 サクは水晶へ触れた。

「スキルオープン」

――――――――――――――――――

 名 前:サク・ホシノ

 種 族:人族

 レベル:1

 固有能力:グータラ

 能力階級:最低位

 詳 細:不明

――――――――――――――――――

「私も?」

 どう考えてもおかしい。

 サクはグータラになりたいなどと願っていない。

 家族を守れる力が欲しいと願った。

 それなのに、表示されている能力は父と同じだった。

「サクも仲間だな」

「父の仲間になった覚えはないよ」

「冷たいな」

 その後、キキ、グリ、ベベ、ココも順番に鑑定を受けた。

 結果はすべて同じだった。

 レベル一。

 固有能力、グータラ。

 能力階級、最低位。

 最後に、ピコが水晶の前へ連れていかれた。

「猫にも能力があるの?」

 グリが尋ねる。

「召喚陣の中にいたならば、神の恩恵を受けている可能性はある」

 老人がピコの前足を水晶へ触れさせる。

「言葉を唱えられない獣の場合、鑑定晶が自動的に能力を読み取ります」

 水晶が光った。

――――――――――――――――――

 名 前:ピコ・ホシノ

 種 族:猫

 レベル:1

 固有能力:グータラ

 能力階級:最低位

 詳 細:不明

――――――――――――――――――

「ピコまで……」

 サクがピコを見る。

 ピコは水晶に映る自分の姿をじっと見つめていた。

 そして大きなあくびをする。

「猫はだいたいグータラだから、ピコは合ってるかも」

「キキ、ピコに失礼だよ」

「事実だ」

「そうだよ。ピコはいつも……」

 サクは言葉を止めた。

 今、誰かが返事をした。

 聞き慣れない声。

 少し低く、気だるそうな声だった。

「今、誰がしゃべったの?」

「私だ」

 ピコが口を動かした。

 家族全員が固まる。

「ピコ?」

「そうだ」

「しゃべれるの?」

「しゃべれるようになったらしい。私も驚いている」

「ピコが普通にしゃべってる……」

「騒ぐほどのことではない。落ち着くニャ」

「今、最後だけニャって付けたよね?」

「猫だから、たまには使ってみたかった」

「そこは自由に選べるんだ……」

 グリが目を輝かせ、ピコを抱き上げた。

「ピコ、お話しできるの?」

「できる」

「私のこと分かる?」

「分かる。グリは毎晩、私の寝る場所を奪う」

「一緒に寝てるんだよ」

「私は一人で寝たい日もある」

「ピコがしゃべってる!」

 グリは注意の内容など気にせず、ピコを抱き締めた。

「苦しい」

「これのどこがグータラだ!」

 王が怒鳴った。

 家族全員の視線が王へ戻る。

「たかが獣が言葉を話しただけではないか! 魔王を倒す力にはならぬ!」

「ピコを獣って呼ばないで」

 サクが王をにらむ。

「猫だ」

 ピコも訂正する。

「黙れ!」

「王様なのに猫へ怒鳴るとは、小さい男だニャ」

「ピコ、今はちょっと静かにして」

「サクが言うなら仕方ない」

 ピコはグリの腕の中で丸くなった。

「召喚は失敗だ」

 王が吐き捨てる。

「これほど役に立たぬ者たちが呼ばれるとは」

「失敗したのは、あんたたちだろ」

 ヒロシが言った。

「俺たちは呼んでくれなんて頼んでない」

「貴様らの都合など知らぬ!」

「こっちも、あんたの国の都合なんて知らないよ」

 ヒロシは相変わらず、大きな声を出さなかった。

 けれど一歩前へ出て、家族を王から隠すように立った。

「帰す方法がないなら、せめて元の世界へ戻す方法を探せ。それまでは家族に手を出すな」

