1:Tポーズ
※こちらはゆるゆると更新してまいります。
他作品と違い、のんびり執筆してまいります。
※ご都合主義が含まれると思いますがご了承ください。
「ああ、終わった。私の人生じゃなくて、今月のシフトが、物理的に」
西暦2045年。
埼玉県越谷市某所にて。
黒瀬小春(22歳・フリーター)は、局地的な直下型地震によって瓦礫の山と化したコンビニ(元・バイト先)を見上げて、深く、深く溜息をついた。
近年、首都圏はおろか、日本各所で『震源地不明の局地的な地震』が異常な頻度で発生していた。
最初のうちはパニックになっていた世間も、今ではすっかり慣れきっている。
ニュースキャスターは天気予報と同じテンションで「本日の倒壊エリア」を伝え、人々は崩れたビルの横をすり抜けながら無表情で通勤していく。
それが、この国の少し狂った日常だった。
そして今日、不運にも小春のバイト先がその『ハズレくじ』を引いたのだ。
《店舗損壊のため当面休業します。シフトは白紙で》
店長からの無慈悲なメッセージを閉じ、銀行アプリを開く。
リアルな口座残高は『1,420円』。控えめに言って致命傷だ。
ひび割れたスマホで求人サイトをスクロールするが、状況は絶望的だった。
地震の影響で近隣の店舗はどこも休業中。
募集があるのは、時給ギリギリで酷使される危険な瓦礫撤去の肉体労働ばかり。
現代はVRがスマートフォンと同じくらい当たり前に普及した社会だ。
だが、仮想現実の技術がどれだけ進歩しようと、現実の口座残高がゼロなら人は生きていけない。
空腹と現実逃避の狭間でスパムまがいの求人サイトを眺めていると、ひとつのチープなバナー広告が目に留まった。
『日給5万円! 安全・快適な非肉体労働! 完全新作の王道騎士道VRゲーム《NOBLE RIDER》βテスター急募!』
「日給、5万……」
小春の目が、スッと座った。
「安全そうな非肉体労働で日給5万。明らかに裏がある怪しい募集だけど……」
瓦礫撤去で汗水垂らして日当数千円を稼ぐか、怪しい裏バイトで一発逆転するか。
クソゲー愛好家であり、極端なインドア派である小春の選択は決まっていた。
「身体売る系じゃなさそうだし。背に腹は代えられない、か」
とにかく生き延びて、家賃を払う。
その俗物的な一心で、彼女は指定された「面接会場」へと向かった。
◇◆◇
「意味わかんない……なんで地下水路の奥底でゲーム開発してんの? 悪の組織?」
埼玉県春日部市某所の地下深く。
薄暗い空間に棺桶のようなカプセルが無数に並ぶ異様な施設で、小春はまともな説明もないまま機器に押し込まれていた。
視界が真っ暗になり、システムAIの無機質な音声が脳内に響く。
『――被検体の脳波および深層心理をスキャン。空間適性テストを開始します』
虚空にホログラムのグラフと数値が次々と弾き出される。
『「現実係留値(リアルへの執着)」: 8%。極めて危険な数値を検出
「……は?」
『警告。現実世界への未練が希薄すぎます。意識が帰還しない恐れが――』
「いや、だって家賃払えないし、バイトないし、帰りたくないからね……」
『「共感性・ヒロイズム」: 4%。測定不能レベル。他者への救済欲求、および自己犠牲の精神が皆無です』
「バイトにそんな強い自己犠牲求めてくるとか労基案件でしょ。訴えるぞ」
小春はカプセルの中で悪態をつく。
リアルすぎる最新VRゲームの「NPC相手の接客」に疲れ果て、物理演算が崩壊した激安インディーゲーム(通称・クソゲー)ばかりプレイしてきた彼女にとって、社会性などとうに捨てたステータスだ。
『「生存本能」: 変動型。平常時10%。ただし、金銭的・生活的脅威(損害・減給など)を検知した瞬間、攻撃性が致死レベルの999%に跳ね上がります』
「そりゃそうでしょ。私の労働の対価なめんな。てか、999パーセントて……」
『「情報異常への耐性(クソゲー耐性)」:450%。論理崩壊空間への圧倒的適応力を検出』
『診断完了。最適化されたステータスを構築中……ダイブ開始』
「えっ、ちょ、面接は!? 契約書は!?いきなり始まるのこれ!?」
激しい明滅と浮遊感。
目を開けると、そこは――『水没した渋谷のネオン街』だった。
現実の日本と重なる並行次元(情報世界)である「断層異界」。
足元の水面には不自然なノイズが走り、空のテクスチャは剥がれてどぎつい紫色に欠落している。
普通のプレイヤーならVR酔いで嘔吐するか発狂するであろう、論理崩壊した異常空間。
「……うわぁ」
小春は、その異常な光景を見回し――深く、深く安堵の息を吐いた。
「完璧な『偽物』だ」
誰も私を知らない。社会のルールも物理法則も通用しない。
なんて静かで涼しい、最高の現実逃避だろうか。
「ここでシフトの時間潰せば5万? 神バイトじゃん」
すっかり省エネモードになり、水面に座り込もうとしたその時だ。
ズズンッ……!!
空間が処理落ちしたように激しくカクつき、ビルとビルの間から「それ」が姿を現した。仏像と機械が融合したような、不気味で巨大なバグの塊。
『警告。致死クラスの敵性存在を検知。アバター破損の危険あり』
システムのアラートがけたたましく鳴り響く。
「うげ、敵のお出まし? めんどくさ……でも、あいつ倒せばボーナスとか出んのかな。テスターだしあんま期待されてないでしょ、多分」
怪物が巨大な鉄の腕を振り上げる。まともに喰らえば一撃で即死するだろう。
しかし、小春は逃げない。武器すら構えない。
彼女は静かに両腕を真横にピンと伸ばし、足を肩幅に開いた。
キャラクターの3Dモデルがバグった時に見せる初期モーション――『Tポーズ』だ。
「さてと。このクソゲーの『仕様』、ちょっと確認させてもらおうか」
一切の歩行モーションを省略。慣性の法則を完全無視。
無表情で微動だにしないTポーズの小春が、ツーッと不気味に水面を滑り始めた。
怪物の剛腕が、小春の頭上に凄まじい速度で振り下ろされる。
「当たり判定のガバさなら、私がやってた『農村シミュレーター』の方が上だよ」
Tポーズのまま、小春はあえて致死の被弾軌道へと自ら滑り込んでいった。