「立場を理解していないようだな」

 王が片手を上げる。

 兵士たちが一斉に武器を向けた。

「ここは余の国だ。貴様らの生死も、余が決める」

 サクは息をのんだ。

 剣。

 槍。

 弓。

 少なくとも五十人。

 こちらには、小さな子どもまでいる。

 普通に考えれば、抵抗できる状況ではない。

 それでも、不思議と恐怖だけではなかった。

 体の奥にある何かが、ゆっくりと動き始めている。

 熱い。

 サクの怒りに反応するように、胸の奥が熱を帯びていく。

「サク」

 ナナが小さな声で呼ぶ。

「大丈夫だよ」

 母の手が、サクの手を包む。

 それだけで、胸の熱が少しだけ収まった。

 そのとき、王の近くにいた痩せた男が、慌てて駆け寄った。

「陛下。少々、お耳を」

 男は大臣らしい。

 王の耳元で、何事かをささやく。

 話を聞くうちに、王の表情が変わった。

「それは、まずいな」

「はい。極めて重大な問題でございます」

「何の話だ」

 ヒロシが尋ねる。

 王たちは答えない。

 しかしサクは、二人の会話の一部を聞き取っていた。

「他国に知られれば……」

「条約違反……」

「今年の召喚枠……」

 サクは目を細めた。

 やはり、何かを隠している。

「父。あの人たち、他の国に知られたら困ることをしたみたい」

「ああ。聞こえた」

「どうする?」

「まず、何を隠してるのか吐かせたいところだけど」

 ヒロシは大きく息を吐いた。

「面倒だな」

「今、それを言う?」

「重要なことだぞ。面倒な相手とは、できるだけ関わらないほうがいい」

 ヒロシはそう言いながらも、周囲を観察していた。

 兵士の配置。

 出入り口。

 魔法使いらしき者の位置。

 何も考えていないように見えて、すべてを確認している。

「この者たちを地下牢へ」

 王が命じようとした。

「お待ちください」

 大臣が止める。

「王城内へ留め置けば、いずれ召喚の事実が漏れます」

「ならば、どうする」

「魔の森へ送りましょう」

 その言葉を聞いた瞬間、周囲の兵士たちがざわついた。

「魔の森だと?」

「しかし、あそこは魔王国の目前だぞ」

「人が生きられる場所ではない」

 兵士たちの声が聞こえる。

「魔の森って何?」

 ベベが眠そうに尋ねた。

「名前だけなら、あまり楽しい場所ではなさそう」

 キキが答える。

「魔獣さんがいるのかな?」

 グリは少し興味を持ったようだった。

「いるだろう。しかも、たぶん大量にいる」

「ピコ、分かるの?」

「兵士たちが言っている」

「私にも聞こえてるよ」

 サクは再び王を見た。

「どういうことですか」

 王は答えない。

 代わりに大臣が前へ出た。

「本来、異世界召喚の儀式は、一年に一度、八ヶ国が共同で行うことになっております」

「八ヶ国?」

「各国が一名ずつ召喚者を受け入れ、協力して魔王軍へ対抗する。それが国際的に定められた決まりです」

「じゃあ、私たち八人は?」

 大臣は一瞬、口を閉ざした。

「すべて、ブルムンド王国が召喚した」

 サクは理解した。

 本来なら、八つの国が一人ずつ呼ぶはずだった。

 それをブルムンド王国が、他国に黙って自分たちだけで行った。

「ルールを破ったんだ」

「国を守るための、やむを得ない判断であった」

 王が言い訳をする。

「他の国だって守りたいものがあるでしょ」

「我が国こそ、異世界人の力を得るにふさわしい」

「それで、私たちが役に立たないと分かったから、他の国に知られないように捨てるの?」

 サクの言葉に、王は答えなかった。

 それが答えだった。

「最低だね」

「黙れ、小娘!」

「黙らない!」

 サクは王をまっすぐにらんだ。

「私たちを勝手に連れてきた。魔王と戦えと言った。役に立たないと思ったら、今度は森へ捨てる。そんな人に命令される理由なんてない!」

 胸の奥にある熱が、一気に膨れ上がった。

 空気が揺れる。

 サクの髪が、風もないのにふわりと浮いた。

 床の石が、かすかに震える。

「サク?」

 キキが首を傾げる。

 サク自身にも、何が起きているのか分からなかった。

 ただ、目の前の王が許せなかった。

 家族へ武器を向けたこと。

 妹たちを危険な森へ捨てようとしていること。

 それを当然のように決めたこと。

「何だ、この魔力は……」

 杖を持った老人が後ずさる。

「あり得ん。レベル一の魔力量ではない」

 水晶に亀裂が入った。

 小さな音。

 一本、二本。

 蜘蛛の巣のような亀裂が、鑑定晶全体へ広がっていく。

「サク」

 ヒロシがサクの頭へ手を置いた。

「父」

「今は我慢しよう」

「でも……!」

「気持ちは分かる。父も、あの王様を一発くらい殴りたい」

「一発で済むの?」

「ナナちゃんに止められなければ、三発くらい」

「ヒロシくん」

「冗談です」

 ナナが笑顔でヒロシを見る。

「ここで暴れたら、サクたちまで危ない。まずは全員でここを出る」

「魔の森に行くの?」

「ここにいるよりは、ましかもしれない」

 ヒロシは玉座を見上げた。

「少なくとも、目の前の連中より、森の動物のほうが話は通じそうだ」

「魔獣は動物ではない」

 ピコが訂正する。

「似たようなもんだろ」

「全然違う」

 ヒロシが頭へ手を置くと、胸の熱が少しずつ消えていく。

 力そのものがなくなったのではない。

 荒れ狂っていた何かへ、薄い布をかぶせられたように、急に気配が遠くなった。

 同時に、水晶の亀裂も止まった。

 王と老人は、その変化に気づかなかった。

 けれどサクは、父の手が触れた瞬間に何かが変わったことを覚えていた。

「決まりだ」

 ゴルド王が立ち上がる。

「召喚者八名を、ただちに魔の森へ転移させよ」

「陛下。本当によろしいのですか?」

 大臣の声には、わずかなためらいが混じっていた。

「王城に留めれば、召喚を独占した事実が他国へ漏れる。国を危険にさらすわけにはいかぬ」

「ですが、幼い子どもまでおります」

「役に立たぬ召喚者を養い、条約違反を公にする余裕はない。魔の森へ送れば、いずれ森の脅威に呑まれたものとして処理できよう」

 王は、自分が国を守るための決断をしていると、本気で信じているようだった。

 だからこそ、サクには許せなかった。

 サクは拳を握る。

 怒りで体が震えた。

 それでも、ここでは戦わない。

 妹たちを危険にさらさず、家族全員で王城を出る。それが今、自分にできる「守る」ことだと決めた。

「覚えておいて」

 サクは王へ言った。

「何だ」

「私たちは、あなたたちの道具じゃない」

「二度と会うこともあるまい」

 王は鼻で笑った。

「魔の森で、一日でも長く生きられるよう祈るがよい」

「祈らなくていいよ」

 キキが静かに言った。

「あなたの祈り、あまり効果なさそうだから」

「キキ、それは今言わなくてもいいんじゃない?」

「思ったから」

 王の顔がさらに赤くなる。

「早く連れていけ!」

 兵士たちに囲まれ、ホシノ家は召喚の間から移動させられた。

 長い廊下。

 高い窓。

 壁には、歴代の王らしき人物の肖像画が並んでいる。

 どの人物も立派な衣装をまとい、自分の判断が絶対だと言わんばかりの顔をしていた。

「父、これからどうするの?」

 サクが小声で尋ねる。

「森に着いてから考える」

「何も決めてないの?」

「情報がないのに考えても仕方ないだろ」

「それはそうだけど」

「大丈夫だよ」

 ナナがサクの背中を優しくなでる。

「みんな一緒だから」

「母は怖くないの?」

「怖いよ」

 ナナは正直に答えた。

「でも、サクたちがいるから、母が怖がってばかりもいられないでしょ?」

 サクは、自分の胸の中に残る不安を押し込んだ。

 母だって怖い。

 父だって、何も考えていないように見えて、家族を守ろうとしている。

 自分は長女だ。

 妹たちの前で、泣いているわけにはいかない。

「サク」

 キキがサクの袖を引いた。

「何?」

「ベベが寝た」

 振り返る。

 ベベは歩きながら、ヒロシの背中へ寄りかかっていた。

 目を閉じたまま、ふらふらと足を動かしている。

「歩きながら寝てるの?」

「器用だね」

「感心してる場合じゃないよ」

 ヒロシがベベを背負う。

「父、歩きたくないんじゃなかったの?」

「家族のためなら仕方ない」

「私も眠い」

 ココが言った。

「ココは歩いて」

「父、おんぶ」

「もう一人いるから無理」

「じゃあ肩」

「交渉してくるな」

 最終的に、ココはナナに抱かれることになった。

 こんな状況なのに、いつもと同じ会話をしている。

 サクは少しだけ笑った。

「サク」

 グリが隣へ来る。

「森には、どんな動物がいるかな?」

「動物じゃなくて魔獣らしいよ」

「仲良くできるかな?」

「襲ってこなければね」

「お腹がすいてたら、ご飯をあげればいい?」

「こっちがご飯にされるかもしれないよ」

「それは困る」

 グリは真剣な顔で考え始めた。

「そのときは母に頼もう」

「どうして?」

「母のご飯はおいしいから、魔獣もそっちを食べるかもしれない」

「料理を作る時間をくれる魔獣だといいね」

 やがて、一行は地下にある部屋へ連れていかれた。

 召喚された部屋よりも小さく、薄暗い。

 床には新たな魔法陣が描かれている。

「ここから魔の森へ転移させる」

 兵士が言った。

「転移後、王国へ戻ることは許されない」

「戻りたいとも思わないよ」

 サクは答えた。

 兵士が眉をひそめる。

「強がっていられるのも今のうちだ。魔の森には、王国の騎士団でも歯が立たない魔獣がいる」

「そんな場所へ子どもを捨てるの?」

「陛下の命令だ」

「陛下が命令したら、何でもするの?」

 兵士は答えなかった。

 ヒロシが魔法陣の中央に座る。

「父、何してるの?」

「立って待つのが面倒だから座った」

「今くらい立っててよ」

「転移するなら、立ってても座ってても同じだろ」

「たぶん」

 キキがヒロシの隣へ座る。

「キキまで座らないで」

「父の言うことにも一理ある」

「悪いところだけ影響されないで」

 グリとココも座った。

 ナナは小さく笑い、ベベを抱いたままその場へ腰を下ろす。

 結局、サクも座ることになった。

「全員、できるだけ近くに」

 ヒロシが言った。

 七人と一匹が身を寄せ合う。

 サクの右隣にはナナ。

 左隣にはキキ。

 正面にはグリとココ。

 ヒロシの膝では、ベベが完全に眠っている。

 ピコはナナの足元で丸くなった。

 魔法使いたちが、魔法陣を囲む。

「転移を開始する」

 青い光が床を走る。

「父」

「大丈夫だ」

「何が?」

「分からん」

「分からないのに言ったの?」

「父親はこういうとき、大丈夫って言うものなんだよ」

 ヒロシはサクの頭を軽くなでた。

「何があっても、家族全員で生きる。それだけ決めとけばいい」

「うん」

「ナナちゃんも、それでいい?」

「もちろん」

 ナナが微笑む。

「まずは、みんなが寝られる場所を見つけようね」

「ご飯も!」

 ココが手を上げる。

「本も」

 キキが続ける。

「動物も助ける」

 グリも言う。

「ベベはもう寝ている」

 ピコが呆れたようにつぶやく。

 ベベはヒロシの膝で、小さな寝息を立てていた。

「サクは?」

 ナナが尋ねる。

「私は……」

 サクは家族全員を見る。

 異世界。

 魔王。

 魔の森。

 分からないことばかりだ。

 怖くないはずがない。

 それでも、家族は全員ここにいる。

「みんなが無事なら、それでいい」

「よし」

 ヒロシがうなずいた。

「じゃあ、できるだけ楽に生きる方法を考えるか」

「魔王を倒すんじゃないの?」

「頼まれたけど、引き受けてない」

「王国に復讐は?」

「面倒だからしない」

「父らしいね」

「褒めるなよ」

「褒めてないよ」

 光がホシノ家を包み込む。

 視界が白く染まる直前、サクは王城の兵士がつぶやくのを聞いた。

「かわいそうにな」

 その声には、わずかな同情が混じっていた。

「魔の森で、生きられるはずがない」

◇

 湿った土の匂いがした。

 冷たい風が、サクの頬をなでる。

 目を開けると、そこは薄暗い森の中だった。

 天を覆うほど高い木々。

 幹は、大人が何人かかっても抱えられないほど太い。

 巨大な葉が空を隠し、昼間なのか夜なのかも分からない。

 あちこちから、不気味な鳴き声が聞こえる。

 鳥。

 獣。

 虫。

 そのどれとも違う、低い声。

「着いたの?」

 サクが立ち上がる。

「たぶん」

 ヒロシも周囲を見回す。

「全員いるか確認するぞ」

「母、いるよ」

「キキも」

「いる」

「グリ」

「いるよ」

「ベベ」

「……寝てる」

「ココ」

「いる!」

「ピコ」

「いる」

 七人と一匹。

 全員いる。

 怪我もしていない。

「よかった」

 サクは心から息をついた。

 そのときだった。

 青白い光が目の前へ現れる。

 先ほどのスキルパネルだった。

――――――――――――――――――

 名 前:サク・ホシノ

 種 族:人族

 レベル:1

 固有能力:グータラ

 能力階級:最低位

 詳 細:不明

――――――――――――――――――

「また出てきた」

「どうした?」

 ヒロシが尋ねる。

「スキルパネル」

 サクが答えながら、少し離れた場所へ歩く。

 王城で鑑定を受けたときから、何かがおかしいと思っていた。

 家族全員が同じ能力。

 そんな偶然があるだろうか。

 サクはヒロシから一歩、二歩と距離を取った。

「サク、あまり離れるなよ」

「少しだけ確認したいことがあるの」

 三歩。

 四歩。

 五歩。

 ヒロシとの距離が、およそ三メートルを超えた瞬間だった。

 スキルパネルが激しく点滅する。

「え?」

 表示されていた文字が崩れた。

 グータラ。

 最低位。

 その文字が消え、新たな文字が浮かび上がっていく。

――――――――――――――――――

 名 前:サク・ホシノ

 種 族:人族

 レベル:測定不能

 固有能力:カオス・バースト

 能力階級:測定不能

 詳 細:

 指定した地点を中心に、超高熱、衝撃波、

 爆風及び崩壊現象を発生させる。

 最大出力時、効果範囲内に存在する

 すべての生命及び物質を消滅させる。

――――――――――――――――――

「……え?」

 サクは何度も文字を読み返した。

 カオス・バースト。

 すべての生命及び物質を消滅させる。

「父」

「どうした?」

「私の能力、グータラじゃない」

「何?」

 サクは父との距離を振り返った。

 王城では、ほとんどずっと父のすぐ近くにいた。そして、父が頭へ手を置いたとき、暴れかけた力の気配まで遠のいた。

 父のそばにいると、能力の表示が隠されるのかもしれない。

 まだ確信はない。それでも、家族全員の表示が同じだった理由としては、一番納得できた。

「なんか、すごく危ないことが書いてある」

 その瞬間。

 森の奥から、地響きが聞こえた。

 ドン。

 ドン。

 ドン。

 巨大な何かが、一歩進むたびに地面が揺れる。

 木々の間で、赤い光が二つ輝いた。

 目だ。

 一つではない。

 右側の暗闇に二つ。

 左側の暗闇にも二つ。

 合計四つの巨大な目が、ホシノ家を見つめていた。

「父」

 サクはゆっくりと後ずさる。

「何かいる」

「見れば分かる」

 ヒロシが立ち上がり、娘たちの前へ出る。

「全員、父と母の後ろへ」

 ナナが眠っているベベを抱き上げる。

 キキがココの手を握る。

 グリだけは、暗闇の向こうをじっと見つめていた。

「大きい……」

 木々を押しのけ、二つの影が姿を現す。

 一体は、夜そのもののように黒い巨大な魔獣。

 もう一体は、茶色い毛並みを持つ巨大な獣だった。

 どちらも、王城ほどではないにしても、二階建ての家ほどの大きさがある。

 鋭い牙。

 太い足。

 全身から立ち上る、黒い霧。

 サクの体が震えた。

 怖い。

 けれど、家族を守らなければならない。

 胸の奥にある力が、再び熱を帯びる。

 サクの前に、小さな光が生まれた。

――固有能力《カオス・バースト》を発動しますか?

はい。

いいえ。

 サクは息をのむ。

 本当に使える。

 しかし、説明に書かれていた内容を思い出す。

 すべての生命を消滅させる。

 家族まで巻き込んでしまうかもしれない。

「サク、何をしようとしてる?」

 ヒロシが尋ねる。

「私の能力を使えば、あの魔獣を倒せるかもしれない」

「どんな能力だ」

「全部消すって書いてある」

「全部?」

「生き物も物も、全部」

「使うな」

 ヒロシは即答した。

「でも!」

「家族まで消えたら意味がない」

 黒い魔獣が口を開く。

 森全体が震えるほどの咆哮が響いた。

「母!」

 ココが泣き出す。

「大丈夫だよ」

 ナナがココを抱き寄せる。

 グリは恐怖に震えながらも、二体の魔獣を見つめていた。

「待って」

 グリが言う。

「どうしたの?」

「この子たち、怒ってるんじゃない」

 黒い霧が、二体の魔獣の体を覆っている。

 目は赤く輝き、苦しそうに頭を振っていた。

「苦しんでる」

「分かるの?」

「うん」

 サクは、目の前に浮かぶ二つの選択肢を見つめた。

 倒す力はある。

 けれど、倒せることと、倒していいことは同じではない。

 サクは《いいえ》を選んだ。

 父に止められたからではない。生き物のことなら、グリの言葉を信じようと、自分で決めたのだ。

 光る文字が消える。

 グリが一歩前へ出る。

「グリ、危ない!」

 サクが腕をつかもうとする。

 けれど、その瞬間、グリの体から柔らかな緑色の光があふれた。

 目の前に、スキルパネルが現れる。

――――――――――――――――――

 名 前:グリ・ホシノ

 種 族:人族

 レベル:測定不能

 固有能力:エクストラヒール

 能力階級:神域級

 詳 細:

 魔獣及び魔族を侵す瘴気を完全に吸収する。

 浄化した対象の傷と精神を回復させ、

 瘴気によって失われた本来の心を取り戻させる。

――――――――――――――――――

「グータラじゃない……」

 サクはつぶやいた。

「グリも、別の能力を持ってる」

「この子たちを助けられるかもしれない」

 グリが巨大な魔獣へ向かって両手を伸ばす。

「待って、グリ!」

「大丈夫」

 八歳の妹は、震えながらも笑った。

「この子たち、悪い子じゃないよ」

 黒い魔獣が地面を蹴った。

 巨大な体が宙へ浮かび、ホシノ家へ襲いかかる。

「グリ!」

 サクの叫びが、魔の森に響き渡った。

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